特集:女性の経済エンパワーメント女性起業家によるスタートアップに勢い(トルコ)

2018年6月7日

「女性専用のフィットネスクラブ」「女性専用イスラムファッションのオンラインサイト」など、4,000万人の女性人口を抱えるトルコでここ数年、女性を取り巻く社会環境の変化により生まれた新たなニーズを捉えたビジネスが盛んになっている。

官民で活躍する女性たち

トルコは、初代大統領ムスタファ・ケマル・アタチュルクが女性参政権を1934年に認めるなど世界的にも女性の社会進出において先駆者といえる。女性の就労先は、サービスセクターが全体の約半分を占め、中でも小売り、保険、教育、医薬、公的機関などで活躍する女性が多く見られる。政界では、タンス・チルレル氏が1993年~1996年にトルコ初の女性首相となったほか、現政権でも2人の閣僚が女性である。今年6月に予定されている国政・大統領選挙の台風の目ともされるIyi Parti(優良党)党首も女性である。

民間企業における女性登用状況をサバンジュ大学の上場企業を対象とした調査(2016年)でみると、過去5年に女性取締役のいる企業は52.9%から59%に増えている。代表的な女性経営者としてはサバンジュ財閥会長のギュレル・サバンジュ氏が知られ、米誌「フォーブス」の「世界で最もパワフルな女性100人」にも選ばれている。

大手企業やNGOが積極的に女性起業家をサポート

女性の社会進出に早くから取り組んできたトルコだが、15歳以上の女性の労働参加率(2017年)は33.6% にとどまる。政府は「2023年までにトルコが経済力で世界10位内に入るためには女性の活用が不可欠」とし、働く女性を対象とした制度面での充実のほか、教育省や中小企業開発機構を通じた女性起業家への資金支援などを実施している。エルドアン大統領は今年3月の世界女性デーで、女性活用のための5ヵ年計画(2018~2023年)を策定することを明らかにしており、今後、より具体的かつ積極的な支援策が打ち出されていくものとみられている。

大手企業でも社会貢献の一環として、大手財閥を中心に女性支援を打ち出す動きが出ており、特に通信各社によるeコマースの活用を通じた女性の社会進出支援も盛んである。トルコテレコムは、地方の女性が手編み製品をeコマースで販売できるまで実地にサポートする自社の取り組みにを動画で紹介し、話題となった。

NGOによる起業家支援も広がっている。Endeavour Turkeyは起業家支援を行う代表的な団体で、トルコで活躍する女性起業家を多く輩出している。KAGIDER(トルコ女性起業家協会)は2002年に設立された女性支援に特化したNGO組織で、300会員を擁し、国内外の機関と連携しながら起業支援や啓発活動を行っている。

女性起業家による女性専用ジムが急成長

こうした官民による支援の輪が広がる中、女性市場をターゲットにした女性起業家によるビジネスが次々と誕生している。海外での自身の生活経験や欧米で広がるビジネスモデルに啓発を受けたものが主流となっている(表参照)。

