今知るべき、アジアの脱炭素など気候変動対策ビジネス先進事例から見える脱炭素化に向けたビジネスチャンス(ベトナム)

2024年1月18日

ベトナムは、2021年10~11月の国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)で、2050年までに温室効果ガス(GHG)のネット排出ゼロを目指すと表明した。在ベトナム日系企業では総じて、脱炭素化の取り組みが進んでいるとは言えないが、関心は高まりつつある。

ジェトロが2022年8~9月に実施した海外進出日系企業実態調査によると、脱炭素化〔温室効果ガス(GHG)排出削減〕への取り組みについて、「すでに取り組んでいる」と答えた日系企業の割合は、ベトナムでは29.4%にとどまる。ASEAN平均(35.9%)より低く、アジア・オセアニアの国・地域別でワースト2位だ。ただし、脱炭素化に「今後取り組む予定がある」とした日系企業を合わせると69.1%となり、一定の関心の高さがうかがえる。

在ベトナム日系企業の脱炭素化への取り組み(検討中を含む)内容については、(1)省エネ・省資源化、(2)再エネ・新エネ(太陽光、風力、水素など)電力の調達、(3)環境に配慮した新製品の開発が回答の上位3項目を占める。一方で、回答企業からは「脱炭素への意識が醸成されていない中、コストをかけて行う必要があるため、優先度が劣後する」といった声が複数寄せられている。そのような中、省エネ・省資源化と答えた企業の割合(66.0%)は、ASEAN平均(44.5%)を上回っており、まずはコスト競争力強化にもつながる「省エネ・省資源化」に取り組む(または、取り組もうとする)企業が多い結果となった。

本稿では、ジェトロによる在ベトナム日系企業に対するヒアリング(2023年8月時点)を通じて、ベトナムで既に脱炭素化に向けた取り組みを行う企業の事例を基に、企業がどのようなソリューションを用いて脱炭素を推進しているのかを解説し、ベトナムでの脱炭素化のビジネスチャンスについて考察する。

屋根置き太陽光で、工場の脱炭素化とコスト削減のニーズ開拓

丸紅(本社:東京都千代田区)は、ベトナムで幅広い事業を展開している。2021年にはグループ会社の丸紅グリーンパワーベトナムを設立し、オンサイト電力購入契約(PPA)モデルの屋根置き太陽光発電事業(注1)を開始した。

同社は独立発電事業者(IPP)として、事業開発から建設、運転・保守まで一貫して行い、自社でメンテナンスサービスを提供している。電力の脱炭素化を狙う需要家は初期投資を必要とせず、電力売買契約期間が満了した後は太陽光発電設備が譲渡されるため、導入した設備を自家発電として継続使用できる仕組みとなる。

丸紅グリーンパワーベトナムの大塚悠二社長は「PPAモデルでは、ベトナム電力総公社(EVN)が設定する電力料金より安価な価格で電気を供給できる。脱炭素化だけでなく、コスト削減を狙う企業にとってもメリットがあるため、ベトナム全土の工業団地に入居する企業が顧客となり得る」と語る。

同社は2021年に、環境省の令和3年度「二国間クレジット制度(Joint Crediting Mechanism:JCM)資金支援事業のうち設備補助事業(以下、環境省JCM設備補助事業、注2)」に採択され、複数の工場やビルなどに合計12メガワット(MW)の屋根置き太陽光発電システムの導入を進めている。さらに2022年、令和4年度環境省JCM設備補助事業の採択案件として、ベトナム国内のファスナー工場などに合計5.7MWの屋根置き太陽光発電システムの導入も進めている。

脱炭素化への意識について、大塚社長は、ステークホルダー(投資家・株主など)の要望に基づき、親会社側が主導する企業、欧米企業との取引がある企業は特に関心が高い一方、親会社の脱炭素化への取り組み方針を待つ企業も依然としてあると指摘した。同社のスキームはコスト削減につながるのがメリットの1つだが、ベトナムでは脱炭素化への取り組みが法的拘束力を伴わない中で、いかにして脱炭素への意識を醸成するかが重要となる。


丸紅グリーンパワーベトナムが提供する屋根置き太陽光発電システム(同社提供)

包装資材製造でCO2削減、サプライチェーン全体での脱炭素化に貢献

丸紅は自社の製品製造プロセスでも脱炭素化に取り組む。2018年に南部バリア・ブンタウ省で、同社が100%出資する段ボール原紙製造会社クラフトオブアジア・ペーパーボード・アンド・パッケージング(KOA)を設立した。KOAは段ボール原紙の原料となる古紙の調達、生産、販売を自社で一貫して行う。

