特集:女性の経済エンパワーメント「あるべき女性像」と闘う女性たち(ウズベキスタン)

2018年10月29日

ウズベキスタンでは今、女性たちの中に、より自由かつ多様な暮らしや働きを求める動きが広がり始めている。彼女たちが向き合い、また乗り越えようとしているのは、「女性は育児や家事に専念すべき」「女性はビジネスに向いていない」というような、ウズベキスタン社会に一定程度存在する価値観だ。本稿では、ウズベキスタンの女性を取り巻く環境を概観したのち、現在特に注目を集めている2人の女性を取り上げ、その活動を紹介する。

依然存在する就労機会や職業選択の格差

中央アジアに位置するウズベキスタンは、国民の9割以上をムスリムが占めると言われている。このように述べると、女性はみなヒジャブにすっぽりと身を包み留守を預かる、そんな姿を想像するかもしれない。だが、首都タシケントの中心街に一歩踏み出してみれば、そのイメージは見事に裏切られるだろう。日本と同様、思い思いのおしゃれを楽しみながらオフィス勤めをする女性の姿は、ごくありふれた存在だ。国家統計委員会によると、就業人口に占める女性の割合は45.7%(2016年時点)と日本より高い水準で、さらに毎年50万人もの女性の雇用が生まれている。政策・制度面に目を移してみても、2004年に国民議会議員の男女比にクオータ制が導入されており、見方によっては、日本以上に女性の社会進出が進んでいるかもしれない。

だが一方で、全面的に男女平等な社会が実現しているとは言い難い。女性は家事や育児に専念するもの、という価値観も根強く存在しており、特にタシケント以外の地方部ではいまだに女性にとって教育や就業の機会が限られていると言われる。女性の勤務先も教育や医療分野などに集中しており、男性と比較して職業選択の自由が少ないといった指摘もある。

昔ながらの手仕事×現代ファッション
(ビビハヌム創業者兼代表ムハヨ・アリエワ氏)

女性への就労機会の創出という形で、状況の改善に取り組むアパレルメーカーがある。伝統的な絣(かすり)織物を生かしたブランドとして知られる「ビビハヌム(Bibi Hanum)」だ。2006年にムハヨ・アリエワ氏によって民家のガレージで立ち上げられた同社が理念として掲げるのは、伝統文化の保護と女性の自立促進だ。創業者アリエワ氏の2人の姉は保守的な男性に嫁ぎ、程なく家庭外での就労や教育の機会を奪われるなどの困難に直面した。ウズベキスタンの伝統的なテキスタイル製法に関心を持っていたアリエワ氏は、そうした伝統技術を担ってきた女性たちを雇用することで、姉と同様の境遇にある人を1人でも多く助けたいという思いからビビハヌムを創業した。

現在は、タシケントのブティック兼工房に10人のスタッフが勤務しているほか、フェルガナ(ウズベキスタン南東部)とヌラタ(中部)でそれぞれ20人ほどの職人が機織りや刺しゅうに従事する。そのほとんどは女性だ。アリエワ氏は「ここではみな家族のような関係」と話す。そうした雰囲気づくりのかいもあって、雇用を希望する女性が続々とビビハヌムを訪れる。特別な技能を持つ人は少ないが、断らずにトレーニングを受けさせ、商品製作に関わってもらうようにしている。

ここまでたどり着くのは、容易ではなかった。家庭外での仕事を禁じられていた姉も現在は工房で働いているが、可能になったのはわずか2年前。自宅でできる作業から少しずつ始め、10年かけて工房への出勤を認められた。同様の困難を抱えていた従業員も多い。また、わずか0.3m×7mの生地に丸1日を要する手間のかかる製造工程に加え、従業員にタイムマネジメントや労働生産性といった理解が普及しておらず、社員教育には苦労している、とアリエワ氏は語る。

創業から10年以上たつ今も、苦労が絶えないアリエワ氏。しかし、展望は明るい。エシカルファッション(注1)や民族衣装・伝統衣装が世界的に注目を集めている中、ブランド理念に共感を覚えた欧米デザイナーから発注が来ているのだ。米国(アメリカ)に拠点を置く世界的有名ブランド「オスカー・デ・ラ・レンタ」とのコラボレーション作品も発表された。「従業員や職人のトレーニングセンターを新設して、より多くの女性に働く場を提供したい」とアリエワ氏は話す。創業当初の理念はそのままに、多くの人に本物のウズベキスタン製織物の魅力を知ってもらうべく、アリエワ氏は日々、商品開発や販路開拓に励んでいる。


創業者のムハヨ・アリエワ氏。営業や品質管理、会社経営の傍ら、今も自ら商品デザインを手掛ける(本人提供)

タシケント市内にあるブティック兼オフィス。右手奥に見えるのは製品の仕上げを行う工房(ジェトロ撮影)

伝統的な意匠のものや、普段使いしやすいように部分的に装飾を
施したものなど、製品のラインナップは幅広い(ジェトロ撮影)

