今知るべき、アジアの脱炭素など気候変動対策ビジネスエネルギー監査を義務化、再エネの多角化へ(バングラデシュ)

2023年11月1日

ウクライナ危機による資源価格の高騰やインフレーションの影響を受けつつも高い経済成長が続くバングラデシュにおいて、同国政府の温室効果ガス(GHG)政策を示す「国が決定する貢献(Nationally Determined Contributions:NDCs)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(2.3MB)」によれば、2030年に現状趨勢(すうせい)のケース(注1)において見込まれるGHG排出量は、2012年の約2.4倍に当たる4億941万トン(t)と試算されている。セクター別にみると、産業セクターと発電セクターの伸びが大きく、それぞれで全体の24.91%、23.24%を占める試算だ。本稿では、この2つのセクターの脱炭素化に係わる動向を中心に、バングラデシュにおける新たな事業機会についても述べる。

産業セクター:欧米バイヤーへの対応 縫製産業において対象拡大の動きも

縫製業はバングラデシュの輸出のおよそ85%を占める主要産業で、近年、環境配慮が取引の1つの前提となる欧米バイヤーへの対応のため、ルーフトップ型の太陽光パネルの設置が進められている。こうした環境に配慮した各社の動きは、バイヤーと直接取引を行う縫製工場にとどまらず、テキスタイルや紡績といった川上工程の工場にまで及ぶ事例もみられる。同国で操業を行う日系の繊維関連メーカーの担当者は「最終製品の主要な販売先となるフランスの有力バイヤーの1社から、GHGの排出削減目標とそれを達成するための手段としてのルーフトップへの太陽光パネルの設置を要求されている。早急に対応しない限り、取引を停止する旨を通達されている」と話す。同社の工場社屋は屋根面積が狭く、十分なGHG削減の効果が得られないにもかかわらず、そのような事情は考慮されず、太陽光パネルの設置という一手段に固執している印象だという(2023年9月17日ヒアリング)。また、太陽光パネルを導入する際、日本では初期の設置費用を毎月の利用料で返済していく方法があるが、バングラデシュでは多額の初期費用を負担することが一般的とされ、企業にとって高いハードルとなっている。

日本による省エネ機器の導入支援 政府のインセンティブは希薄

アジア開発銀行(ADB)は、バングラデシュ電力・エネルギー・鉱物資源省(MPEMR)に対する、同国のエネルギー政策の立案・実行能力の向上などを目的とした技術協力を行っている。その一方で、脱炭素化に向けた取り組みを促進するための政府主導による補助金制度や、税制優遇などのインセンティブは現状ほとんどみられない。

この様な状況下、産業向けの促進策を具体的に用意したのが日本の国際協力機構(JICA)だ。JICAは2016年から、企業の省エネ機器の導入に際して利用可能なツー・ステップ・ローン(注2)による支援を、円借款で実施してきた。これまで、第1公募・第2公募分から、指定された性能基準を満たす省エネ機器の導入に係わる計44件、約320億円の融資を実施し、第1公募予定分の融資は完了した。セクター別にみると、金額ベースで32%が紡績、29%がセメント、14%が縫製だった。融資額のうち日本メーカーの機材導入に関しては、主に紡績機やスピニングマシン、ボイラー、ミシンなど空調関係を中心に設置が進んだ。本プロジェクトにコンサルタントとして参画した三菱総合研究所海外事業本部の岩田まり氏は、「事業開始当初は、省エネ機器の導入によって得られるインセンティブが希薄なため、省エネだけを目的に新機材の導入を判断するケースは稀であった。更新・拡張の需要がある中で、新機材の導入によるオペレーション効率向上、高付加価値化や安全性向上といった他のメリットを総合的に勘案して判断するケースがほとんどだった。また、企業間の横の情報共有が密であることがわかったため、先行導入した企業に各業界で成功事例を広めてもらうことで、導入を促すことも重要だった」と話す(2023年8月29日ヒアリング)。

