今知るべき、アジアの脱炭素など気候変動対策ビジネス再エネや炭素回収ビジネス、政策の後押し受け加速(マレーシア)

2023年10月31日

マレーシア政府は、2050年までの脱炭素化を目標に掲げ、再生可能エネルギー目標の改定やエネルギー移行ロードマップ策定など、関連政策を次々と打ち出している。脱炭素化に向けて取り組みを本格化させつつあるマレーシアでは、再エネ転換や二酸化炭素(CO2)回収などの重要分野が特定され、日系企業との連携を含め大企業の動きが先行している。

2050年までの脱炭素化に向け政策強化するアンワル政権

マレーシアではナジブ政権下の2017年、2050年までの脱炭素化達成を目標として掲げていた。この目標が正式に明記されたのが、中期計画である「第12次マレーシア計画(2021~2025年)」(2021年10月12日付ビジネス短信参照)であり、その達成に向けた「2030年までの炭素排出量45%削減」や、「2025年までに総発電容量に占める再生可能エネルギー(以下、再エネ)比率を31%までに高める」といった目標も、同計画で定められた。これを補完するための周辺政策としては例えば、2017年の「グリーンテクノロジーマスタープラン(2017~2030年)」で、エネルギー、製造、運輸、建設、廃棄物、水の主要6分野を軸に、環境技術の適用や各分野における目標が設定された。その後、「国家エネルギー政策2022-2040」(2022年9月27日付ビジネス短信参照)では、詳細な数値目標が追加されるなど、脱炭素化にむけた数々の政策が発表されてきた(図参照)。

図:マレーシアの脱炭素関連政策とその概要
石油政策1975。 石油資源の効率的な利用、 マレーシアの石油資源を探査、開発、生産するペトロナスの独占権を規定。エネルギー政策1979。供給 - 適切、安全、コスト効率の高いエネルギー供給。 利用 - エネルギーの効率的利用を促進、 環境への配慮 - 環境への悪影響を最小限に抑制。燃料多様化政策2000。 再エネを、エネルギー供給ミックスにおける5番目の資源へ、 エネルギーの効率的な利用を促進。環境政策2002。 環境の管理、環境品質の継続的改善、 天然資源の持続可能な利用を促進。バイオ燃料政策2006。 枯渇する化石燃料への依存を軽減するため、バイオ燃料の使用を推進。グリーン・テクノロジー政策2009。 エネルギーの自給と効率的な利用、 グリーンテクノロジーによる経済発展の促進、 環境を保全し、環境への悪影響を最小限に抑えつつ、生活の質を向上。気候変動政策2009。 持続可能な道筋の確立、 環境と天然資源の保護。再生可能エネルギーアクションプラン2010。 2025年までに電力容量構成の20%を再エネに 、 再エネー産業の成長、再エネコストの適正化、再エネへの意識向上。エネルギー効率化アクションプラン2015。 エネルギー効率化により、エネルギー需要をベースライン比で8%減へ。グリーンテクノロジー・マスタープラン2017。エネルギー、製造、運輸、建築、廃棄物、水の6分野を網羅する根本政策。2030年までに、GDPあたりの温室効果ガス排出量を2005年比で45%削減。低炭素モビリティー・ブループリント2021-2030。EV普及に向けた行動計画。輸送燃料の利用削減、EV導入、代替燃料導入、輸送手段の転換。第12次マレーシア計画(2021-2025)。3本柱の一つに持続可能性設定。2025年までに、電力供給量に占める再エネ比率を31%とする目標を再確認。太陽光やバイオマス等の再エネの重要性に言及。再生可能エネルギーロードマップ2021。水力に加え、太陽光を中心に再エネ比率を2025 年までに31%、2035年までに40%へ引き上げ。国家エネルギー政策2022-2040。12の戦略と31のアクションプランの下、9つの目標を設定。エネルギー移行ロードマップ(NETR)第1弾。カーボンニュートラル実現に向け、政府として注力すべき6分野10基幹プロジェクトを特定。エネルギー移行ロードマップ(NETR)第2弾。基金設立や国家評議会による統治を柱に、プロジェクトを実行するための具体策や目標を設定。第12次マレーシア計画中間検査報告(2023年9月)で、NETRへの準拠を強調。2023年5月には、2050年までに再エネ比率70%へ目標更新。水素経済・技術ロードマップ(2023年10月)、マレーシア初の水素関連行動計画。NETRを補完する位置付け。長期低排出発展戦略(LT-LEDS)は今後策定か。

