特集:中小企業の海外ビジネス、成功の秘訣インスタグラムを活用して欧州市場へ日本の美容師鋏を輸出/AURAFIC(福岡県)

2020年5月25日

AURAFIC(アウラフィック、本社:福岡県北九州市)は、ヘアケア・スキンケア製品の研究開発や美容師鋏(はさみ)の製造販売を行う企業。インスタグラムやフェイスブックなどのSNSをマーケティングに活用し、2019年に英国、フランス、米国、オーストラリアへの美容師鋏の輸出を次々と成功させた。SNSマーケティングと言えば、自社製品の画像などの掲載を通じて「いいね!」を集め、認知度や製品イメージ向上につなげる手法が一般的だが、同社は異なるアプローチで海外市場を切り開いた。ジェトロは同社代表取締役&CEO(最高経営責任者)の岩永友和氏に3月31日、その戦略や成功の秘訣(ひけつ)、今後の展開について聞いた。


AURAFIC代表取締役&CEOの岩永氏(ジェトロ撮影)

経営者として美容師が働き続けられる仕組みをつくる

AURAFICの創業は2017年と新しいが、岩永氏は2006年に北九州市内にヘアサロン「refu PRIVATE HAIR SALON」を構え、創業までに美容業界で25年の経験を積み重ねてきた。「美容師がヘアサロンだけで生計を立てていくのは難しくなってきている」と岩永氏は話す。厚生労働省の美容業の実態調査(注1)によると、全国的な人口減少に伴い多くの生活衛生関係事業者が施設数を減らす中、美容業の施設数は1999年以降、毎年増加を続けている。他方で、2015年3月末時点での全国のヘアサロンなどにおける1施設当たりの従業美容師数は平均2.10人と少ない上に、対象人口(5歳以上)499人に1施設の割合で出店されていることになり、少規模な施設同士による生存競争が厳しい。前述の調査でも、美容師の定着率が非常に低いことが示されている。これは労働環境や報酬待遇水準によると考えられる。岩永氏と同じころに独立してヘアサロンを構えた知り合いにも、けがや病気などをきっかけに閉業してしまう美容師が少なくなかったという。

20代のころにロサンゼルスのヘアサロンに研修留学するなど、海外の美容業界への関心が高かった岩永氏。「けがや病気などでヘアサロンを休まざるを得なくなったときにも、ヘアケア製品や美容師鋏などを販売、輸出することにより安定的に利益を得ることのできるビジネスモデルを構築する。それによって美容師も安心して働くことができ、美容師の仕事に関心を持つ若手が増える環境を整えたい」という経営理念も、輸出に取り組んだ1つのきっかけだった。

グローバルな製品開発、ローカルな販路開拓

日本市場向けのヘアケア製品がそのまま海外市場に通用するとは限らない。輸出先の土地の水質やそこに住む人々の髪質によって、ヘアケア製品の相性はまちまちだからだ。岩永氏は、日本に住む日本人にはもちろん、水質事情の異なる海外に住む日本人や、さらに髪質事情も異なる海外に住む外国人にも合うような商品の開発に取り組んだ。具体的には、美容成分を高濃度で配合したシャンプーやトリートメントなどのへアケア製品、流行りすたりがなく品質の高さが評価される美容師鋏など、グローバルに太刀打ちできる商品だ。

岩永氏は2017年に、自社ブランド「VICHELIA」(ヴィシェリア)を立ち上げた。同ブランドのヘアケア製品では製造委託先工場での配合は手作業で行うなど、原料から製造工程までこだわり抜いた。ラベルには人気アイスクリーム商品のパッケージデザインを担当したデザイナーを起用し、日本の伝統的な意匠である「青海波」を用いた。美容師鋏も、近年の機械化による大量生産品ではなく、製造委託先工房で数少ない熟練の職人が一本一本、手作業で鋳造・研磨をした、こだわりのある逸品だ。

製品の開発コンセプトとは対照的に、顧客に対してはあくまで1対1で向き合う。海外のヘアサロンに直接出向き、製品の製造工程を動画や画像を見せ、その場で使ってもらい、各美容師に丁寧に説明する。美容師鋏であれば、各美容師の要望に応じてサイズをカスタマイズするほか、国際郵便で海外からでもメンテナンスなどのアフターフォローをするという徹底ぶりだ。岩永氏が日々実際にヘアサロンで使っているものだからこそ、こだわり抜いた高品質な製品とプロ意識が世界の美容師から評価され、2019年度の相次ぐ発注へとつながった。


