今知るべき、アジアの脱炭素など気候変動対策ビジネス炭素排出量の見える化に事業機会(カンボジア)
衛星など先端技術活用に関心集まる

2024年1月9日

世界銀行によれば、2020年の世界の温室効果ガス(GHG)総排出量に占めるカンボジアの割合は0.9%だ。しかし、経済発展や急速な都市化により、GHG排出量は増加傾向にある。同じく世界銀行によると、カンボジアにおける二酸化炭素(CO2)の排出量は、2013年の年間約570万トンから、2020年は約3倍の1,860万トンまで増加している。

カンボジアの主要産業は、縫製を中心とした製造業、農業、建設・不動産業、観光業であるが、特に製造業や農業において、脱炭素を目指す機運が高まっている。本稿では、カンボジアの縫製業や農業分野の脱炭素化に向けた動きや課題、事業機会について概説する。

脱炭素化を後押しする政策

カンボジア政府は、2050年のカーボンニュートラル達成を目指し、2021年12月に「カーボンニュートラル長期戦略(LT4CN)」を後発開発途上国で初めて国連に提出、農業、電力および工業プロセスなどの脱炭素化を推進している(2022年12月1日付ビジネス短信参照)。

2050年まで現状のまま脱炭素化に向けた対策が講じられないと仮定した場合(BAUシナリオ、注1)、カンボジアの国全体のGHG排出量はCO2換算で1億5,600万トン、そのうち農業分野の排出量は3,490万トンと推定される(全体の約2割)。そのため、カンボジア政府は、間断灌漑(注2)や化学肥料の使用(窒素ガス発生)を削減し、有機肥料へ転換することで、2050年までに同分野からのGHG排出量を1,560万トン削減し、1,930万トンとする方針だ。

一方、BAUシナリオで、2050年までに最も多くGHGを排出するのはエネルギー分野と見込まれている(8,270万トン)。そのため、上記の長期戦略(LT4CN)では、同分野にて、エネルギー使用の効率化や再生可能エネルギーの導入により、2050年までにBAUシナリオにおける排出量の66%にあたる5,430万トンを削減する計画だ。同様に、工業プロセス分野においては、BAUシナリオの85%にあたる910万トンのGHG排出量削減を目指す。

縫製業界の脱炭素化の動き

次に、カンボジアの主要産業である縫製業における動向を詳しく見てみよう。同産業では、主に原材料を中国などから輸入し、完成品を欧米向けに輸出している。そのため、欧米バイヤーのGHG排出削減に向けた取り組みは、製造元であるカンボジア企業にも要請され始めており、縫製業、製靴業、旅行用鞄(かばん)製造業などを中心に対応方法の検討が進んでいる。具体的には、再生可能エネルギーの導入によるエネルギー転換が主な対応となっている。

しかし、カンボジアでは、企業が電力公社から供給される電源について、再生可能エネルギーであっても、それを証明するグリーン電力証書の制度がまだ導入されていない。また、自社での再生可能エネルギー発電についても、企業ニーズに即した制度設計がまだ追いついていないのが現状だ。

例えば、2024年から運用開始とされている屋根置き太陽光パネル発電(自家利用および売電)に関しては、パネル設置可能件数などに制限が設けられている(クオーター制)。また、鉱山エネルギー省は、太陽光パネルによる自家発電コストが市場価格と比して安価となる場合、その分を補償税として政府に支払わなければならないとしており、企業が太陽光パネル導入するメリットは限られる。制度を改善し、企業による再生可能エネルギー活用を促進すべく、引き続き産業界と政府との協議を進める必要がある。

こうした中、カンボジア繊維・アパレル・履物・旅行用品協会(TAFTAC)は、ジェトロによるヒアリング(2023年8月時点)に対して、カンボジア縫製業における脱炭素関連の現地規制や企業の対応について、「現状、欧米の取引先からのカンボジア企業への強制的な脱炭素要求はないが、今後対応が必要となることを見越した備えが必要だ。自社でできる方法を模索するに際し、自社工場でのGHG排出量をまずは知り、そのための知識を深める必要がある」と話した。

こうした課題に対し、GHG排出量の可視化を支援する企業は、現地企業への教育プログラムの実施などを提案している。カンボジアにおけるGHG排出量削減に向けた関心や必要性の認識は産業界でも高まりつつあるが、地場で脱炭素ビジネスに関わる企業はまだ少なく、具体的な脱炭素化にかかるサービス提供としては、外資企業の参入に期待がかかる。

GHG排出量見える化の事業展開事例

カンボジアの脱炭素化を担う企業向けのサービス事例として、先述のGHG排出量の可視化に取り組むSEVEAを紹介する。フランス国籍の代表が創業した同社は、2012年にカンボジアに進出し、2023年初めごろからGHG排出量の算出に係る支援サービスを提供している。サービス内容は主に、顧客のエネルギー使用量やGHG排出量のデータを確認し、分析するものだ。

ジェトロによる同社へのヒアリング(2023年9月時点)によれば、現在、同社のサービスを利用しているのは、カンボジア国内の空港運営会社や旅行会社、世界的ビールメーカーなどだ。また、EUの国境炭素調整メカニズム(CBAM)の影響を受ける鉄鋼などの業界では、「スコープ3」と呼ばれる、他社からの間接排出を含むサプライチェーン全体での排出量の算定を進めている(注3)。そして、これら業界と取引関係があるカンボジア企業も、カーボンニュートラルに向けた取り組みが求められるが、排出量の算定に係る知識やノウハウ不足が課題として挙げられている。SEVEAは、こうした地場企業の課題解決を事業機会と捉えている。

