特集:女性の経済エンパワーメント女性活用に挑む日系の自動車部品企業(インド)
技術を伝えた女性を自社の成長エンジンに

2019年1月24日

女性の労働参加がいまだ限定的なインド。工場で見掛けるのは、男性工員が一般的だ。しかし、女性ならではの利点に着目し、女性を積極採用している日系企業がある。それが豊通アンビカ・オートモーティブ・セーフティコンポ―ネンツ・インディア(TASI)だ。ジェトロは同社の谷直樹社長に2018年12月6日、女性採用のきっかけや長所・短所、今後の課題などについて聞いた。

減少傾向にある女性の労働参加率

インドの女性の就業率はいまだに低い。世界経済フォーラム(WEF)が2018年12月18日に発表した「世界ジェンダーギャップレポート2018年」で、インドは対象149カ国中108位とされた。「(女性の)経済への参加と機会」の項目では142位と低い。世界銀行が発表する女性の労働参加率では、2017年の世界標準が48.7%であるのに対し、インドは27.2%にとどまっている。しかも、インドの女性の労働参加率は2005年の36.8%の後、減少傾向にある。この背景には、女性の教育機会が拡大していないことに加え、結婚後は女性は家庭にとどまって家事や育児をするものという固定観念が根強いこと、女性が安心して働くことのできる環境が醸成されていないことなどの理由がある。インド改造評議会(NITI Aayog)が、インド独立75周年を迎える2022年に向けて、2018年12月19日に発表した戦略「ストラテジー・フォー・ニューインディア@75」では、2022年までに女性の労働参加率を30%まで引き上げることも目標に掲げられている。

前例のない女性雇用への挑戦

こうした中、インドで女性を積極採用している日系企業がTASIだ。同社は、豊田通商と地場アンビカ・オーバーシーズの合弁会社として、2016年10月に設立された。インド北部ハリヤナ州マネサールで、自動車向けエアバック用の布を縫製、出荷している。同社のワーカーは全員女性という、インドでは非常に珍しい企業の1つだ。


TASIの谷社長(ジェトロ撮影)
質問:
現在の人員体制は。
答え:
現在164人の女性ワーカーが働いており、その9割以上が正社員。工場のあるハリヤナ州を含めたデリー首都圏からの採用がメインだが、北部を中心にヒマーチャル・プラデシュ州、ビハール州、西ベンガル州などからも採用している。同じ地域・村から集中的に採用すると、その地域の祭事や結婚式などの際にワーカーが一斉に休んでしまう懸念がある。今後は採用地域を拡大するとともに、雇用人数を2020年までに350人に拡大することを検討している。

テキパキと作業に当たる女性工員(TASI提供)
質問:
女性ワーカー採用のきっかけは。
答え:
当初は、経験のある男性ワーカーを採用し、製造を開始する計画だった。そのため同業企業に視察を繰り返していたところ、彼らは業務に不平を漏らし、勤務態度も思わしくなく、転職しがちであることから、未経験者を雇用して一から教育することにした。そこで採用活動のため産業訓練校(ITI)に赴いたところ、女性が通うITIがあることを知った。他国では、縫製業従事者の多くは女性で、手先の器用さや集中力に優れているため、インドでも、女性ワーカーを採用することを目指した。しかし、インドでは、女性で工場勤務する人はそう多くない。当初は女性を雇用した経験がなかったため、女性採用に対する反対を受けたが、時間をかけて説得し、ようやく女性採用に踏みきった。現在は女性採用も定着し、この方針が受け入れられている。
質問:
女性ワーカーの長所と短所は。
答え:
長所は作業効率が高く、誠実、まじめな人材が多い点。一方、短所とも言えないが、男性に比べると、合理的、客観的な視点を持ちづらい場合もあるかと感じている。

従業員の安全確保を最優先に

質問:
女性ワーカーを雇用する上で最も重視していることは。
答え:
彼女たちに、安全な環境を提供することが第一だ。地方部では特に、いまだ女性が外に出て働くことに抵抗感がある中、工場近くの宿舎、通勤バス、工場内の勤務環境などを、家族やITIの先生たちにも確認してもらい、安心して子女や卒業生を当社に送り出しもらえるよう努めている。
質問:
女性ワーカーを雇用する上での課題と今後に向けた意気込みは。
答え:
女性ワーカーの9割は独身で、平均年齢は21.8歳と若い。彼女たちが結婚・出産といったタイミングを迎えると、たとえ本人が希望したとしても、家族の意向などで辞職せざるを得ない場合も多い。以前、結婚後も継続勤務を希望していた従業員に対し、姑(しゅうとめ)が工場にやってきて「嫁を家庭に返せ」と抗議を受けたこともある。家庭の事情に配慮し、状況を見ながら、新規採用を継続して対応していく。
女性ワーカーの活用には経験が乏しく、分からないことや注意すべき点も多いが、インドの地方部では若い女性に良い就業機会がなく、ITIを卒業しても縫製の手伝いのような仕事で年間2万ルピー(約3万2,000円、1ルピー=1.6円)ほどしかないことが大半のようだ。こうした女性たちに技術を伝え、自社もそのメリットを享受しながら就労機会を提供できることは、非常に喜ばしいことだと感じている。
執筆者紹介
ジェトロ・ニューデリー事務所
古屋 礼子(ふるや れいこ)
2009年、ジェトロ入構。在外企業支援課、ジェトロ・ニューデリー事務所実務研修(2012~2013年)、海外調査部アジア大洋州課を経て、2015年7月からジェトロ・ニューデリー事務所勤務。
執筆者紹介
ジェトロ・ニューデリー事務所
ミナクシ・ベルワール
2003年8月よりジェトロ・ニューデリー事務所勤務。所長秘書業務、渉外を主に担当。