「女性がなりたい自分になれる社会づくりを」
(ビジネス・ウィメンズ・ギャップ発起人アジザ・ウマロワ氏)

タシケント市内のコワーキングスペースで、毎月開かれているビジネスウーマン向けの交流イベント「ビジネス・ウィメンズ・ギャップ(Business Women's Gap)」(以下BWG。「Gap」は、ウズベク語で親戚や友人間で行われる月に1回の集会を意味する単語)は、毎回1人ないしはそれ以上の女性起業家を講師として招いて開催される。よくあるビジネスセミナーのような形式ではない。講師による事業紹介は冒頭に限られ、講師と参加者の双方向のオープンなやりとりが活発に繰り広げられる。ネットワーキングの場としても活用され、講師と参加者、そして参加者同士の連絡先も活発に交換されている。

このイベントの発起人が、長年、国連開発計画(UNDP)で各国政府の行政改革支援に従事し、現在は自らが創業メンバーの一員として立ち上げた「スマート・ガバメント・コンサルティング(Smart Gov. Consulting)」のCEO(最高経営責任者)を務めるアジザ・ウマロワ氏だ。BWGの会場となっている「グラウンド・ゼロ」の運営も、彼女自身が夫と共同で手掛ける事業の1つだ。2017年春にタシケント市内のビルの地上階(グラウンド・ゼロ)に最初の拠点をオープンしてから、1年半の間に拠点数は3カ所に増えた。さらに、彼女は実業家としての肩書以外にも、BWGに代表されるような社会活動家、そして2児の母としての顔も併せ持ち、多忙な毎日を送っている。

BWG創設のきっかけは、最初にグラウンド・ゼロを開設した際、女性の入居者がいなかったことだ。女性起業家のロールモデルが不足している、と感じていた彼女は、グラウンド・ゼロを活用して交流イベントを行うことを決意。BWGの講師陣が元スポーツ選手や、デザイン、出版、メディア、観光など、その経歴や分野のバリエーションに富んでいることも、多様なキャリアの在り方を示したい、という彼女の意向が反映された結果だ。

女性のエンパワーメントに向けた社会的な機運について尋ねると、依然として職業選択の幅に見えない壁があり、女性の活躍を阻害する社会観念を変えるには、政府のイニシアチブによる啓発活動が必要、と語る。国民議会の男女比のクオータ制についても、「世界標準に追い付いただけ」と評価は手厳しい。

明るい材料もある。インターネットを介したコミュニケーションツールの普及が、女性にビジネスの機会や交流の場を創出しているのだ。成熟したEC(電子商取引)プラットホームは確立されていないが、「テレグラム」(注2)などのSNSを通じて、香水や衣服、食品類の販売を手掛ける女性は日に日に増えている。この1~2年で、女性ユーザーがビジネスに関する情報を交換するためのフェイスブックグループもいくつか立ち上がっており、女性のエンパワーメントに向けたボトムアップの取り組みは加速するだろう、とウマロワ氏は考えている。「女性は働かなくてもよいという社会的な通念を変えることは可能か?」との質問に、「女性がなりたい自分になれる社会をつくりたい。ウズベキスタンは多様な価値観の国なので一気に変えることは難しいが、タシケントから変化を起こしたい」と、力強い口調で答えた。


BWGの代表を務め、本人も実業家としての顔を持つ
ウマロワ氏(本人提供)

BWGの雰囲気は極めてオープンかつカジュアル。参加者同士が議論を重ねるようなシーンも多々見られる(ジェトロ撮影)

女性が仕事に取り組みやすいビジネス環境の実現へ

アリエワ氏は女性がこれまで手仕事として行ってきた技術をビジネスに結び付け、ウマロワ氏は伝統的な女性の職業観自体を乗り越える発想で、それぞれ女性の就業や起業、自立を促している。アプローチこそ異なるが、ウズベキスタン社会の持つ固定的観念に立ち向かい、変化をもたらそうとする姿勢は共通する。

女性が仕事に取り組みやすい社会づくりを進めることは、ウズベキスタンのビジネス環境が誰にとってもアクセスしやすくなることを意味する。ウズベキスタンは近年、為替改革などを皮切りに急速に経済開放路線へかじを切り、大きな変化を遂げようとしている。ビジネスへの一層の女性の参画が促されれば、経済や社会の変革にも拍車がかかるだろう。日本企業にとっても、こうした変化は歓迎すべきものだ。この国で、さらなる女性のエンパワーメントが実現されることを期待する。


注1:
製造や流通過程において、環境や労働者の人権に配慮がなされているアパレル製品ないしは、そうした製品を積極的に生かしたブランドやファッションを指す概念のこと。
注2:
ドバイに拠点を置く企業が運営するメッセージアプリ。ウズベキスタンで高いシェア がある。
執筆者紹介
ジェトロ・タシケント事務所
小野 好樹(おの こうき)
2016年、ジェトロ入構。知的財産・イノベーション部を経て現職。
執筆者紹介
ジェトロ・タシケント事務所
アリフホジャエワ・ディルフーザ
2016年よりジェトロ・タシケント事務所に勤務。