特集:動き出したアジアのスマートシティ構想スマートシティ開発の要件・恩典が明確に(タイ)

2019年8月30日

タイのスマートシティ開発は、同国の産業高度化政策である「タイランド4.0」に位置付けられる。副首相が委員長を務めるスマートシティ委員会の下で、計画が進められ、2018年以降に本格化した。同年1月にはスマートシティ基本計画およびその目標が合意され、具体的な恩典・施策が整備されている。

スマートシティ開発に向けた機構整備が進む

タイのスマートシティ開発構想は、2017年10月の「国家スマートシティ委員会の設立にかかる首相府令 No.267/2560」を機に立ち上がった。同令により、首相が委員長を務める国家スマートシティ委員会が設立されるとともに、運輸省、デジタル経済社会省(MDES)、エネルギー省が共同事務局を務めることが規定された。特にデジタル分野では、MDES傘下のソフトウエア産業振興公社(SIPA)をデジタル経済振興公社(Digital Economy Promotion Agency: DEPA)に改組するなど、スマートシティ開発を行う枠組みが整備された。

国家スマートシティ委員会は、2018年1月から2019年2月までの間に計4回開催された。第1回会合(2018年1月)ではタイスマートシティ基本計画と同計画に基づく目標が合意され、第2回会合(2018年5月)でタイ投資委員会(BOI)の恩典概要が定められた。また、第4回会合(2019年2月)では、「タイランドスマートシティ」を呼称する基準が定められるなど、直近1年間で急速に機構整備が進んでいる。

2022年までに100都市のスマート化を目指す

スマートシティ計画の都市選定に当たっては、当初はタイランド 4.0構想の下で、タイ南部・プーケット、北部・チェンマイ、東北部・コンケンの3都市において整備することとしていた。しかし、2017年11月には、プラジン副首相(当時)が今後20年間で100のスマートシティを整備することを表明し、3都市に加え、バンコク都、東部経済回廊(EEC)地域3県(チャチュンサオ、チョンブリ、ラヨーン)を加えた7県・10都市が振興地域として選定された。スマートシティ委員会の第1回会合では、既存の10都市に加え、2020年までにさらに24県・30都市を認定し、2022年までに全76都県に100のスマートシティを整備することが定められた(表1参照)。

表1:スマートシティ開発地域および振興分野 (―は値なし)
対象年 目標 県名(注)
1年目(2018年~2019年) 7県・10地域
  • プーケット(モビリティ、環境・防災、規制緩和・電子政府)
  • コンケン(医療、電子政府)
  • チェンマイ(観光、電子政府)
  • EEC地域[チョンブリ、ラヨーン、チャチェンサオ](全分野)
  • バンコク(全分野)
2年目(2019年~2020年) 24県・30地域
  • ウボンラチャタニ(観光)
  • ウドンタニ(貿易、国境物流、安全)
  • 国境地域[ノンカイ、ナコンパノム、ムクダハン](貿易、国境物流など)
  • その他の県[チェンライ、ピサヌローク、ナン、クラビ、パンガー、ソンクラ、ヤラ、パッタニ、ナラティワート、サトゥン、ナコンシタマサート、ラノーン]
3年目(2020年~2021年) 30県・60地域
5年後(2022年)
  • 全県(76県およびバンコク都)・最低100地域
  • 都市データプラットフォームの導入
  • 3件以上の世界に認知されるスマートシティの形成

注:かっこ内はタイ政府が認定したスマート化分野。
出所:スマートシティタイランド 2018年年次報告書よりジェトロ作成

そのうち、優先的に開発が進められてきたのが、ASEANスマートシティネットワーク(ASCN)の候補都市に選定された、プーケット市(MDES管轄)、バンコク都(運輸省管轄)、チョンブリ(エネルギー省管轄)の3都市である。中でも、プーケット市は2013年から2017年までの期間で総額約1,100万ドルの予算が投じられるなど、モデル都市として先行して開発が進められてきた。プーケット都市開発公社(PKCD)が母体となり、CATテレコム社による1,000カ所のWiFiスポットや、21カ所のデジタル案内板などが整備された。さらに2018年以降、「ビジョン・プーケット」というコンセプトの下で、DEPAが主導してさまざまなデジタルデータをビッグデータとして活用する動きが進んでいる。その中核となるのが「都市データプラットフォーム」と呼ばれるビッグデータ基盤であり、3,500台のCCTV(監視カメラ)の整備や顔認証システムの導入、観光客が身に着けるスマートリストバンドから得られる情報を分析し、安全で効率的な社会システムを構築するとしている。

他方、これらの「フラッグシップ都市」が明確なターゲットを定め、特色のある街づくりを目指しているのに対し、それ以外の地域では開発手法も含め、いまだ手探りの状態である。例えば、第2期(2019~2020年)として選ばれた重点地域の多くは国境付近に位置し、デジタル技術の活用による観光・貿易の促進を目指すなど、都市課題の解決というよりは、むしろ経済対策を念頭に置いた開発目標になっている(図1参照)。

