特集:女性の経済エンパワーメント農業を学び、経営する女性が増加(英国)

2018年9月27日

英国で農業を学び、経営する女性が増えている。環境・食糧・農村地域省によれば、農業を経営する女性は2010年の2万3,000人から2013年には2万5,000人以上に増えており、さらに増加傾向にあるという。農業を大学など高等教育機関で学んで生かそうとする女性が多いのが特徴だ。農業分野での女性の活躍ぶりを紹介する。

全国農民連合に初の女性会長

英国高等教育統計局(HESA)によれば、2016/17年度(2016年4月~2017年3月)に農業関連分野を専攻して卒業した女性は男性の2.3倍に上っている。エリザベス・トラス環境・食糧・農村地域相(当時)は2016年3月、国際女性年のイベントの席上、国立農業大学(The Royal Agricultural University)やハーパーアダムス大学での女子学生の増加率を例に挙げ、 農業に従事する女性は全体の28%を占めており、農家の女性経営者は着実に増加し2万5,000人以上に上っていると語った。こうした中、全国農民連合[National Farmers Union (NFU)]は2018年2月、その110年の歴史において初めて女性会長のミネット・バターズ氏を選出している。

技術の進歩と考え方の変化が参加を促す

欧州の農業は日本に比べて規模が大きく、身体的能力が要求されることもあって男性の仕事と見なされてきた。しかし、英国では第一次世界大戦を機に女性の農業従事者が増加した。英国は冷涼な気象条件から食料自給率が低く、1915年当時は35%程度だった。ドイツが英国に対する大陸封鎖を行ったことから、食料の国内自給が不可欠となったが、成人男性の多くを軍に取られた中、農業労働の担い手となったのが女性だった。1917年1月に農業に従事する「女性農業部隊(Women's Land Army)」が創設され、1919年までにフルタイムで活動する隊員として2万3,000人が参加した。また、1918年時点で30万人が農業活動に従事するようになった。第二次大戦中も「女性農業部隊」は食料生産の担い手として活躍し、1950年秋にその役割を終えて解散した。こうした歴史背景もあり、英国では今でも女性が農業に参入することへの抵抗は少ないと考えられるが、現代の女性が農業を選択する理由は他にもある。


第一次世界大戦中の女性農業部隊募集広告(出所:帝国戦争博物館)

その1つは「技術と考え方の変化だろう」と、NFUのピーター・ケンドール元会長は2012年11月、英国放送協会(BBC)の取材に対して語っている。このニュースの中でイースト・ヨークシャー州のビショップ・バートン・カレッジのヘレン・マーティン講師は、農家の子女ではなく都会に住む相当数の女子生徒が農業課程を選択しており、食料がどこからきているのか、それにどのように自分が関与できるかといったことに関心を持っていると語っている。

2014年に農業専門週刊誌「ファーマーズウィークリーマガジン」とバークレイズ銀行が2,000人以上の農業従事者を対象に実施した「農業における女性の役割」の調査では、農業分野で学士を取得した農業従事者の比率は、女性が31%で男性の19%に比べ12ポイントも高かった。この調査では、上の世代に比べて女性の役割が変化していることも示している。「女性が農業に参入することが以前よりも難しくなったと思う」と回答した女性は4%にとどまり、約3分の2の女性は、待遇や日常業務の面で男性と「ほとんど」または「常に」同等に扱われているとしている。女性の3分の2以上は、重労働である家畜の管理や繁殖といった作業に従事したと述べている。しかし、畑作業は引き続き男性の仕事で、男性の72%が定期的に畑作業に従事したと回答したのに対し、女性は28%にとどまった。

「酪農はむしろ女性向き」との意見も

ミネット・バターズNFU会長は、英国産食品の振興に力を入れてきたことで知られる。ウィルトシャーの農場に育った同氏は1998年、「農業は男の仕事だ」と反対する父の借地権を引き継ぐ形で30エーカー(約12ヘクタール)の農地を借り、農業に参画した。今では300エーカーの農場でヘレフォード種牛300頭とシンメンタール種牛100頭などを飼育する傍ら、結婚式場やケータリングに事業を拡大している。また、英国牛肉の国内消費振興を目的とした「牛肉生産に係る女性イニシアチブ」「グレートブリティッシュビーフウィーク」といったキャンペーン活動を興し、英国農業界の発言者としても有名だ。


ミネット・バターズNFU会長(写真提供:NFU)

同氏は女性でも男性同様に農場を経営していくことができることを示しただけでなく、「エクスプレス」紙(2018年2月23日付)のインタビューで、「女性の方が消費者の嗜好(しこう)を理解できることが多い」と語り、女性が農業やそれに続く食品産業に関与することの意義を強調している。また、酪農は従来、男性の仕事と見なされてきたが、「繊細な動物に対するソフトな接し方という意味では、酪農はむしろ女性に向いている」と非営利団体「デイリーコー(DairyCo)」のベッキー・マイルズ氏は述べている(2013年4月12日付「インデペンデント」紙)。例えば、3代続く中部イングランド・コッツウォルズの酪農家に生まれたジェス・ボーン氏が作った牛乳ブランド「ジェスのレディーズのオーガニックミルク」はその好例だろう。ボーン氏は乳牛を「レディーズ」と呼び、乳牛を産後の人間の女性に接するように丁寧に扱い、無理な搾乳を避け、ストレスをかけないように世話をすることで、牛乳の味を向上させている。おいしい食品に与えられる「グレートテイスト賞」や「テイスト・オブ・ザ・ウェスト賞」を何度も受賞し、2018年も「グレートテイスト賞」に選出された同ブランドは、現在、100軒のスーパーマーケットで販売されている。


