特集:中小企業の海外ビジネス、成功の秘訣アートトイレを世界へ、海外展示会出展の工夫/泰光住建(宮城県)
2023年9月7日
「トイレ空間をアートにしよう」。泰光住建(本社:宮城県仙台市)はそんな独創的なプロジェクトを手掛けている。1987年の設立以来、住宅や施設の水道・排水にかかわる全ての工事を行ってきたが、2011年の東日本大震災後、被災地の水道工事に携わったことをきっかけに、新しい考えが生まれた。代表取締役の赤間晃治氏は、人々が使用する中でトイレが汚くなるさまを目の当たりにし「自然ときれいに保ちたくなるような心地よい空間をトイレに作りたい」と考えた。その思いから生まれたのがトイレをアートにするARTOLETTAプロジェクトだ。海外展示会への出展準備に当たって、同社が取り組んでいる工夫について、赤間氏に聞いた。(取材日:2023年3月24日)
海外顧客の開拓は現地デザイナーとの協働で
ARTOLETTAは、トイレという空間そのものをアートにするプロジェクトだが、その要諦は便器のデコレーションにある。浮世絵など「和」を意識した絵や、イタリア風の柄が描かれた特殊フィルムで便器を装飾するものだが、丸みを帯びた物体にフィルムを張り付ける作業は決して簡単ではないという。同社の熟練した職人が1つ1つ丁寧に手掛けて、一般家庭にあるような普通の便器をアート作品に変貌させるのだ。アート作品となった便器を生かすための壁や床の装飾は、便器の購入者やビジネスパートナーと協働して作り上げ、「ARTOLETTA」という1つのトイレ空間を完成させる。
同社は、個人宅での作品に加え、日本国内では空港やJリーグのスタジアムや図書館、カフェなど商業施設のトイレを手掛ける。一方で、海外では、重量のある便器の輸送費や関税などで高価格になるため、ハイエンドな商業施設やホテルをターゲットに売り込みを行っている。
ハイエンドな施設に導入するには、現地の建築家やデザイナーに製品の価値を認めてもらい、彼らから顧客に対してコラボプロジェクトとして提案してもらうのが近道だ。そこで、泰光住建はアートに対して感度が高い関係者が集まるフランスの国際見本市「メゾン・エ・オブジェ」(以下、メゾン)への出展を複数回にわたって行ってきた。メゾンには、新型コロナウイルス感染流行後の2023年1月に3回目の出展を果たした。新型コロナ禍を経ての久々の出展ということで不安ではあったが、ふたを開けてみれば、コロナ禍前の出展時よりも得るものは大きかったという。パリのショールーム運営者や著名なデザイナー、サニタリ―関係の有名建築家とのコンタクトに加え、モナコからの引き合いも得ることができた。半年ほど経った今(2023年8月現在)では、パリ市内で2件の取扱店が決まり、具体的なプロモーションについて協議を重ねている。ほかにも、フランスの著名アーティストとのコラボプロジェクトが始動したり、モナコでは現地ギャラリーでの展示も企画したりしている。このような成果を得られた背景には、同社が進めてきた綿密な展示会準備がある。
一般的に、展示会は複数回出展しないと覚えてもらえず、効果は出ないともいわれるが、赤間氏は必ずしもそうとは言い切れないとみている。重要なことは、どの程度の予算で何を得るのかという費用対効果の観点を持つことと、出展目的の明確化だ。そして、その目的を達成するための準備をできる限り行うことだ。同氏は「出展はせずに視察だけする場合でも、その視察で何を得るのかを明確にしてから行かなければもったいない」と語る。
メゾンでは、日本国内の知名度向上を目的とし、はくをつけるために出展する企業も少なくないようだ。しかし、海外で自社の製品を売りたいと思うのであれば、出展のその先を考えなければならない。
赤間氏によると、同社は海外展示会への出展に当たってさまざまな工夫をしている。以下にその内容を紹介する。
QRコード設置による情報拡散
出展会場では、本格的な商談には発展しづらく、連絡先の交換で終わる場合が多い。そのため、展示会ではまず、どう集客するか、いかにSNSで拡散してもらうかが肝となる。特にメゾンのようなアート系の出展者が多い展示会で目立つようにするのは容易ではない。同社は、直近の出展で宇宙空間をテーマにした会場を設営するほか、現地で知名度のあるトイレメーカーとコラボを行い、来場者の注目を集めた。