VICHELIAブランドの美容師鋏(AURAFIC提供)

インスタグラムでの地道なマーケティング

岩永氏の日々のマーケティングは帰宅後、夜10時から始まる。主に活用しているのは日本でも「インスタ映え」という流行語を生みだし、世界に約10億人のユーザーを有する写真共有アプリのインスタグラム(注2)。岩永氏は、ヘアケア製品や美容師鋏などの投稿写真・動画をハッシュタグ検索し、積極的に情報発信をしている美容師やヘアサロンを抽出。重点的にフォローするのは、世界に展開している大手ヘアケア製品メーカーの公式アンバサダーを務め、美容業界で大きな影響力を持ち「インフルエンサー」と呼ばれるユーザー(世界で活躍する美容師)だ。彼らの投稿、特に通常のフィード投稿とは別に、リアルタイムなやりとりができるストーリーズ投稿に「いいね!」や絵文字やコメントを送る。返事がないこともあるが、これを毎日1~2時間ひたすら続ける。地道なアプローチだ。

返事があれば、折を見て自社のヘアケア製品や美容師鋏などの情報を打ち込む。さらに関心を示した美容師やヘアサロンとはメッセージで連絡を取り合い、アポを取り、海外に直接出向いて製品を紹介したり、サンプルとなる鋏を貸し出したりした。また、現地での営業活動で成約に至らなくても、後で購入してもらえるように、ペイパル(注3)で電子決済可能な日本語・英語併記のグローバル電子商取引(EC)サイトを事前に開設。インスタグラム、フェイスブックの同社ページともひもづけ、オンラインでの導線も用意した。


パリのヘアサロンにて、左が岩永氏(AURAFIC提供)

避けては通れない輸入規制、道が開けた市場性

シャンプーやトリートメントなどのヘアケア製品について、特に同社が世界の化粧品の最先端を走る市場として力をいれるEU市場では、日本の薬事法とは異なる現地輸入規制(注4)が障壁となった。「時間をかけて現地輸入規制の許可が下りたときには、すでに新しいトレンドが来ている。常に進化するEUの化粧品市場でビジネスを行うのはとても大変なこと」と岩永氏は話す。将来的には、現地規制に適合した製品をタイムリーに現地で生産すべく、同社では現在、フランスの化粧品工場と提携して試作品の研究開発を進めているところだ。

他方で、岩永氏が「予想外だった」と話すのが、美容師鋏の市場性の高さだった。フランスや英国においてヘアケア製品の営業活動を行う中で、現地の美容師からの美容師鋏の引き合いを受けたことがきっかけで、日本製の高品質な美容師鋏を求める美容師が海外にいることに気づいた。ヘアケア製品は「化粧品」として扱われるが、美容師鋏は「刃物」として扱われるため、輸入規則もハードルは各段に低い。2019年度はフランス、英国、米国、オーストラリアからの受注に対応した。2020年度も問い合わせが増えてきている。このことから、今後もジェトロの支援サービス「新輸出大国コンソーシアム」を利用しつつ、欧米諸国向け輸出の拡大とアジア市場の新規開拓に取り組む計画だ。美容師鋏を軸に、情報発信やデジタルマーケティングとアナログマーケティングの融合に力を入れるという。

海外に目を向けたときに、今まで見えなかった市場が見えてくる。岩永氏は使い慣れた美容師鋏で、新たな海外市場を切り開いた。


注1:
厚生労働省 第30回厚生科学審議会生活衛生適正化分科会 配布資料3「美容業の実態と経営改善の方策(抄)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.6MB)
注2:
米国フェイスブックが提供している、無料の写真・動画共有アプリ
注3:
米国ペイパルが提供している、オンライン決済サービス
注4:
ジェトロ 貿易・投資相談Q&A 化粧品の現地輸入規則および留意点:EU向け輸出参照
執筆者紹介
ジェトロ北九州
葛西 泰介(かっさい たいすけ)
2017年、ジェトロ入構。対日投資部対日投資課、外国企業誘致課を経て現職。

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