エネルギー監査が義務化、計測・監視装置の導入に新たな機会も

2023年2月、政府(MPEMR)はテキスタイル、既製服、ジュート、セメントの4つのキーセクターにおいて、エネルギー消費が大きい事業者として指定された企業に対し、同年以降、エネルギー使用量の検査・分析結果などを含むエネルギー監査報告書の提出を義務付ける通達を発出した。同報告書提出の義務化はバングラデシュでは初めてで、今後、提出を怠った場合の罰則なども整備される見込みだ。本監査を所管するMPEMR傘下の持続・再生可能エネルギー開発庁(SREDA)によって対象事業者に指定された場合、18カ月以内にエネルギー監査人による監査を受けて当局にエネルギー報告書を提出する必要があり、その後は3年ごとに同様の提出が求められる。加えて全産業を対象に、過去2年間の企業の総生産量やエネルギー使用量などを記載した年次エネルギー報告書の提出も必要となる見込みだ。

さらに、2024年以降は前述の4産業に加え、11のセクター(発電所、化学肥料、紙・パルプ、砂糖、食品加工、ガラス、セラミック、レンガ、交通ターミナル、複数階建ての住宅、オフィス・ショッピングモール・ホテル・ショップなどの商業ビル)を、2025年には全産業を対象に、エネルギー監査報告書提出を義務化する計画がある。

今般の措置の背景には、省エネによる脱炭素化・環境負荷削減ということ以上に、昨今のエネルギーの輸入コスト増(および外貨の流出)、エネルギー補助金の削減による調達価格の上昇(2023年2月28日付ビジネス短信参照)を背景に、政府・産業界の双方にとって、省エネの推進が急務という事情がある、と報じられている(ビジネス・ポスト紙2023年2月9日付)。当地では、縫製業以外においても、再生可能エネルギー(以下、再エネ)を積極的に導入する先進的な企業もみられるものの(2023年9月22日付地域・分析レポート参照)、こうした動きはいまだ限定的とみられる。前述の岩田氏は「当地の多くの地場企業は、省エネへの認識の低さや設備投資の不足により、自らの工場で消費しているエネルギーを正確に計測・分析してこなかったと考えられる。この観点からは監査の義務化は重要な一歩で、電力料金上昇の影響もあり、省エネ意識が高まる可能性はあるだろう」と話す。

他方、隣国のインドでは、2012年に開発途上国での先駆けとなる、省エネルギー目標の達成を企業に義務化する認証制度「PAT(Perform, Achieve and Trade)」が開始され、特定の事業者に対するエネルギー監査の実施の義務化や、エネルギーのリアルタイム監視、制御などの技術が一部の業界で導入されているという。バングラデシュにおいても、同監査の義務化とその適切な運用により、地場企業のエネルギー効率・利用への意識の向上や知識の高まり、現状広く認知されている太陽光パネルの設置にとどまらず、産業界からのニーズの多様化が期待できるだろう。省エネに係わる機器などを製造・販売する日本企業にとっては、新たな事業機会となる可能性もある。

発電セクター:再エネ比率は2%程度、導入促進に向けた動きも

MPEMR傘下の電力開発局(Power Development Board)によると、同国の電源(2023年1月時点)は、総設備容量2万3,482メガワット(MW)の49%を占める天然ガス、33%を占める石油(ファーネス油(注3)、ディーゼル油(注4))による火力発電に依存している。他方、太陽光、風力などを用いた再エネはわずか2%程度で、従来(2021年8月4日付地域・分析レポート参照)から変化はほぼみられない中(図参照)、MPEMRによると液化天然ガス(LNG)のサプライヤーや国際石油会社からの輸入の決済遅延が発生し、外貨準備を切り崩し対処していることが報じられている(「フィナンシャル・エキスプレス」紙8月10日付)。なお、再エネの中では、太陽光発電への依存度が高まっており、その設備容量は、電源別で全体の8割に達している(2023年10月時点、表参照)。

図:発電設備容量の燃料別構成比(2023年1月)
天然ガスが49.1%と全体のおよそ半分を占め、火力発電所で使用されるファーネス油が27%、11.5%の石炭、5.5%のディーゼル油と続く。海外から輸入される電力が4.9%で、太陽光発電を中心とする再生可能エネルギーはわずか2.1%の状況である。

