特集:女性の経済エンパワーメント変化を起こす勇気を(米国)
女性起業家インタビュー:E H Labs 創設者 西本会里子さん

2018年5月10日

女性のビジネス進出が進む米国だが、テック産業で働く女性の割合は3割に満たないことは、2018年3月7日付記事で紹介した通りだ。そんな中、米国のテック産業で活躍する日本人女性もいる。ニューヨークで不動産会社向けシステムの開発などを行う企業「イー・エイチ・ラボ」(E H Labs外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )を立ち上げた西本会里子さんもその1人。

西本さんは2015年、インド出身でエンジニアの夫とその弟と3人で、E H Labsを設立した。同社は、企業の合併・買収(M&A)にかかるアドバイスなどのコンサル業務およびシステム開発業務を行う。このうち主軸となるシステム開発業務では、人工知能(AI)を用いて不動産物件の適正賃貸価格を自動計算するシステムの開発を行っている。多くの不動産会社は表計算ソフトを使って賃貸価格を算出しているが、周辺アパート建設数や住民の入れ替わり、周囲の住環境の変化などさまざまな要因を考慮に入れて、適正な賃貸価格を算出するのは容易ではない。そんな中、AIを用いて短時間で適正価格を算出する同社のシステムは顧客企業から好評を得ているという。日本生まれの彼女がなぜ米国で起業するに至ったのか、西本さんに話を聞いた。

グローバルな視点に立ちたいと渡米決意


明るい笑顔で渡米から起業までの経験を
語ってくれた西本会里子さん(写真提供:西本さん)

今はニューヨーク在住の西本さんだが、もともとは日本で大学卒業後、東京のIT系企業に勤務し、システムエンジニアから始まってITビジネスコンサルタントとしてキャリアを歩んでいた。その後、アップル・ジャパンなどを経て、転職のため渡米したのだが、転職したのは、「IT系企業で電子データ交換(EDI)システム開発を担当していた際にカウンターパートだった米国の関連会社からオファーがあったため」だという。

オファーを受けた頃、日本での仕事はとても面白く、キャリアアップの道も何となく見えていた。米国の会社からオファーされた給与額が、当時の日本の給料よりも低かったので、日本で働き続けた方がよいのでは、とも思った。一方で、グローバルな視点で世の中を見てみたいという思いもあり、「どうしようかな、と思っていたらタイミングよく米国のビザが下りたので、じゃあ行こうかな、となりました」。一大決心だったはずだが、西本さんの口調は極めて自然体で淡々としている。

渡米後は、ニューヨークのシステム関連企業で、日系大手商社のグローバル基幹ERPシステム(注)導入等のプロジェクトを手掛け、米国のみならず南米や欧州を飛び回る日々が10年ほど続いた。それはそれで充実した時間だったが、だんだんと起業を意識するようになった。「ずっと人さまの会社のためにシステムを作ってきたけれど、これからは自分でビジネスを興し、そのためにシステムを生かしたい」と思ったからだ。

起業を意識しビジネススクールへ

起業するなら米国の学位を取ろうと、働きながらニューヨーク州立大学に通った。日本の大学の単位をトランスファーすることによって1年半ほどで学位を取得できた。その後は経営学修士(MBA)を取りたいと、ビジネススクールを目指す。ちょうど現在の夫となる男性と付き合い始めたばかりの頃で、「デートはいつもスターバックスでの受験勉強だった。最初は横から勉強をのぞいていた彼も影響されて自分のキャリアパスを真剣に考えるようになり、結果的に一緒にビジネススクールを目指すようになった」。

勉強の成果もあり西本さんは起業学で名高いバブソン大学のビジネススクールに、彼もマサチューセッツ工科大学(MIT)のビジネススクールに合格し、2012年に2人でボストンに移り住んだ。

バブソンのビジネススクールの男女比は、男性7割、女性3割だった。男性・女性に関わらず、日本の大学との大きな違いは、クラスでの発言量が成績に反映されることだった。「できるだけ多く発言し授業に『参加』しないと点がもらえない。皆が発言しようとするので他の人の話が終わる前にどんどん割り込んで発言しないと機会を失う」。自分の意見を主張し議論に参加することの重要性をここで学んだ。これが起業の際にも役立ったという。

鍵は安定したキャッシュフローの確保

無事MBAを取得しビジネススクールを卒業後、西本さんは、2015年に、いよいよ自分のビジネスを始める。最初は、ボストンで、米国でのビジネスや企業買収・投資などを行うIT関連の日系企業等に向けたコンサルティング会社として、E H Labsを立ち上げ、企業向けリサーチや投資先スタートアップのデューデリジェンスなどを行っていた。その後、システム開発も手掛け始め、顧客の多いニューヨークに拠点を移して、需要の大きい不動産会社向けシステム開発に軸足を置くようになった。しばらくはキャッシュフローを得るために、パートタイム的なコンサル業務やシステム開発などを行うこともあったが、現在は経営も軌道に乗ってきたという。

