今知るべき、アジアの脱炭素など気候変動対策ビジネスバイオマス利用やGHG排出量の見える化などの取り組み進む(タイ)

2023年10月27日

2021年10~11月に開催された国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)第26回締約国会議(COP26)の場で、タイのプラユット・チャンオーチャー首相(当時)は、2050年に「カーボンニュートラル」、2065年までに「ネット排出ゼロ」の達成を目指すという新たな目標を述べ、あらゆる手段で気候変動課題に取り組むという強い意思を表明した。

本稿では、脱炭素に向けたタイでの事業機会について紹介するとともに、その背景となったタイの政策や、カーボンニュートラルを加速させる国外からの要請についても触れたい。

サトウキビをアップサイクル

タイのプラユット・チャンオーチャー首相(当時)は2021年、「バイオ・循環型・グリーン(BCG)経済モデル」を国家戦略に据えた(2021年1月21日付ビジネス短信参照)。同戦略の下、タイ政府は持続可能な経済社会の実現や二酸化炭素(CO2)削減のため、電気自動車(EV)や工場のグリーン化、農業の効率化、バイオマスや廃棄物の利用を推進している。具体的には、関連事業への投資優遇措置(法人税免除)の付与や、官民での共同研究などを行っている。

そのような中、BCGの概念を体現するような事業をタイで行うのが、東レと三井製糖(現・DM三井製糖)の合弁で2017年に設立されたセルロシック・バイオマス・テクノロジー(Cellulosic Biomass Technology)だ。同社は、タイの重要産業の製糖業から排出されるサトウキビの搾りかす(バガス)をアップサイクル(注1)する事業を展開している(図1参照)。

図1:サトウキビの搾りかすのアップサイクルビジネスの概要
サトウキビの搾りかす(バガス)から高付加価値品を作る。サトウキビの搾りかすであるバガスは通常は燃やされているが、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、タイ国家イノベーション庁(NIA)、タイ投資委員会(BOI)が支援する東レと三井製糖の技術により、バガスを有用な素材(ポリフェノール、オリゴ糖、グルコース)に転換することができる。

出所:セルロシック・バイオマス・テクノロジー

具体的には、バガスを原料として、(1)バイオプラスチックなどの原料となるセルロース糖、(2)家畜の成長促進効果、整腸機能を果たすオリゴ糖、(3)化粧品向けで美容効果、家畜向けで下痢抑制効果が期待できるポリフェノールを製造している。

同社は当該事業を通じ、「BCG経済モデル」に沿って、バイオ(バイオテクノロジーを利用)、循環型(農業の残りかすから有価物を生産)、グリーン(非可食原料バガスから膜技術により低エネルギーで製造)なビジネスを実現している。特に、通常は農業の残りかすを焼却処理することでCO2などが発生するが、これを再利用することで脱炭素につなげ、かつ、新たな製品として付加価値を形成しようとしている。

なお、こうした事業については、これまで新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)と、タイ国家イノベーション庁(NIA)の協力を得ながら、実証プラントを建設し、省エネ効果や生産物の性能評価を行ってきた。同社は今後、製糖企業や化学メーカーなどと協力し、非可食糖製造の事業化を目指す。

タピオカ成分から持続可能なプラスチック材料

日立ハイテク・タイ(Hitachi High-Tech Thailand)は、キャッサバから抽出されるタピオカでんぷんを原料とした熱可塑性ポリマーと他のポリマーを混和することで、バイオマスプラスチック材料となるコンパウンドを製造。これを原料に、日本国内関連会社の日立ハイテクがバイオプラスチックを開発している。化石燃料の節減を通じた脱炭素や、バイオマスの活用も図ることができる(図2参照)。

図2:タピオカを原料とした持続可能なプラスチック材料を提供する
キャッサバから抽出される熱可塑性でんぷん(TPS)にベース材を混和することでバイオマスプラスチックコンパウンドを製造し、環境配慮型製品を製造。タイ農業への貢献、資源循環、プラごみ削減につなげる。

出所:日立ハイテク・タイ提供

これらのバイオマス原料を利用した事業展開の背景にあるのは、タイ政府が推進する先述のBCG経済モデルだ。国連食糧農業機関(FAO)によると、2020年のタイのキャッサバ生産量は約2,900万トンで世界3位、サトウキビは約7,497万トンで世界第5位だ。しかし、タイ政府によると、現在これらの資源は十分に活用されていない。そのため、BCG経済モデルの下、バイオマスをエネルギーや化学物質に変換するバイオリファイナリー技術の発達や、バイオ資源・農業作物の高付加価値化が政府によって提唱されている。今後、社会の環境意識の向上に伴い、バイオマスプラスチックの需要増が期待されている。特に、日立ハイテク・タイの製品開発が実現すれば、安定したキャッサバ需要が創出され、農家の収入安定に貢献することが見込まれる。