表1:主に女性市場をターゲットとしたスタートアップ
企業名 分野 事業内容 経営者
B.fit 外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます スポーツジム 2006年に設立。国内50県約230カ所の女性専用ジムを運営。30分間のトレーニングプログラムの導入し、女性が参加しづらかったスポーツジムを女性にとって身近なものにすることに成功。 Ms.Bedriye Hulya
Armut.com外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 住居関連サービス 2011年に設立。米国での生活経験をもとに、掃除、修理、家具組み立て、引っ越しなどで最適な業者をマッチングできるサイト。従来、トルコでは手配が不便とされてきた分野であり、主婦層からの支持を受けている。 Ms.Basak Taspinar Degim
TRENDYOL外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます ファッション 2010年に設立。国内120万人の顧客を抱えるファッション関連オンラインサイトの先駆け。2,000以上の国内外のブランドを販売。世界経済フォーラムが選ぶ世界の若手リーダー(YGL)の1人にも選ばれる。 Ms.Demet Mutlu
Rafinera 外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます ダイエット食品デリバリー 働きながらの産前・産後の体調管理の経験から、2007年にダイエット食品配達サービスを開始。現在、イスタンブール、アンカラ、コジャエリの3つの都市で1万3,000人の顧客を持つ。 Ms. Didem Altinbasak
Juico外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 野菜・果実飲料 2014年に自身の米国生活での経験をもとに設立した野菜・果実ジュース専門店。健康増進 を売りにしており、イスタンブールのショッピングモールなどでの販売を拡大している。 Ms. Sedef Dorduncu
Moda Cruz 外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 中古女性服など 2014年に設立。アプリ上で古着や中古品のアクセサリー・バックなどを販売。180万人の女性会員を抱え、6万点の商品が掲載されている。 Ms.Melis Guctas
Keyif Bebesi外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 子供服など販売 トルコにはない海外の乳児・子供用品を販売。現在、85のブランドと3,000点の商品をネット販売。自身の子育て経験に関するブログから人気が出て2015年に起業。 Ms.Burcu Bayraktar Bestas
Tulumlu Anne外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 中古子供服販売 自身の育児経験をもとに2012年に乳児、子供用を中心とした古着や中古の玩具などのC to Cサイトを立ち上げ。 Ms.Ozden Pusat
Modanisa外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 女性向けイスラムファッション 2010年起業のトルコ初の女性向けイスラムファッション専門のオンラインサイト。75カ国に販売し、売り上げの約半分を海外販売が占める。300ブランド、3万点の商品を取り扱う。 Mr.Kerim Türe、Mr.Sami Guzel
Bikutumutluluk外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 贈答品アレンジメント ミラノでの生活経験をもとに2014年に設立。ウェブ上でオンデマンドによる贈答用品のアレンジメントを行い、毎月テーマごとに用意される福袋セットなども人気。 Ms.Aslican Aydin、 Ms.Ayse Simseckci Baser、Mr.Merdol Baser
表2:女性起業家によるスタートアップ
企業名 分野 事業内容 経営者
Hepsiburada外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 通信販売 トルコ最大の通信販売サイトで、社名は「全てがここにある」という意味を持つ。60万点の商品と月220万のサイトアクセス数を誇る。 Ms.Hanzade Dogan Boyner
Insider外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます IT トルコを代表するスタートアップで、現在はシンガポールを本社とする。世界中に240人の社員と日本をはじめ16カ国にオフィスを構える。海外の大手企業を中心に包括的なデジタルプラットフォームを提供。 Ms.Hande Cilingir
Ustamdan外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 伝統工芸品 トルコ南東部の靴職人との出会いがきっかけとなり、2014年からアナトリアの伝統手工芸職人を発掘し、B to Bでビジネスにつなげる取り組みを行う。 Ms.Gokce Gulculer
出所:
ジェトロ・イスタンブール事務所作成

近年急成長している企業に、女性専用フィットネスチェーンを展開するB.Fitがある。経営者のベドリエ・ヒュリヤ氏は米国の大学で心理学を学んだ後、2006年にトルコ西部イズミールで起業し、現在50県に約230のフランチャイズ網と80万人の女性顧客を持つ。

同社のジムは女性が参加しやすい独自の工夫を行っている。従来、トルコのフィットネスジムは、利用料金が高く、男性と一緒に運動することをちゅうちょする女性も多く、女性にとっては敷居が高い存在だった。同社は会員やトレーナーを女性に限定し、利用料金を年間600~850トルコリラ(約1万4,400~2万400円、1リラ=約24円)としたほか、必要最低限の器具を配置し30分間の短いトレーニングプログラムを導入するなど、中間所得層や育児・仕事に忙しい女性にフレンドリーな環境を提供している。さらに、ジムは住宅街や裏通りにあるため普段着感覚で通えるなど、コスト・心理両面で女性の心を取り込んでいる。

ヒュリヤ氏は、ジェトロのインタビューで成功要因を、「ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の情報がトルコ人女性の健康意識の向上に強い影響を与えた」と話す。政府や民間機関の調査によると、トルコにおけるスマートフォン普及率(2016年)は83.8%で、フェイスブックのアクセス数は2017年12月単月で19億回を超え、特にインスタグラムは6億回と2年前に比べ2倍に急拡大している。トルコでは、口コミ情報への関心が高く、特に自分が他人からどのようなイメージを持たれているかという点ではSNSでつながる友人や親戚などからの情報の影響力は非常に大きい。企業にとってもSNSでの広告戦略はビジネス成功を左右する重要な要因とされ、健康・美容、旅行、食に関しての情報が近年目立っている。

さらに、「支出の優先度に変化が表れてきている」ことも指摘する。この背景には、都市部中間層を中心に生活に最低限必要となる耐久消費材の普及がかなり進んでいることが要因として考えられる。女性や母親たちが、自身の健康と幸せのために消費の一部を割く余裕が徐々に出てきているとみられる。