注1:特に重要な目標が盛り込まれているものを抜粋。
注2:色付きは、現アンワル政権下の政策。
出所:各種政府資料から作成

アンワル政権発足後も、脱炭素に向けた機運は高まっている。2023年7月から8月にかけて、「国家エネルギー移行ロードマップ(NETR)」が経済省主導で大々的に打ち出された。第1弾では、6分野10基幹プロジェクトを特定し、ここに250億リンギ(約7,750億円、1リンギ=約31円)を投じることを発表(2023年8月1日付ビジネス短信参照)。第2弾ではこれに加えて、基金設立や国家エネルギー評議会による統治を柱に、これらプロジェクトを実行するための具体策や目標を盛り込んだ(2023年9月4日付ビジネス短信参照)。

特にマレーシアでは、化石燃料への依存を緩和すべく、再エネ転換に注力している。エネルギー委員会によると、2020年のマレーシアにおける電源構成は、石炭が37.9%、ガスが37.3%と、化石燃料が8割近くに達し、再エネは23.2%にとどまる。この状況を受け2023年5月には、再エネ比率を2050年までに70%まで高めることを目標として掲げた(2023年5月15日付ビジネス短信参照)。

再エネやCCUS分野にチャンス、日本企業との連携も

相次ぐ政策発表は、企業戦略にも影響を与えている。例えば、国営石油会社ペトロナスは2020年10月、アジアのエネルギー開発大手として初めて、2050年までの脱炭素化を宣言。再エネへのシフトや水素生産施設の開発などを通じた目標達成を目指している(注1)。

表では、NETRで打ち出された分類に基づき、2050年までの数値目標と、マレーシア国内における最近の連携事例をまとめた。例えば、再エネ分野では、先述した再エネ比率70%目標がNETRで改めて明記されたほか、石炭火力発電の2050年までの全廃が打ち出された。

