特集:世界の知日家の眼日本は世界に向け、改めて自由貿易の重要性の発信を(米国)
ミレヤ・ソリス氏:ブルッキングス研究所 東アジア政策研究センター共同所長兼上級研究員・日本部部長

2018年9月3日

ワシントンのシンクタンク、ブルッキングス研究所の東アジア政策研究センター共同所長兼上級研究員・日本部部長のミレヤ・ソリス氏は、比較政治経済学、日本の外交・対外経済政策を専門とする知日派として知られる。ソリス上級研究員はハーバード大学で政治・政策研究に関する博士号を取得し、アメリカン大学で准教授となった後、日米関係に関する政策提言と発信の強化を目的として、2012年に同研究所に新設された日本部の初代部長に就いた。ソリス上級研究員に日本経済に対する見方、日本に対する期待などについて聞いた(インタビュー実施日:7月3日)。


ミレヤ・ソリス氏(ブルッキングス研究所提供)

海外人材を引きつける仕組みづくりが重要

質問:
日本経済、市場に対する見方は。
答え:
日本は少子高齢化問題、エネルギー問題などを抱えてはいるが、経済成長率は堅調であり国家基盤も安定している。国別GDPランキングで日本が中国に抜かれ3位になったが、それでも日本はグローバル・サプライ・チェーンの中心的役割を担い、日本企業は最新技術を用いた洗練された製品、部品 を世界中に供給している。
現在、日本は社会構造改革の時代に直面している。デフレ脱却のため、アベノミクスによる各種政策が経済を刺激し、既にいくつかの成果が表れ始めているが、まだ十分でないと認識している。生産性の向上など依然として多くの課題が残っている。近年は労働市場の変革の動きを注視している。日本では正規雇用、非正規雇用の2種類の働き方が代表的だが、非正規雇用の増加が近年、問題になっている。非正規雇用労働者への就労訓練機会の提供や、正規・非正規社員間の公平な賃金体系、フレックス制度の利用による柔軟な働き方など、改善されるべき点が多数挙げられる。少子高齢化が進み、日本の生産人口が大きく減少する中、働き方改革に代表されるように労働市場を変革する取り組みは必須である。
また、日本企業が抱える課題の1つに、海外の優秀な人材確保が進んでいないことが挙げられる。これらの人材を確保するためには、社内における英語文化の浸透や、柔軟性のある働き方を認めていくことが必要だ。起業家へのビジネスチャンスの拡大、海外の労働者を引き付ける仕組みづくりが、今後の日本の成長のカギだ。

日本は引き続き自由貿易の重要性の発信を

質問:
今後、日本や日本企業に対して何を期待するか。
答え:
日米は、経済関係およびアジア地域における安全保障に関して、お互いがこの上ない重要なパートナーである。また、文化的な側面においても両国の国民は友好的であり、それが日米間の良好な関係の基盤となっている。しかし、トランプ政権になり外交政策の方針が大胆に変更され、この友好関係が試練の時を迎えている。
トランプ大統領は、同盟国や締結済みの貿易協定に対して懐疑心を持っている。こと通商政策に関しては、トランプ大統領は過去の大統領と異なるアプローチを用いて交渉を進めている。現政権は環太平洋パートナーシップ(TPP)協定からの脱退や北米自由貿易協定(NAFTA)再交渉をはじめとした既存の貿易協定の見直しにとどまらず、これまでめったに使用されることのなかった1962年通商拡大法232条(以下、232条)を用いて、安全保障を理由とした輸入制限措置を発動した(2018年6月1日付ビジネス短信参照)。鉄鋼・アルミニウム製品への追加関税措置の対象には米国の主要な同盟国も含まれており、これは過去に例のない事態だ。こうした動きは、国際貿易において大きな嵐が起こる前兆のように感じる。
日本はまだ、鉄鋼・アルミニウム製品への追加関税に対して表立った措置を取っていないが、既にメキシコやカナダ、EUなどの主要同盟国は報復関税で米国に対抗している(注)。今後、日本がいかに232条をはじめとした米国の一方的な通商政策に対応し、有効な通商政策を見つけていけるかが重要だ。特に232条に基づいて自動車・同部品に対して追加関税が賦課されれば(2018年5月25日付ビジネス短信参照)、極めて重要なターニングポイントとなる。日米の経済関係において、自動車産業は他の産業と比較にならないほどのウエートを占める中核産業だ。日本の自動車産業は米国に長年にわたって投資を行い、多くの雇用を創出して米国経済にも貢献してきたが、この関係が崩壊しかねない。
世界的にポピュリズムが台頭し、米国の通商政策が保護主義に傾倒する中、世界に向けて改めて自由貿易の重要性を発信し、推進していくことが必要である。包括的および先進的な環太平洋パートナーシップ協定(CPTPP)、いわゆるTPP11の成立を主導したように、日本には引き続き自由貿易の重要性を訴え続けてくれることを期待している。