脱炭素に向けた政府、タイ企業の取り組み

BCG経済モデルの主軸は農業生産の効率化やバイオマス、廃棄物利用などだが、政府が国際舞台で宣言した脱炭素や持続可能性にかかる目標達成を後押しする政策でもある。そこで、タイの脱炭素に向けた方針の概要を見てみよう。政府は2021年に開催されたCOP26で、2050年にカーボンニュートラル、2065年までにネット排出ゼロを目指すという目標を掲げ、あらゆる手段で気候変動課題に取り組むという強い意思を表明した(2021年11月8日付ビジネス短信参照)。

翌年のCOP27(2022年)では、タイのワラウット・シラパアーチャー天然資源・環境相(当時)が演説し、2030年までの温室効果ガス(GHG)排出量の削減目標(注2)について、それまでのBAU比(2005年比)20~25%削減から、30~40%削減に引き上げることを発表した。政府による脱炭素化に向けた目標の具体化や政策の策定は今後も、在タイ日系企業のカーボンニュートラルに関連した事業の拡大を後押しすると思われる。

タイのCO2排出量は2022年にはBAU比15%削減され、一見すると政府の計画が順調に進んでいるように見えるが、新型コロナウイルス禍の際の活動制限やそれに伴う景気悪化の影響を受けたもので、環境負荷の少ない生産・消費体制への構造転換はいまだ途上にあるとの有識者による指摘もある(注3)。環境負荷低減に関連する社会課題解決型事業の余地(ビジネス機会)は十分にあると言えよう。

こうした動きを受けて、脱炭素に向けたビジネスの方向性を探る地場企業の動きもみられる。エネルギー資源などを中核事業とするバンプー(Banpu)もそうした企業の1つだ。同社はGHGを排出しない事業、もしくは排出量が少ない事業に力を入れて、EVなどの低炭素事業ポートフォリオの比率を増加させようしている。例えば、同社はリチウムイオン電池事業に投資しており、日本のコンパクトEVメーカーのFOMMの株式を21.5%取得するとともに、関連会社バンプーイノベーション・アンド・ベンチャーズによるFOMMとのパートナーシップ契約も締結している。これにより、 FOMMの車両には、同社の投資先のドゥラパワー・テクノロジー(シンガポール)によって開発・製造されたリチウムイオン電池が使用されることになる。

こうした動きの背景には、タイ政府のEV推進政策がある。もともとEVについては、政府の産業高度化に向けた国家のビジョン「タイランド4.0」の中で、ターゲットとなる重点産業の1つと位置付けられていた。2021年には、2030年までに国内の年間自動車生産台数の30%をゼロ・エミッション・カーとする通称「30@30」目標を設定し、関連投資への優遇措置を運用してきた。さらに、2022年以降は、EV購入を促進するために補助金支給や物品税の引き下げも開始するなど、政府の大きな後押しを受けて、国内でのEV販売台数は大幅に伸張している。バンプーによるEV事業への進出は、まさに自動車産業のEV化の波に乗った動きと言え、今後の拡大が見込まれる。

また、同社は2020年に2021年から2025年までの5年間のGHG削減目標を設定している。具体的には、鉱業事業で7%、電力事業で20%の削減(2019年を基準年としたBAU比)を目指しており、脱炭素へ意欲的に取り組んでいることがうかがえる。

ゼロボード、GHGの見える化へ

次に、前述の企業事例とは違った切り口から脱炭素に取り組む企業として、ゼロボードを取り上げたい。事業内容は、GHG排出量を算定・可視化するクラウドサービスの提供で、事業そのものが直接的にGHG排出量を減らすわけではない。サービスを利用する事業者が、自社のGHG排出量の現状をより正確に把握することで、脱炭素の具体的な取り組みにつなげることを目指している(図3参照)。

図3:GHG排出量算定・可視化ソリューションでタイに進出するゼロボード
GHG排出量算定・可視化ソリューションのゼロボード。算定:企業活動全体のGHG排出量を見える化。報告:信頼性の高いサステナビリティ情報の報告・開示。削減:パートナーとの協業による多彩な削減支援。

