今知るべき、アジアの脱炭素など気候変動対策ビジネス海外の潮流受け、脱炭素に向けた対応の機運高まる(スリランカ)

2023年10月27日

スリランカは、気候変動への対処に関して、外国からの投資を積極的に推進している。2022年11月にエジプトで開催された国連気候変動枠組み条約第27回締約国会議(COP27)で発表された「気候繫栄計画(Climate Prosperity Plan)」で、海外からの投資によって同国の経済成長と雇用を促進するとともに、気候変動への適応を加速させることで、温室効果ガス(GHG)排出量の引き下げを図る道筋を示した(2022年11月17日付ビジネス短信参照)。

スリランカでは具体的にはどのような脱炭素に向けた事業機会があるのだろうか。本稿では、スリランカの産業界の取り組みを概観するとともに、再生可能エネルギー(再エネ)、廃棄物処理、製造業の各分野の取り組み事例を紹介し、事業機会を探る。

産業界で着実に高まる脱炭素への関心

スリランカは2015年に採択されたパリ協定の下で、国連気候変動枠組み条約事務局に「国が決定する貢献(Nationally Determined Contribution:NDC)」を提出し、2021年には改定版のNDCを提出した。同報告書の中で、スリランカ環境省は2023年8月にカーボンニュートラル(CN)達成に向けたアクションプラン「CN排出ゼロ2050」を発表し、2050年までのCN達成を目標として掲げた。

スリランカの産業分野のNDC達成のため、産業界への情報発信や政府への政策提言を行う国連工業開発機関(United Nations Industrial Development Organization:UNIDO)のチーフ・テクニカル・スペシャリストのジャガッデーワ・ウィダーナガマ氏は、エネルギーの最適利用に向けた企業の能力構築を図るワークショップで、参加企業の脱炭素に向けた熱意の高まりを実感しているという(取材日:2023年9月18日)。特に海外市場でビジネス展開する企業や、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資の世界的な進展を背景に、海外から資金調達を行う地場の金融機関で、脱炭素に向けた取り組みが始まっているという。

他方、ウィダーナガマ氏はスリランカで脱炭素の取り組みを進める上の課題として、「適切な政策を立案するために必要なデータが不十分」と指摘する。例えば、国全体の石油や石炭の利用量などは把握できるが、どのような用途や場所で消費されているのか、具体的にどのくらいの量の温室効果ガス(GHG)が排出されているのかなどは明らかにされていない。スリランカではGHG排出量が多い重厚長大な設備産業が発達していない。このため、排出量の多い産業領域を特定する作業が必要となる。その過程で地域の適切なデータを収集することで、スリランカの実態に合わせた対処を図る構えだ。


UNIDOのジャガッデーワ・ウィダーナガマ氏(右から2人目、ジェトロ撮影)

燃料不足を契機に再エネ導入が加速

スリランカでは2022年春以降、外貨不足によって海外からの原油輸入が滞り、燃料不足が深刻な社会課題となった。このため、自国で生産可能な再エネ導入に関心が高まっている。政府は、エネルギー供給での再エネ比率を現行の35%から2030年までに70%まで引き上げる計画を打ち立てている。さらに、沿岸で風力発電や太陽光発電を活用し、2025年にはエネルギー輸出国へと転換するとともに、2040年までに国内で消費するエネルギーの全てを再エネで賄うことも目標に掲げている。

再エネ分野では、海外企業が積極的に進出している。スリランカ初の大規模風力発電所「タンバパバニ・ウインド・ファーム(Thambapavani Wind Farm)」は、デンマークのべスタス(Vestas)が建設した。インドの新興財閥アダニ・グループはマンナール半島とキリノッチ県で風力発電所の建設を進めており、将来的にはインドへの送電も視野に入れている(2023年8月28日付地域・分析レポート参照)。オーストラリアのユナイテッド・ソーラー・グループ(United Solar Group)は、キリノッチ県で700メガワット(MW)規模の太陽光発電所の建設を計画しており、2023年9月に内閣の承認を得た。投資額は17億2,700万ドルになる予定だ。加えて、スリランカ政府はロシアの国営企業ロスアトムとの協力による原子力発電所の導入も検討している。その他、グリーン水素(注1)製造に向けたインドとの連携も模索している(2023年8月17日付ビジネス短信参照)。

