特集:世界の知日家の眼日本経済の見通しに肯定的も高齢化を懸念(米国)
アントン・ブラウン氏:アトランタ連邦準備銀行調査エコノミスト兼シニア・アドバイザーほか

2018年7月19日

コカ・コーラやデルタ航空、CNNなど日本でもおなじみの大企業が本拠地を構える米国南東部最大の都市アトランタは、2017年の人口増加が約11万人、2016年GDP成長率が5.6%、と全米で最も勢いのある都市の1つに挙げられている。目覚ましい発展を続ける同市でビジネスや調査活動に従事する米国人に、現在の日本はどう映るのか。4人のジャパノロジストに話を聞いた。

日本経済の現状と見通し

まず、日本経済の現状と見通しについて聞いたところ、全員が肯定的な見方を示した。

アトランタ連邦準備銀行調査部のアントン・ブラウン氏は「2018年第1四半期のGDPは低かったが、日本経済は引き続き堅調で企業収益も好調。労働市場はタイトで新卒の就職状況や賃金水準をみても経済が好調なことがうかがえる」と、エコノミストならではの経済指標に基づいた分析を示した。


アントン・ブラウン氏(ジェトロ撮影)

ジム・ウィットコム氏(ジェトロ撮影)

JPモルガン銀行のジム・ウィットコム氏も金融市場に関わる立場から、「日本経済は上昇に転じて以降、ゆっくりとだが成長を続けている」との見方を示す。

1970年代から当地で事業を展開しているYKKアメリカの社長ジム・リード氏と同社広報担当のジェシカ・コルク氏も、企業の立場から「日本経済は順調」と太鼓判を押す。


ジム・リード氏(ジム・リード氏提供)

ジェシカ・コルク氏(ジェトロ撮影)

経済悪化リスクについては、ブラウン氏が「最大の経済悪化リスクは米国の通商政策と中国における金融リスクである。これらはグローバル経済全体にとっての悪化要因だが、日本は特にエクスポージャー(影響度合い)が高い」とし、ウィットコム氏も「日本経済は為替相場の影響を受けやすい」と指摘する。

高齢化が懸念材料

今後の経済成長における懸念材料については、ブラウン氏とウィットコム氏が高齢化を挙げた。

米国の高齢化に関する研究も行っているブラウン氏は、企業と国家財政の双方における問題点と対策について、次のように話す。

日本は労働人口1人当たりのGDPが高いため、リタイア人口の増加による労働者数減少が問題となる。特に労働人口の7割が就労する中小企業の将来性が危惧される。

対策としては、大企業では浸透しつつある社外取締役の採用が重要。日本の中小企業は独自の技術・製品開発などに秀でているが、経営者の高齢化が課題。長年の慣習や経営方針への固執・後継者不在など中小企業が抱える問題に対し、外部役員による経営改革・円滑な後継プロセスなどへの提言が得られる。

国家財政の観点からみると、問題点は、

  1. GDPに対する高い債務残高比率
  2. 高齢化に伴う将来的な財政支出

これらの問題に対する解決方法としては2つ考えられる。1つは医療制度改革。高齢者の長期入院による医療費負担が問題となっているため、自宅介護を促進する制度が望ましい。医療と自宅介護をうまく統合することが重要。

もう1つは民間保険の活用。ドイツがよいモデルとなる。ドイツでは、国からの補助金を高齢者本人ではなく、家族(子供)に支給している。それにより、子供が自宅で親の介護を行い、必要によってはヘルパーを雇うことができる。また、若いうちに介護保険に加入することを奨励し、若年層の介護保険加入者に対して国からの補助金を支給している。

これらの高齢化対策を早急に行うことが、日本経済に対して好影響を与えると思う。


左からYKK AP社長のオリバー・スティープ氏、YKKアメリカ社長の
ジム・リード氏、広報担当のジェシカ・コルク氏(ジェトロ撮影)

今後のビジネス機会

日本における今後のビジネス成長と機会については、ブラウン氏が「NIKKEIイノベーションインデックスの成長率は6%と諸外国(米国は24%、中国は6倍)に比べてかなり低い。組織が大きすぎると組織上層部が保守的で、若いアイデアを取り入れることが難しい。企業内スピンオフによって小さな組織をつくり、若く斬新なアイデアを実現できるようにしたり、企業内の各部門間で人材交流市場を創設して、一方的な人事異動ではなく、従業員と各部門の双方向の需給に基づく人事異動やキャリア形成を可能にする柔軟な人事制度を取り入れたりするなどの工夫が考えられる」と語った。

また、ウィットコム氏は「介護ビジネスが将来の日本において大きなビジネス機会をもたらす。ITは引き続きグローバル経済を牽引する産業であり、日本は重要な役割を果たす」と述べた。

日本でのビジネス環境について

日本への出張も多いリード氏は「ビジネス環境としてもオープンでフレンドリーであり、日本に渡航した際やビジネスを行う上で不便や不満を感じたことはない。規制面でも改善すべき点は見当たらない」と好意的な感想を述べた。

