中東・アフリカのグリーンビジネスの今エルグバン、トルコ初の環境価値取引市場を創設

2023年9月22日

脱炭素に向けた動きが世界的に加速しており、世界各国の政府は二酸化炭素(CO2)排出量の削減目標を掲げ、各国企業もカーボンニュートラルの実現に向けてさまざまな対策を実施している。トルコにとって、主要な輸出先である欧州連合(EU)の炭素国境調整メカニズム(CBAM)などの規制に対応することは、重要な課題となっており、トルコ企業は、CO2排出量の削減や再生可能エネルギーへの転換など、脱炭素に向けた取り組みを行っている〔2022年11月2日付地域・分析レポート「欧州グリーンディールとの整合に意欲(トルコ)」、「民間企業も脱炭素に向け取り組む(トルコ)」参照〕。

CO2排出量を削減する方法として、カーボンクレジット(注1)やグリーン電力証書(REC、注2)といった「環境価値」の取引は世界的に活用されている。しかし、それらの取引市場は十分に整っておらず、ブローカーや大手コンサルティング会社に頼る部分も大きいため、企業にとっては大きなコスト圧力となると考えられる。こうした中、エルグバン(Erguvan)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますは、トルコで初めて環境価値取引プラットフォーム(市場)を設立し、環境価値の供給側と需要側が直接取引できる場を創出した。同社の共同創業者であるエユプハン・コチ(Eyuphan Koc)氏に、トルコ国内の環境価値取引市場について聞いた(取材日:2023年8月11日)。


エルグバンのエユプハン・コチ共同創業者(本人提供)
質問:
エルグバンの事業概要について。
答え:
当社は、気候変動との戦いに向けたデジタルインフラを提供する企業だ。B2Bの環境価値(カーボンクレジットとREC)取引市場や、API(注3)経由でのCO2排出量算定および排出量の可視化を含む法人向けデジタルインフラ、カーボンプライシング(注4)についての法人向け教育サービスを提供している。サステナビリティ目標を持つ企業がそれを達成するためにサポートし、カーボンクレジットとRECの需要側と供給側を引き合わせた環境価値取引プラットフォームにおいて、効率的で低コストの取引環境を提供している。
質問:
起業の背景は。
答え:
共同創業者のバルシュ・バラト(Barış Balat)社長は、当社を設立する前にエネルギーセクターでの勤務経験があり、その中で自主的炭素市場(VCM: Voluntary Carbon Markets)が抱えている高コスト、信頼感、アクセスの悪さなどの問題に直面した。従来のVCMでは、カーボンクレジットを購入したい企業が販売している企業を見つける環境が整っていないため、大手コンサルティング企業や、ブローカー経由でカーボンクレジットを購入するなど、取引自体のコストが非常に高かった。カーボンクレジットの価格に関しても、市場の情報が不明であり企業側が不利な状況で、ブローカーや、大手コンサルティング企業が提示する市場価格を信頼するしかない状況だった。我々は2021年に、需要側と供給側の両方にとって使いやすく、低コストで効率的な排出量取引市場を創り出すことを目指してエルグバンを起業した。
質問:
事業やサービスについて。
答え:
当社が提供するサービスは、「カーボンクレジットおよびREC取引市場」「CO2排出量の算定や可視化用のAPI」「カーボンプライシング、CO2排出量の削減などについての法人向け教育」として3つに分類できる。
当社のカーボンクレジットおよびREC取引市場では、需要側と供給側が市場のカーボンクレジット価格を確認し、価格に関しては交渉もできる。取引基準は、世界中に認められるベラ(Verra、注5)と、ゴールドスタンダード(GS、注6)が提供するものになっているため、安心して海外とトルコの間でもカーボンクレジットの取引が可能だ。カーボンクレジットの保管もでき、市場の需要と供給の情報を入手できる。このプラットフォームで、これまで総額2,000万ドル相当となる400万トンのカーボンクレジットが掲載された。顧客の半分は外資系企業、半分はトルコの企業だ。
CO2排出量の算定や可視化用のAPIは、顧客が利用しているデジタルシステムと連携し、その企業の活動によってCO2排出量の算定や可視化ができる。例えば、トルコの輸送会社エコル・ロジスティクスは当社のAPIを利用し、運輸ルートや、輸送方法(陸運、海運、貨物列車)などのタイプを考慮して、出発地点から到着地点までの間のCO2排出量を算定している。サプライヤーの排出量を確認し、スコープ3排出量(サプライヤーの活動による間接的な排出量)を削減するツールとしても利用できる。
また、エルグバン・アカデミーという教育サービスでは、カーボンプライシングやEUのCBAM、VCMなど各企業のカーボンニュートラルに関する意識を高め、企業に合わせた法人向けの教育を行う。
今後、AI(人工知能)を活用して顧客のCO2排出量を分析し、排出量の削減を提案できるシステムの提供も予定している。現在、2024年までに国内大手民間銀行のデニズバンクにこのシステムを提供する準備を進めている。今後、金融機関が資金を提供しているプロジェクトにおける参加企業のCO2排出量も重要な要素になってくるので、金融機関もこのようなサービスを利用せざるを得ない状況になる。
質問:
トルコのカーボンクレジット・ポテンシャルと、国内企業のカーボンニュートラルに関する意識の現状は。
答え:
トルコは年間約4,000万トンのカーボンクレジットを供給できるポテンシャルがある。現在、供給の95%が再生可能エネルギープロジェクトによるもので、残りはエネルギー以外のプロジェクトによるものだ。
トルコの国内企業をみると、中小企業に比べ、大手企業のほうが意識と関心が高く、排出量の削減に向けて準備を進めたり、カーボンニュートラルに向けてカーボンクレジットを購入したりしている。例えば、国内大手空港を経営するTAVエアポーツ・ホールディングは、トルコのアンカラ空港とイズミル空港、チュニジアのエンフィダ空港について、我々の取引市場経由でカーボンニュートラルを実現した。現状、CBAMの影響で、トルコ国内のセメント、鉄鋼、アルミニウム、肥料などのセクターが最もカーボンニュートラルに対する意識が高い。
質問:
日本企業へのアドバイスについて。
答え:
環境価値の取引を望む日系企業に、我々の取引市場の利用を提案したい。コンサティング企業やブローカーに依頼するより、直接的に環境価値の供給側とつながることは日系企業にとって多くのメリットがあるはずだ。トルコと欧州の距離と、欧州のCO2排出量に関するレギュレーションを考慮すると、トルコは投資先として重要な位置にあり、日系企業にとって貴重な投資先になりうる。当社はカーボンクレジットを生むプロジェクトのために海外から資金を調達することを検討している。今後、トルコで本セクターに関して協力を望む日系企業は大歓迎だ。