表:マレーシアで展開される脱炭素関連の連携事業(2023年以降)
分野 NETRに基づく 2050年までの数値目標 主導省庁・企業名(かっこ内は国籍、マレーシア企業は表記なし) 発表
時期
概要
エネルギー効率
  • 産業部門:23%節減
  • 住宅部門:20%節減
天然資源・環境・気候変動省 - エネルギー効率化法案(EECA)の策定
運輸省 - 鉄道部門を対象としたエネルギー監査
インドネシア・マレーシア・タイ成長合同ビジネス協議会(IMT-GT JBC)、国営エネルギー効率サービス社 (EESL)(インド) 2023年2月 地域におけるエネルギー効率と持続可能慣行導入促進に関する覚書を締結。
ペトロナス、エネルギー・金属鉱物資源機構(日本) 2023年6月 メタンの排出量削減プロジェクトで協力。プロジェクトには、メタン定量化調査、焼却処理(フレアリング)ゼロ達成に向けた実行可能な解決策の検討、電化ハブに関する将来的な協力の潜在性調査を含む。
ジェンタリ、ケッペル(シンガポール) 2023年7月 東南アジアでの持続可能なエネルギーへの需要拡大を受け、環境関連事業で協働。再エネや低炭素エネルギー、EV(電気自動車)充電インフラなどに関する事業機会を共同で模索。エネルギー・アズ・ア・サービス(EaaS)推進も視野に。
再生可能エネルギー
  • 石炭火力発電を全廃
  • 再エネ比率70%
カザナ・ナショナル - 統合再エネゾーン開発
テナガ・ナショナル - 太陽光団地
テナガ・ナショナル - 水力発電ダムへの浮体式太陽光発電設備設置
サイムダービー - 住宅用太陽光発電
天然資源・環境・気候変動省、エネルギー委員会 - エネルギー貯蔵システム(ESS)
サバ州エネルギー委員会 - サバ州エネルギー保障イニシアチブ
トップグローブ、自然マレーシア(日本)(※) 2023年6月 ゴム手袋世界最大手トップグローブ、屋根置き型太陽光発電の運転開始。自然電力にとってはマレーシア初の事業。2022年4月に同社は、東南アジア最大級の浮体式太陽光発電の実現可能性調査で現地企業連合と覚書締結。
テナガ・ナショナル、ソーラーダック(オランダ)、ハイドロ・エクストルージョン(ノルウェー) 2023年6月 テナガ・ナショナルは、子会社を通じて欧州2社と共同で、ティオマン島沖に洋上浮体式太陽光発電設備を設置。
チタグローバル、ペトロナス・グローバル・テクニカル・ソリューションズ 2023年7月 バッテリーエネルギー貯蔵システム(BESS)実用化、バイオガス分野でのガスエンジンや水素活用、ペトロナス施設での廃棄物からのエネルギー回収、熱のエネルギー化、炭素回収・利用における、事業化調査で連携。
チタグローバル、マスダール(アラブ首長国連邦(UAE)) 2023年7月 マレーシア国内に太陽光発電所を共同で建設。バッテリーエネルギー貯蔵システム(BESS)や風力など、別の再エネ技術でも提携を模索。
ペラ州開発公社、TNBジェンコ 2023年8月 水力発電用ダムや貯水池に浮体式太陽光発電設備を設置。
水素
  • グリーン水素生産能力2.5MTPA(100万トン/年)
  • グレー水素を全廃
  • 水素ハブ3個
サラワク州経済開発公社エナジー - サラワク州水素ハブ
テナガ・ナショナル - 水素・アンモニア混焼
ペトロナス、エネルギー・金属鉱物資源機構(日本) 2023年3月 脱炭素推進協力覚書を締結。マレーシアと他地域における脱炭素分野を対象に事業創出へ向け協議を進める。水素・燃料アンモニアなどクリーンエネルギー、CCS(二酸化炭素の回収・貯留)、温室効果ガス排出管理などの技術開発や事業を促進。
ペトロナス・グローバル・テクニカル・ソリューションズ、IHI(日本)、大阪ガス(日本) 2023年4月 e-メタン製造事業基本設計の実施判断に向けた詳細検討を開始する覚書を締結。e-メタンは、グリーン水素などの非化石エネルギー源を原料として製造された合成メタン。2030年に、製造したe-メタンをペトロナスが液化し、日本などに輸出することを目指す。
