自動車の内需不振を輸出が補えず(タイ)
150万台目標は米国関税次第か
2025年6月27日
2024年のタイの自動車生産台数は146万8,997台で、前年比19.9%減となった。2025年も縮小傾向が続く。タイ工業連盟(FTI)は、2025年通年の生産台数を150万台と予測し、そのうち輸出向けが100万台、国内販売向けが50万台を見込む。本稿では、2024年の自動車の生産・販売の動向について分析する。
自然災害やパンデミックと同水準の生産規模
2024年はタイの自動車生産台数が150万台を下回った。これは過去15年間でみて、タイが大規模な洪水被害を受けた2011年(約145万7,795台)や、新型コロナウイルス禍の影響が深刻だった2020年(142万6,970台)と並ぶ低い水準だ(図1参照)。生産がピークに達した2012~2013年の250万台に近かった水準と比べて、4割も低い。2025年以降も、1~4月の生産台数は前年同期比12.0%減の45万6,749台と低調に推移している。

出所: FTI資料に基づきジェトロ作成
生産台数を月次でみると、2023年8月以降、20カ月連続で前年同月比マイナスとなっている(図2参照、2024年4月時点)。2024年については、1月に14万超の生産を記録したものの、その後は減少傾向が続き、12月は10万4,878台まで落ち込んだ。年平均では月次で約12万台の生産ペースとなった。他方、2025年は前年同月比で減少幅が縮小しており、底打ちへの期待が示唆されている。

出所:図1に同じ
2024年の生産をセグメント別にみると、バッテリー式電気自動車(BEV)と乗用車の一部を除き、全てのセグメントで減少した(表1参照)。乗用車は前年比13.7%減の54万9,752台、商用車は23.3%減の91万9,245台となった。自動車生産全体の6割強を構成するピックアップトラックは、22.4%減の89万3,700台だった。次いで構成比(25.5%)の大きい1,500cc以下の小型の乗用車についても、14.3%減の37万4,145台にとどまっている。BEVはこれまで中国からの輸入販売が主流だったが、BEVの販売奨励の条件として、タイでの一定の国内生産が課されており、2024年から中国メーカーの生産が稼働し始めている(2024年12月16日付地域・分析レポート参照)。
セグメント |
2022年 台数 |
2023年 台数 |
2024年 | ||
---|---|---|---|---|---|
台数 | 構成比 | 伸び率 | |||
乗用車 | 594,057 | 637,164 | 549,752 | 37.4% | △13.7% |
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444,809 | 436,472 | 374,145 | 25.5% | △14.3% |
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69,692 | 59,629 | 53,779 | 3.7% | △9.8% |
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38,220 | 57,416 | 58,566 | 4.0% | 2.0% |
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15,586 | 11,995 | 5,314 | 0.4% | △55.7% |
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— | — | 9,520 | 0.6% | — |
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25,750 | 71,652 | 48,428 | 3.3% | △32.4% |
商用車 | 1,289,458 | 1,197,822 | 919,245 | 62.6% | △23.3% |
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1,242,658 | 1,151,579 | 893,700 | 60.8% | △22.4% |
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39,970 | 37,475 | 16,847 | 1.1% | △55.0% |
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6,830 | 8,768 | 8,698 | 0.6% | △0.8% |
合計 | 1,883,515 | 1,834,986 | 1,468,997 | 100% | △19.9% |
出所:図1に同じ
内販は57万台、家計債務によりピックアップトラックが苦戦
2024年のタイの自動車国内販売台数は26.2%減の57万2,675台で、60万台を割り込んだのは2009年(54万8,871台)以来だ。ファーストカー減税制度により、2012年に140万台超まで販売が拡大したが、同制度は結果的に需要の先食いとなり、2014~2017年は反動で、約80万台前後で低迷した(図3参照)。2018~2019年は100万台程度まで回復したが、新型コロナ禍以降は100万台を超える水準には回復していない。直近の2025年1~4月についても、前年同期比4.8%減の20万386台にとどまり、回復基調はみられない。

出所:図1に同じ
2024年に国内販売が低迷した一因として、国内の家計債務問題が挙げられる。タイの家計債務残高は年々増加しており、対GDP比で2012年第1四半期(1~3月)の72.5%から2024年第4四半期(10~12月)には88.4%まで上昇した(図4参照)。家計債務の上昇に伴い、消費者が自動車購入時に申請するローンの審査が厳格化されており、販売の抑制要因になっている(2025年2月6日付ビジネス短信参照)。タイ中央銀行は、中期的な自動車産業の課題として、高齢化社会への移行に伴う国内市場の縮小や、配車サービスやレンタカーの利用を好む若者の消費行動などの構造変化を指摘している(2025年2月28日付ビジネス短信参照)。

