中東・アフリカのグリーンビジネスの今空気中の湿気から飲料水を作るスタートアップ(チュニジア)

2023年9月22日

チュニジアでは近年、「水ストレス」の解消が緊急課題となっている。チュニジア国立農業監視局 (ONAGRI) によると、2023年8月24日時点のダムの貯水量は約7億立方メートル(m3)で、過去3年間の平均の8割程度にとどまった。降水量が減少する一方で、人口増加なども影響して水の消費量は増加している。チュニジア農業省の調査によると、2021年の水消費のうち農業部門が全体の75% 、飲料水が23%を占めた。そのため、政府は「2050年に向けた水セクター戦略」を立て、海水の淡水化などによる水の生産量の増加と、排水の浄化による農業用水向け水資源の有効利用を進める計画だ。

チュニジア人エンジニアのイへブ・トリキ氏とモハメド・アリ・アビッド氏が2021年に立ち上げたスタートアップ「キュミュリュス・ウオーター(Kumulus Water)」は水資源を生成するという視点から、水不足に新たな解決策を提唱する。


キュミュリュス-1(同社提供)

同社の「キュミュリュス-1」は、空気中の湿気から1 日当たり20~30リットルの飲料水を生成する装置。サイズもコンパクトで、1m3の立方体に収まる。太陽光発電パックを装備できるため、どこでも作動する。 また、コントロールパネルとアプリを介したモバイル制御のオプションも搭載している。同社は2022年9月に米国やフランス、チュニジアの著名アクセラレーターやフランス公的投資銀行(Bpifrance)などからの100万ユーロの資金調達に成功した。2023年6月14~17日にパリで開催された欧州最大のイノベーションスタートアップ見本市「ビバ・テクノロジー(ビバテック)」に参加し、持続可能かつ経済的な方法で水を確実に供給するスマートマシンとして好評を博した。同見本市で主催者のビバテックと世界銀行グループの国際金融公社(IFC)が主催した「第2回アフリカテック・アワード」では、環境部門のベスト3社の中に選ばれている。


2023年6月14~17日にパリで開催された第7回イノベーション見本市「ビバ・テクノロジー」の参加ブース
(ジェトロ撮影)

