今知るべき、アジアの脱炭素など気候変動対策ビジネス JCMの早期導入で投資リスク低減を(パキスタン)
パキスタンの脱炭素化事情

2023年12月1日

政府、2030年までにGHG排出50%削減を約束

パキスタン政府は2016年にパリ協定に署名し、2030年までに温室効果ガス(GHG)排出量を2014~2015年度(2014年7月~2015年6月)比で20%削減することを約束した(2021年6月8日付地域・分析レポート参照)。さらに、2021年のNDC(国が決定する貢献)では、2030年までに同50%削減へと目標を引き上げ、GHG排出削減・吸収に取り組んでいる。NDC計画PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(4.5MB)の特徴の1つとして、2030年までに電源構成に占める再生可能エネルギー(以下、再エネ)の割合を60%にすること、また運輸部門では、新車販売に占める電気自動車(EV)の割合を30%にすることが挙げられる。60%の再エネの内訳としては、水力が50%を、風力や太陽光が10%を占める。インダス川水系の豊富な水量を生かした水力発電の比重が大きいのが特徴といえよう。パキスタンはエネルギーの外部依存度が高く、貿易赤字の原因の1つとなっていることから、水力を含む再エネの活用によりエネルギー輸入を減らすことは喫緊の課題である。

そのほか、「自然を基盤とした気候問題解決策(Nature-based Solutions, NbS、注)」にも力を入れている。政府は、パキスタンの2018年のGHG排出量を489.87MtCO2e(二酸化炭素換算100万トン)とし、現在実施中の「100億本ツナミ植林プログラム(TBTTP)」により、今後10年間で約148.76MtCO2eのGHG排出削減につながるとしている。注目すべきは、政府がNDCにおけるGHGの50%削減目標のうち15%は自助努力で達成し、残り35%は「国際社会からのグラント(助成)ファイナンスが提供されれば」との条件付きで達成を目指していることだ。パキスタン政府は、自国のGHG排出が世界の総排出量の約0.9%であるにもかかわらず、気候変動の影響を受ける最も脆弱(ぜいじゃく)な国の1つであり、先進国や国際社会から支援を受ける権利があると考えている。同国が2022年の雨季に未曾有の洪水被害を受けたことは記憶に新しいが、ドイツ環境NGOジャーマンウォッチの2021年グローバル気候リスク指数でも、2000年からの20年間で最も気候変動の影響を受けた国の上位8番目に位置付けられている。パキスタン政府と国連は2023年1月、ジュネーブで国際会議「気候変動に強いパキスタン(Climate Resilient Pakistan)」を開催し、シャバズ・シャリフ首相(当時)は洪水被害からの復旧復興支援を訴え、国際機関や先進国などから5年間で109億ドルの支援約束を得ることに成功した。なお、パキスタン政府はエネルギー転換だけで1,010億ドルの資金が必要と試算しており、気候変動への脆弱性に対応するために先進諸国と国際社会からのさらなる支援を必要としている。

企業の脱炭素化の取り組み

前述のような状況におかれているパキスタン国内では、多国籍企業や上場企業を中心にGHG排出削減・吸収への取り組みが広がる。多国籍企業のパキスタン現地法人が本社の全社的方針に従って取り組むのは当然として、地場企業、特に繊維製品やスポーツ用品メーカーなど、輸出先が主に欧米である企業を中心に取り組みが強化されている。そのほか、鉄鋼やセメントといったGHG排出の多い業種も、脱炭素化などの環境サステナビリティに取り組んでいる(表参照)。

ラッキーセメント(添付資料8番)は、廃熱発電(WHR)システム[5基で計51メガワット(MW)]や大型太陽光発電システム(36.5MW)を導入するなど、先進的な取り組みをしている。同社は、デュアルフューエルコンバージョン(二元燃料転換、DFC)を発電に取り入れ、重油とともに環境負荷の低い代替燃料も使用し、年間2万9,000トンの二酸化炭素(CO2)の排出削減を行っている。このプロジェクトは国連クリーン開発メカニズム(CDM)に登録され、クレジット(CER、認証排出削減量)が発行されているとのことだ。