TNBジェンコ、三菱重工業(日本)(注2)(※) 2023年6月 クリーン発電の重点分野である「水素の製造・輸送・貯蔵および関連インフラを含む水素とアンモニアのバリューチェーン構築」「火力発電所におけるカーボンフリー燃料の専焼・混焼技術」「CO2回収」で共同調査実施。
サラワク経済開発公社、住友商事(日本)、ENEOS(日本) 2023年6月 サラワク州のアバン・ジョハリ州首相は、ビントゥルで計画されている2つの水素製造プロジェクトについて、2027年の稼働を目指していると明らかに。うち、「H2オーンビル」事業は、住友商事とENEOSが参画している。事業化調査が完了し、数カ月以内に基本設計(FEED)へ進む見通し。
テナガ・ナショナル、ペトロナス 2023年8月 水素事業の事業化調査を実施することで合意。合意書は、両社が以前交わした覚書を基礎とするもの。ペトロナス子会社でクリーンエネルギー事業を手がけるジェンタリも参加し、グリーン水素関連の事業化調査を実施。
バイオエネルギー
  • バイオ燃料容量35億リットル
  • バイオ発電容量1.4ギガワット
天然資源・環境・気候変動省、エネルギー委員会 - バイオマスクラスターの開発
マラコフ - バイオマス混焼
サラワク生物多様性センター、サラワク・エナジー、ENEOS(日本)、ちとせグループ(日本) 2023年4月 サラワク州に藻類生産設備「ちとせカーボン・キャプチャ・セントラル(C4)」を開所。面積は5ヘクタールで、世界最大規模。隣接する火力発電所から出る排ガス中のCO2を活用し、バイオジェット燃料を製造。年間700トンのCO2を使用し350トンの藻類バイオマスを生産する目標を掲げる。
TNBジェンコ、IHI(日本) 2023年6月 アンモニアやバイオマス燃焼技術の適用に向けた検証を完了。今後はTNBジェンコの石炭火力発電所での脱炭素計画を策定し、同燃焼技術を実行。両者は、石炭火力発電所の脱炭素実現手段として、燃焼時にCO2を排出しないアンモニアや、再エネとして活用が期待されるバイオマスなどの燃焼技術につき協議を重ねていた。
キナジー・アドバンスメント、XSDインターナショナル・ペーパー(中国) 2023年7月 バイオマスを活用した発電・蒸気生成事業をケダ州クリムで進める。提携を通じてキナジー側は、バイオマスを燃料に1時間当たり最大30メガワットの電力と蒸気80トンを生成するスチームタービン・コージェネレーションプラントを開発、所有、運営。バイオマスの燃料には、パームヤシの空果房や木材チップを使用。
マレーシア工科大学・マレーシア日本国際工科院(MJIIT)、ユーグレナ(日本) 2023年8月 微細藻類や植物などバイオマスの共同研究に関する協定を締結。MJIIT内研究施設を活用し、微細藻類や植物などバイオマスの探索や、主にバイオ燃料の原料となるバイオマスの生産・利用の最大化・最適化に取り組む。
グリーンモビリティー
  • 都市公共交通機関比率60%
  • 市場総需要量(TIV)に占める電動車比率80%
  • 同、電動二輪車比率80%
  • 軽自動車の燃費最大30%低下
  • 大型自動車の燃費最大24%低下
  • 商用車にB30燃料導入
  • 大型車の水素自動車比率5%
  • 海上輸送燃料のグリーン燃料費40%
  • 持続可能な航空燃料(SAF)混合比47%
投資貿易産業省 - EV充電設備の設置
科学技術イノベーション省 - 移動式水素ステーションの設置
運輸省、プラサラナ - 公共交通機関の電子化
運輸省 - 駅や操車場などへの太陽光発電の導入
ペトロナス - バイオ燃料ハブ
サンビュー・グループ、ファーウェイ(中国) 2023年2月 EV充電、マイクログリッド、通信サイト近代化、エネルギー貯蔵ソリューション開発を含む覚書を締結。
ポス・マレーシア、インソン・ホールディングス 2023年6月 各地郵便局でEV充電設備の設置を進める。半島部の郵便局から開始し、配送車両のEV化を支援。年内に200台以上の電動バイクと140台以上の電動バンを半島部で導入する計画。
