特集:世界の知日家の眼ルックイーストポリシー再興で、さらなる2国間関係の強化を期待(マレーシア)
ナスルディン・アキール氏:マラヤ大学東アジア研究所准教授

2018年12月3日

マラヤ大学東アジア研究所には、マレーシアで唯一の日本研究学科がある。同大学東アジア研究所の元所長のナスルディン・アキール准教授は、1993年に日本研究学科を創設したメンバーの1人であり、マレーシアにおける日本研究の第一人者である。日本の大学院で学び、日本で教鞭(きょうべん)を執った経験も持ち、年に5~8回来日するという日本通の同氏に、日本の経済、今後のマレーシアとの関係について話を聞いた(インタビュー実施日:2018年10月9日)。


ナスルディン・アキール氏(ジェトロ撮影)
質問:
日本の経済をどう見ているか。
答え:
経済の低成長や少子高齢化などの課題を抱える日本だが、国内総生産(GDP)は世界3位、貿易総額は世界4位を維持している。統計的観点から見ても依然、経済的に強い国であることは明白だ。特に、ハイテク産業や自動車産業は、生産量の面では中国の成長が目立つが、品質の面からみれば日本がアジアでナンバーワンだ。
質問:
マレーシアと日本との経済関係は。
答え:
マレーシアにとって、日本は特別な国だ。日本は第二次世界大戦において北東アジア諸国で唯一マレーシアを占領した国であるが、1957年のマレーシア独立後、マレーシアが初めて国交を樹立した国でもあり、興味深い関係にある。現在、日本はマレーシアにとって4番目の貿易相手国であり、経済連携協定も締結済みで、2国間の経済的な結び付きは強い。これは1982年にマハティール首相が提唱した「ルックイーストポリシー」による功績が大きい。前回のマハティール政権時代(1981~2003年)は、日本企業の海外進出のきっかけとなったプラザ合意(1985年)と重なり、多くの日本企業がマレーシアに進出した。2018年5月の政権交代により誕生したマハティール新政権においても、日本からの直接投資が増加することを期待している。
質問:
ルックイーストポリシーの今後について、どう考えるか。
答え:
ルックイーストポリシーは、マレーシアが経済発展を目指すに当たり、欧州(西洋)ではなく、日本など同じアジア圏の経済成長過程や集団意識、職業倫理などを学ぶことを目的とした政策。これまで多くの学生や社会人を日本に派遣してきた。日本企業のマレーシア進出、両国間の貿易関係の強化にはルックイーストポリシーが一役買った。他方、過去のルックイーストポリシーでは、マレーシア人のマインドセット(思考様式)を変えることができなかった点が、「失敗」と言えるだろう。日本で学んだルックイースト卒業生の数は2017年までで約1万7,000人に上るが、マレーシアの人口(約3,000万人)から見ればごくわずかであり、マレーシア人全体に意識の変革をもたらすのは難しい。
新政権が再度、力を入れていくと表明したルックイーストポリシーだが、日本との関係では教育分野での協力が特に重要だと考えている。例えば、マレーシアでは日系企業の技術移転が進んでいないと指摘する声もあるが、もしマレーシア人のマインドセットが変われば、日本企業も技術移転を積極的に進めていきたいというのが本心ではないか。清潔さ、時間に対する正確さ、誠実さ、他者の尊重などが日本の価値であり、こうした点を日本から学ぶための教育が重要だろう。仕事柄、マレーシア全国の多くの学校を訪問するが、東マレーシアでは日本式の道徳教育に取り組む中学校の事例などが見られる。意識の変革には時間を要するが、こうした草の根の取り組みが実を結ぶと信じている。
質問:
日本が持つ強み、日本企業に対するアドバイスは。
答え:
日本が強みを持つ分野は、マレーシアの代表産業でもある電気・電子産業だ。また、ハイテク産業における研究開発分野においても日本は強みを発揮できる。家電製品などは中国企業や韓国企業がマーケットを席巻しているが、過去20年間変わらない日本の強みは「品質の高さ」にある。今も昔も、「メード・イン・ジャパン」は高品質を反映していることに変わりはない。その点では、近年のデータ改ざんやリコールなど品質に関わる問題には、日本はより慎重になるべきだ。一度失った信用は取り戻せない。マレーシアが中所得国のわなを抜け出し、国民の所得がさらに上がれば、より高品質な製品への需要が高まる。生産コストの上昇など課題は多いが、日本企業はその高い品質基準を維持し続けることが大切だ。
質問:
日本に期待することは。
答え:
ルックイーストで日本を見てきたわれわれにとって、日本はルックウエスト(欧米)に傾倒しているように見える。マレーシアをはじめ、日本にはアジア諸国にたくさんの友好国がある。アジアとより緊密な関係を築いていく外交政策を期待したい。

略歴

ナスルディン・アキール(Md Nasrudin Bin Md Akhir)
1963年生まれ。1991年に文部科学省の奨学金プログラムで日本に留学。大阪外国語大学(現 大阪大学)で日本語を学んだ後、日本大学で修士課程を修了。1992年から1993年までの間、東京外国語大学で非常勤として教鞭(きょうべん)を執る。マレーシアに帰国後、1993~1994年にマラヤ大学日本研究学科(東アジア研究所の前身)を創設。2010年から2015年まで、マラヤ大学のアジアヨーロッパ研究所の所長に就任。また、2013年には立教大学の客員教授として勤務した。2016年まで1年間の研究休暇で日本に滞在した後、2016年からマラヤ大学東アジア研究所に戻り、現在は日本マレーシア研究センターの所長に就任。歴代の駐マレーシア日本大使や日本の大学との共同研究などの交流も深く、日本研究の第一人者として知られる。
執筆者紹介
ジェトロ・クアラルンプール事務所
田中 麻理(たなか まり)
2010年、ジェトロ入構。海外市場開拓部海外市場開拓課/生活文化産業部生活文化産業企画課/生活文化・サービス産業部生活文化産業企画課(当時)(2010~2014年)、ジェトロ・ダッカ事務所(実務研修生)(2014~2015年)、海外調査部アジア大洋州課(2015~2017年)を経て、2017年9月より現職。

この特集の記事

※随時記事を追加していきます。