「次のフロンティア」アフリカを巡る世界各国・地域の動向ブラジルのアフリカ政策
貿易と投資の拡大目指す第3次ルーラ政権
2025年6月23日
2022年10月30日、ブラジル大統領選挙での当選を確実にしたルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルバ氏は同日の勝利演説で「かつてアフリカ諸国の発展に協力し、投資、技術移転を通じて支えたブラジルが世界から待望」されており、「そのブラジルが復活した」と高らかに宣言した。政権発足後の2023年6月には、ブラジル貿易投資促進庁(ApexBrasil)、開発商工サービス省(MDIC)、外務省、農業・畜産省(MAPA)は、南アフリカ共和国(南ア)のヨハネスブルグで、ブラジルの対アフリカ貿易と外交の再構築に向けた会議を共同で開催した。ApexBrasilのジョルジェ・ビアナ長官はその際、「アフリカは最も優先すべき地域だ」との考えを強調した。
本稿では、第3次ルーラ政権が発足して2年以上が経過した現在のブラジルの対アフリカ政策について報告する。
協定発効による農産品輸出拡大も、対象品目の拡大が課題
第1次(2003~2006年)と第2次ルーラ政権(2007~2010年)で、ブラジルとアフリカ諸国間の貿易は、2008年のリーマン・ショック時期を除き、顕著に拡大した(図1参照)。ルーラ大統領は積極的に対アフリカ貿易を促進する立場だった。だが、同じ労働者党所属で、2011年から2016年まで大統領を務めたジルマ・ルセフ氏を含め、その後の歴代政権によるアフリカ地域への関心は後退した。2024年のブラジルから対アフリカへの主要輸出品目は、砂糖(構成比36.1%)やトウモロコシ(12.5%)といった農産品だった(図2参照)。ブラジルはアフリカから、石油・歴青油(原油のみ、41.8%)や肥料(27%)を輸入した(図3参照)。

出所:MDIC統計を基にジェトロ作成

出所:MDIC統計を基にジェトロ作成

出所:MDIC統計を基にジェトロ作成
2016年4月にはメルコスール・南部アフリカ関税同盟(SACU)特恵貿易協定(PTA)が発効した(注1)。在南アプレトリアのブラジル大使館が2023年11月に作成したレポートによると、協定発効後も期待された効果はあまりみられず、2022年時点でブラジルからSACU諸国向け輸出で協定の特恵利用率はわずか1.4%にとどまっている。その主な理由として、SACU諸国側の輸入事業者の多くが協定の存在を把握していないことに加え、ブラジル側で特恵関税適用のための原産地証明手続きの煩雑さや、関税削減のメリットが限定的といったことなどが挙げられている。ブラジルのSACU諸国からの輸入はPTA発効直後は増加したが、残念ながら、そのペースは継続しなかった(図4参照)。同レポートによると、南アへのブラジルからの輸入額は2022年までに14%増加したが、これは、協定でカバーしている品目とはほとんど相関がなく、協定に含んでいない木材や紙、パルプの分野で大きな伸びがみられた。また、ブラジルの全国工業連盟(CNI)は「当該PTAでは、自由化の対象品目がメルコスール側で1,026品目、SACU諸国側で1,076品目と非常に限られているため、大きな効果が期待できない」と批判的な見解を示し、対象品目拡大の必要性を唱えている(注2)。

出所:MDIC統計を基にジェトロ作成
2017年9月には、メルコスール・エジプト自由貿易協定(FTA)が発効した(注3)。発効以降、ブラジルからの輸出に一貫した拡大傾向はみられないが、ブラジルの対エジプト輸入が次第に増加した(図5参照)。2024年には、エジプトはブラジルにとってアフリカ諸国の中で輸出相手国第1位となった(輸入相手国は第5位)。同年の主な貿易品目をみると、ブラジルからエジプト向け輸出では、トウモロコシ(構成比27.7%)、砂糖(23.2%)、鉄鉱石(13.7%)が占め、エジプトからの最大の輸入品は肥料(構成比43.3%)だった。

