インドとの連結性を生かした開発が進展
投資期待高まるスリランカ北部州(後編)
2023年8月28日
スリランカ北部州では、歴史的に関わりが深いインドとの連携を通じた投資案件が注目を集めている。インドのナレンドラ・モディ首相とスリランカのラニル・ウィクラマシンハ大統領が7月21日に実施した首脳会談では、両国の協力分野として、北部州での港湾や再生可能エネルギーの開発が挙げられた(2023年7月25日付ビジネス短信参照)。
これらの案件では、日本からの投資にも期待が寄せられている。スリランカのパス・ファインダー財団が2023年1月に発表した報告書「スリランカにおける経済改革を支援するための日印協力に向けた中長期戦略(3.03MB)」では、日本企業の海上物流や風力発電分野への参画を求めている。
前半で紹介した経済概況や投資機会に続き、後半では、インドとの連携によって投資が進むスリランカ北端のカンケサントライ(Kankesanthurai)港、マンナール半島の風力発電所、IT教育を進めるノーザンユニ大学の事例を紹介する。
インドとの接続性向上に期待高まる、カンケサントライ港
スリランカの北端に位置するカンケサントライ港は、スリランカの港としてはインド東部に最も近い場所に位置する(図1、図2参照)。同港は、古くからインドとの交易が盛んだったが、1982年以降は、スリランカ内戦の影響により、海上での交流が途絶えていた(注)。今後は、同地域と同じくタミル人が住む、インド南東部タミル・ナドゥ州との間で、乗客や貨物を運搬するフェリーサービスが再開予定であり、相互交流の深化が期待される。
同港では、スリランカ国内と南アジア地域とを結ぶ海上物流の結節点となるべく、商業港としての開発が進められている。農産物などの両国間貿易の促進や、スリランカ国内港間の輸送能力向上なども目指している。
政府の計画では、港の浚渫(しゅんせつ)や難破船の撤去、新しい埠頭(ふとう)の建設や既存の防波堤の改修などが予定されている。具体的には、防波堤[長さ1,400メートル(m)]の改修、第1埠頭(長さ96m、幅24m)の改修、第1埠頭の延長による第2埠頭(長さ85m、幅24m)の建設、新たな商業船の船着場となる第3埠頭(長さ167m、幅22m)の建設を行うという。各プロジェクトは、スリランカ政府がインド輸出入銀行と2018年1月に締結した協定に基づき、インド輸出入銀行が建設資金4,527万ドルを拠出し、スリランカ港湾局が建設計画を実施する。また、給水タンクの建設など一部の施設は、スリランカ港湾局の予算で実施する。
ただ、土地の権利を巡る問題により、建設の開始は遅れている。スリランカ政府は、住民に補償した上での私有地の収用を閣議決定している。加えて、同プロジェクトを管理するコンサルタント会社の報告によると1,600万ドルの追加予算が港の拡張に必要とされており、スリランカ側はインド側に追加予算の拠出を求めているが、インド側による承認は不透明だ。
スリランカ港湾局の担当者によると、すでに水深8mまでの浚渫が完了しており、貨物を継続的に荷さばきすることは可能だという。さらに、将来的には造船などの分野でも新たな投資が期待できると話す。しかしながら、現地を視察した限り、十分な設備が整っているとは言い難く、商業ハブ港としての開発には、さらに時間を要する印象だ。
スリランカ最大の風力発電地帯、マンナール
北部州西部に位置するマンナール半島では、風力発電所の建設が進む(図3参照)。国立再生可能エネルギー研究所が2003年に作成した「スリランカ・モルディブ風力エネルギー資源マップ(21.16MB)」によると、風力や風速などの観点から、北西部州のカルピティヤ半島からからジャフナにかけての沿岸地域がスリランカで最も風力発電開発に適するという。同地域は、5月から9月にかけて南西からのモンスーンの影響を強く受ける。スリランカでは、12月から2月にかけて北東からもモンスーンが吹くが、南西モンスーンより風力は弱い。また、ヌワラエリヤなど南部の中央高地にも強い風が当たるものの、土地の傾斜が大きく風力発電の開発には適さない。
また、インドの新興財閥アダニ・グループ(Adani Group)は、スリランカ最大の再生可能エネルギープロジェクトを北部州で進めている。マンナール半島とキリノッチ県のプーネリンでは、それぞれ286メガワット(MW)と234MWの風力発電所が、2025年1月までに完成予定だ。同プロジェクトは、将来的には、インドへの送電も見据える。アダニ・グループは、コロンボ港西コンテナターミナルの開発も手掛けるなど、スリランカのインフラ事業に積極的に関与している。ウィクラマシンハ大統領がアダニ・グループのゴータム・アダニ会長と2023年7月に実施した会談では、グリーン水素(再生可能エネルギー由来の水素)の生産計画についても議論された。
