今知るべき、アジアの脱炭素など気候変動対策ビジネス環境規制整備や次世代エネルギー転換で広がる商機(シンガポール)

2023年11月15日

2050年に二酸化炭素(CO2)排出量を実質ゼロ(ネットゼロ)とする目標を設定したシンガポール。近年、水素を含む次世代エネルギーの転換を視野にしたインフラの開発が進むとともに、環境報告の開示など新たな環境規制の整備が始まっている。環境分野の日系を含む企業の進出動向について前後編で伝える。

気候テックに注目、企業の脱炭素計画実現を支援

シンガポールで2023年9月5~8日、世界最大級の天然ガスや液化天然ガス(LNG)などの国際展示会「ガステック2023」が開催された。今回のガステックには、大手石油やガス、エンジニアリング会社など750社が出展し、過去最高の約4万人が入場登録した。同イベントでは、水素やアンモニアを中心とする次世代エネルギーへの転換とともに、テクノロジーを活用して脱炭素を実現する気候テックが焦点となった。

同展示会に出展した横河電機は、統括拠点を置くシンガポールを中心に、東南アジア地域内の企業の脱炭素に向けた計画立案に関するコンサルテーションから、ソリューション導入までをサポートしている。横河エンジニアリング・アジアのデジタル・イノベーション・コンサルティングのアリシア・フイ・ロン・ゼネラルマネジャー(GM)は9月8日、企業の多くが「脱炭素の取り組みで中期(2030年)、長期(2050年)的に、どのように目標を達成するかの戦略的なロードマップ」がないと指摘した。同社は、戦略立案から、規制順守などのリスク管理、オペレーション、サプライチェーンなど24項目について、顧客の対応状況を把握した上で、目標達成の具体的な計画の立案をサポート。その上で、工場内の機器や設備の運用データを監視、エネルギー利用を最適化するクラウドサービス「OpreX Asset Health Insights」など、目標達成に必要なツールも提供している。


ガステックの展示会場で、脱炭素コンサルティングサービスの概要を説明する
横河エンジニアリング・アジアのアリシア・フイ・ロンGM(ジェトロ撮影)

環境規制整備が加速、対応に追われる企業

このようなCO2算出に係わる気候テックに関するニーズは、環境関連の規制整備が進むと同時に高まっている。シンガポール政府は2022年11月には、CO2排出量を2050年までにネットゼロとする目標を設定した。この目標達成に向けた企業の努力を促すためにも、炭素税を今後大幅に引き上げる予定だ。2019年に導入した炭素税は現在、温室効果ガス(GHG)1トン当たり5シンガポール・ドル(約545円、Sドル、1Sドル=約109円)だが、2024~2025年に25Sドルへと引き上げる。さらに、炭素税は2026~2027年に45Sドルまで上昇する予定だ(2022年3月17日付ビジネス短信参照)。

また、政府は気候変動関連の情報開示を求める対象企業を段階的に拡大している。政府は2023会計年度から2年間で段階的に、5つの優先分野に対して情報開示を義務付けた。さらに、2025会計年度から全上場企業に対し、国際サステナビリティー基準審議会(ISSB)の基準に沿った気候変動関連の情報開示を義務付ける方針だ。また、売上高が10億Sドル以上の非上場企業に対しても、2027会計年度から同基準に基づく気候変動関連の情報開示の義務付けを検討している(2023年7月11日付ビジネス短信参照)。

こうした規制に対応するに当たっては、自社が排出するCO2の正確な計測が必要となる。ただ、対応ができている企業は多くはない。CO2の見える化や報告を支援するソフトウエアを提供するスタートアップのアスエネ(本社:東京都港区)のシンガポール法人の濱田雅章カントリーマネジャーは2023年9月8日、ジェトロのインタビューで、CO2算定に当たり「大手企業であれば、常にエクセルで管理している企業が一定数あるが、専門のソフトウエアを導入して効率的に算定している企業はかなり少ない」と指摘する。同社は、東南アジアで環境関連の規制整備が進んでいるのをビジネス機会とみて、2022年11月、シンガポールに進出した。濱田カントリーマネジャーは「これまで取り組んでいない中小企業も、(サプライチェーン全体で)何か対応しなくてはいけないという危機感がある」と語る(詳細は本記事後編を参照)。

次世代エネルギーへ転換、インフラ整備始まる

一方、シンガポールでは既存の発電燃料の脱炭素化に取り組むと同時に、水素など次世代エネルギーへの転換を視野に入れたインフラ整備も始まっている。同国では発電燃料の大半が天然ガスだ。天然ガスは石炭に比べると、CO2やメタンの排出量が約半分であることから、将来的に水素などの次世代エネルギーに変わるまでの「移行燃料(Transition Fuel)」として重要な位置付けにある。同国は1992年からマレーシア、2001年からインドネシアからそれぞれ海底パイプラインを通じて天然ガスを輸入している。さらに、2013年からはカタールなどから液化天然ガス(LNG)の輸入を始めた。その結果、発電燃料に占める天然ガスの割合が9割を占めるようになった(図参照)。

図:シンガポールのエネルギーミックス内訳の推移
2003年には天然ガスの割合が60.8%だったが、2013年には91.8%、2022年には92.0%まで上昇した。この間、その他(バイオマス、太陽電池等)も2.8%から5.4%まで上昇した。一方で石油・石炭は2003年に36.4%だったが、2013年に4.7%まで減少し、2022年に2.6%となった。

出所:エネルギー市場監督庁(EMA)

天然ガスによる脱炭素の試みの1つとして、シンガポールのLNGターミナルを運営するSLNGは2021年11月、世界最大の産業ガス会社リンデ・グループ傘下のリンデ・ガスと、CO2の液化と貯蔵施設の開発について、実現可能性調査を行うことで覚書を結んだ。両社はLNGを再ガス化する際に生じる冷熱エネルギーを利用してCO2を液化することを計画しており、実現すれば東南アジアでは初のCO2液化施設となる見込みだ。タン・シーレン人材相兼第2貿易産業相は2023年9月5日、ガステックでの演説で「LNGのサプライチェーンを脱炭素化することは、移行燃料としての天然ガスの価値をさらに高める」と述べた。

シンガポール政府は、長期的には脱炭素化を実現する上で、低炭素な燃料で作られる水素が主要な発電燃料の1つになると見込んでいる。この水素導入に向けて、日系各社と地場企業の連携が進んでいる(2023年6月9日付地域・分析レポート参照)。2026年に完成予定のシンガポール初の水素だきが可能な発電所「ケッペル・サクラ・コージェン発電所」は、三菱重工グループの三菱パワーアジア・パシフィックと地場エンジニアリング会社ジュロン・エンジニアリングのコンソーシアムが設計・調達・建設(EPC)契約を受注した。

今後はほかにも同様に水素も対応可能な発電所の開発が進行する見通しだ。エネルギー市場監督庁(EMA)は2023年1月、新規の発電所設置、または改修に当たっては、少なくとも燃料の30%を水素だき可能とし、将来的には100%を水素だきとすることを盛り込んだ業界向けの意見公募を行った(公募締め切り日:同年2月)。水素を含めた次世代エネルギー転換を見据えたインフラ開発の動きが始まっている。

執筆者紹介
ジェトロ・シンガポール事務所 調査担当
本田 智津絵(ほんだ ちづえ)
総合流通グループ、通信社を経て、2007年にジェトロ・シンガポール事務所入構。共同著書に『マレーシア語辞典』(2007年)、『シンガポールを知るための65章』(2013年)、『シンガポール謎解き散歩』(2014年)がある。