他方、パキスタンの日系企業の取り組みも進んでいる。ジェトロが2022年度に行った「海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」によると、「進出先で脱炭素化に取り組んでいる、もしくはその予定があるか」という設問に対して、在パキスタン日系企業の54.3%が「すでに取り組んでいる」と回答し、調査対象20カ国・地域の中で第1位となった。取り組み内容としては、「再エネ・新エネ電力の調達」が69.2%と最多で、電気代とGHG排出の削減を目的に、パキスタンの強い日差しを利用した太陽光発電システムの工場敷地内への設置が大部分を占めている。

急増する太陽光発電

パキスタン社会の大きな課題の1つに、高騰する電気料金が挙げられる。送配電ロス、盗電、料金不払いなどにより、政府の電力関連累積債務(いわゆる循環債務)は2兆5,000億パキスタン・ルピー(約1兆3,500億円、1パキスタン・ルピー=約0.54円)にも上る。現在、国際通貨基金(IMF)の支援を受ける政府は、電力構造改革と循環債務削減をIMFに約束しており、そのために元々高い料金をさらに繰り返し引き上げる状況が続いている。例えば、カラチの一般家庭用電気料金は0.02~0.19ドル/キロワット時(kWh)(税込み)で、東京の同0.15~0.23ドル/kWh(税込み)とあまり変わりない水準であり(ジェトロ投資コスト比較、2022年12月時点、当時1ドル=221.4パキスタン・ルピー)、パキスタンの賃金や物価水準から見て極めて高い。また、カラチの工業用電気料金は0.1~0.15ドル/kWh(同)で、これも東京の0.11ドル/kWh(同)とほぼ同水準だ。家庭にとっても企業にとっても、電気代削減や節電は大きな課題となっている。

その解決策の一例として、太陽光発電が注目されている。国内太陽光発電に関するIPP(独立系発電事業者)、企業、住宅別の発電能力推移などの政府統計は存在しないものの、各公表資料から見ると、住宅や企業・工場への太陽光発電システム導入はかなりのペースで増加しているようだ。具体的には、太陽光パネルの輸入額は2020~2021年度に657億ルピーであったものが、2021~2022年度には942億ルピーと約43%増加した(パキスタン統計局、2019~2020年以前および2022~2023年度の当該統計は非公表となっている)。太陽光発電設備販売事業者の認可数は2022年7月から2023年3月までの9カ月間で145件増え、307件へとほぼ倍増した。また同期間に、ネット・メータリングによってグリッド(配電網)に接続された企業・住宅の太陽光発電能力は355MWで、合計863MW(69.8%増)となった(Pakistan Economic Survey 2022-2023外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。


カラチの高所得者層住宅地で頻繁に見かける屋根上の太陽光システム(ジェトロ撮影)

太陽光システムが設置されたカラチの小規模商業ビル(ジェトロ撮影)

企業用自家太陽光発電システムでパキスタン国内最大級である36.5MW規模の設備を、セメント製造最大手ラッキーセメントに納入したレオン・エナジー外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(2016年設立)は、家庭用システムの販売も伸ばしている。同社営業担当のウメール・ユスフ氏は2023年10月12日、ジェトロの取材に対し、「太陽光発電システムは、2017~2018年ごろから普及し始めた。2019年以降は住宅用のシステムが人気となって受注が急増した。製品は中国から輸入しているが、過去2年間は、(パキスタンの外貨不足による輸入規制で)輸入が非常に難しくなった。業界団体から規制緩和を政府にロビイングしている」と、販売が好調である一方、輸入が追い付かない現状を語った。

パキスタンでの脱炭素化の商機とは

脱炭素化ビジネスといえば、太陽光や風力などの再エネ、電気自動車(EV)などのモビリティ、プラスチックや紙などのリサイクル、水素・燃料アンモニア・SAF(持続可能な航空燃料)製造、排出権取引などさまざまな分野がある。そのため、パキスタンにおける脱炭素化のビジネスチャンスについて、複数の総合商社事務所長とメーカー幹部にインタビューを行った。各社の見解は次の通り。

