今知るべき、アジアの脱炭素など気候変動対策ビジネス 日本のノウハウでベトナム再エネ市場を開拓
風力、バイオマス、廃棄物を活用した事業事例

2023年12月6日

ベトナムでは近年、再生可能エネルギー(再エネ)の電源が大幅に伸長している。現在、再エネの大半を占めるのは太陽光発電だが、2021年~2030年の電力指針「第8次国家電力開発基本計画(PDP8)」に定めた2030年の設備容量目標では、太陽光発電は1万2,836メガワット(MW、2022年時点の設備容量の約1.4倍)と現実的な目標値なのに対し、風力発電は2万7,880MW、バイオマスは2,270MWで、それぞれ2022年時点の設備容量の5倍以上に当たる目標値になっている。しかし現状では、再エネをはじめ電力開発が遅れ、供給が需要に追い付いていない。系統連系(電力会社の電力系統への発電設備の接続)や、電力料金、法令整備など、電力の安定供給と開発に向けた課題は山積みだ。本稿では、いち早く風力発電やバイオマス発電などの再エネ開発事業に取り組む日系企業の事例を基に、ベトナムの再エネ開発の可能性を俯瞰(ふかん)する。

新型コロナ禍の2021年に風力発電の商業運転開始

日本をはじめアジア各国で再エネ事業を展開するレノバ(東京都中央区)は、ベトナムの経済成長と電力需要の伸びを絶好の機会と捉え、ベトナムに進出。2019年に駐在員事務所を設立の上、2020年には現地法人も設立し、地場企業との協業で風力発電事業に取り組む。レノバベトナムの斉木圭代表は「事業実現を加速させるため、パートナーとの協業が必要だ」と語る。現在は、送電所建設などを行う地場の電気設備工事会社PC1グループとの合弁で、中部クアンチ省で合計設備容量144MWの陸上風力発電を運営する。2020年5月から発電設備の建設を開始し、2021年10月末に商業運転を開始した。開発では、主にレノバが技術や資金調達を主導し、PC1グループが工事や許認可取得を担った。資金調達は国際協力機構(JICA)やアジア開発銀行(ADB)などによる協調融資となった。

ベトナムの固定価格買い取り制度(FIT)における風力発電の価格適用を受けるには、2021年10月までの商業運転開始が条件だった。辛うじてFIT価格適用に間に合ったかたちだ。斉木氏は「新型コロナ(ウイルス)感染拡大や、自然災害などの外部要因も相まって、スケジュールは非常にタイトになったが、運転開始を優先に作業工程を組んだ。PC1グループが直接、土木・電気工事を担ったため、工事中の意思疎通が容易だったこともプラスに働いた」という。

2022年4月には、洋上風力発電の事業化に向け、国営の大手石油ガス会社ペトロベトナムの傘下企業のペトロベトナムテクニカルサービス社(PTSC)と協業の覚書を締結した。ペトロベトナムの海洋油ガス田開発に関わってきたPTSCの知見を海上の構造物という点で洋上風力にも活用できると見込んだ。今後もパートナーのリソースやノウハウを生かし、事業展開を進める方針だ。

パートナーの選定基準について、斉木氏は「期待する役割は国によって異なるが、ベトナムではコンプライアンスを順守できることや、政府やベトナム電力総公社(EVN)と対話を進めていけることが重要。加えて、役割分業の中で自社の価値貢献を認知してもらい、手を携えて事業開発に取り組めるパートナーが望ましい」と話す。

クアンチ省で運転中の陸上風力発電(レノバ提供)

燃料開発から発電所まで、ベトナム各地域に合ったバイオマス発電を模索

日本国内で燃料の調達、バイオマス発電所の運営、電力の小売りなど上流から下流までを一元管理する再エネ事業を行うイーレックス(東京都中央区)は、ベトナムでもバイオマス事業に注力する。2021年に現地法人を設立し、現在、環境省の2022(令和4)年度「二国間クレジット制度(Joint Crediting Mechanism:JCM)資金支援事業のうち、設備補助事業(以下、「環境省JCM設備補助事業」、注1)」に採択された南部ハウザン省のもみ殻を原料としたバイオマス発電所を建設中だ。また、北部イエンバイ省とトゥエンクアン省の木質ペレット工場もそれぞれ建設している。北部2省のペレット工場はバイオマス発電に先行して進める取り組みで、将来的には12省14地点で合計1,060MWのバイオマス発電プロジェクトを開発し、燃料から発電所まで一貫した事業拡大を目指している。

イエンバイ省に事業展開する日系企業は数えるほどしかなく、トゥエンクアン省への日本企業による投資案件は初めてとみられる。いずれも、ベトナムの中では経済発展が後れをとる地域に挙げられ、雇用を創出する他の有力な産業集積はみられない。それゆえ、同社の投資を歓迎するムードは大きいという。イーレックスの萩谷宗高特命プロジェクト部長によると、事業展開先の選定は地方省の意欲や、バイオマス燃料のポテンシャル、競合、電力網、交通事情などを総合的に勘案したという。

ペレット工場で生産するペレットは日本への輸出を予定しているが、発電所が完成し次第、木質バイオマスはペレットにせずに、そのままベトナムでの発電用の燃料にも活用する。ベトナムでは現在、EVNのバイオマス電力の買い取り価格の低さなどがネックとなり、ほとんどの木質バイオマスがペレット化され、取引価格の高い韓国や日本に輸出される。萩谷氏は「ベトナムは今後、石炭やLNG(液化天然ガス)などのエネルギーを輸入に頼ることになっていくが、地産地消のエネルギーへの移行を進めるために、バイオマスを国内消費できる電力開発を目指したい」と意欲を語る。