スタートアップの8割は失敗するともいわれる中、起業した会社を存続させていくのは並大抵のことではない。重要なポイントは何か。西本さんは、ビジネスが軌道に乗るまでの間のキャッシュフローをいかにして安定させることができるかが鍵だと言う。起業には資金調達が必須だが、西本さんたちは、外部から借金したり投資を受けたりせず、自分たちの貯金や稼ぎだけで何とかする、いわゆる「ブートストラップ」方式を選んだ。投資を受ければ、経営判断に投資家が関わることになり、自分たちの思うような経営が進められなくなることが往々にしてある。起業の初期段階ではこれを避けたいという思いがあった。そして、この選択を可能にしたのが、これまでのキャリアだ。西本さんにはITコンサルタントとしての、そして夫と義弟にはエンジニアとしてのキャリアがあり、いざとなればサイドビジネスでコンサルタントやシステム開発をして稼ぐこともできる。資金調達手段は複数あるが、起業の初期段階に必要な資金を調達し、キャッシュフローを安定させることができなければ、スタートアップを継続させることは不可能だ。まだキャリアがない新卒の状態または就学中に起業する人々に比べて、彼らのように「手に職がある」場合にはそこに自己資本という選択肢があるということだ。

自分たちの思うような経営を進めていくには起業パートナー選びも重要だ。適切なパートナーが見つからないなら1人で起業した方がよいという意見を持つ人も少なくないという。西本さんの夫は、それまでに複数の起業を行ってきた経験から、複数の人間がずっと同じ理念を持ち同じ方向でビジネスを続けていく難しさを痛感していた。このため、E H Labsは、同じ理念を持つ身内だけで設立したのだそうだ。

起業後、性別に端を発した不利益は感じていない

米国で就業、就学、起業してきた西本さんだが、自身が女性であるが故に直面した問題等はなかったのだろうか。

聞いてみると、「米国は『女性だから~できない、~させない』といった発言を許さない社会であり、日本に比べると働きやすい」と西本さんは言う。それでも、ニューヨーク州立大学で学んでいた2010年ごろには、西本さんは授業の中で、米国の大企業で昇進していくには働く女性が「ガラスの天井」(見えない昇進の壁)に直面するという生々しい話を聞いたという。実際に米国の大企業でキャリアを形成している黒人女性が、「米国の大企業で昇進するには、自分を引き上げてくれる白人男性の上司やメンターを味方につけることが重要」と語るのを聞いたのは今でも鮮明な記憶だ。

しかし、自身が起業してからは、女性だからということで特に不便や不利益を感じたことはないという。また、共同設立者がいるとはいえ自分で会社を経営するのは大変だが、逆に大きな組織の中で起こりがちなパワハラ被害やセクハラ被害に「無駄な」ストレスを感じることもない。一方で、西本さんは、横のつながりを作るのは女性の方が得意だと感じており、そのネットワークはビジネスを行う上でも有利に働いているという。

女性をエンパワーする活動にも取り組み中

実際、西本さんは多くのネットワークを築いてきた。ビジネススクールを卒業する直前には、米国と日本の起業関係者をつなぐための非営利団体ビノベイティブ(Binnovative外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)をボストンで作った。同団体では、毎年春に米航空宇宙局(NASA)が全世界で行うハッカソン(プログラム開発者がチームを組み短時間でソフトウエアやビジネスアイデアの作成を競うイベント)のボストン大会を主催して毎年日米技術者の合同チームづくりを支援しているほか、山頭火らーめん等の日系企業と協力してビジネスプラン・コンペティションなどのイベントもボストンで実施してきた。西本さんがボストンからニューヨークに移った後も、ビノベイティブの活動は続き、日本人や米国人の起業関係者とのネットワークは広がっている。

また、最近では、西本さんは、ボストンやニューヨークで活躍する日本人女性たちと、女性の活躍をエンパワーするためのコミュニティーを立ち上げようと動き始めた。日本に比べ働きやすい米国だが、「働く女性が抱える課題は、立場や家庭環境によって千差万別で、それらすべてを解決していくのは難しく、どういう形でエンパワーしていけるのか、目下、模索中」だという。


NASAハッカソン・ボストン大会の出場者、スタッフたちと。
前列右から二人目が西本さん(写真提供:Binnovative)

人生は一回きり、変化を起こす勇気を!

最後にこれから起業したい女性へのアドバイスを聞いてみると、西本さんは明るい笑顔で次のように語ってくれた。「女性に限らずですが、『人生は一回きりですよ!』と言いたい。変化を起こすことや、今の環境を手放すことは、ものすごく大変で勇気がいるけれども、いったん手放して、起業なり新しいことをやって初めて、いろいろなものが入ってくる。すると、何かを捨てたことなど忘れてしまうものです」「それと、自分がやりたいなと思っていることと同じことをやっている人を見つけたら、取りあえず近くに行って話を聞いてみることをお勧めします。すると、自分もできるような気になり、一歩踏み出す勇気が得られるかもしれません」。確かに、西本さんと話していたら、筆者も何かできるような気がしてきた。


注:
企業の業務を、財務、人事、生産、調達など分野を超えて一元的に管理するシステム。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部 主査
藤井 麻理(ふじい まり)
1993年、ジェトロ入構。中東アフリカ課、アジア大洋州課、アジア経済研究所、広報課、在ボストン日本国総領事館勤務等を経て、2018年1月より現職。