出所:タイ中央銀行からジェトロ作成
セグメント別に国内販売台数をみると、商用車の四輪駆動車を除く全てのセグメントで前年割れとなった(表2参照)。販売の4割を占める乗用車は前年比23.3%減と、2023年の回復から反転して落ち込んだ。全体の6割強を占める商用車は27.9%減、特に構成比35.0%の1トンピックアップトラックは販売台数が4割近く落ち込んだ。
ピックアップトラックの主な購入者の農家や中小企業事業者が自動車ローンを借りづらくなったことが背景にあり、タイ財務省はピックアップトラックの購入支援として、1台当たり最大150万バーツ(約660万円、1バーツ=約4.4円)の融資保証を提供している(2025年4月1日付ビジネス短信参照)。また、引き締め傾向にあった金融政策についても、2023年9月に2.5%としていた政策金利を1.75%にまで引き下げている(2025年5月7日付ビジネス短信参照)。
セグメント |
2022年 台数 |
2023年 台数 |
2024年 | ||
---|---|---|---|---|---|
台数 | 構成比 | 伸び率 | |||
乗用車 | 265,123 | 292,384 | 224,156 | 39.1% | △23.3% |
商用車 | 584,265 | 483,396 | 348,519 | 60.9% | △27.9% |
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454,875 | 325,024 | 200,190 | 35.0% | △38.4% |
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15,040 | 13,509 | 7,222 | 1.3% | △46.5% |
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16,190 | 14,173 | 8,824 | 1.5% | △37.7% |
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82,921 | 114,608 | 117,800 | 20.6% | 2.8% |
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15,239 | 16,082 | 14,483 | 2.5% | △9.9% |
合計 | 849,388 | 775,780 | 572,675 | 100% | △26.2% |
出所:図1に同じ
日系上位ブランドはシェア維持、足元で中国飛躍
トヨタ・モーター・タイランド(TMT)の発表データに基づき、2024年のメーカー別の自動車販売台数をみると、首位はトヨタで22万356台(構成比38.5%、前年比17.1%減)、2位のいすゞが8万5,582台(同14.9%、43.7%減)、3位のホンダが7万6,574台(同13.4%、18.8%減)と続いた(表3参照)。前述したピックアップトラックの販売不振から、同製品を主に販売するいすゞが前年比でシェアを落とした一方、トヨタやホンダはシェアを伸ばした。日系ブランドが市場全体に占めるシェアは76.7%(1.1ポイント減)で、85.4%を占めていた2022年から1割近くシェアを落とした。特に乗用車に絞ると、日系ブランドのシェアは2022年の79.6%から64.8%にまで低下した(2025年2月6日付ビジネス短信参照)。
ブランド | 2022年 | 2023年 | 2024年 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
台数 | 構成比 | 台数 | 構成比 | 台数 | 構成比 | 伸び率 | |
トヨタ | 288,809 | 34.0% | 265,949 | 34.3% | 220,356 | 38.5% | △17.1% |
いすゞ | 212,491 | 25.0% | 151,935 | 19.6% | 85,582 | 14.9% | △43.7% |
ホンダ | 82,842 | 9.8% | 94,336 | 12.2% | 76,574 | 13.4% | △18.8% |
三菱自動車 | 50,385 | 5.9% | 32,668 | 4.2% | 27,318 | 4.8% | △16.4% |
日産 | 22,521 | 2.7% | 16,423 | 2.1% | 9,427 | 1.6% | △42.6% |
マツダ | 31,638 | 3.7% | 16,544 | 2.1% | 9,220 | 1.6% | △44.3% |
スズキ | 20,083 | 2.4% | 12,151 | 1.6% | 5,654 | 1.0% | △53.5% |
日野自動車 | 14,339 | 1.7% | 11,763 | 1.5% | 4,550 | 0.8% | △61.3% |
スバル | 2,282 | 0.3% | 1,682 | 0.2% | 697 | 0.1% | △58.6% |
日系ブランド計 | 725,390 | 85.4% | 603,451 | 77.8% | 439,378 | 76.7% | △27.2% |
BYD | 312 | 0.0% | 30,432 | 3.9% | 27,021 | 4.7% | △11.2% |
フォード | 43,628 | 5.1% | 36,483 | 4.7% | 20,893 | 3.6% | △42.7% |
MG | 27,293 | 3.2% | 27,311 | 3.5% | 17,239 | 3.0% | △36.9% |
NETA | 1,019 | 0.1% | 13,836 | 1.8% | 6,534 | 1.1% | △52.8% |
長城汽車(GWM) | 11,616 | 1.4% | 13,039 | 1.7% | 7,364 | 1.3% | △43.5% |
現代自動車 | 4,686 | 0.6% | 5,550 | 0.7% | 3,769 | 0.7% | △32.1% |
合計(その他含む) | 849,388 | 100% | 775,780 | 100% | 572,675 | 100% | △26.2% |
注:FTI発表のデータと数字が異なる。
出所:トヨタ・モーター・タイランド(TMT)
非日系ブランドでは、BYDが2万7,021台を売り上げ、全体の4.7%を占めた。日産やマツダを上回り、三菱自動車に肉薄する位置につけている。BEVを中心に攻勢を強める中国メーカーでは、BYDや上海汽車グループ傘下のMGは販売の落ち込みが小さいのに対して、長城汽車(GWM)やNETAは販売を半分程度に落とすなど、販売実績に差が出ている。2024年末に開催された「モーター・エキスポ2024」では、中国ブランドが販売予約台数で初めて日系を上回った(2024年12月17日付ビジネス短信参照)。2025年3~4月の「バンコク国際モーターショー」でも、BYDが最多の9,819台の予約台数を記録して、トヨタ(9,615台)から首位の座を奪うなど、中国メーカーの躍進が鮮明になっている(2025年4月21日付ビジネス短信参照)。
輸出台数は堅調な伸び継続
2024年の自動車輸出台数は、前年比8.8%減の101万9,213台で、2021年以降3年連続で記録していたプラス成長からマイナスに転じた(図5参照)。新型コロナ禍の水準は上回っているものの、過去最高の2015年(約120万台)よりは低い水準が続く。直近の2025年1~4月でも、前年同期比14.8%減(29万288台)と落ち込んでいる。主な仕向け地としては、オセアニア(28.7%)やアジア(27%)、中東(19.5%)が並ぶ。その他は中南米9.3%、北米7.4%、欧州5.5%で、アフリカが2.6%の構成となった。