同社は発電所の建設構想がある12省以外の調査も進め、北部は木質バイオマス、南部はもみ殻や稲わらを念頭に、地域特性に合ったバイオマス発電を模索する。バイオマス燃料として有望視されるソルガム(イネ科の植物)をはじめ、新燃料の研究や栽培も進める。新燃料が実用化できれば、石炭火力発電から環境負荷の低い発電への移行や新たな雇用創出の可能性も広がる。


ハウザン省のバイオマス発電プロジェクト図(イーレックス提供)

廃棄物発電で環境の保護・改善も

インフラやプラントなどの設計・建設・運営を行うJFEエンジニアリングベトナムは、リサイクル事業などを行う地場企業トゥアンタインエンバイロメント(以下、TT社)との合弁により、北部バクニン省で設備容量11.6MWの廃棄物発電事業(一般廃棄物と産業廃棄物の一括処理)に参画している。同社がプラントの設計・建設・運転サポートを担い、TT社が許認可の取得や産業廃棄物の収集・運搬、焼却灰処理を担当する。発電所は2024年1月に完成予定だ。この案件は2021(令和3)年度「環境省JCM設備補助事業」にも採択されている。JFEエンジニアリングベトナムの橋本智ゼネラルディレクターは「循環型社会形成のため、世界各国で廃棄物発電プラントの事業を行う当社にとって、市場のポテンシャルがあるベトナムに、日本の廃棄物発電技術を売り込まない理由がなかった」と話す。

TT社とは、2019年に日本の環境省とベトナム天然資源環境省がハノイ市で開催した「日本・ベトナム環境ウィーク」をきっかけに出会った。TT社が燃料となる産業廃棄物の収集機能やノウハウを有するだけでなく、環境保護、日本の技術の導入に積極的で高い意欲を持っていたことが協業の決め手となった。

廃棄物発電は、再エネであることに加え、24時間稼働ができる分散型電源で、燃料を地元で入手できる点などが利点だ。また、いまだ廃棄物の埋め立て処理が主流のベトナムでは、衛生環境の悪化や環境汚染が社会課題となっている。橋本氏は、廃棄物発電の推進が公衆衛生・環境の改善につながるとし、「埋め立て処理は、地方政府だけでなく、近隣の住民にも有形無形の負担が発生するため、システムの持続が困難だ。ベトナムの地方政府が循環型社会実現、中長期的なコストの観点での廃棄物発電の意義や効果を理解することで、廃棄物発電を推進する機運が高まってほしい」と話す。


バクニン省に建設中の廃棄物発電所(JFEエンジニアリング提供)

事業環境上の課題には継続的対話が必要

ここまで、地場企業と連携して再エネ開発に取り組む日系企業の事例を紹介した。しかし、電力開発では、単独の企業や案件では解決できないベトナム固有の複雑な問題が根深い。今後の電力価格体系や法的枠組みの予測ができず、長期的な電力の買い取り保証は得られない(2023年12月5日付地域・分析レポート「遅れる電力開発、脱炭素化と電源確保の両立に苦慮(ベトナム)」参照)ため、プロジェクトファイナンスの組成が困難になり、銀行からの融資が受けにくくなる。その結果として、電力開発に携わる日系企業が多大なリスクを負わざるを得ない環境にある。

奮闘する3社の事例をみると、環境省JCM設備補助事業などの補助金や、非民間金融機関のスキームを活用した多様な資金調達の検討、日本企業が持つ技術やノウハウに期待する地方政府や地場企業とのネットワーク確立、彼らとの価値観・ビジョンの共有などが事業実現のキーファクターになりそうだ。

また、より多くの日本企業が再エネ開発事業に参入できる環境を作るには、直接電力購入契約(DPPA)制度の早期実現、市場原理に基づくような柔軟な電力価格体系の導入、新たな技術やエネルギー転換を促進する法令制定などが望まれる。ベトナム政府の迅速な政策決定を促すため、日本の官民が一体となり、AZEC/GXワーキングチーム(注2)はじめ、さまざまなチャネルを用いてベトナム政府への政策提言や要請を行い、繰り返し、粘り強く対話を続けていくことが必要だ。


注1:
優れた脱炭素技術等を活用し、途上国等における温室効果ガス排出量を削減する事業を実施し、測定・報告・検証(MRV)を行う事業。途上国等における温室効果ガスの削減とともに、JCMを通じて我が国及びパートナー国の温室効果ガスの排出削減目標の達成に資することを目的とする。優れた脱炭素技術等に対する初期投資費用の2分の1を上限として補助を行う。尚、本事業はベトナム政府と日本政府の協力の下で実施されている。
注2:
ベトナムのグリーン成長とエネルギー移行の推進を目的とした、日本側官民と商工省や計画投資省を中心としたベトナム政府との協議の枠組み。2023年7月に日本とベトナム双方が立ち上げに合意した。
執筆者紹介
ジェトロ・ハノイ事務所 ディレクター
萩原 遼太朗(はぎわら りょうたろう)
2012年、ジェトロ入構。サービス産業部、ジェトロ三重、ハノイでの語学研修(ベトナム語)、対日投資部プロジェクト・マネージャー(J-Bridge班)を経て現職。