マレーシア航空、CHOOOSE(ノルウェー) 2023年6月 カーボンオフセット(排出量相殺)プログラムを開始。自主的に同プログラムに取り組む航空会社はマレーシアで初。ウェブサイトから航空券を予約する場合、利用者は搭乗する便のCO2排出量を計算し、同量のCO2削減や吸収、回避を目的としたプロジェクトに寄付できる。
JPMグループ、CETAグリーン・テクノロジーズ 2023年7月 EV用電池の試験や認証を行う拠点を設置。同様の施設は東南アジア初。EV電池や、水素と酸素を化学反応させ発電する水素パワートレインの試験や認証を行う。
ジェンタリ・グリーン・モビリティー、BMW(ドイツ) 2023年8月 グリーンモビリティーやソリューション、再エネ導入に向けた覚書を締結。BMWのディーラーを含む各種施設へのEV充電器インフラ設置や同社EV所有者向けの充電器サブスクなどの付加価値サービス、再エネインフラを共同で展開する可能性を模索。BMWマレーシアはこれまでに、国内各社と連携し1,000カ所を超える充電器を設置。
マレーシア・パーム油委員会、ペトロナス 2023年8月 持続可能な航空燃料(SAF)製造に向けた調査を進める。使用済みの食用油やパーム油工場の廃液を再生し、航空燃料として活用する方向性を探る。廃棄物の再生と削減の重要性を啓発する取り組みでも提携する方針。
二酸化炭素の回収・有効利用・貯留(CCUS)
  • CCUSクラスター3-6個
  • CO2貯留容量40-80MTPA
経済省 - CCUS関連法規制の策定
ペトロナス - サラワク州カサワリ・ランレバガス田開発
ペトロナス、エクソンモービル(米国) 2023年1月 CCS事業の開発契約を締結。2022年には、上流部門の低炭素化を推進するため、CCSソリューションに関する事業機会を共同で模索することで覚書を締結。今回の契約はこの次段階に当たり、CCSバリューチェーンでの技術的範囲の確立、CO2貯蔵・利用における特定分野の評価、商業的枠組みの開発や規制・政策対応などを行う。
サラワク州営石油会社ペトロス、INPEX(日本) 2023年2月 CCS事業の開発に向けた共同協力協定を締結。サラワク州で、石油天然ガス開発やその他の産業から排出されるCO2を回収・貯留するための技術や実施方法に加え、対象となる施設の特定、経済性評価や事業スキームの検討を含む事業の実行可能性調査を行う。
ペトロナス、ポスコ(韓国) 2023年4月 CCSや水素など未来エネルギー事業で協力拡大。ポスコとペトロナスはLNG(液化天然ガス)事業で協力関係にあり、2021年には水素事業やCCS事業での協力を発表していた。両社は、ポスコの製鉄所で発生したCO2を回収してマレーシア海上に貯蔵する事業についての共同研究を行い、事業性評価を進めている。
TNBジェンコ、東芝エネルギーシステムズ(日本) 2023年6月 CCS技術の導入で検討を開始。マレーシアの火力発電所でのCCS技術導入を目指す。東芝エネルギーシステムズは2023年9月以降、自社施設でTNBジェンコの技術者を受け入れ、CCS設備の導入・運転に関する研修・人材育成支援などを行う。東芝エネルギーシステムズは、テナガの発電所4カ所に蒸気タービン19台を納入した実績あり。
ペトロナス、トタルエナジーズ(フランス)、三井物産(日本) 2023年6月 マレーシアでのCCSプロジェクトを共同実施。枯渇油田や塩水帯水層の貯蔵評価から、潜在的な顧客の開拓、商業的・法的枠組みの確立までCCS事業全体にわたって協力。アジア太平洋地域でのCCS事業推進にも期待。なお、ペトロナスと三井物産は2022年、CCSバリューチェーンに関する事業化調査の実施に向けた覚書を締結。
ペトロナス、SKエナジーなど韓国6社、韓国石油公社、シェルガス&パワー(オランダ) 2023年8月 ペトロナスが、韓国SKエナジーやサムスンエンジニアリングと推進するCCS事業に、韓国石油公社などが合流、新たに覚書締結。同事業は、韓国の産業団地で発生したCO2を収集した後にハブに集め、マレーシアに移送し貯蔵する事業。参加企業の拡大により技術力と専門性が強化され、CO2収集源も確保できる。