出所:図1に同じ
生産150万の達成は米国次第か
2025年の生産見通しについて、FTI自動車産業グループの会長顧問(広報担当)のスラポン・パイシットパッタナポン氏は、前年比2.1%増の約150万台と予測している。内訳は、内販向けが約50万台(全体の33.3%)、輸出向けが約100万台(66.7%)とした。同氏は、2025年の内販、輸出に影響を及ぼし得る影響を整理している(表4参照)。内販向けのポジティブな要因としては、EV3.0として前述のBEV国内生産(2023年4月25日付地域・分析レポート参照)に伴う内販増加や、観光業・輸出業の成長、政府支援による経済成長などが示されている。他方、その後、タイ国家経済社会開発委員会(NESDC)は、世界経済の減速や米国の関税措置などの保護主義的な措置を踏まえ、2025年のGDP成長率予測を中間値1.8%(前回予測2.8%)に下方修正している。下方修正の一因となった米国の関税措置については、タイ中央銀行が影響分析を行っている(2025年4月30日付ビジネス短信参照)。相互関税にかかる対米交渉や発動の有無・内容次第で、依然として不透明としつつも、工業製品や加工食品などで、2025年後半から輸出やタイ向け投資などに影響が出てくるとしており、タイ政府に対して対米交渉の加速化や外国製品との競争に備えた対策などを急ぐよう提言している(2025年4月30日付ビジネス短信参照)
影響要因 | 国内販売 | 輸出 |
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ポジティブ |
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ネガティブ |
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注:1バーツ=約4.4円。
出所:FTIのリリースに基づきジェトロ作成
タイの自動車産業は、表4で挙げたようなポジティブ要因が効果を発揮することで、内販・輸出の両面で期待が持てる一方、米国の関税措置や家計債務問題、競争環境の変化などの課題も存在する。これらのネガティブ要因を克服するには、FTIが提言するように、政府と産業界が連携し、対米交渉の加速化や競争力強化策を講じることが不可欠だ。特に、サプライチェーンの脱炭素化による技術革新や、金利引き下げなどによる内需の底上げを図ることが求められる。また、輸出市場では、貿易相手国の規制強化に対応した製品開発や、新興市場への販路拡大がカギとなる。こうした戦略が実行できるかが、タイ自動車産業の持続的な成長、ASEANにおける競争力の維持・強化を左右する。

- 執筆者紹介
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ジェトロ・バンコク事務所 広域調査員
藪 恭兵(やぶ きょうへい) - 2013年、ジェトロ入構。経済産業省通商政策局経済連携課(日本のEPA/FTA交渉に従事)、戦略国際問題研究所(CSIS)日本部客員研究員、調査部国際経済課(経済安全保障)などを経て、2024年10月から現職。主な著書:『グローバルサプライチェーン再考:経済安保、ビジネスと人権、脱炭素が迫る変革』(編著、文眞堂)、『FTAの基礎と実践:賢く活用するための手引き』(共著、白水社)、『NAFTAからUSMCAへ-USMCAガイドブック』(共著、ジェトロ)。