出所:MDIC統計を基にジェトロ作成
2023年1月に第3次ルーラ政権が発足して以降、ルーラ大統領が所属する労働者党(PT)からメルコスールとアフリカ諸国間の新たな貿易協定に向けた交渉を求める声も上がっている。本稿執筆時点で具体的な動きはみられない一方、連邦政府は、ブラジル産農畜産品で、相手国側が衛生植物検疫(SPS)上の理由などによりこれまで輸入を認めていなかった品目のアフリカ向け輸出解禁を実現している。例えば、綿のエジプト向け輸出やコーヒーのザンビア向け輸出を含め、2023年1月から2025年5月までに約60品目がアフリカ市場向けに解禁された(表参照)。
国名 | 2023年 | 2024年 | 2025年(5月時点) |
---|---|---|---|
南アフリカ共和国 | 2品目(ペット用おやつ、飼料) | 1品目(魚) | — |
アンゴラ | 2品目(有精卵、牛の胚) | 14品目(繁殖用の生きているヤギ、繁殖用の生きている羊、ヤギの胚、羊の胚、ヤギの精液、羊の精液、飼料用トウモロコシ由来エタノール製造副産物(DDG・DDGS)、イェルバ・マテ、マカダミア、丁子の花、ココナッツファイバー、キャッサバのかす、かんきつ類の脱水パルプ、干し草) | — |
アルジェリア | 2品目(生きている牛など、鶏肉) | — | — |
ボツワナ | — | 2品目(牛の胚、牛の精液) | — |
エジプト | 4品目(綿、魚、ウズラの有精卵・生後1日のウズラ、ゼラチン・コラーゲン) | 4品目(やぎ肉、羊肉、骨付牛肉、水牛肉) | — |
ガボン | — | 5品目(繁殖用の生きている牛など、トウモロコシの種、ソルガムの種、大豆の種、ブラキアリアの種) | — |
レソト | — | 4品目(鶏肉、有精卵、生後1日のウズラ、生きているニワトリ) | — |
マリ | — | — | 7品目(生きている牛など、牛の精液、羊の精液、やぎの精液、牛の胚、羊の胚、やぎの胚) |
モロッコ | 1品目(ペットフード) | 2品目(DDG・DDGS、オリーブオイル) | 1品目(牛内臓肉) |
ナイジェリア | — | 2品目(繁殖用の生きている牛、牛乳・乳製品) | 2品目(牛などの胚、牛の精液) |
ケニア | 1品目(米) | — | 1品目(牛肉) |
ザンビア | — | 2品目(コーヒー豆、トウモロコシ) | — |
出所:MDIC
投資:汚職事件を乗り越え、国営石油会社ペトロブラス主導でインフラ投資が再始動
ブラジルの対アフリカ地域投資額(注4)の推移を見ると、ブラジルと同じポルトガル語を公用語とするアンゴラは長年、主要な投資先となっている。2011年から、ルーラ大統領を引き継ぐかたちで大統領に就任したルセフ大統領の第1次政権(2011~2014年)の下では、アンゴラへの投資額がピークを迎えた。だがその後、2014年に始まった政治家や国内大手企業を巻き込む汚職事件の捜査作戦「ラバ・ジャット」もあり、国内景気の低迷とともに、対アフリカ投資の勢いも減速した(図6参照)。「ラバ・ジャット」は、2015年からアンゴラへの投資を積極的に行っていた大手建設会社オデブレヒト(現ノボノール)を対象としたもので、2016年5月には、オデブレヒトがアンゴラ、キューバ、パナマで進行していた投資計画での不正を調べる捜査が行われた。オデブレヒトの国外事業担当業務の一部は米国で行われており、米国司法省も捜査を実施するなど、大掛かりな汚職捜査が実施された。2016年12月に、オデブレヒトは米国でアンゴラ政府への賄賂を認めた。ブラジルでは連邦検察庁が、ルーラ氏がオデブレヒトに便宜を図るため、在職中や退任後にアンゴラ政府やブラジルの国立経済社会開発銀行(BNDES、注5)に不正な働きかけを行った疑いで、同氏を起訴した。だが、裁判所が証拠不十分として請求を棄却した。