注1:太字はNETRで指定された基幹プロジェクト。その他は、NETRに基づきジェトロが分類。
注2:三菱重工業の取り組みは、水素のみならず再エネやCCUSなど複数分野にわたる。
注3:(※)は本文中で取り上げた2社。
出所:「国家エネルギー移行ロードマップ(NETR)」および各種報道から作成

マレーシアで商業利用されている再エネは、太陽光・水力・バイオマス/バイオガスの3種類だ(ジェトロ「マレーシアの再生可能エネルギーに関する市場調査」)。太陽光発電に参入する企業の1社が、再エネ発電事業を手掛ける自然電力(本社:福岡市)だ。同社の海外事業を行う子会社自然インターナショナルは、その傘下に東南アジア統括拠点である自然マレーシアを置く。自然マレーシアは2023年6月、同社にとってマレーシア初の事業として、ゴム手袋最大手トップグローブ・コーポレーションでの屋根置き型太陽光発電設備の運転を開始した。次いで8月には、キノコ生産を手掛けるホクトの工場でも、在マレーシア日系企業との間では初となるコーポレートPPA(長期電力購入契約)に基づき発電設備を設置。コーポレートPPAの契約期間は20年間で、その間CO2排出量を1万トン以上削減できる見込みだ。

自然インターナショナルの牛窪伶コーポレートPPAグローバル統括は、マレーシアでの展開可能性について「2023年5月以降、バーチャルPPA(VPPA)とも言われる、企業グリーン電力プログラム(CGPP)(注2)が始まり、当社も参入した。今後、脱炭素を目指す上では、PPAだけでなくVPPAが必須要件となる。そのサービスを提供できることは当社の強み」と期待を示す一方、「政府によるインセンティブとして、太陽光発電システムをリースする企業へのグリーン所得税免除(GITE)があるが、マレーシア資本60%以上が要件であり、外資企業には使いづらい」「2国間クレジット制度(JCM)の不在も問題(詳細後述)。当社はタイやベトナムでは、JCMを活用し、事業を展開しているが、日本はマレーシアとの間でJCMを締結しておらず、投資環境上の障壁と感じる。この点、天然資源・環境・気候変動省などにもロビイングを行っている」と述べた。

また、CO2回収・利用・貯留(CCUS)においても、ペトロナスを中核に国際連携が進む。国際エネルギー機関 (IEA)によれば、マレーシアのCO2貯留能力は合計で約800億トンと、東南アジア随一で、CCUSビジネスが秘める可能性は大きいとされる。多くの枯渇ガス田の存在や、過去の油田・ガス田開発を通じた精度の高い地質情報の蓄積などが背景にある(注3)。

ペトロナスと並び、幅広い分野で脱炭素化を推進するのがTNBだ(表参照)。そのTNBの子会社であるTNBジェンコと三菱重工業は2023年6月、クリーンエネルギー技術の調査に関する覚書を締結。水素・アンモニアなどのカーボンフリー燃料、CCSなどの重点分野で共同調査を実施する(同社プレスリリース参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。

三菱重工業クアラルンプール事務所の若杉大輔所長は、「一斉に脱炭素(ゼロカーボン)を目指すのは現実的ではない。現状、特に中堅以下の規模の企業は脱炭素対応コストを製品価格に転嫁できないため、急速な脱炭素化は難しい」「水素やアンモニアなどのクリーン燃料の活用が普及するまでは、低炭素(ローカーボン)アプローチも重要」との立場に立ち、技術提案を行っている。具体的には、新たな切り口でCO2削減を目指すソリューションとして、環境と経済性を追求した「熱電併給コージェネレーションシステム(エンジンシステム、およびガスタービン)」を展開。また、「有機ランキンサイクル(ORC)技術」は、排熱を活用し、発電とCO2削減を同時に達成できるのが強み。マレーシアでも、特に排熱量が多いセメント・鉄鋼業界を中心に導入を促したい考えだ。いずれのソリューションでも、三菱重工業としては設備・システムを販売しつつマレーシアの脱炭素目標に貢献、顧客としてもCO2を削減できるという、全ての当事者に裨益(ひえき)する構造が生まれる。

その一方で、急速に脱炭素社会へ転換する可能性も視野に入れ、水素・アンモニアの活用やCCS分野でのビジネスチャンスの拡大も念頭に置いている。同社のCO2回収技術は商用での排ガスからのCO2回収量で世界トップシェア(同社調べ)を誇り、導入検討が世界各地で進んでいる。例えば、マレーシアではケダ州の肥料プラントに既に設置されている。

若杉氏は、マレーシアにおける脱炭素関連ビジネスの展開にあたり、「NETRなど様々なロードマップが発表される一方、それぞれの相関性が見え難い。また、長期の産業戦略(後述するLT-LEDS)が存在していない。これがなければ真の脱炭素化は進まないのでは。政府によるインセンティブも、関連省庁が多岐にわたり全容を把握しづらい」と、課題を述べた。

具体的な行動計画や優遇措置にも期待

ジェトロの進出日系企業調査PDFファイル(1.7MB)によると、マレーシアで脱炭素に向けた何らかの取り組みを行っている、もしくはその予定がある日系企業は調査回答企業の76.0%に上る。他方、脱炭素ビジネス推進に向けた課題もいくつか指摘される(参考参照)。