7月12日にキュミュリュス・ウオーターのイへブ・トリキ最高経営責任者(CEO)にインタビューを行った。


同社のイへブ・トリキCEO(本人提供)
質問:
トリキCEOの経歴は。
答え:
20歳までチュニジアで就学後、フランスのエコール・ポリテクニーク(理工系グランゼコール、フランス最高峰の高等教育機関の1つ)や、米国のカリフォルニア大学バークレー校で環境工学を学んだ。その後、フランスで環境関係のビジネスアドバイザーとして活動し、ビジネス面の知見を積んだ。2011年からフランス、中東などで本格的に再生可能エネルギー関連の業務に従事し、エジプトの太陽光発電関連プロジェクトや、チュニジア環境省の技術顧問を務めた経験もある。その後、自らエンジェル投資家としてスタートアップに投資する中、エネルギー部門に比べて水資源へのビジネス界の関心が非常に低いことに気付き、この分野で自ら起業したいと考えた。
質問:
キュミュリュス・ウオーターの成り立ちは。
答え:
新型コロナウイルスがまん延した2020年、チュニジアの砂漠の奥地を車で旅行し、キャンプをする機会があった。朝起きると、車とテントの上に大量の露が降りているのに驚いた一方で、周りには水の空パックが捨ててあるのを見て、「この露から飲料水を作ることはできないか?」と考えた。チュニスに戻った後、同じ考えでプロジェクトを持つ企業があることを知り、マーケットがあることを確信した。北アフリカや南欧で競争相手になるような企業が存在しないことも確認し、キュミュリュス・ウオーターをフランスで立ち上げ、最初の支店をチュニスに開設した。現在では多くのオペレーションがチュニジアで行われている。
質問:
「キュミュリュス-1」とはどんな機能を持った機械か。
答え:
露の形成の原理を機械内で再現し、空気中の湿気から飲料水を作る機械だ。電源は一般のコンセントのほか、太陽光パネルとバッテリーでも稼働する。ソフトウエアとも連結しており、遠隔操作が可能で、生成した飲料水の量や質を確認することができる。これ以外に、人工知能(AI)・マシンラーニングの機能により、各地に設置された機械が収集する空気中の湿気や生成飲料水の質など、多量のデータ処理を行うことができ、飲料水の質の向上や、設置場所の気候の把握にも役立つ。
質問:
キュミュリュス・ウオーターの現在のビジネス状況は。
答え:
2022年に初めて100万ユーロの資金調達に成功し、製品のプロトタイプを作成した。その後、CEマーキング(注)を取得して販売を開始した。現在7台を販売済みで(1台がフランス、6台がチュニジア)、顧客はホテルと一般企業だ。ペットボトルの飲料水を宿泊客に提供する代わりに、エコで環境にやさしく、経済的なキュミュリュス-1の設置を促し、チュニジアの最高級ホテルと契約を結んだ。企業の社会的責任(CSR)の観点から関心を示したフランスの製薬大手サノフィとも提携し、チュニジア内陸のタタウインにある小学校4校にキュミュリュス-1を設置した。「水がないところで飲料水を提供する」というCSRの観点は当社にとって当然の使命と言える。一方で、ホテルや企業のオフィス向けには、環境インパクトへの意識改革に貢献する。この両方にアプローチする必要がある。
質問:
キュミュリュス・ウオーターの技術面の革新性は。
答え:
当社は2段階の技術的に異なる製品開発を行っている。「クイックテック」と「ディープテック」だ。前者はまず、キュミュリュス-1を導入先に適するように製造・改良する技術開発で、販売を目的としている。後者は、高度な研究を必要とする技術開発で、最新テクノロジーを用いて、当社の博士号取得者2人と博士課程の1人が研究開発プロジェクトを進めている。例えば、設置したキュミュリュス-1から得られるデータから飲料水の消費状況を把握し、需要に応じた飲料水の供給を可能にする技術の開発、味の最良化、遠隔制御技術の改良などを行っており、特許取得を準備している。内部の研究体制強化のみならず、大学との共同研究も行っている。
質問:
研究開発はどこを拠点に行われているか。
答え:
フランスとチュニジアにそれぞれ研究者を置き、両国で行っている。チュニジアには非常に優秀でポテンシャルの高い若い人材が多い。伝統的に非常にハイレベルな研究を行ってきたフランスと共同で研究することで、彼らのレベルの向上が可能となる。
質問:
チュニジアの現在の水資源の現状(水ストレス)は。
答え:
ダムの最大貯水量の40%を切っており、非常に厳しい状況だ。チュニジアのみならず、北アフリカ全体、そして南欧諸国が同じ問題を抱えている。気候変動による降水量の著しい低下が主因だが、加えて、配水インフラの老朽化による水質の悪化も共通した問題だ。水道水は非常に安い値段で国民に供給されているが、そのことが資金不足を生み、インフラ整備が十分に行われない構造的問題となっている。人口増加(チュニジアでは2020年に1,180万人だった人口が2050年に1,380万人に増加する見込み)も加わり、水不足は深刻化している。
質問:
水不足問題に対する政府の対応は。
答え:
チュニジア政府は水資源の問題に敏感で、われわれの意見に耳を傾けてくれる。他方で、水問題は多くの関係者との調整を要するため、法的規制改正など時間がかかる。
質問:
日本企業への期待は。
答え:
日本企業との連携には3つのアプローチを考えている。まずは技術提携や日本企業への製造委託、2番目に当社への投資、3番目は日本企業のCSR活動の一環として、飲料水が不足している北アフリカの学校や高齢者施設などにキュミュリュス-1を寄付するというかたちで協力を実現する可能性を模索したい。日本は世界最高の製造技術を持つ国だ。水分野でスタートアップとともにオープンイノベーションを行う意思を持ち、地中海地域での展開に関心がある日本企業との提携を希望する。

注:
CEマーキング:EUで流通・販売される製品が分野別に指定されたEU基準に適合していることを表示するマークで、製品の対象分野により、加盟国の認定を受けた第三者認証機関(NB)の認証を受ける必要がある場合と、自己宣言が認められる場合の2通りがある。
執筆者紹介
ジェトロ ・パリ事務所
渡辺レスパード智子(わたなべ・レスパード・ともこ)
ジェトロ・パリ事務所に2000年から勤務。アフリカデスク調査担当としてフランス及びフランス語圏アフリカ・マグレブ諸国に関する各種調査・情報発信を行う。

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