出所:ゼロボード

日本では2022年にサービスの販売を開始し、これまで2,400社超が導入した。日本企業がさらにGHG排出量を削減するためには取引先や海外拠点の脱炭素化が必要だったため、最初の海外進出先として日系企業が集積するタイを選択した。将来的にはアジア全体での脱炭素の支援を目指している。

同社は、国際基準の「GHGプロトコル」に基づき、自社でのエネルギー利用によるGHG排出量のScope1~2に加えて、自社以外のサプライヤーなどからの排出量のScope3までを算定・可視化ができるクラウドサービス「zeroboard」を提供しており、サービス利用者は管理画面で排出量の削減を確認することができる。

特にScope3については、日本の環境省などが産業連関表から作成・公開している「2次データ」(排出係数の業界平均値)だけでなく、1次データ(企業のGHG削減実績値)を活用することができるため、サプライヤーの排出量削減努力を算定値に反映してサプライチェーン全体のGHGを削減することが可能となる。

なお、ゼロボードで算定した結果を基に、日系商社などのパートナー(長瀬産業、三菱UFJ銀行、豊田通商、三菱商事、住友商事)がクラウドサービスの利用者に具体的なGHG削減の方策を提案するビジネスモデルを構築している。

企業のEU・CBAMへの対応が排出量把握ニーズ高める

事業者がGHG排出量を正確に把握する動きが加速する背景には、EUの炭素国境調整メカニズム(CBAM)の適用が開始されたこともある(2023年1月12日付ビジネス短信参照)。

EUのCBAMの対象となるのは、鉄鋼、アルミニウム、セメント、肥料、電力のほか、水素や、ネジやボルトなどのサプライチェーンの川下製品だ。また、間接的なGHG排出(EUに輸入される製品の生産に使用する電力の発電時に生じるGHG)も対象に含まれるなど、範囲は広い。同メカニズムは2023年10月から適用され、2025年12月31日までを移行期間としている。対象製品をEUに輸入する者は、輸入に伴うGHG排出量を報告する義務を負うことになる(EUに輸出する企業にもGHG排出量を輸入業者に報告する必要が生じる)。2026年1月1日からは、タイなど生産国側でのGHG排出量を補償するため、CBAM証書(GHG排出量によって価格が決定)を購入することが義務付けられる。

タイ温室効果ガス管理機構(TGO)のキアチャイ・マイトリウォング事務局長はCBAMに関し、特に留意すべき品目として、タイのOEM企業が製造した鉄鋼・アルミニウム製品を挙げているが、将来的にCBAM対象品目が石油化学製品(プラスチックペレットやポリマー)などに拡大した場合、タイへの影響は増大するリスクもあるとする。また、他国でも同様の措置が導入されることは十分に考えられ、タイの最大の輸出先・米国でも炭素税が検討されていることから、GHG排出量の正確な把握に着手する企業は今後ますます増えるだろう。

タイの脱炭素の事業機会

本稿では、バイオマス材料を用いて脱炭素に貢献する企業と、GHG排出量を算定・可視化するサービスによって企業の脱炭素化を促す企業を取り上げた。この他にも、タイにはカーボンニュートラル達成に向けた新たなビジネスが生まれている。その一端を知ることのできる情報源として、ジェトロ・バンコク事務所が「カーボンニュートラル達成に向けたサステナブルビジネスセミナー・商談会(オンライン)」事業の一環として作成した「SUSTAINABLE BUSINESS FOR CARBON NEUTRALITYPDFファイル(9.41MB)」を紹介したい。同レポートでは、本稿で取り上げたバイオマス材料を扱う企業をはじめ、CO2回収、水素、再生可能エネルギー、省エネルギーといったさまざまな分野の企業事例が盛り込まれている。今後、タイでサステナブルビジネスへの参入を検討している企業には是非参考にしてほしい。


注1:
アップサイクルとは、廃棄されるはずのものを加工して、新たな商品価値を持たせること。
注2:
パリ協定に基づいて「国が決定する貢献(NDC)」としてタイ政府が策定したGHG排出目標。政府はCOP26で初めてNDCを発表し、COP27でNDCアップデートした。
注3:
日本総合研究所「タイ新政権が直面する経済課題」参照。
執筆者紹介
ジェトロ・バンコク事務所
藤田 豊(ふじた ゆたか)
2022年から、ジェトロ・バンコク事務所勤務。