注1:
企業などが森林の保護や植林、省エネルギー機器導入などを行うことで生まれたCO2などの温室効果ガス(GHG)の削減効果(削減量、吸収量)をクレジット(排出権)として発行し、他の企業などとの間で取引できるようにする仕組み。
注2:
自然エネルギーにより発電される電気のCO2排出量削減といった環境付加価値を「グリーン電力証書」という形で証書化して取引する仕組み。これによりグリーン電力の発電設備を持たない企業などでも気候変動対策に参加することが可能となる。
注3:
アプリケーション・プログラミング・インターフェイス。アプリケーションの機能やデータを他のアプリケーションから呼び出して利用するための接続仕様・仕組みを指す。
注4:
炭素(二酸化炭素=CO2)などのGHGに価格付けをすること。GHG排出量の削減に向けて、排出者の行動を変容させるための手法の1つ。
注5:
代表的な自主的炭素市場における民間認証カーボンクレジットのVCS(Verified Carbon Standard)を運営する米国のNPO。
注6:
世界自然保護基金(WWF)のイニシアチブを前身として設立された、企業や政府によるCDM (クリーン開発メカニズム)や JI (共同実施)プロジェクトの質に関する認証を提供する国際NGO。
執筆者紹介
ジェトロ・イスタンブール事務所 国際貿易専門家
エライ・バシュ
2009年6月にトルコのチャナッカレ・オンセキズ・マルト大学教育学部日本語教育学科を卒業。その後、大阪大学に留学し、2014年3月に言語文化研究科言語文化専攻博士前期課程を修了。2015年3月からジェトロ・イスタンブール事務所で調査担当として勤務。

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