参考:マレーシア進出日系企業の脱炭素に関する課題、および企業による現状での取り組み

課題
現地の低コスト第一志向
設備の省エネ化に必要なコスト捻出
政府目標と実態に乖離があり、脱炭素がビジネスにつながりにくい
政府の具体的な方針や規制が不明確
脱炭素取り組みをメリット化できる政府の制度設計がない
全従業員の意識の低さ、また国全体の環境意識も十分に高まっていない
取り組み事例や効果
太陽光発電の導入
製造工程での排熱を有効利用
雨水の再利用、倉庫での自然光利用
廃棄物の埋め立て処理ゼロ
石油資源の植物由来資源への置換
クリーンルーム空調運転方法の改善(夜間の制御精度調整、区画ごとの個別制御)
環境に配慮した新材料の開発と販売
顧客に対する再エネ利用の提案

出所:2022年度海外進出日系企業実態調査-アジア・オセアニア編-

「政府目標と実態に乖離がある」については、政府が掲げる各目標を達成するための、企業に課される取り組みやカーボンプライシングに対する姿勢が明確でないことが、本格的な脱炭素化推進を阻害しているとも言われる。具体的には、パリ協定に基づく長期低排出発展戦略(LT-LEDS)がマレーシアにおいては未策定だ。LT-LEDSが明らかになれば、産業界が果たすべき役割や炭素税に関する指針なども明示され、ビジネスチャンスも拡大すると考えられる。

また、「現地の低コスト第一志向」や「脱炭素の取り組みをメリット化できる制度設計がない」とは、各種インセンティブの不足や不在、そこに起因する「脱炭素化=高コスト」構造を示している。2023年10月13日に議会に提出された2024年度国家予算案では、グリーン投資を促す優遇策としては、環境技術の設備や資産の購入に関するグリーン投資税額控除(GITA)や既述のGITEなどの申請期限延長が盛り込まれ、対象となる適格活動も分野に応じて詳細に規定された。また、CCUS事業に対する優遇税制を新たに検討することも明記された。日本企業がこうした優遇措置を有効活用できるかどうかが鍵となる。

加えて、自然インターナショナルも指摘したJCMの不在も問題視される。JCMは、途上国などへの優れた脱炭素技術等の普及や対策実施を通じ、実現した温室効果ガス排出削減・吸収への日本の貢献を定量的に評価する制度だ。日本がほとんどのASEAN加盟国とJCMを締結する中、マレーシアとは未締結であり、制度の不在が同国の投資競争力を低下させている。

マレーシアには、クリーンエネルギー供給国としての潜在性があり、ビジネス拡大機運も着実に高まっている。日本との協業事例も多数あることから、日本の技術に対するニーズや関心も高いと言えよう。一方、複数の当事者が指摘する、詳細な行動計画の不在やインセンティブの不足が今後のビジネス拡大の足かせとならないよう、今後の着実な政策運営に期待したい。


注1:
脱炭素ビジネスの担い手については、ジェトロ「マレーシア・カーボンニュートラルキープレーヤー調査」も参照。
注2:
企業消費者が太陽光発電事業者から、太陽光エネルギーを仮想的に購入できるようにするマレーシア政府による再エネ推進イニシアチブ。
注3:
2023年度修正予算に基づき、CCUSを実施する企業、同サービスを提供する企業、および同サービスを利用する企業は、2027年末までに申請すれば優遇税制が供与される。
執筆者紹介
ジェトロ・クアラルンプール事務所
吾郷 伊都子(あごう いつこ)
2006年、ジェトロ入構。経済分析部、海外調査部、公益社団法人日本経済研究センター出向、海外調査部国際経済課を経て、2021年9月から現職。共著『メイド・イン・チャイナへの欧米流対抗策』(ジェトロ)、共著『FTAガイドブック2014』(ジェトロ)、編著『FTAの基礎と実践-賢く活用するための手引き-』(白水社)など。
執筆者紹介
ジェトロ・クアラルンプール事務所
ニサ・モハマド
2022年、ジェトロ入構。ジェトロ・クアラルンプール事務所で調査アシスタントを務める。