  • 脱炭素化につながる各分野で事業機会はいくらでもあると思うが、現在のカントリーリスクを考えると大型投資は考えにくい。初期投資(ドル建て)に見合った収益を回収できるのかというのが最大の鍵。収入がルピー建てだと為替下落リスクが高い。すべての判断は、リスクとリターンの関係で決まる。
  • 工場の電気代節約のために太陽光発電システムの導入を社内で提案したが、コストについてパキスタン人幹部の理解を得るのが難しかった。(日系企業ですらそうなのだから)恐らく、一般の地場企業では脱炭素化の取り組みはほとんどできていないのではないか。
  • パキスタンには天然ガスの枯渇ガス田が多数あるので、CCS(二酸化炭素回収・貯留)の適地かもしれない。
  • 食用油を大量に使う国なので、廃油は豊富でSAF製造の可能性もあると思う。ただし、プラスチックなどの回収スキームが確立されていない中では、ネットワーク整備・設備の導入などにも多大なコストと時間がかかり、現状では事業化は難しい。
  • パキスタンは現状では、外貨不足で信用状(L/C)開設や配当の送金に時間がかかっている。
  • 工場の屋根に太陽光発電システムを設置しようと業者と話し合いを進めていたが、その業者がパネルを輸入できず計画が中断した。
  • カラチ電力(KE、パキスタンで唯一の民間電力会社で、政府の循環債務とは切り離されている)においても、IPPの売電タリフ(買い取り価格)が国家電力規制庁(NEPRA)に規制されているので、火力発電IPPも、原油・ガス価格高騰により利益を出すのが難しい状況。
  • 仮にパキスタンで脱炭素化事業をするにしても、この国にはカーボンクレジット制度がない。国連CDM(クリーン開発メカニズム)を使うと、海外から審査機関(DOE、指定運用機関)を呼んで認証してもらうことになる。この認証費用が非常に高額で、時間もかかるのが課題。
  • 地場の大手繊維メーカーなどはGHG排出削減取り組みに熱心な企業が多いが、恐らくクレジットは取っていない。取り組みの結果、自社製品に付加価値が付くことに期待しているのであろう。
  • パキスタンには日本との「2国間クレジット制度(JCM)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」がないので、GHG排出削減事業をしてもJCMクレジットを得られない。

期待されるJCMの早期導入

こうしたコメントをまとめると、共通点として、(1)パキスタンはカントリーリスク(特に為替リスク)が高く規模の大きな事業投資がしづらい、(2)GHG排出削減の事業機会は豊富、(3)外貨不足で機械などの輸入に時間がかかる、(4)カーボンクレジットを認証するパキスタンの制度も日本とのJCMもない、という4点が指摘できよう。

日本政府がパキスタン政府とJCMを締結し、2国間協力の仕組みができれば、日本企業にとってはJCMクレジットを獲得できることから、パキスタンでGHG排出削減・吸収事業を行う動機付けとなり得よう。資金についても、日本の経済産業省や環境省の補助金などの活用にも道が開ける。また、日本政府の資金的支援を受けず、民間資金を中心とするJCMプロジェクトを組成する場合においても、プロジェクトサイクルの初期段階で参加企業がパキスタン政府に事前照会を行うことができる。その後、両国政府代表者で構成される合同委員会で異議の有無を確認するプロセスなどがあるため、プロジェクト参加企業にとっては事業実施の予見可能性を高めることができ、一定のリスクが低減されると見込まれる。

南西アジアにおけるJCMについては、日本政府はバングラデシュおよびスリランカと、それぞれ2013年、2022年に締結しているが、インドとパキスタンは未締結となっている。前述のとおり、パキスタン政府は2030年までのGHG排出50%削減に向けて先進諸国と国際社会からの支援を必要としている。パキスタンのGHG排出削減目標達成に向けた日本の支援として、また、日本企業によるJCMプロジェクト実施促進のためにも、日本とパキスタン間のJCM早期締結が期待される。


注:
NbSは、「社会課題に効果的かつ順応的に対処し、人間の幸福および生物多様性による恩恵を同時にもたらす、自然の、そして、人為的に改変された生態系の保護、持続可能な管理、回復のため行動」[国際自然保護連合(IUCN)]と定義される幅広い概念で、気候変動のみならず、食糧と水の安全保障、人の健康などの社会課題に対する行動をも含む 。気候変動対策として、森林や陸上生態系の保全や植林による回復、農場などの土地利用管理の改善などがある。
執筆者紹介
ジェトロ・カラチ事務所長
山口 和紀(やまぐち かずのり)
1989年、ジェトロ入構。ジェトロ・シドニー事務所、国際機関太平洋諸島センター(出向)、ジェトロ三重所長、経済情報発信課長、農水産調査課長、ジェトロ高知所長、知的財産部主幹などを経て、2020年1月から現職。