特集:世界の知日家の眼ブラジルでも「オープンイノベーション」の取り組みに注目
ダリオ・ミヤケ氏、ダヴィ・ナカノ氏、エドゥアルド・ザンクール氏:サンパウロ大学工学部教授

2018年10月29日

2018年はブラジルへの日本移民110周年を迎え、今でもブラジルは約190万人という世界最大の日系人コミュニティーを擁している。ブラジルの人口は約2億人で日系人の数はその1%にも満たないが、中南米地域を代表して高い教育水準を誇るサンパウロ大学の入学者数をみると、その1割が日系人となっている。一方、ブラジルに進出している日本企業数は、中央銀行統計によれば510社(2015年)と外資系企業数全体の2.9%を占めるにすぎない。

このほど、サンパウロ大学工学部で教鞭(きょうべん)を執るダリオ・ミヤケ教授、ダヴィ・ナカノ教授、エドゥアルド・ザンクール教授にインタビューを行い、日本企業の強みと今後の課題について聞いた。

ミヤケ教授は日本の大学で研究、また日本企業での勤務経験があり、ナカノ教授はブラジルにおけるイノベーション分野、ザンクール教授はブラジルにおける製造分野の専門家であることから、それぞれの視点で日本企業の強みや今後の課題について語っていただいた(インタビュー実施日:9月5日)。

質問:
近年の日本企業に対する見方を教えてください。
答え:
サンパウロ大学工学部は、日本企業の強みの1つである「ものづくり」と関係が深い学部である。各教授とも、かつてはソニー、パナソニックなど家電製品を中心に日本企業が世界を席巻する時代があったが、近年はアップルやサムスンなどの非日系企業が世界の市場を席巻していると指摘する。付加価値を創出する源泉は日本が得意としていた「ものづくり」から「サービス、プラットフォームビジネス」に変化してきたという。ミヤケ教授は、「かつてはMade in Japan自体に価値があったが、近年は企業の国際展開が進んだことにより、製造場所にかかわらず、ある程度一定レベルの品質が保証されるようになってきた。この背景から、ものづくりの拠点はより安価なコストで製造できる国へシフトしている」と述べた。一方、ナカノ教授は、依然として日本企業が持つブランド力に注目する。「日本企業の中には国際的知名度の高い企業が多く存在し、そのブランド力を戦略的に活用するべきである」とした。

ダヴィ・ナカノ氏(左)とダリオ・ミヤケ氏(右)(ジェトロ撮影)
質問:
日本企業は新たな世界情勢への対応が遅れているのでしょうか。
答え:
日系自動車部品メーカーで勤務した経験を持つミヤケ教授は、日本企業の特徴として「雇用維持の重視」を挙げた。同教授は、「雇用維持を重視することは利益圧迫の要因になる一方、日本企業のイノベーションを促す要因にもなっているのではないか」と述べた。作業工程の機械化で余剰が生じた人的リソースを、R&D(研究開発)投資を通じて新たな事業創出に再分配した事例があったと言う。イノベーションを創出する企業は米国に遍在する傾向がみられるが、日本企業も既存ビジネスの枠組みから脱却する必要性を認識しており、本事例の重要性が増すとみている。伝統的な日本企業の中でも、従来のビジネスモデルから脱却した富士フィルムや、社外とのパートナーシップを積極的に導入する日産自動車のように、市場変化の適応に成功している企業もみられるとしている。
質問:
イノベーションは世界各国で産業発展のカギになっています。ブラジルにおける企業の研究開発への取り組みについて教えてください。
答え:
各教授とも、ブラジルに研究開発拠点を持つ日本企業は少ないとする。ブラジルに拠点を設立した場合でも、日本で開発した製品を現地化する必要があり、革新的な技術を生み出すような目的には合致しないケースが多いとのこと。一方、欧米企業の取り組みは必ずしもそこにとどまらない点を指摘した。例えばフランスの化粧品会社のロレアルは、ブラジルの強みである人種の多様性を生かした研究開発を行っているほか、米国のIBMはブラジルの社会ニーズや経済的な強みを生かしてヘルスケア、金融、資源開発分野での研究開発を行っている。韓国のサムスンは韓国以外で初めてとなるソフトウエアの開発拠点をブラジルに設けたという。
質問:
最近、ブラジルでも多国籍企業がスタートアップ企業と連携する場面が多くみられます。ブラジルでは約1万社のスタートアップ企業が活動しているといわれていますが、この動きをどのようにお考えですか。
答え:
ザンクール教授によれば、サンパウロ大学では起業支援センターを設立し、フィンランドのアールト大学や日本の東京工業大学などと協力して、学生の起業家精神を育てているという。大企業にとっても、スタートアップと連携することは新たなビジネスの種を確保する意味で利点があり、例えばアジアの多国籍企業は2016年にサンパウロ大学工学部に共同研究室を設置している。同研究室はモバイルアプリケーション、IoT(モノのインターネット)、バーチャルリアリティー、ゲームなどの分野の研究を学生と行っているという。同多国籍企業はこの取り組みを通じて、新たな製品開発に向けたアイデアを得たいとしている。このように、ブラジルでも「オープンイノベーション」への取り組みは進んでいるため、ぜひ日本企業にも注目してほしいと述べた。

エドゥアルド・ザンクール氏(ザンクール氏提供)
質問:
ジェトロではブラジル企業向けの対日投資促進も行っています。日本市場に参入できる可能性を秘めた業界として、どのあたりに注目すべきでしょうか。
答え:
ミヤケ教授とナカノ教授は、両国間で関係性深い分野に注目すべきと述べた。例えばゲーム市場は、ブラジルにおいて主要市場の1つに挙げられる(注)。日本企業はゲーム産業で国際的に人気の高いコンテンツを生み出しており、ゲーム分野でビジネスをしているブラジル企業にとっては日本市場が魅力的に映ると述べ、アニメや、映画などの映像、音響分野も同様に可能性があるとしている。食品分野ではブラジル産の鶏肉や大豆、オレンジジュースなど、日本市場で既に競争力を発揮している分野も挙げられた。

注:
2018年9月9日付オ・ジーア紙の記事(ポルトガル語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます によれば、ブラジルのゲームユーザー数は7,570万人で世界第3位、15億米ドルの市場規模があるとされる。

略歴

ダリオ・ミヤケ教授 
サンパウロ大学工学部所属。サンパウロ大学工学部卒。東京工業大学にてリーン生産方式などに関する博士号を取得。日本の大手自動車部品メーカーでの勤務経験に加え、東京大学での博士研究員も経験。

ダヴィ・ナカノ教授
サンパウロ大学工学部所属。サンパウロ大学先端研究院(IEA)研究員。イノベーション、創造産業、創造経済分野が専門。

エドゥアルド・ザンクール教授
サンパウロ大学工学部所属。プロダクトデベロップメントマネジメント(製品開発管理)およびデザイン思考分野が専門。工学部傘下のInovaLab副コーディネーターで学生へのアントレプレナーシップ教育も行う。べイン・アンド・カンパニーでの業務経験あり。
執筆者紹介
ジェトロ・サンパウロ事務所
タチアナ・チネン・ナガミネ
2013年10月にジェトロ・サンパウロ事務所に入所。サンパウロ大学経営学部卒、京都大学大学院経済学研究科修士。対日投資事業を担当。

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