さらに工夫をしたのが、ARTOLETTAのウェブサイトに飛ぶことができるQRコードの設置だ。写真のとおり、コラボトイレのすぐそばにQRコードを掲示する。来場者がスマホでトイレと記念写真を撮ろうとすると、意図しないままQRコードを読み込み、ARTOLETTAのウェブサイトに飛んでいくという仕組みだ。来場者はおのずとARTLETTAの詳細を知ることになる。
また、来場者がコラボトイレの写真をSNSにあげることで、副次的な効果ももたらす。業界関係者やメディアはメゾンに関連する投稿をチェックしている。ARTOLETTAの写真を見た彼らはその詳細を知りたいとき、画像がメインのSNSでは調べるすべがないが、写真の中にあるQRコードを読み取ることで同社のウェブサイトにたどり着くことができる。この工夫によってQRコードを読み込んだ雑誌記者から連絡があり、インタビューを受けることができた。お金のかからない小さな工夫だが、現地での知名度向上につながった。
デジタルパンフレットで展示会終了後にフォロー
1つ目の工夫によって多くの人々に自社製品情報を拡散し、連絡先を収集した後は、有力バイヤーや関係者へのフォローを行うことが重要になる。同社はブース来場者向けに、3つ折り1枚紙のパンフレットを用意するに当たって、リサイクル用紙と環境に配慮したインクを使い、印刷は現地で行うなど、持続可能な開発目標(SDGs)に配慮した。しかし、ほとんどの来場者はパンフレットを持って帰らず、代わりにQRコードを読み取ってデジタルパンフレットにアクセスしていた。赤間氏はこのような傾向を事前に予想し、デジタルパンフレットの内容を充実させていた。
デジタルパンフレット作成では、全体をレストランのメニューのようにおしゃれな雰囲気で作成し、フランス語表記、かつ来場者が見るだけでも楽しめるように工夫した。また、あえて「Coming Soon」の項目を作り、その部分をアップデートしたり、季節ごとに内容を更新したりした際は、その知らせを送るという名目で自然にコンタクトが取れるような仕掛けを取り入れた。直接的なリマインドや営業の連絡は嫌がられる可能性もあって気が引けるが、この方法だと気軽にコンタクトを継続できるという。
日本のギフトをきっかけにコネクション構築
誰でも、ギフトをもらうと、うれしいものだ。海外でもそれは変わらない。赤間氏は、「展示会業者との打ち合わせ」から「有名ブランドの店舗へのアポなしの訪問」まで、海外では買えない宮城県の地元産品を必ず持っていく。
絶対に入れてもらえないと思う店舗にも、せんべいや日本酒を持って訪問し、担当者と会えなくても、せっかく日本から持ってきたのだからと、みやげを置いていく。そうすると後日、「あのお菓子、おいしかったよ」と、先方から連絡をもらえることがある。たとえ現地の言葉が流暢(りゅうちょう)でなくても、ギフトはコミュニケーションを円滑にする手助けとなる。バイヤーや業者は日々、数多くの似たような問い合わせを受けているため、まずは彼らに自社のことを覚えてもらえるよう、相手に印象付けることを赤間氏は意識しているという。
赤間氏によると、このような小さな工夫の積み重ねと準備次第で展示会出展の効果が変わるという。たとえ初出展であっても、入念に下調べをし、使える機能やサービスは全て使うことで、現地に渡航する前にも得られる情報はたくさんあるという。同氏は「自ら調べて動くしかない。基礎的な部分はジェトロで教えてもらい、応用は自分で考える」と強調する。また、海外展示会への出展には、出展料やブースの装飾費、通訳費、展示品の輸送費、旅費など、それなりのコストがあり、決して少なくはない出費だが、だからこそ、費用対効果を大切にしたいという。
- 執筆者紹介
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ジェトロ企画部企画課 海外地域戦略班(中南米)
塩津 由希子(しおつ ゆきこ) - 2017年、ジェトロ入構。ビジネス展開支援部ビジネス展開支援課、ジェトロ仙台を経て、2023年5月から現職。