一方、同分野では、スリランカ企業から日本企業との協業を求める声も高まっている。その背景には、両国政府が2022年10月に合意した2国間クレジット制度(Joint Crediting Mechanism:JCM)がある。JCMとは「途上国などへの優れた脱炭素技術の普及などを通じ、当該途上国の持続可能な開発に貢献するとともに、実現したGHG排出削減・吸収への自国の貢献を定量的に評価し、自国のGHG削減目標の達成に活用する仕組み」を指す。環境分野を専門とする現地企業の関心が高く、日本企業との連携にも意欲を示している(2023年9月8日付ビジネス短信参照)。スリランカ政府は2023年8月、シンガポール政府ともカーボンクレジットに関する協力覚書を締結し、国際連携を広げている。

スリランカ企業のビドゥランカ(Vidullanka)は、新たな風力発電所の建設を計画しており、JCMを活用した日本企業とのパートナーシップに期待を寄せている(取材日:2023年7月27日)。同社は1997年の設立以降、スリランカ各地で風力発電や水力発電など再エネ事業を展開してきた。2005年には電力会社として初めてコロンボ証券取引所(CSE)に上場した。同社の最高経営責任者(CEO)のリヤース・モハメッド・サンガーニ氏は同社が再エネに取り組んだ理由について、「スリランカでは再エネ市場の開拓の余地が大きかった」と語る。過去にはバイオマス発電(注2)で日本企業と連携した経験もある。

大量に廃棄されるタイヤから代替燃料生産

スリランカでは現在、廃棄物処理に伴う環境負荷の観点から、燃焼時の二酸化炭素(CO2)排出が課題となっている。リボガ(Rivoga)は、廃タイヤの熱分解によるリサイクル事業に取り組んでいる企業だ(取材日:2023年9月14日)。同社は2018年に3人で創業、現在は30人の社員を有し(2023年10月時点)、本社をコロンボ近郊のカドゥウェラに、工場を北西部州のプッタラムに構える。同社の共同創業者で社長のチャマラ・デ・シルワ氏が留学先の米国で化学工学を専攻したことが同社を創業する契機となった。さらに、共同創業者で専務取締役のランガ・バーラスーリヤ氏は、地場銀行での勤務経験がある。その経験や実績を買われ、同社はアジア開発銀行(Asian Development Bank: ADB)から、環境配慮分野を対象とした融資を受けている。

通常、廃タイヤを燃焼した場合、CO2が排出されるが、熱分解によってCO2排出を減らすとともに、燃焼時に発生したガスを冷却して取り出した重油や、分離されて残ったカーボンブラック(注3)やスチールを再生資源として回収する。再生された重油は石炭や軽油の代替燃料として利用可能で、従来の燃料よりも安価だ。同社は契約を結んだ顧客に再生重油を販売している。また、スチールは、市場が大きいインドやパキスタンなど海外に販売する。

創業後、スリランカの経済危機や新型コロナウイルス流行に直面しながらも、競合企業がスリランカには存在していなかったため、同社は順調に顧客を拡大させてきたという。導入済みの顧客からは、持続可能な環境に配慮した燃料を安価に利用できる点が高く評価されている。供給能力については現在、顧客の需要に応じた十分な量の廃タイヤを確保できている。同社によると、スリランカは年中高温多湿でゴムが膨張しやすく、特に郊外で道路の路面も十分整備されておらず、摩耗しやすいため、タイヤの交換頻度が高く、タイヤの廃棄も多いという。

今後の課題として、同社のデ・シルワ氏は製品の認知向上を挙げる。国内の消費者の多くは保守的で、使い慣れない新たな代替燃料の導入には消極的だと語る。加えて、将来、再生重油による発電事業を計画しており、発電技術を有する日系企業との協業にも期待を寄せた。


