特集:世界の知日家の眼デジタル技術がトレンドの今こそ日本型ものづくりを(タイその2)
スチャイ・ポンパックピアン氏:AOTS同窓会会長

2019年1月4日

(一財)海外産業人材育成協会(AOTS)タイ同窓会会長のスチャイ・ポンパックピアン氏は、日本企業で長年勤務し、2016年にはAOTSの「ものづくり人材大使」(注)に任命された、現場を熟知した知日家である。ものづくりの観点から、同氏にタイと日本との経済関係、今後の見通しについて聞いた(11月6日)。


スチャイ・ポンパックピアン氏(ジェトロ撮影)
質問:
タイのAOTS同窓会発足の経緯は。日タイ関係の変遷をどうみているか。
答え:
タイのAOTS同窓会は1964年に設立された。当時は日本製品の流入にタイが警戒心を強めている時期で、日本からタイへの技術移転を積極的に行うことによって日タイ関係の改善を図るという思惑があった。その後50年を超える歴史の中で、AOTSは約2万5,000人の卒業生を輩出し、タイの政財界に多くの知日家を送り出してきた。AOTSはタイでも生産管理やパッケージデザインなど、幅広い講座を開催しており、ジェトロや国際協力機構(JICA)などの活動に加え、現在の良好な日タイ関係の礎となってきた。2017年に日タイ修好130周年を迎えた。震災や洪水なども経験したが、その関係は密接不可分であり、まさに特別な関係と言ってよい。
質問:
ものづくり分野における日本の優れた点は。
答え:
タイでは、過去50年超にわたる日系製造業の投資により、生産管理方式はほとんどが日本式となっており、日本のものづくりが強く根付いている。他方、学生はエンジニアリングを学んだ後に経営に携わりたいという傾向がみられ、実際に手を動かして現場に入る人材は不足している。近年、「タイランド4.0」政策により、人工知能(AI)やモノのインターネット(IoT)などの導入がタイでもトレンドとなっているが、基本的な生産管理方式を押さえずに、やみくもにそれら技術を導入しても、むしろ効率性の低下につながる可能性もある。重要なことは、ベースとなる日本式の生産管理方式と、デジタル技術をバランスを取った形で取り込んでいくことであり、現場力のある日本のものづくりに学ぶ点はまだまだ多い。
質問:
日本の課題と克服の道筋は。
答え:
日本の課題は、高齢・人口減少社会の到来、国際的な競争力の相対的な低下、という2点に集約できる。前者については、ものづくりをその手で知っており、また豊富な金融資産を持つ団塊の世代が高齢化している段階にある。概して非常に健康であり、65歳~70歳程度まで働くことも可能だろう。そうすることで、知識やノウハウの次世代への移転も進み、消費が活性化することも期待される。例えば、ものづくりの技能を残すため、デジタル技術を用いて、日本にいながらタイなどの国々に技術指導を行うこともできるかもしれない。
後者については、昔に比べてアジアで売られている家電における日本製品シェアが落ちている状況。日本製品は品質面でまだ優位性があると思うが、特に買い替えのライフサイクルが短くなっているスマートフォンやテレビなどについては、消費者がそこまでの品質を求めない現状もある。中国については、政府や企業の動きが早い一方で、製造業分野での影響力は今は限定的だ。その勢いが製造業分野に広がる前に、品質や信頼に加えて市場特性に対応できるスピード感を持った経営を行うことが重要だろう。私が日本で働き出した30年前と比べ、ライフスタイルなど、さまざまな面で日本社会は多様化してきた。日本が伝統的に有してきた均質的な国民性は品質管理などの面では重要であり、製造現場ではそれら強みを保ち、多様で柔軟性のある経営を組み合わせることにより、日本の良さを生かした事業展開ができるのではないか。

注:
AOTSが2016年に創設した制度。AOTSの元研修生が各国で自主的に同窓会を組織している中、各国のAOTS同窓会活動において指導的役割を果たしている人材が「ものづくり人材大使」に任命される。詳細はAOTSウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 参照。

略歴

スチャイ・ポンパックピアン(Suchai Pongpakpien)
(一財)海外産業人材育成協会(AOTS)タイ同窓会会長および東アジア大学(Eastern Asia University)副学長。1988年より日本の大手電子部品メーカーで勤務し、一貫してものづくり技術を学ぶ。2014年より、長岡技術科学大学タイ事務所所長。2016年創設の「ものづくり人材大使」に同年任命された。
執筆者紹介
ジェトロ・バンコク事務所
蒲田 亮平(がまだ りょうへい)
2005年、ジェトロ入構。2010年より2014年まで日ASEAN経済産業協力委員会(AMEICC)事務局次席代表を務めた後、海外調査部アジア大洋州課リサーチマネージャー。2017年よりアジア地域の広域調査員としてバンコク事務所で勤務。ASEANの各種政策提言活動を軸に、EPA利活用の促進業務や各種調査を実施している。

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