図1:第1期(2018~2019年)、第2期(2019~2020年)開発エリア

出所:ASCNセミナー(2019年6月)でのDEPA講演資料より抜粋

認定基準・手続きに加え、税制恩典を整備

2019年以降、スマートシティ開発主体などを対象とした認定基準や、税的恩典などの奨励制度が整備されている。同年3月には国家スマートシティ委員会による「スマートシティの基準および手続きにかかる布告 No.1/2562」、5月には同委員会が「スマートシティ・タイランドオフィス(SCTO)の設立にかかる指令No.1/2562」を発令した。これにより、DEPAが所管し、SCTOにスマートシティ振興、支援、整備を行う権限が与えられた。

前述布告に基づく、スマートシティ認定手続きは以下の通りである(図2参照)。タイでは、スマートシティは環境、経済、モビリティ、エネルギー、ピープル(人)、リビング(住環境)、ガバナンス(統治機構)の7つの分類から定義づけられ、それら定義に沿う案件かどうか審査される。SCTOおよびスマートシティ小委員会、さらにスマートシティ委員会の審査を経て、スマートシティ案件として認められた都市開発事業者については、前述7分類に沿ったロゴの利用、およびタイ投資委員会(BOI)などの税制および非税制恩典を申請する権利が与えられる。

図2:スマートシティ認定フローおよびロゴ
スマートシティ事業者(自治体・民間企業等)は、スマートシティタイランドオフィスに申請を行い、小委員会・委員会の審査を経て、スマートシティロゴの使用許諾を得る。認定事業者は、BOI等の恩典についても申請可能となる。

出所:スマートシティタイランド2018年年次報告書よりジェトロ作成

スマートシティに関わるBOI恩典は、2018年12月28日に制定し、施行された「スマートシティ開発振興にかかるタイ投資委員会布告Sor7/2561」で規定された。同布告では、恩典区分を1.スマート工業団地ビジネス、2.スマートシティ開発、3.スマートシティシステム開発ビジネスの3分類とした。1および2については、いずれもタイ資本が51%以上を占める事業者であることが条件だが、3については資本要件はない。

他方、2および3については、東部経済回廊(EEC)地域に投資を行った場合、恩典に定められた法人税免税期間終了後、さらに5年間、法人税が50%減じられる(表2参照)。

表2:スマートシティ振興にかかるBOI布告の概要
BOIリスト分類 スマート工業団地ビジネス スマートシティ開発 スマートシティシステム
開発ビジネス
恩典カテゴリー(注1) A2 A2もしくはA3 A2もしくはA3
要件 資本持ち分 タイ側が登録資本の51%以上を有すること タイ側が登録資本の51%以上を有すること 資本要件なし
スマートシティ分類(注2) 7分類全てを満たすこと 環境要件を必須とし、その他1分類を満たすこと
  • 7分類全てを満たした場合:A2
  • 前述以外:A3
1分類以上のスマートシティシステムサービスを開発・導入・提供すること
  • 分類全てに該当するもの:A2
  • 前述以外:A3
その他の要件
  • 500ライ(80ヘクタール)以上の土地で、うち工場区画が60%以上75%未満であること
  • 道路幅、排水処理、電力・水供給等インフラ等の要件あり
  • 恩典証書受領後2年以内に対象区画の25%の土地開発を行うこと
  • 光ファイバーやWiFi等の通信インフラを有すること
  • オープンデータ基盤に接続するデータ保管・管理システムを有すること
  • 地域開発目標に対する評価指数(KPI)を設定・遵守すること
  • BOIもしくは所管当局により認定されたスマートシティ開発計画の一部であること
その他 なし 東部経済回廊(EEC)地域で事業を行う場合は、恩典で定められた法人税免税期間終了後、更に5年間、法人税が50%減じられる 東部経済回廊(EEC)地域で事業を行う場合は、恩典で定められた法人税免税期間終了後、更に5年間、法人税が50%減じられる

注1:A2は「国の発展に貢献するインフラ事業、タイ国内の投資が少ないか、またはまだ投資が行われておらず、付加価値の創出に高度技術を使用する事業」、A3は「既にタイ国内に生産拠点が少数あるものの、国の発展にとって重要な高度技術を使用する事業」。概要はBOIウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 参照。
注2:環境、モビリティ、住環境、経済、統治機構、エネルギー、人、の7つの分類でスマート化を図るもの。
出所:スマートシティ振興にかかるBOI布告第7/2561よりジェトロ作成

執筆者紹介
ジェトロ・バンコク事務所
蒲田 亮平(がまだ りょうへい)
2005年、ジェトロ入構。2010年より2014年まで日ASEAN経済産業協力委員会(AMEICC)事務局次席代表を務めた後、海外調査部アジア大洋州課リサーチマネージャー。2017年よりアジア地域の広域調査員としてバンコク事務所で勤務。ASEANの各種政策提言活動を軸に、EPA利活用の促進業務や各種調査を実施している。