「ジェスのレディーズのオーガニックミルク」(写真提供:ベッキー・マイルズ氏)

養鶏や養豚にも事業展開

酪農から撤退して、鶏卵生産を中心に事業を拡大しているのがビクトリア・シェリントン・ジョーンズ氏だ。ウェールズのニューポート近郊の農家の長女として生まれたジョーンズ氏は病死した父から農業経営を受け継いだ。父の時代に行っていた酪農をやめ、養鶏へとシフトし、鶏3万9,500羽を飼育している。同養鶏場産のフリーレンジ(放し飼い)卵は英スーパー大手テスコ、ホテルをはじめ英国のブリストル近郊700カ所に出荷されている。同氏は2016年に「ウェールズ女性農家賞」を受賞している。

イングランド中西部、グロスターシャーの州都グロスターで父と兄とともに農場経営に参加しているソフィー・ホープ氏は、ダラム大学で自然科学の学士号を、ロイヤル農業大学で修士号を取得した成果を生かし、戦略的にビジネスを行っている。同氏の農場は養豚と養鶏を大規模に行っているが、「人々が私たちの農場に来ると、ただ豚を畜舎に入れ、餌を与えているだけではなく、もっと多くのことをしていることが分かる」と胸を張る。同じグロスターシャー州のティバトンで農業を営むアリソン・ラトクリフ氏は「女性は常に農業において重要な役割を果たしきた。今後さらに多くのプロセスが機械化され、自動化されることにより女性の役割の重要性は増すだろう」と述べている。

農家の生活を紹介し、農業への関心を喚起

アマンダ・オーウェン氏は西ヨークシャーの街中に生まれたが、牧羊に関する本に出会い、自ら羊飼いとなることに決めた。農場で働き経験を積み、同様に農業に参入した男性と結婚した。民放ITVの番組「ザ・デールズ」に出演後、ソーシャルメディアや書籍、講演といったかたちで、羊飼いとしての生活を紹介し、農業への関心を高める活動をしている。

NFUウェールズ支部長を務めるアビ・リーダー氏は2016年の「ウェールズの女性農家賞」に選出された。父や叔父と営む650エーカーの農場で、180頭の乳牛を育てる傍ら、地域の子供たちに農業の重要性を教える活動「ツアーで見る牛(#CowsOnTour)」を立ち上げた。農場訪問の経験を通じ、日々食べる食品がどこから来るのかを楽しく理解してもらうというものだ。同氏は「このプロジェクトは、農家が環境に配慮しながら食料をどのように生産しているかその役割を紹介し、一般市民にとって農業分野の重要性を理解する良い機会だ」と語っている( NFUウェールズ・ウェブサイト)。

ここまで女性用業経営者たちの活躍を紹介してきたが、女性が農業に参入することに対して障壁もある。前述の2014年「農業における女性の役割」調査の中に「あなたの農業参入の妨げになるものは何か」という設問がある。女性からの回答をみると、「自信のなさ」と「親(の理解不足)」がトップになっている(図参照)。しかし、より多くの女性が農業経営に参画し、社会の意識が変化していくにつれ、「自信のなさ」「親(の理解不足)」「女性であることへの偏見」といった課題は解消されていくだろう。女性の農業進出に伴い、より軽量で扱いやすい農業機械やシステム、あるいは作業服や化粧品などの日用品、家事や農業経営支援サービスなど、女性が農業分野で活躍するための新たなニーズが拡大していく可能性も期待できそうだ。

図:農業参入への妨げとなるものは何か(単位:%)
自信のなさ28%、親の理解不足28%、技術、教育、訓練の不足27%、女性であることへの偏見25%、時間のやりくりの難しさ20%、身体能力の不足18%、配偶者の協力不足16%、資金面での困難13%、業界の体質12%
出所:
「農業における女性の役割」調査(2014年)
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
キャサリン・ロブルー
2015年よりジェトロ・ロンドン事務所に勤務。同事務所のアフリカデスク立ち上げに関与。主に英国・アフリカ調査に従事。
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
岩井 晴美(いわい はるみ)
1984年、ジェトロ入構。海外調査部欧州課(1990年~1994年)、海外調査部 中東アフリカ課アドバイザー(2001年~2003年)、海外調査部 欧州ロシアCIS課アドバイザー(2003年~2015年)を経て、2015年よりジェトロ・ロンドン事務所勤務。著書は「スイスのイノベーション力の秘密」(共著)など。