通商政策を巡る日米間の隔たりは大きい

質問:
日本は米国の通商政策に対し、どのように対応していくべきか。
答え:
エネルギーやインフラ分野など日米で協力可能な産業を推進し、経済におけるメリットを強調していくべきだ。また、日本からの投資が米国経済を刺激し、経済成長に寄与していることを伝えることが重要である。
トランプ大統領と安倍晋三首相の関係は他に例をみないほど友好的であるが、通商政策をめぐっては日米間の隔たりが大きい。米国のTPPからの離脱に代表されるように、トランプ政権は多国間貿易協定よりも2国間貿易協定に焦点を当てている。他方、日本側は世界経済の発展は2国間貿易だけでは成り立たないため、TPPのような多国籍間の自由貿易協定(FTA)の枠組みをつくることが最善の手段であるとの考えだ。
茂木敏充経済再生担当相とロバート・ライトハイザー米通商代表部(USTR)代表の対話の焦点は、いかに詳細な市場開放ルールを定められるかにある。米国側が日本に対しFTAを求め、また自動車産業を議論の争点とすることは明白だ。トランプ大統領が求めているものは、2国間貿易赤字を解消するための代替措置だ。他方のTPPにはグローバル・サプライ・チェーンを促進するためのルール作りが念頭にあり、貿易赤字を是正することが目的ではない。通商政策における両者の考え方の相違は大きく、日米FTA交渉開始の合意に至るのは容易ではないだろう。
また、日本は米国との通商交渉において、より強い姿勢で対抗していくべきだ。追加関税によって被った損害に対して、日本は自国の産業を保護するための手段を用いる権利がある。日本は国際ルールに基づいて、米国の一方的な通商政策に対抗するべきだと個人的には考えている。

日米間で対中政策の足並みをそろえることが肝要

質問:
日米が協力して取り組める課題は何か。
答え:
2国間で共通の関心を有している分野において、協力することが重要だ。中国に関する諸問題はその最たる例だ。中国政府による強制的な技術移転や、投資規制などによる市場歪曲(わいきょく)的措置に日米が協力して対抗していく必要がある。中国の不公正な商習慣を是正すべく、米国が単独で1974年通商法301条に基づいて中国からの輸入品に追加関税を賦課しているが、国際法に準拠したアプローチではないため、残念ながら日本を含む各国から賛同を得られていない。また、232条に基づく自動車・同部品への追加関税が賦課された場合、日米間のあつれきが深まり、中国問題に関して協力することは難しくなるだろう。日米は今だけでなく、10年先の国際統治(International Governance)を見据えて、問題解決に当たるべきだ。さもなくば一国主義が台頭し、国際秩序が乱れていくだろう。

注:
232条に基づく鉄鋼・アルミニウム製品への追加関税賦課に対するカナダ、メキシコ、EUの報復関税については、それぞれビジネス短信2018年6月4日付2018年6月6日付2018年6月21日付参照。

略歴

ミレヤ・ソリス(Mireya Solis)
ブルッキングス研究所の東アジア政策研究センター共同所長兼日本上級研究員・日本部部長。ハーバード大学にて政治・政策研究に関する博士号を取得。比較政治経済学、日本の外交・対外経済政策を専門とする知日派として知られる。アメリカン大学での准教授を経て、2012年にブルッキングス研究所に設置された日本部の初代部長に就いた。ブルッキングス研究所をはじめシンクタンクなどで、日米関係に関する政策提言や情報発信を行っている。
執筆者紹介
ジェトロ・ニューヨーク事務所(戦略国際問題研究所(CSIS)日本部客員研究員)
須貝 智也(すがい ともや)
2010年、ジェトロ入構。貿易投資相談センター(2010~2013年)、徳島事務所(2013~2016年)、地方創生推進課での勤務を経て、2017年10月から現職。米国連邦政府の政策に関する調査・情報収集を行っている。

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※随時記事を追加していきます。