特集:現地発!アジア・オセアニア進出日系企業の今-2020豊富な労働力と優れた優遇税制が良好な経営を後押し(フィリピン)

2020年2月25日

国民の平均年齢が24歳と日本の約2分の1の若さで、高い英語能力を備えた労働力の宝庫であるフィリピン。人口は毎年約200万人のペースで増加し、まもなく1億1,000万人に迫るとされる。ASEANの中でも低い人件費と賃金上昇率を維持し、PEZA(フィリピン経済特区庁)などの優れた税制優遇制度を活用し、在フィリピンの日系企業はASEANで最も高い黒字率を誇る。

そうした魅力ある投資先であるにもかかわらず、ベトナムなど近隣のASEAN諸国と比較しても日系企業の新規進出案件は少ない。日本から見ると、現地の実情とは少なからずかけ離れた治安、汚職、自然災害へのリスクイメージが付きまとう。そうしたフィリピンで、実際にビジネスを行う日系企業139社(製造業73、非製造業66)を対象にジェトロが実施した「2019年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査(以下、調査)」から、フィリピンの実態を概観する。

営業利益黒字企業割合でASEANトップ、半数が事業拡大へ

2019年の営業利益見込みを「黒字」とした在フィリピンの日系企業の割合は69%と、前年比で7ポイント減少したものの、ベトナム、インドネシア、タイ、マレーシア、中国、インドと比較した場合、黒字を見込む日系企業の割合は2014年以降6年連続でフィリピンが最も高い。2012年以降、フィリピンは7年連続で6%台の経済成長を維持しており、順調な経済を背景にGDPの約7割を占める内需が拡大し、米中貿易摩擦やブレグジット(英国のEU離脱)といった不確定な外的要素は存在するものの、輸出加工型製造業を中心に外需をうまく取り込み、国内販売だけでなく、輸出の売り上げも順調なことが背景にある。

今後1~2年の事業展開の方向性について、「拡大する」と回答した在フィリピンの日系企業の割合は52%で前年と同率になったが、2年前(2017年)からは11ポイント減少した。また、「現状維持」と回答した日系企業の割合は45%で、前年比1ポイント減となった。

「拡大する」と回答した日系企業にその理由を聞いたところ、53%が「現地市場での売り上げ増加」、38%が「輸出拡大による売り上げ増加」、33%が「成長性、潜在力の高さ」を挙げた。しかし、「現地市場での売り上げ増加」を選ぶ日系企業の割合は、ベトナム(63%)、インドネシア(79%)、タイ(77%)に比べて低く、一方で「輸出拡大による売り上げ増加」の割合は、ベトナム(44%)、インドネシア(27%)、タイ(36%)と比べて比較的高い。また、売上高に占める輸出比率は61%と、ベトナム(53%)、インドネシア(24%)、タイ(29%)に比べて高く、拡大しつつある消費市場の獲得を目的とするよりも、依然として低廉な人件費や豊富な労働力を背景とした有望な輸出拠点として、フィリピンを捉える日系企業が多いことが分かる。

高い生産性と低い製造原価を誇る製造業

在フィリピン日系企業のうち、製造業の多くはルソン島南部のカラバルゾン地方を中心とした経済特区に立地し、その多くはPEZAの認可を受けている。2019年7月時点で、568社のPEZA認定の日系製造業(注)が存在し、業種別でみると、多い順に金属製品(137社)、ゴム・プラスチック製品(104社)、ラジオ、テレビおよび通信装置製造業(70社)、電気機械器具(47社)である。

日本の工場を100とした際のフィリピンの工場の生産性を聞いたところ、平均値は86.27となり、ベトナム(79.96)、インドネシア(74.40)、タイ(80.08)、マレーシア(76.20)と比較しても高い。また、日本の製造原価を100とした際のフィリピンの製造原価の平均値は72.8となり、ベトナム(73.9)、インドネシア(81.9)、タイ(79.8)、マレーシア(78.7)と比較しても低い。

加えて、人件費は製造業のワーカークラスで年間総額3,916ドルと、ベトナム(4,041ドル)、インドネシア(5,956ドル)、タイ(8,128ドル)、マレーシア(7,041ドル)より低く、技術者クラスでも6,265ドルと、ベトナム(8,217ドル)、インドネシア(9,078ドル)、タイ(1万4,505ドル)、マレーシア(1万3,380ドル)より低い。

