特集:世界の知日家の眼日本市場を外国に開放し、海外に通じるビジネスモデルづくりを(タイその1)
タノン・ビダヤ氏:元タイ財務相

2018年12月5日

元タイ財務相のタノン・ビダヤ氏は、1965年から1970年にかけて日本への留学経験があり、タイにおける知日家の代表格。民間企業のトップを数多く経験し、アジア通貨危機が起こった1997年には財務相として変動相場制への移行を断行した。さらに、国家経済社会開発庁長官(2001年~2005年)、商務相(2005年)を経て、再度、財務相(2005~2006年)を歴任。同氏に、日本経済に対する意見や提言を聞いた(10月22日)。


タノン・ビダヤ氏(ジェトロ撮影)
質問:
日本の印象は。
答え:
私は日本に17歳(1965年)から5年間滞在したが、その時期は日本の高度経済成長期に当たり、各地に高速道路が整備され、東京では霞が関ビルが完成したころであり、日本経済の力強さには非常に感銘を受けた。大学在学中は、アルバイトや日本文化に触れることに明け暮れていたが、私に対して日本人は親切に接してくれたことに加え、宗教的なつながりを感じ、私の日本滞在は非常に有益なものだったと思っている。また、茶道、華道、柔道、剣道などに打ち込む日本人からは集中力と自律心を感じたほか、夏祭りのために地域住民が集まって練習するなど、日本人のチームワークはとても印象深く、この点は日本が他のアジア諸国と異なる部分であると思う。日本は以前から、中国やインド、欧米から技術や制度といったさまざまなものを取り入れているが、それらを既存の価値観にうまく溶け込ませ、「ジャパナイズ」して文化を保ってきた。日本以外の国ではそのようなことはあまり見られない。
質問:
タイ人と日本人の相違点は。
答え:
タイは日本と同じ農耕民族であり、また中国やインドから文化面での影響を受けている点は同一であるが、タイ人はチームのために団結すべきと教えられているわけではない。タイは国土が豊かで災害も少なく、日本と比べて団結する必要性がそもそも乏しいのかもしれない。日本はタイに比べて気候条件が厳しく、災害も多いため、日本人は助け合いながら、それらを乗り越える知恵を身に付けてきたのだろう。
質問:
日本経済の強みと弱みは。
答え:
私が日本にいた1960年代や1970年代に、日本経済は大きく飛躍し、世界第2位の経済大国となった。私の考えでは、さまざまな技術を日本人自身がつくり出し、集積させたことがその要因である。日本が明治以降、欧米列強から技術を導入した際も、日本は技術をそのまま導入するだけでなく、それらを日本式にアレンジした。例えば、会社経営の面では欧米型のものをそのまま取り入れるのではなく、チームワークに基づく独自の日本型経営として完成させた。しかし、それらの成功が欧米から脅威とされ、金融などの市場開放を迫られたことが一因となり、日本経済は長期低迷に陥ることになった。
プラザ合意のあった1980年代以降、日系企業のグローバル化が進み、海外で高い利益を上げる構造ができている。国内で培った十分な技術力を背景に、官民が力を合わせて海外展開を進めたことが成功をもたらしている。他方で、多くの日系企業はマーケティングの大半を国内市場に依存しているため、海外展開をする際には言語や日系企業独自の企業文化が海外展開の障害となっていることは明らかだ。外から得られたノウハウや仕組みを日本式に転換する「ドメスティケーション」は日本の強みでもあるとともに、弱みでもある。イノベーションなど、技術力で日本の右に出るような国は少ないことから、こういった弱点は早急に克服すべきだ。
また、もう1つの弱点としては、「日本型システム」は非常に精緻に作りこまれている半面、柔軟性がないことが特徴として挙げられ、世界で受け入れられる形式とは限らない。電子商取引サイト(EC)はその一例だ。タイでも日本製品の人気は高いが、インターネット上でタイ人が日本のサイトにアクセスして購入するのは容易ではなく、実際には中国のアリババやシンガポールのラザダといったサイトを通して買っている状況である。日本型システムの良い部分を残しつつ、外国人が受け入れやすい形に変更を加える努力を惜しんではならない。
質問:
今後、日本がすべきことは。
答え:
日本を訪問するタイ人観光客数は、ビザ免除の効果で100万人を超えるなど、急速に伸びている。観光客の行動を見て、日本人自身も何をすべきかに気づき始めており、またタイ人自身も日本観光の経験を踏まえ、電子商取引サイトを構築して、日本製品を販売するケースもみられるようになった。日本のシステムやサービスを海外展開する際の追加開発コストはそれほど大きくないはずであり、ユニバーサルな形式で日本型システムが構築できれば、日本経済の潜在的な成長を大きく後押しすることになるだろう。そのほか、日本は労働市場も開放すべきだ。中小企業でも、労働力不足解消のために安価な外国人労働者の受け入れを進めれば、メリットは大きいはずだ。
質問:
日本とタイの経済関係について。
答え:
今も日本はタイにとって最大の投資元となっているが、タイに多くの日本企業が集積しているのは幸運だった。それにより、タイは過去30年間、(日本企業による)研究開発(R&D)投資などをもとに、産業の高度化を実現できた。

略歴

タノン・ビダヤ(Dr. Thanong Bidaya)
元タイ財務相。1965年に日本政府の国費留学生として、横浜国立大学に留学。その後、1971年にフォード財団の奨学生として米国ノースウェスタン大学に留学し、1978年に博士号(経営学)取得。現チョーガンチャン電力取締役会長。1947年生まれ。
執筆者紹介
ジェトロ・バンコク事務所
阿部 桂三(あべ かつみ)
2016年より、ジェトロ・バンコク事務所勤務。

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