脱炭素の取り組みとして、天然ガスを燃料とするコージェネレーション(熱電併給)システム(CGS)を導入した。段ボール原紙を生産するには、紙の乾燥の工程で大量の蒸気が必要とされる。CGSの導入により、ガスタービンを駆動する際に発生する高温の排気ガスを活用して蒸気を作り、工場から出る二酸化炭素(CO2)排出量を石炭燃料使用時の半分に減らす。CGS導入は近年、欧米企業を中心に包装資材の調達先にも高い環境対応を求める動きが広がっていることが背景にある。自社の脱炭素化への取り組みには限界がある中で、業界全体のサステナブルな取り組みの牽引役として、率先して取り組むことに意義があると同社は考えている。

同社は回収排熱の再利用以外の取り組みとして、LED照明や高効率空調の導入、製造プロセスの効率化も行った。加えて、屋根置き太陽光発電パネルを設置し、工場で使用する電気の3分の1超を再エネで賄う。

また、CGSの活用は、将来的には水素と天然ガスの混焼や、水素100%への切り替えも想定している。同社は周辺の化学プラントと連携して水素の供給体制を築き、2025年ごろにはガスタービンの燃料を水素に切り替える検討を進めるという。

さらに、先進的な取り組みとして、出荷する製品のラベル下に、製造過程で発生した「CO2排出量」を表示し、製品ごとにCO2排出量の見える化を行う。CO2排出量を表示する取り組みは欧州企業が先行しており、日系企業で取り組んでいる企業はまだ少ないという。

その他、同社では定期的に地元での海岸清掃活動を通じて、従業員の環境問題への意識醸成も推進している。当該活動をアピールするポスターを製品に貼り付けたところ、それを見た欧州メーカーから問い合わせがきたという。欧州企業など厳しい環境水準の達成を目指す企業が自社サプライチェーンでのCO2排出削減を求める中で、脱炭素化の取り組みを積極的にアピールすることが環境意識の高い企業への引き合いにもつながっている。


出荷製品ごとのCO2排出量の見える化に関する取り組み(KOA提供)

工場の省エネにビジネスチャンス

産業機器や工業機械を取り扱う複合専門商社のユアサ商事(本社:東京都千代田区)は、ベトナム国内で2018年から自家消費型の太陽光パネルや、省エネコンプレッサーなどの省エネ機器を販売する。脱炭素化・省エネを検討する企業に、製品の提案から導入、アフターサービスまで一気通貫で行い、ハードとソフトの両面のパッケージ提案を行っている。

ユアサ・トレーディングベトナム・ハノイ支店の柴橋健太郎地域統括マネージャーによると、この1~2年で大企業だけでなく、1次、2次サプライヤー(Tier1、Tier2)の中堅・中小企業でも、創エネ・省エネの設備の導入を検討したいという要望が急激に増えたという。また、柴橋氏は「従来、創エネ・省エネ設備の導入は投資回収年数の長さから見送られることが多かったが、最近ではCO2排出量を減らすことを目的とし、投資回収年数が多少長くても取り組もうとしている顧客が増えている」という。

同社には、省エネ専門の技術者が常駐しており、設備導入後の初期対応を自社で担うほか、顧客工場や商業施設への提案活動を行っている。省エネを担当するホーチミン本社の井上岳哉営業部長は、顧客の工場内を点検すると、無駄な電力の使用や低効率な設備や照明など、省エネ実現に向けて改善する余地が多い点を指摘した上で、「ベトナムを含む東南アジア各国の工場はエネルギー削減のポテンシャルが高い」と語る。さらに、省エネ機器の導入促進に向けて、同社は2023年に製造業の担当者を対象としたカーボンニュートラルセミナーを東南アジア各国で開催している。柴橋氏は「日系企業のほか、ベトナム企業の参加も意外と多く、業界はゼネコンや食品会社など多岐に渡り、ベトナムでの関心の高さがうかがえる結果となった」と述べる。


カーボンニュートラルセミナーの様子(ユアサ・トレーディングベトナム提供)

ベトナムの再エネ電力確保には課題も、グループ全体で脱炭素化推進

自動車部品大手のデンソーベトナムは、グループ全体の方針として、再エネ活用など積極的なCO2削減活動により、2025年度のCO2排出量を2012年度比で50%削減、さらに、2035年度のCO2排出量ゼロ達成という目標を掲げる。

デンソーベトナム独自の取り組みとして、ハノイ市内のタンロン工業団地の工場で、約2万平方メートルの屋根置き太陽光発電パネルを導入し、同工場の使用電力量のうち8.6%を太陽光で賄っている。

