中東・アフリカのグリーンビジネスの今波動発電は港湾施設の脱炭素に貢献、各国での普及を目指す(モロッコ)

2023年11月17日

モロッコの最北端、ジブラルタル海峡の南岸にある、アフリカ・地中海地域最大級の規模を誇るタンジェMED港に、グリーン系スタートアップであるアタレック(ATAREC(フランス語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)が開発した波動発電プロトタイプ装置「ウェーブ・ビート(Wave Beat)」が設置されている。防波堤の外海に面している部分にあり、現場視察の際、マリンブルーの沖を大型貨物船が行き来する足元で、打ち寄せる波を電力に変える装置が波に合わせて「グググ」という音を立てて、ゆったりとした上下動を繰り返していた。

装置の設置場所は、港湾施設内の保税地域にあたり、身分証明書の提示と登録、施設内チェックポイントで入退所検査を受ける必要があり、容易には近づけない状況だ。今回、現場視察を行った際、マネージング・ディレクターで創設者の一人であるモハメッド・タハ・エル・ワリヤチ(Mohamed Taha El Ouaryachi)氏に、同社のビジネスについて聞いた(取材日:2023年9月27日)。


「タンジェMED港コンテナ埠頭」(ジェトロ撮影)

「上空から見たタンジェMED港
(模型)」(ジェトロ撮影)

「ウェーブ・ビートが設置されたタンジェMED港の防波堤」(ジェトロ撮影)

港湾エンジニアが創業

国内でも有数の港湾管理運営組織であるタンジェMEDとの協力により誕生したアタレックは、当時、同組織のスタッフだった海洋・港湾施設に詳しいモハメッド・タハ・エル・ワリヤチ氏と電子機械に詳しいオサマ・ノール(Oussama Nour)氏によって2019年に着想され、2020年にタンジェMED港の支援を得て設立に至った。同年、ウェーブ・ビートをタンジェMED港に設置し、研究施設も敷地内に構えた。

これまでに、国連にその取り組みが認められ、アフリカや欧州、アラブ地域でのスタートアップコンペでも高い評価を得た。さらにマイクロソフトや、国内の有力理工系大学であるモハメッド6世工科大学(UM6P)の支援を得るなど、ビジネスチャンス拡大の機会をうかがっている。

現在のプロトタイプ装置は、骨格フレームをモロッコで製造し、センサーや発電装置などを、ドイツやスペイン、トルコなど近隣諸国から調達して組み立てている。

タンジェMED港にプロトタイプ59基設置した場合の性能試算では、発電力750キロワット(kW)、年間発電量1,200~2,000メガワット時(MWh)、導入コスト70万~90万ユーロ、二酸化炭素削減量は年間950~1,600トンだ。天候に左右されないため太陽光の3倍の発電能力を持ち、岸壁に設置するためメンテナンスアクセスも容易な点が特徴である。加えて、港湾エリアの電力需要への対応のため、長い送電や電力保存設備も不要だという。


創業者の一人モハメッド・タハ・エル・ワリヤチ氏(ジェトロ撮影)

EUの脱炭素化社会への対応を目指す

欧州各国は、脱炭素に向けて再生可能エネルギー普及に取り組んでおり、取り組みが不十分だと見られれば、今後、欧州の顧客が取引を避ける可能性も考えられる。そのため、欧州向けの流通拠点であるタンジェMED港は対応を急いでいる。同港では、船舶への電力供給も含め、港湾で使用する電力の完全グリーン化を目指しており、同社では、59基の波動発電装置を防波堤に設置することで課題解決に貢献できるとする。さらにすべての設置可能場所に装置を据え付けると、近隣都市のテトゥアン(人口約60万人、2021年モロッコ統計局HCP)の電力消費量に匹敵する発電が可能という。

同社のエル・ワリヤチ氏は、例えば、モロッコの西方、北大西洋に浮かぶポルトガル領マデイラ島では海岸の一部に複数の波動発電装置を設置することで、島の電力を再生可能エネルギーで十分賄うことができるという。現在、オランダや中東のエネルギービジネス関係者とも情報交換を始めている。

同社の装置は岸壁などに打ち寄せる波の上下運動を利用しており、波の上下幅が大きい程、発電効率が高まる。欧州ではフランスやデンマーク、英国、中東ではレバノン、北米では米国西海岸やカナダ東海岸、メキシコ、そして日本では秋田港の岸壁などが適地として注目されている。

ビジネス展開の可能性のある欧米や中東、オーストラリア、そして日本など世界70カ国以上で特許を申請中だ。

製造の面では、特にメイド・イン・モロッコにこだわっておらず、品質と価格のバランスで新しいサプライヤーを探したいとしている。一方、一部に油圧部品を使っているため、技術面で気を付けていることとして、破損して油が流出しないようにすることなどいくつかポイントを挙げた。

日本市場に関心、特許も取得済み

エル・ワリヤチ氏は、「日本は長い海岸線を持っている。沿岸付近で発電が可能な、ウェーブ・ビートのような波動発電の技術は、今後日本でも普及する可能性がある」と考えており、日本のパートナーとの連携に期待している。エル・ワリヤチ氏に、日本は毎年大型の台風に襲われ、沿岸は大きな波に洗われるが、ウェーブ・ビートに影響はないかを聞いたところ、海面に浮かぶ大型の浮きの部分を水中に沈めることで、台風の影響を回避できるとのことだ。

日本にも数多く離島や漁村があるが、風力発電や太陽光発電の設備を置ける場所は限られてしまう。防波堤に設置できる発電装置は、コスト次第では地方での局地的な再生可能エネルギー発電の普及に一役買える可能性がある。

執筆者紹介
ジェトロ・ラバト事務所長
本田 雅英 (ほんだ まさひで)
1988年、ジェトロ入構。総務部、企画部、ジェトロ福井、ジェトロ静岡などで勤務。海外はハンガリーに3度赴任。ジェトロ鳥取を経て2021年7月から現職。

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