今知るべき、アジアの脱炭素など気候変動対策ビジネスアジア大洋州地域で進むグリーン事業(総論)

2023年10月27日

持続可能な開発目標(SDGs)や環境・社会・ガバナンス(ESG)への対応が注目される中で、アジア大洋州地域(東南アジア、南西アジア、オセアニア)でも脱炭素化など気候変動対策に向けた動きが顕著になっている。本特集では、同地域における、気候変動対策、とりわけ脱炭素ビジネスの動きを概観する。

再生可能エネルギー分野への投資進む

まず、アジア大洋州地域の温室効果ガス(GHG)排出源を整理する。米国の調査・研究機関である世界資源研究所が管理するオンラインプラットフォームの「Climate Watch」によると、アジア大洋州の主要14カ国におけるGHGの排出源の構成比(2019年)のうち、「電力・熱」が同地域GHG排出源全体の27%を占めた(表参照)。世界全体と同様、総じて「電力・熱」が主な排出源であり、アジア大洋州地域でもGHG削減に向けては電源の再生可能エネルギー化が重要な位置を占めることがわかる。

表:アジア大洋州主要14カ国のGHG排出源構成比(2019年)(単位:%)(△はマイナス値)
国・地域名 農業 電力・熱 製造・建設 輸送 産業プロセス 土地利用変化・林業(LUCF) その他
世界 12 32 13 17 6 4 17
階層レベル2の項目アジア大洋州14カ国計 19 27 12 10 6 13 13
階層レベル3の項目シンガポール 0 40 19 10 23 0 8
階層レベル3の項目マレーシア 3 34 9 18 5 19 12
階層レベル3の項目インドネシア 8 13 8 8 2 47 15
階層レベル3の項目フィリピン 25 31 6 16 9 1 12
階層レベル3の項目タイ 14 24 12 17 19 4 9
階層レベル3の項目ベトナム 15 35 16 10 15 △ 3 11
階層レベル3の項目ラオス 24 35 2 6 5 26 2
階層レベル3の項目ミャンマー 36 4 4 3 1 46 7
階層レベル3の項目カンボジア 29 6 1 9 8 43 3
階層レベル3の項目インド 22 37 16 9 5 △ 1 12
階層レベル3の項目バングラデシュ 37 22 7 5 2 8 19
階層レベル3の項目パキスタン 45 13 11 11 6 2 13
階層レベル3の項目スリランカ 16 26 3 28 7 5 16
階層レベル3の項目オーストラリア 20 36 7 16 3 4 15

注1:樹木などは二酸化炭素(CO2)吸収源にもなり得るため、LUCFはマイナスにもなり得る。
注2:端数調整しているため、足し上げが100にならない場合がある。
注3:太字は、各国・地域上位1位もしくは2位の値。
出所:「Climate Watch」〔世界資源研究所(「農業」「土地利用変化・林業」の元データは、FAO 2021, FAOSTAT Emissions Database)、2023年10月8日ダウンロード〕から作成

国連貿易開発会議(UNCTAD)によると、アジア・オセアニアの開発途上国・地域(注1)への2015年から2022年にかけての再生可能エネルギー(再エネ)分野の国際投資プロジェクト受け入れ数の年平均伸び率は7.2%で、他の開発途上国・地域〔ラテンアメリカ・カリブ地域:4.3%、アフリカ:6.2%、後発開発途上国(LDC):1%〕と比べると最も高い。アジア・オセアニア地域の中では、インドが最も多く、ベトナムなどが続く(注2)。これらのうち、例えばインドでは、米国の再エネ企業ブライトナイト(BrightNight)が2023年1月、風力と太陽光を組み合わせたハイブリッド式の再エネ発電計画を発表するなど、2023年に入っても再エネ関連の直接投資案件が目に留まる。

インド政府が2022年8月に提出した「国が決定する貢献(NDC)」の更新版では、2030年までの非化石燃料による電力供給の割合を50%程度とし、2016年10月に提出したNDCで示した40%程度から引き上げた。再エネ導入も進む一方で、企業間では再エネをどのようにサービスに組み込み、最終商品としてどのような付加価値を社会に提供できるのかという競争が始まっている。本特集では、インドで分散型電源・グリッドを運営・管理し、電力供給が脆弱(ぜいじゃく)な地域に対して太陽光発電を中心とした再エネ由来の電力を蓄電池などと組み合わせて安定的に供給する事業(日本企業が参画)を紹介している。

ベトナムでは2023年5月、2021~2030年の電力開発指針「第8次国家電力開発基本計画(PDP8)」が発効。2030年の設備容量目標では、風力発電とバイオマス発電がそれぞれ2022年時点の設備容量の5倍以上の目標値に定められた。ハノイからの報告では、いち早く風力発電やバイオマス発電などの再エネ開発事業に取り組む日系企業の事例をもとに、ベトナムの再エネ開発の可能性を俯瞰(ふかん)している。また、ホーチミンからは、日系企業によるオンサイト電力購入契約(PPA)モデルの屋根置き太陽光発電事業なども紹介している。