再エネの調達では、再エネ発電事業者と使用者間の直接電力購入契約(DPPA)制度の政府による導入が遅れていることから、グリーン電力証書(I-REC、注3)による調達を活用する。太陽光による自家発電とI-RECにより、工場の使用電力を100%賄う計画だ。

脱炭素の取り組みの意義として、デンソーベトナムの森山裕之ダイレクターは「当拠点は、売り上げに占める輸出の割合が約90%を占めており、欧米企業を中心とした輸出先国側の要請から取り組みを行うという背景もある」と述べる。

一方、2023年のベトナム北部の電力不足(2023年6月9日付2023年6月29日付ビジネス短信参照)の際は、生産計画や出勤態勢の変更、工場設備の節電を余儀なくされた。また、自家発電機をサプライヤーに提供し、調達への影響を防いだ。北部の夏の電力不足は今後も続く可能性があると懸念されており、森山氏は「電力逼迫の対策も考えなければならない」と、脱炭素化推進と生産への影響回避を両立する苦労をうかがわせた。

同社が掲げる2035年度のCO2排出量ゼロという野心的な目標実現に向けて、取り組みをいかに前倒しして進めていくかがグループ全体の方針だと森山氏は語る。同社の取り組みとして、ベトナムでは現地人材を脱炭素化担当として任命するとともに、年に1回、グループ単位で脱炭素の取り組みに関するコンテストを行うなど、工場で働くワーカーを巻き込みながら意識醸成を図っている。さらには、各部門のCO2排出量を見える化し、社長への報告の場を定期的に設けるなど、脱炭素に関する定量化や活動に対してコミットする態勢作りなど、会社全体としての脱炭素化を推進する。

外部向けの活動としては、オープンファクトリー(工場見学会)を定期的に開催し、生産現場での省エネアイテムの導入事例をサプライヤーにも紹介する機会を設けている。また、業界他社とも情報共有の場を設けて、脱炭素化に向けた双方の活動事例の情報交換を行うなど、自社にとどまらないサプライチェーン全体での環境活動を推し進めている。


自社の脱炭素化に関する活動の様子(デンソーベトナム提供)

脱炭素化の取り組みから生まれるビジネスチャンス

本稿では、ベトナムで脱炭素化に向けた取り組みを進める4社の事例を取り上げてきたが、欧米を中心に、主に大企業や上場企業を対象にESG(環境・社会・ガバナンス)情報開示を義務付けるルール整備が着々と進行している(2023年9月5日付地域・分析レポート参照)。よって、輸出先に占める欧米各国の割合が一定程度あるベトナムでは、今後、取引先に対して脱炭素化への取り組みを求める動きが全土で一層広がることが予想される。

そのため、企業にとって、早い段階から脱炭素化に取り組む意義は高まっている。工場の省エネ化や太陽光といった再エネ電力の調達に加えて、自社のCO2排出量削減の取り組みをアピールすることで、実際の引き合いにつなげた企業がある。その過程では、現地人材を脱炭素取り組みのリーダーに据え、会社全体の脱炭素への意識醸成を進める企業もある。今後、企業の環境意識がますます高まる中で、時代の流れに先駆けて環境問題に取り組むことが新たなビジネスチャンスにつながる可能性がある。


注1:
オンサイトPPAは、発電事業者が需要家の敷地内に太陽光発電設備を発電事業者の費用で設置し、所有・維持管理をした上で、発電設備から発電した電気を需要家に供給する仕組み。
注2:
優れた脱炭素技術などを活用し、途上国などでの温室効果ガス(GHG)排出量を削減する事業を実施し、測定・報告・検証(MRV)を行う事業。途上国などのGHG削減とともに、JCMを通じてわが国やパートナー国のGHG排出削減目標の達成に資することを目的とする。優れた脱炭素技術などに対する初期投資費用の2分の1を上限として補助を行う。なお、この事業はベトナム政府と日本政府の協力の下で実施されている。
注3:
International Renewable Energy Certification(I-REC)は、再エネで発電した電気であることを証明する認証制度。非営利団体I-REC STANDARDが管理している。
執筆者紹介
ジェトロ・ホーチミン事務所 ディレクター
新田 和葉(にった かずよ)
民間企業勤務を経て、2019年、財務省大阪税関入関。 財務省関税局を経て、2023年8月から現職(出向)。
執筆者紹介
ジェトロ・ホーチミン事務所
児玉 良平(こだま りょうへい)
2015年、福島県庁入庁。 2021年、ジェトロ地方創生推進課、2022年4月から現職(出向)。