リボガのデ・シルワ氏(右端)とバーラスーリヤ氏(左端、ジェトロ撮影)

カーボンフットプリント認証取得、海外展開の武器へ

ノリタケカンパニーリミテド(本社:愛知県名古屋市西区)の海外子会社ノリタケランカポーセレンは、スリランカで食器を製造している(取材日:2023年9月11日)。同社は操業開始から50年を迎える2023年、GHGの排出量と吸収量の定量化・報告に関する国際規格「ISO14064-1:2018」の認証を取得した。同社シニアディレクターのT.C.テンナコーン氏によると、本社の持続可能な取り組みに関する指針に合わせるとともに、全人類に影響を及ぼす全ての国が取り組むべき課題に対応するため、この認証を取得したという。

GHG排出を定量化・報告する人員体制は、過去に同社が国際標準化機構(International Organization for Standardization: ISO)の品質マネジメントシステム(ISO 9001)、環境マネジメントシステム(ISO 14001)、労働安全衛生マネジメントシステム(ISO 45001)の認証を取得した際のものに準じている。認証取得に当たり、全ての生産工程でのGHG排出量を定量化する仕組みを社内で構築する必要があったが、自社だけで取り組むには負担が大きかったため、専門のコンサルタントの指導を受けた。現在は同規格に記載された「相関性・完全性・一貫性・正確性・透明性」の5原則に準拠し、一定の計算式によって排出量を算定している。

同認証取得の意義について、テンナコーン氏は「食器の品質の高さや、ブランド価値を訴求する上で有効」と説明する。スリランカの陶器製造企業で当該認証を取得した企業は現在、同社以外になく、食器の国内販売先のホテルなどの顧客からは、先進的な取り組みとして好評を得ている。

また、同社は海外に製品を輸出しているが、テンナコーン氏は「昨今、海外のバイヤーや消費者は環境への配慮を重視しており、近い将来にGHG排出量の定量化がビジネスで必須となると感じている」という。このため、今後、同社に納入するサプライヤーにも、GHG排出に関する認証取得を促す計画だ。

海外の潮流受け、脱炭素への取り組み求める機運が高まり始めた

企業経営や資金調達で気候変動への対応を促す欧州発の潮流がスリランカの企業経営にも影響をもたらし、対策を始める企業が増えている。現地に進出する日系製造業の多くは海外への輸出を目的として事業を展開しており、今後の生産活動で海外動向の影響は不可避なため、複数の企業が対策の検討を始めている。スリランカでの脱炭素に向けた取り組みはまだ端緒についたばかりだが、取り組み拡大を求める機運は着実に広がっているといえるだろう。

他方、2022年春以降のスリランカの経済危機では、燃料不足が事業活動や日常生活に深刻な影響を及ぼした。再エネ導入に向けた国内の需要は高まっており、JCMを活用した日本企業との連携を望むスリランカ企業も多く、ジェトロ・コロンボ事務所には問い合わせも寄せられている。スリランカは国際的な信用の回復に向けて、債権国との交渉や構造改革への取り組みを始めたばかりだ。当面は新たな投資呼び込みや現地に進出する日系企業にとって厳しい事業環境が継続する。そうした制約はあるものの、長期的には再エネや廃棄物処理などをはじめとして、日本企業にも事業機会があるだろう。


注1:
グリーン水素は、再生可能エネルギー由来の電力を利用、水を電気分解して生成し、製造過程で二酸化炭素(CO2)を排出しない。
注2:
動植物などから生まれた生物資源(バイオマス)を「直接燃焼」したり「ガス化」したりするなどして発電している。
注3:
カーボン・ブラックとは、黒色の、工業的に生産する炭素からできた微粒子のこと。
執筆者紹介
ジェトロ・コロンボ事務所長
大井 裕貴(おおい ひろき)
2017年、ジェトロ入構。知的財産・イノベーション部貿易制度課、イノベーション・知的財産部スタートアップ支援課、海外調査部海外調査企画課、ジェトロ京都を経て現職。