課題については、ブラウン氏が「新規参入や新興企業の成長を支援する政策が重要となる。規制緩和は進みつつあり、よい傾向だが、現在のエンジニアなど一部人材を対象としたビザだけでなく、スペインのように起業家への特別ビザなどを発行することにより、外国人の起業機会を促進できる。また日本は国外転出時課税が高いため、外国人の起業にとっては障壁となっている」と話した。ウィットコム氏は「生活コストが高いことが外国人にとっては大きな障害である。米国企業が日本に進出する際には現地化する。これは日本のビジネス・市場を最もよく知っているのは日本人だからである。日本人は外国人をもっと受け入れる姿勢が必要。島国根性を捨て、よりオープンに、多様性を受け入れ、ものごとを明瞭にし、分からないことは教え、建前ではなく本音で語ってほしい」と指摘した。

アジア諸国との競合について

リード氏は「中国をはじめ他のアジア諸国でのオペレーションが大きくなっているが、ビジネスにおいて日本とこれらの国の違いを意識することはない。もちろん、どの国にも違いはあるが、米国内でも例えばジョージア州とカリフォルニア州とではビジネス環境も大きく異なり、それと同じようなものだと考えている」と、グローバル企業にふさわしい感想を語った。

一方、中国人の妻を持ち、当地韓国商工会の会長も務めるウィットコム氏は「日本の企業は質の高い製品・サービスによって競争力とブランドを維持してきたが、多くの企業が中国に生産拠点を移したことにより中国への技術移転が進み、技術を獲得した中国が低価格の類似品を製造するようになった。一方の韓国は、特定の産業に重点を置いて効果的に、政府も巻き込んで、より少ない投資で短期間に技術を習得し、日本を追いかけてきた。製品や購買層によっては低価格の代替品で満足されるため、品質やブランド力によって高価格の製品を販売する戦略では苦戦する分野もある。特に中国・台湾・韓国の台頭が著しく価格競争が熾烈(しれつ)な電気・電子製品では品質だけでシェアを維持するのは難しいが、自動車分野においては日本企業は大きなプレゼンスとシェアを維持している。品質にこだわり高品質の製品を製造し続ける日本企業は素晴らしいと思う」と話す。

さらに、「日本企業の弱点は意思決定が遅いことだ。韓国企業は意思決定が速く、強気の交渉を行う。日本のビジネスでは関係構築が重要であり、取引よりも相手を信頼できるかどうかが重要だが、韓国企業ではビジネスは取引である。米国でもビジネス=取引の傾向は強いが、信頼関係もある程度重要だ」と語り、品質と信頼関係を大切にする日本企業にエールを送った。

略歴

アントン・ブラウン(R. Anton Braun)
アトランタ連邦準備銀行調査エコノミスト兼シニア・アドバイザー
1958年生まれ。インディアナ大学経済学部卒業、カーネギー・メロン大学大学院経済学部修士号・博士号取得。ミネアポリス連邦準備銀行、スペインの大学客員教授、東京大学教授などを歴任後、2010年から現職。現在、慶応大学の客員教授も務める。経済・金融政策ほか、日本に関する著書多数。旧日本興行銀行・第一生命などへのコンサルティング実績も。妻は日本人。

ジム・ウィットコム(James J. Whitcomb)
J.P.モルガン銀行マルチナショナル・コーポレーションズ部門エグゼクティブ・ディレクター
1961年生まれ。大学時代、交換留学生として上智大学に1年間留学、日本語と空手を学ぶ。三井信託銀行ニューヨーク支店、ワコビア証券東京支店などを経て、J.P.モルガン銀行アトランタ支店で日本ほか外国企業を担当。日本語が堪能。妻は中国人で、当地韓国商工会会長も務めるなど、アジア諸国の事情に詳しい。

ジム・リード(Jim Reed)
YKKコーポレーション・オブ・アメリカ社長
1967年生まれ。バージニア大学卒業、ジョージア大学法科大学院修了。大学時代、関西外語大学に1年間交換留学、ホームステイし日本語と日本の法律、剣道を習う。アトランタにて弁護士事務所・米国企業法務部門などを経て2009年からYKKに勤務。2017年5月に社長就任。

ジェシカ・コルク(Jessica Cork)
YKKコーポレーション・オブ・アメリカ広報部門バイス・プレジデント
1975年生まれ。高校時代、広島県三原市に2ヶ月間ホームステイ。大学で日本語を専攻し、国際基督教大学に1年間交換留学、ホームステイ。JETプログラムのコーディネーター、在アトランタ日本国総領事館などを経て、2013年から現職。夫も日系企業に勤務し、4人の子女を現地全日制日本人学校に通わせる。2006年にはジョージア日本人商工会より日米関係強化への貢献につき表彰。

インタビューは、以下の日に行った。
アントン・ブラウン氏:2018年5月25日
ジム・ウィットコム氏:2018年5月31日
ジム・リード氏およびジェシカ・コルク氏:2018年6月6日

執筆者紹介
ジェトロ・アトランタ事務所 マネジャー
ラマース 直子(ラマース なおこ)
2015年よりジェトロ・アトランタ事務所勤務。調査・貿易相談・現地日系企業支援業務等を担当。

この特集の記事

※随時記事を追加していきます。