また、「当初は主婦層をターゲットとしていたがふたを開けてみたら学生や働く女性のほうが多かった」との指摘も興味深い。背景の1つに大学に進学する女性の数が増えていることも考えられる。ここ数年、新規大学の開設が地方都市にも広がっており、大学数は過去10年間で1.6倍の186校に増えている。女子大学生数は約350万人と男子の割合(54%)に比べると少ないものの、その数は過去3年で1.4倍に増えた。SNSの普及、消費行動の変化とともに、こうしたさまざまな要因が女性の社会進出に対する意識、家計・消費行動に影響を与え、地方都市へもさらに広がっていく可能性がある。

ビジネスを通じて女性の社会発展にも寄与

ヒュリヤ氏は自社の取り組みを、女性起業家の自立と女性自身の自信獲得を目指す「ソーシヤルフランチャイズ」と位置付けている。

女性起業家を育てるため、同社のフランチャイズ参加条件は敷居を低く設定している。開業に当たってはジムやカフェを含む120平方メートルのスペースと約1万3,000~2万ドル相当の開業資金などを条件としており、ジムに設置する器具は同社が廉価で提供する。「女性起業家は失敗したときのリスクが男性よりも大きいと、一歩踏み出すことにちゅうちょしたり、起業する資格がないと考えたりする女性がいまも多くいる」とし、この状況を打破していきたいと意気込みを示す。

また、同社はジムでの活動を通じて女性たちに与えた社会的影響にも自信を持つ。各地のジムを「地域における女性交流の中核拠点」と位置付け、健康セミナー、コンサート、会員との旅行などのイベントを開催している。減量を通じた自身への自信回復だけでなく、女性同士が交流し連帯する場を提供することで女性の役割の意識改革も同時に目指している。同社の調査によると、ジム会員の43%が「家族関係にプラスの影響」、32%が「家庭内で自身のイニシアチブにより決定することが増えた」という結果が出ているという。

今後の計画については、「開業当初のビジネスモデルは変更せず、全81県に展開していきたい」と意欲的だ。過去にドイツで現地在住トルコ人向けに開業したところドイツ人の参加も多くあったことから、海外市場にも応用できるモデルと考える。次のビジネスとして「女性高齢者を対象にしたフィットネスや社会との接点を得られるようなプログラムを導入したい」とし、日本の高齢化社会でのノウハウにも強い関心を示す。

便利さをお金で買う動きが広がる

このほか、女性が快適さや安心を求める動きを捉えたビジネスとしては、家事手配代行サービスを行うArmutがあげられる。トルコでは、修理、家具組み立て、引っ越し、家政婦、趣味の個人指導といった手配は口コミベースが多く、人手を介するのは面倒で、料金設定も不透明なため逐一交渉をしなければならず不便と考える人が多い。料金見積もりをもとに評価が高い業者をネット上でマッチングする同社のサービスの登場は、トルコの女性にとって革新的なものといえ、注目を集めている。

また、最近は家事の軽減や便利さを求めて「外食」が増えているのもトレンドだ。実際、家庭支出に占める外食の割合(2016年)は過去10年で4.2%から6.4%に増加している。この背景には、前述の支出優先度の変化に加え、経済発展により中規模の都市まで大規模商業施設やスーパー、外食チェーンが広がりをみせており、「女性が外へ出掛けやすい環境が増えた」ことが要因として挙げられる。例えば、トルコでは友人や親戚を家へ招待することが多く、近所の女性たちが輪番制で家庭に集まり、軽食を出して談話を楽しむAltin gunu(ゴールドデー)といわれる習慣もある。しかし、最近ではゴールドデーなどのイベントをレストランなどで行うことが増え、家に招く習慣が都市部では徐々に廃れつつある。また、ここ数年、子供の誕生日会をアレンジしたり、遊び場を提供する施設が人気を博すなど、従来女性が労力をかけてきたおもてなしの舞台は家庭外へ移り、便利さをお金で買うという動きが都市部を中心に広がりつつあることがうかがえる。

トルコでは、こうした変化とともに今後も新たなトレンドやニーズが次々と登場してくるものとみられる。


創業者のヒュリヤ氏(ジェトロ撮影)

イスタンブール・レベント支店のジム外観(高層ビルが立ち並ぶオフィス街の横道にある、ジェトロ撮影)

同店内部(ジェトロ撮影)
執筆者紹介
ジェトロ・イスタンブール事務所
エミネ・ギョンジュ
テキスタイル会社勤務、日本の大学院留学、日本の通信社記者を経て、2013年からジェトロ・イスタンブール事務所に勤務。
執筆者紹介
ジェトロ・イスタンブール事務所 次長
佐野 充明(さの みつあき)
1995年、ジェトロ入構。ジェトロ・イスタンブール事務所、ジェトロ静岡、ビジネス展開支援部などを経て現職。