注1:ブラジル中央銀行は全ての国の統計は公表していない。
注2:タックスヘイブン(租税回避地)のセーシェル、モーリシャスを経由する投資は、アフリカ諸国以外の国に活用される場合もある。
出所:ブラジル中央銀行の統計を基にジェトロ作成
ルーラ氏は、大統領就任後の2023年8月にアンゴラを公式訪問し、政府や民間企業によるアフリカへの投資が増加すると述べた。アフリカでのインフラ事業や対アフリカ貿易の拡大に向けて、ブラジル政府による融資の提供も検討されていると説明したが、この発言に対し与党からは懸念の声が上がった。現地紙「エスタード」(2023年8月27日付)によると、過去の汚職事件もあり、与党は政府がアフリカへの投資拡大に取り組むことには政治的なリスクもあると指摘した。
ただ、国営石油会社ペトロブラスは2023年1月に第3次ルーラ政権が発足して以降、アフリカへの投資計画を相次いで発表している。2024年2月には、ポルトガル語圏のサントメ・プリンシペにある3つの探鉱鉱区の権益の取得手続きが完了したことを明らかにした。2024年10月には、南アフリカ沖のオレンジ海盆にある鉱区の権益を購入する計画を発表した。3月13日付の同社リリースによると、コートジボワール、ナミビアへの投資の可能性も検討されている。5月23日には研究開発の協力に向けた了解覚書(MOU)をアンゴラ国営石油会社ソナンゴルと締結した。また、ナイジェリアの情報・ナショナルオリエンテーション省(5月14日付リリース)によると、ペトロブラスはナイジェリアでの石油生産の可能性についても検討している。
現地紙「バロール」(2020年1月16日付)によると、第1次、第2次ルーラ政権においても、ペトロブラスはアフリカ諸国に対し巨額投資を行い、大規模な計画を多く実施した。だが、この時期のペトロブラスは開発途上国中心のルーラ外交に強く影響されていた(注6)。一方、ペトロブラスが第3次ルーラ政権の下で再びアフリカに投資を行い始めたことの背景として、探査・生産担当ディレクターを務めるシルビア・ドス・アンジョス氏は、政治的・外交的要素ではなく、技術的・経済的な魅力が動機と強調した。現地紙「バロール」(2024年9月27日付)のインタビューで、アンジョス氏は、アフリカは地質学的特徴がブラジルと酷似しており「投資先として適切な地域だ」と説明した。また、アンジョス氏は「ロイター」(2月12日付)のインタビューで、ペトロブラスの石油生産能力は2030年以降に低下する見込みで、これを補うために、アフリカで石油関連の資産を購入する意向があると述べた。
ブラジルの民間企業も近年、アフリカ地域での大きな投資計画を発表している。大手機械メーカーWEGは2022年11月、アルジェリアのセティフ市で電動モーターの製造工場を設立したほか、テレビ・ラジオ局のレコールは2023年6月にモザンビークのマプト市で新拠点の設立を発表した。食肉加工大手JBSは2024年11月に、ナイジェリアで6か所の工場設立などに向け、25億ドルを投資すると発表した。
アフリカ回帰の実現に向けた挑戦
ルーラ大統領は、アフリカとの貿易やアフリカへの投資の重要性を強調し、これを支援するための融資の提供などを検討している。だが、現在のブラジル財政で赤字拡大が懸念される中、こうした試みへの疑問は多い。また、中国をはじめ、アフリカでプレゼンスを強化している国は多く、ブラジルはいかに自らの立場を確立できるかという問題もある。ブラジルがアフリカとの関係を真に実りあるものとして再構築するためには、財政的制約や国際競争という課題に対し、過去の教訓を踏まえ、自国の強みを生かした分野での選択と集中を必要とする。そのうえで、透明性と互恵性を重視した持続可能な協力モデルをアフリカ諸国とともに築き上げていく主体的な努力が求められる。その具体的な戦略と実行力が、今後のルーラ政権によるアフリカ政策の成否を左右することになるだろう。
- 注1:
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この自由貿易協定(FTA)は第2次ルーラ政権下で締結。メルコスール側は2008年12月、SACU側は2009年4月に署名した。両国・地域間の貿易品目(HSコード分類で約1万品目)を比較すると、当該協定の対象範囲は限定的で、多くは関税削減率が10%、25%、50%、100%のいずれか。最終的に関税撤廃されない品目も多い。さらに、レポートの分析によると、双方が輸出促進を目指す工業製品などが自由化や関税削減の対象から除外されている。貿易促進効果の高い品目がリストに含まれていないことが本質的な課題と指摘されている。SACUの加盟国は南ア、ボツワナ、レソト、ナミビアおよびエスワティニ(旧スワジランド)の5カ国)。
なお、メルコスール(南米南部共同市場)については外務省およびメルコスール事務局ウェブサイト
参照。
- 注2:
- 注1に同じ。
- 注3:
- 同FTAも第2次ルーラ政権下で締結。ブラジルは2010年8月に署名。
- 注4:
- ストック、親子会社間の資金貸借は含まない。
- 注5:
- BNDESは、ブラジルの長期事業資金供与を担う政策金融機関。
- 注6:
- 同紙によると2015年以降、財務状況改善のため、ペトロブラスはアフリカに有する資産売却をし、2020年1月に全資産の売却手続きが完了した。

- 執筆者紹介
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ジェトロ・サンパウロ事務所
エルナニ・オダ - 2020年、ジェトロ入構。現在に至る。

- 執筆者紹介
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ジェトロ・サンパウロ事務所
中山 貴弘(なかやま たかひろ) - 2013年、ジェトロ入構。機械・環境産業部、ジェトロ三重、ジェトロ・サンティアゴ事務所、企画部海外地域戦略班(中南米)、内閣府などを経て、2023年7月からジェトロ・サンパウロ事務所勤務。