マンナール半島の南海岸には、スリランカ初の大規模風力発電所「タンバパバニ・ウィンド・ファーム(Thambapavani Wind Farm)」がある。同発電所には、1基当たり3.45MWの風力タービンが30基設置されており、総発電容量は103.5MWに達する。同タービンは、アジア開発銀行(ADB)からの融資により、デンマークのべスタス(Vestas)が建設した。ADBは2017年に融資を承認し、2021年3月に30基の建設を終えた。スリランカの発電事業における、ADBからセイロン電力庁(CEB)への融資総額は、2億ドルに達した。加えて、同地域から全国の送電網への接続を図るとともに、効率的なエネルギーの活用に向けた、スマートグリッドによるエネルギー需要管理システムの導入が進められており、この送電網強化事業には2億6,000万ドルが投資されている。
その他、スリランカの再生可能エネルギー大手のウィンドフォース(WindForce)も、マンナール半島やキリノッチで風力発電事業を展開する。2023年7月21日には、15MWの「ヒルラス風力発電所」の運転を開始した。
IT分野で新たな雇用機会を提供する、ノーザンユニ大学
スリランカは、スタートアップ分野において、コストが低廉な人材が豊富に存在するという特徴がある。スタートアップ・ゲノムが発刊した「グローバル・スタートアップ・エコシステム報告書(Global Startup Ecosystem Report )2023」では「高度IT人材の確保」に関して、アジア地域のスタートアップ・エコシステムでは1位、世界全体でも4位となった。海外のスタートアップへの有望な人材供給源として、同国への期待が高まっている。
こうした状況の下、IT分野の人材育成がスリランカ北部州でも進められている。ジャフナ生まれで、スリランカ内戦の勃発によりカナダに移住したインドラクマル・パドマナーダン氏が創業したマジック・グループ(Magick Group)が、ITや経営に関する学位を取得できるノーザンユニ(NorthernUni)大学をジャフナに立ち上げた。
マジック・グループは1993年に創業した、インテリア、ITサービス、教育サービスをインドやカナダ、米国やスリランカで展開する多国籍企業だ。同グループ内の「マジックウッズ(MagickWoods)」ブランドでは、カナダのトロントを本拠としてキッチン・キャビネット器具を製造し、米国の大手ホームセンターなどで販売する。「マジックテック(MagickTech)」ブランドでは、スリランカのジャフナとインドのチェンナイを開発拠点として、ITサービスを手掛ける。同社では、ホームインテリアの設計から製造までの工程を統合管理するソフトウェア製品を販売するとともに、基幹システムやITインフラの開発支援サービスも提供する。
ノーザンユニ大学では、スリランカの大学助成委員会と教育省の認可を受けた私立大学「スリランカ情報技術学院(SLIIT)」の4年制学位プログラムを実施している。SLIITはスリランカの7カ所にキャンパスを持ち、全体で1万9,000人以上の学生が通う。同大学は2つの学部を有し、コンピュータ学部では、ソフトウェアエンジニアリング、IT、データサイエンス、サイバーセキュリティー、コンピュータ・システム・ネットワーク・エンジニアリング、双方向メディア、情報システムエンジニアリングの7分野で、ビジネス学部では、会計・金融、ビジネス分析、物流・サプライチェーン管理、マーケティング管理の4分野でプログラムを実施する。今後、同大学は工学、バイオテクノロジー、ヘルスケアにも分野を広げ、1万人以上の学生を収容するキャンパスを建設予定だ。
また、ノーザンユニ大学では、IT教育に加え学生の就職支援にも注力している。マジックテックの拠点で、在学生がIT業界との交流やインターンシップを経験するとともに、卒業生が製品も開発する。ITに関連したプログラムに加え、就業機会を広げるため言語や異文化、ビジネスマナーのトレーニングも提供する。
マジック・グループ副社長(戦略的イニシアチブ・投資担当)のスワプナ・レッディ氏は、「北部地域で教育および雇用機会を提供することで、社会経済全般の発展を目指す」と話す。日本企業には、北部地域への進出を通じた新たなソフトウェア開発案件を求めるとともに、同地域社会の発展を図るため、卒業生が北部州を離れることなく遠隔で実施可能な案件の開発に期待を寄せた。
- 注:
- 航空輸送では、インドの南部チェンナイとスリランカのジャフナとの間で、週4便が運航している。
投資期待高まるスリランカ北部州
- 内戦終結以降、成長する経済・産業
- インドとの連結性を生かした開発が進展
- 執筆者紹介
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ジェトロ・コロンボ事務所長
大井 裕貴(おおい ひろき) - 2017年、ジェトロ入構。知的財産・イノベーション部貿易制度課、イノベーション・知的財産部スタートアップ支援課、海外調査部海外調査企画課、ジェトロ京都を経て現職。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・コロンボ事務所
ラクナー・ワーサラゲー - 2017年よりジェトロ・コロンボ事務所に勤務。