出所:電力開発局(Power Development Board)から作成

表:再エネの電源別設備容量(2023年10月時点) (単位:メガワット(MW)、%)
電源 オフグリッド オングリッド 構成比
太陽光 366.07 594.58 960.64 80.4
風力 2 0.9 2.9 0.2
水力 0 230 230 19.3
バイオガス 0.69 0 0.69 0.1
バイオマス 0.4 0 0.4 0
369.16 825.48 1194.63 100

出所: SREDA外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます

こうした中、再エネによる発電の多角化を模索する動きもある。例えば、地場企業のユーエス・ディーケー・グリーンエナジー(US-DK Green Energy)は、オングリッド(送電網と接続)の風力発電所(60MW規模)の設置をバングラデシュ南東部のコックスバザール近郊・クルシュカルにおいて進めており、同プロジェクトに要する費用(約1億2,000万ドル)は同社および中国の国家電力投資集団(SPIC)による投資でまかなわれる。同社は、地場のエスキュー・グループ(SQ Group)と米国のテイラー・エンジニアリング(Taylor Engineering)などが立ち上げた合弁会社で、同プロジェクトにより発電された電力は、政府との販売契約(Power Purchase Agreement:PPA)に基づき、電力開発局によって1MW当たり120ドルで買い取られる計画となっている。

日本政府はバングラデシュ政府に対して、統合エネルギー・電力マスタープラン策定プロジェクト(The Integrated Energy and Power Master Plan Project)を通じた、国全体としての統合的なエネルギー開発方針の策定支援を行っている。さらに2023年7月、G20エネルギー移行大臣会合において、MPEMRとの間で再エネ関連技術の導入や既存火力発電所の効率化、LNG活用の重要性を確認し、アジア・エネルギー・トランジッション・イニシアティブ(AETI、注5)を通じたエネルギー転換ロードマップの策定に合意した。

同国では、北西部ルプールにおいて、ロシア企業による支援のもとで開発が進められる原子力発電所や、ネパール、ブータンの水力発電はじめ近隣諸国からの電力輸入にも重点が置かれている(2023年6月8日付ビジネス短信参照)。直近の7月には、アラブ首長国連邦(UAE)での会合で、11月末~12月初旬に開催が予定されている国連気候変動枠組み条約第28回締約国会議(COP28)に先立ち、脱炭素の取り組みにおいて中東北アフリカ(MENA)地域をリードする同国政府が、ハシナ首相に対し、バングラデシュにおける再エネ分野への投資意欲を表明したとの報道もみられ(国営バングラデシュ通信、「フィナンシャル・エキスプレス」紙7月20日付)、関連の動向が引き続き注目される。


注1:
BAU(Business as Usual)シナリオと呼ばれる。現状の対策のままで2030年まで推移することを想定したシナリオを指す。
注2:
JICA資金がバングラデシュ中央銀行を経由し、参画する政府系金融機関から所定の要件を満たす民間企業・事業に対して、低利子で融資される制度。
注3:
主として噴霧式バーナーの火力発電所で使用されている燃料油。
注4:
火力発電所やビルなどのディーゼル式発電機に使用されている燃料油。
注5:
アジアの持続的な経済成長とカーボンニュートラル(CN)の同時達成を支援すべく、日本が具体的な支援策をパッケージ化し、当該国に提示する枠組み。
執筆者紹介
ジェトロ・ダッカ事務所
山田 和則(やまだ かずのり)
2011年、ジェトロ入構。総務部広報課(2011~14年)、ジェトロ岐阜(2014~16年)、サービス産業部サービス産業課(2016~19年)、お客様サポート部海外展開支援課を経て、2019年9月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ島根
薄木 裕也(うすき ゆうや)
2020年、ジェトロ入構。市場開拓・展示事業部海外市場開拓課、ジェトロ・ダッカ事務所を経て、2023年9月から現職。