こうした高い生産性と低い製造原価、低廉な人件費によって、在フィリピンの日系企業は高い黒字割合を維持していると考えられる。

コミュニケーションの取りやすさや税制優遇制度を評価

投資環境上のメリットについて、63%の日系企業が「言語・コミュニケーション上の障害の少なさ」を挙げた(表1参照)。小学校から英語で授業が実施されるフィリピンでは、学歴が比較的高くない労働者も日常会話が可能なレベルの英語能力を備え、職場においても日本人が理解可能な比較的簡単な英単語を選んで話してくれる。例えば工場長として日本から赴任し、英語の能力が比較的高くない日本人駐在員が、工場の末端のフィリピン人職員と意思の疎通が可能なケースが多く、こうした点が経営上のメリットとして認識されており、ベトナム(12%)、インドネシア(10%)、タイ(10%)に比べて高い数字になっている。

また、法人税、輸出入関税など税制面でのインセンティブを投資環境上のメリットとして挙げる日系企業の割合が33%で、ベトナム(7%)、インドネシア(4%)、タイ(9%)より高い。前述のとおり、568社もの日系製造業が入居するPEZAの工業団地では、法人所得税の3~6年間の免除(ITH)や、ITH終了後は売上総利益の5%を法人所得税とする特別所得税率の適用、そして関税、埠頭(ふとう)税、輸出税の免除、税関手続きの簡略化といった優遇制度が適用されている。一方で、PEZAを含む経済特区の税制優遇制度の抜本的見直しを規定する、税制改革第2弾法案「CITIRA法案(下院第4157号)」の審議状況を憂慮する声が高まっている。2020年1月31日時点でCITIRA法案は上院での審議が続いており、法案審議は2020年2月以降も継続される見込みだ(2019年12月16日付ビジネス短信参照)。

表1:フィリピンの投資環境上のメリット (回答社数138社、単位:%)
順位 回答項目 回答率
1 人件費の安さ 71.0
2 言語・コミュニケーション上の障害の少なさ 63.0
3 市場規模/成長性 40.6
4 (法人税、輸出入関税など) 税制面でのインセンティブ 33.3
5 従業員の雇いやすさ(一般ワーカー、一般スタッフ・事務員など) 32.6

出所:ジェトロ「2019年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」

現地調達や技術者確保の難しさを指摘

一方で、育たない現地の裾野産業に起因する低い現地調達率や、技術者の採用難が経営上の問題点として挙げられている。

在フィリピンの日系企業に経営上の問題点を聞いたところ、59%が「原材料・部品の現地調達の難しさ」を挙げた。これは、GDPに占める製造業の割合が約2割と低く、PEZAに立地する日系製造業に対して部品や原材料を供給できるサプライヤーの集積が十分でないフィリピンの実情を反映したものだ。ただし、ベトナム(56%)、インドネシア(59%)と比較して極めて高いというわけではなく、そして2018年の結果(61%)からも微減しているなど、状況が悪化しているわけではない。また、原材料・部品の調達先を2013年と2019年で比較すると、現地(28→33%)、日本(42→45%)、ASEAN(11→6%)、中国(9→3%)と、フィリピン国内や日本から調達を行う日系企業が微増していることが分かる。

また、製造業の日系企業のうち、44%が「人材(技術者) の採用難」を経営上の問題点として挙げた。大学進学率が約3割で理系の学科を持つ大学が少なく、雇用の受け手となる製造業の企業数も比較的少ないフィリピンでは、技術者の確保の難しさが以前から問題となっており、ベトナム(34%)、インドネシア(22%)、タイ(33%)と比較して高い数字になっている。

表2:フィリピンの経営上の課題(単位:%)
順位 項目 2019年 2018年
1 原材料・部品の現地調達の難しさ(n=41) 58.6 60.9
2 品質管理の難しさ(n=41) 58.6 48.4
3 従業員の質(n=73) 53.3 45.2
4 従業員の賃金上昇(n=61) 44.5 50.8
5 人材(技術者) の採用難(n=32) 44.4 36.3

出所:ジェトロ「2019年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」


注:
PEZA直営またはPEZAが認可した民間企業運営の工業団地に立地し、日本企業の出資割合が10%以上の日系製造業。
執筆者紹介
ジェトロ・マニラ事務所
坂田 和仁(さかた かずひと)
2007年、ジェトロ入構。産業技術部、沖縄事務所、ソウル事務所、企画部企画課などを経て、2017年より現職。

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