農業分野では最先端技術を活用した脱炭素の取り組みに関心集まる

2023年8月11日に、ジェトロと宇宙航空研究開発機構(JAXA)の共催による「衛星データを活用したカーボンニュートラル、持続可能な開発目標(SDGs)の実現、農業の生産性向上などの課題解決に向けたイノベーション」をテーマとした、ネットワーキングシンポジウムがプノンペンで開催された(2023年8月17日付ビジネス短信参照)。

同シンポジウムには、日本からJAXAをはじめ、シンスペクティブ、グリーンカーボン、天地人、サグリ、ヤンマー、日本工営、アスエネの8社・団体が登壇した。カンボジア農業関係企業や団体は、自らが抱える課題の解決に、日本企業が有する技術やサービスが大きく貢献し得るとして、高い関心を示していた。

例えば、カンボジア農協や精米業を束ねるカンボジア米業協会(CRF)は、2023年度活動方針の中に脱炭素に向けた取り組みをすることを定めている。しかし、同分野にかかるサービスを提供する企業数がまだ少ないこともあり、必要な情報の収集やパートナー探しに課題を感じていた。

そうした中、カンボジアの参加者が特に注目した技術は、サグリが紹介した衛星データを用いた土壌中の有害窒素測定によるカーボンクレジットの創出・販売事業や、グリーンカーボンが紹介した水田から発生するメタンガスの削減によるカーボンクレジットの創出・販売事業だった。脱炭素の促進のみならず、カーボンクレジットの売却益が副収入ともなり得るとして関係者の関心を引いた。

例えば、サグリは、化学肥料が過剰に散布されている畑を衛星情報から確認し、化学肥料の適切な使用量について農家に情報提供する一方、農家はそれに従って過剰散布を減らす仕組みを構築する。削減した化学肥料を使用した場合に発生し得たGHGの量を測定し、それをカーボンクレジットとして市場で販売、利益を農家に還元することが同社のビジネスモデルだ。農家にとっては、化学肥料の過剰散布の抑制と、副収入の稼得という2つのメリットを同時に得ることができる。

グリーンカーボンも、カンボジア農業関連団体などに向け、衛星データを活用した水田のモニタリング、また、水田から排出されるメタンガスの削減を通じてカーボンクレジットを創出するサービスを紹介した。具体的には、カンボジアにおける水田の「中干し」によるメタンガス削減や、休作期の土地を活用した土壌炭素貯蓄を行い、GHG排出量の削減につなげる。

カンボジア農協関係者は、こうした日本企業の技術に高い関心を示し、「カンボジアでの事業展開が実現するよう協力していきたい」と発言しつつも、「カンボジアの農家との連携は簡単ではない」と説明した。地場の農家は、外国企業との連携に慣れていない。そのため、農家に対する作業依頼は、丁寧に分かりやすく、かつ正確に伝えるなど、通常のカンボジア企業とのやり取り以上に時間と労力を要するとのことであった。また、カンボジアにおける灌漑施設の水門操作や水量調整は、複数の農家で組織される「農民水利組合(FWUC)」が行う場合が多く、こうした小規模農家を束ねる農業関連団体や組合との調整や、排水システムの整備が課題になると指摘した。

さらに、生産者や農協関係者以外では、農業保険を手掛けるマイクロファイナンス企業が、カーボンクレジットによる収入を原資として保険料を下げることで、会員数の拡大の可能性に関心を示した。農業関連のNGOなどからも、農家支援事業における連携に期待感が示された。

排出量の見える化はニーズのある未開拓分野

カンボジアでは、世界のカーボンニュートラルに向けた動きの影響を受け、GHG排出量の多くを占める縫製業や農業分野における脱炭素化の必要性が認識され始めている。

具体的な取り組みを進める上で、地場企業の環境分野における知識やノウハウ不足は課題であり、外資系企業の参入が奨励されているが(注4)、実際にカンボジアでGHG排出量可視化のサービスなどを展開している事業者はまだ少なく、市場開拓の余地が大きいといえる。

カンボジアは、先進国と比較して、外資規制が少なく、今までにない新たなサービスや先端技術を活用した事業での参入に対するハードルも高くはない。しかし、サービスの社会実装においては、地場パートナーとの継続的なコミュニケーションや丁寧な説明が必要となるだろう。


注1:
追加的な対策を講じなかった場合のGHG排出量。いわば経常的排出量を意味するBAU(Business as Usual)であり、カンボジアの基準年は2016年。
注2:
水田に水を満たした状態と水を抜いた状態を数日おきに繰り返し、土壌中のメタン生成を抑制する方法。
注3:
スコープ1は、自社の工業プロセスにより直接排出された排出量、スコープ2は、他社から供給されたエネルギーの使用による間接排出量を指す。また、CBAMは2023年10月から移行期間に入り、アルミニウム、セメント、水素、鉄、肥料などを対象とし、EU輸入時に生産プロセスにおける炭素排出量の報告を求められる。
注4:
2023年6月に施行された新投資法の運用細則では、環境管理・保護のための投資活動は、投資優遇措置における税制上の優遇を受けることができる期間が最も長いグループに定められている。
執筆者紹介
ジェトロ・プノンペン事務所(執筆当時)
藤田 ゆか(ふじた ゆか)
2020年、ジェトロ入構。ECビジネス課、プノンペン事務所を経て2023年9月から海外展開支援部戦略企画課個別支援班で勤務。