これらのほかにも、例えばマレーシアでも2023年5月、「再生可能エネルギー戦略開発ロードマップ」に沿って、電力供給に占める再エネ比率を2050年までに70%に高めることが目標に掲げられた。マレーシア政府は7月に第1弾、8月に第2弾となる「国家エネルギー移行ロードマップ(NETR)」を発表。脱炭素に向けたモメンタムが加速している。マレーシアからの報告では、太陽光発電に参入する日系企業の事例などを紹介している。

また、スリランカでは2022年以降、外貨不足により海外からの原油輸入が滞り、燃料不足が深刻な社会課題となった。このため、スリランカでは自国で生産可能な、再エネ導入に関心が高まっている。2022年10月には、スリランカと日本との間で2国間クレジット制度(Joint Crediting Mechanism:JCM)の構築に合意した。スリランカからの報告では、風力発電所の建設を計画する地場企業から、JCMを活用した日本企業とのパートナーシップに期待を寄せている声などを取り上げている。

農業分野での事業連携に向けた動き

世界と比較した、アジア大洋州14カ国の相対的な特徴として、「農業」や森林伐採などの「土地利用変化・林業(LUCF)」のGHG排出割合が大きいことを挙げることができる。このうち農業についてみると、例えば、カンボジアにおける「農業」(29%)が占める割合は、世界(12%)やアジア大洋州14カ国平均(19%)を上回る。カンボジアからの報告によると、カーボンニュートラルなどをテーマとしたネットワーキングシンポジウムが現地で開催され、カンボジア農業関係企業や団体が、日本企業の有する技術やノウハウに関心を寄せた。具体的には、衛星画像などの情報を活用し、化学肥料の過剰散布がみられる畑を確認、その削減を提案する事業である。化学肥料を減らすことで削減できたGHGをカーボンクレジットの創出や販売事業につなげることができる。また同様に、水田から発生するメタンガスの削減によるカーボンクレジットの創出・販売事業にも注目が集まった。

ミャンマーでも「農業」(36%)が占める割合が大きい。本特集のミャンマーからの報告では、農産物の収穫後に残った植物や作物の野焼きによる煙害対策がCO2削減につながるとして、隣国タイから専門家を招聘(しょうへい)し、農家向けに実施した環境対策研修事業を紹介している。

GHG排出量を算定・可視化するサービス

ジェトロが2022年8月から9月にかけて、アジア大洋州地域に進出している1万社を超える日系企業を対象に実施したアンケート調査によると、進出先で何らかの脱炭素化(GHG排出削減)に取り組んでいる、もしくは取り組もうとしているかという問いには、「既に取り組んでいる」もしくは「まだ取り組んでいないが、今後取り組む」と回答した割合が72.5%に達した(注3)。前回2021年度調査結果(62.8%)と比較すると、回答企業が異なるため単純な比較はできないものの、脱炭素化に向けた動きが広がっている様子がみて取れる(2023年3月20日付地域・分析レポート参照)。

他方で、「まだ取り組んでいないが、今後取り組む」と回答した企業の中には、「脱炭素の取り組みへの課題、対応が難しい現地の規制や制度など」として、「排出量計算、基準の定義など」(化学・医薬)、「炭素の測定方法」(電気・電子機器部品)といった声が上がった。こうした企業へ対応するビジネスも誕生している。本特集のタイやカンボジアなどからの報告では、GHG排出量を算定・可視化するサービスを提供する企業の事例を紹介している。

このほか、CO2排出量を2050年までに実質ゼロ(ネット排出ゼロ)とする、NDCの更新版を2022年11年に提出したシンガポールでは、2023会計年度からシンガポール取引所に上場する優先5分野の企業に対して、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の提言に基づく気候変動関連の情報開示を義務付けている。2023年7月には、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の基準に沿った気候変動関連の情報開示を、2025会計年度から全上場企業に対して義務付ける計画に対する意見公募を実施した(注4)。ASEANで初めて2019年に導入した炭素税は段階的に引き上げられる予定になっているなど、気候変動対応に関する法規制措置や方針が相次いで打ち出されている。こうした気候変動対策が進むシンガポールでは、算定・可視化サービスを提供する企業の内外からの参入が相次ぐ。シンガポールからは、同サービスとともに、さらにはソリューションを提供する企業の事例を紹介している。

本特集の各論(国別編)では、本稿で言及できなかった事例も取り上げている。また、その他アジア大洋州主要国における気候変動対策、とりわけ脱炭素ビジネスを巡る動向についても、随時掲載していく。


注1:
本特集で取り上げるアジア大洋州14カ国と対象が完全には一致しない。
注2:
UNCTAD, World Investment Report 2023PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(3.0MB), pp36-37.
注3:
東南アジア9カ国、南西アジア4カ国、オセアニア2カ国の計15国が対象。調査結果の詳細については、プレスリリース報告書過去の調査の報告書はダウンロード可能。
注4:
意見公募期間は2023年9月末まで。2024年までに最終案をまとめる予定。
執筆者紹介
ジェトロ・シンガポール事務所次長
朝倉 啓介(あさくら けいすけ)
2005年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課、国際経済研究課、公益社団法人日本経済研究センター出向、ジェトロ農林水産・食品調査課、ジェトロ・ムンバイ事務所、海外調査部国際経済課を経て現職。