特集:各国が描く水素サプライチェーンの未来脱炭素水素のバリューチェーン構築に向け政府予算拡充(フランス)

2023年6月26日

フランス政府が2020年9月に発表した国家水素戦略は、(1)水素製造セクターの創出と製造業の脱炭素化、(2)脱炭素水素(注1)を利用したモビリティの開発・普及、特にトラック、バス、航空機、列車、船舶などの大型輸送機器の開発、(3)水素エネルギー分野の研究・イノベーション・人材育成支援、の3つの柱からなる(2020年9月10日付ビジネス短信参照)。水素製造については2030年までに国内に6.5ギガワット(GW)の水電解装置を設置し、脱炭素水素の年間生産量を60万トンとする目標を定めた。

フランスを脱炭素水素の世界リーダーに

国家水素戦略には70億ユーロの予算が充てられたが、エマニュエル・マクロン大統領は2021年11月、フランスを再生可能および低炭素水素の世界的なリーダーとすべく、国家投資計画「フランス2030」(2021年10月14日付ビジネス短信参照)の枠内で約20億ユーロを追加投資する方針を発表し、水素セクター振興に向けた予算は合計90億ユーロに増額された。

さらに、製造業の脱炭素化について、マクロン大統領は2022年11月8日、EUの2030年の温室効果ガス(GHG)削減目標(1990年比55%減)に対応するため、製造部門のGHG排出量を10年間で半減させ、2050年までに同部門でカーボンニュートラル(炭素中立)を達成する目標を掲げた。これを受け、政府は2023年6月までに新たな国家水素戦略を策定する。国内の主な工業地帯に、水素の生産と安定供給を確保する水素ハブの設置を目指し、必要となる法規制などの整備を行うほか、水素生産の競争力強化に向けた政策措置を検討する。これに40億ユーロ超の追加予算を充てる方針を示している。

10件の大型プロジェクトに21億ユーロを支援

水素産業振興の具体的な政策の柱となるのは、EUの水素分野における欧州共通利益に適合する重要プロジェクト(IPCEI Hy2Tech)で、政府はこれに経済復興策および「フランス2030」を通じ30億ユーロ超の公的資金を投入する計画だ。エリザベット・ボルヌ首相は2022年9月、第1回の入札で、フランスからは4件の水電解装置の大型製造工場建設を含む10件のプロジェクトが選定されたことを発表した(2022年9月30日付ビジネス短信参照)。これらのプロジェクトには合わせて21億ユーロの公的資金が投入される。

また、国家水素戦略の枠内で、2020年10月に「水素地域エコシステム事業」のプロジェクト入札が行われた。これは、地方自治体と製造業、水素関連事業者から成るコンソーシアムが、脱炭素水素の製造・輸送・利用を地域ごとにまとめて開発・運営するエコシステムの構築を後押しするもので、2億7,500万ユーロが充てられた。

同事業の入札について、フランス環境エネルギー管理庁(ADEME)は2023年2月、国内14カ所の水素地域エコシステム(注2)を選定し、総額1億2,600万ユーロの補助金を支給すると発表した。近く2回目の入札が実施される予定で、「フランス2030」から2億ユーロの予算が充てられる。

脱炭素水素の競争力強化が課題に

2023年2月2日付の政府資料(注3)によれば、現在進行中の水素関連プロジェクトをベースに試算された2030年の脱炭素水素の年間利用量は68万トンである。その内訳をみると、製造部門での利用が最大で70%、モビリティ(輸送部門)が23%、エネルギー部門が7%となっている。

水素エネルギー産業の業界団体であるフランス・イドロジェーヌは2022年12月に発表した報告書(注4)の中で、フランス国内で水素関連プロジェクトが予想を超える勢いで拡大していることから、2030年における脱炭素水素の国内生産量は109万トンに達し、政府が掲げる目標値を大きく上回るとの見通しを示した。

一方で、国際競争力を持つ脱炭素水素の生産に向けて、全国に生産網を広げてランニングコストを多くの事業者と共有するため、水電解容量が10メガワット(MW)~50MWの中規模な生産プロジェクトを推進する必要があると指摘した。現在は、3MW未満の小型プロジェクトがプロジェクト数全体の70%を占める一方、設備容量が100MWを超える24件の大型プロジェクトが生産量の80%を占めるという二極化傾向を示している。

アルセロール・ミタル、グリーンスチール生産に向け投資

水素を利用した製造部門の脱炭素化プロジェクトの例として、鉄鋼大手アルセロール・ミタル(本社:ルクセンブルク)によるグリーンスチール生産プロジェクトが挙げられる。この計画では、北部ダンケルク工場の高炉の1つに、直接還元(DRI)技術を取り入れる。現在の高炉は石炭・コークスで鉄鉱石を還元し銑鉄を生産しているが、これを天然ガス・低炭素水素によって鉄鉱石を直接還元する設備と、鉄スクラップやDRI技術によって作られたホットブリケットアイアン(HBI)を用いる電気炉に置き換える。年間260万トンの生産能力を持つ直接還元設備と、年間200万トンの生産能力を持つ電気炉2基に投資し、2026年までに年間400万トンのグリーンスチールの生産を目指す。

アルセロール・ミタルは、政府が国家投資計画「フランス2030」の中で低炭素水素の製造・供給に向け拠点化する、ダンケルク港湾地区の「低炭素工業地区(ZIBAC)」から低炭素水素の供給を受ける。政府はまた、高圧送電線を新たに設置し、ダンケルク工場の電気炉の稼働に必要な低炭素電力の安定的な供給を支援する。同地区の脱炭素化については、産業ガス大手エア・リキードが2021年3月、低炭素水素の供給と二酸化炭素(CO2)回収設備の設置により製鉄工程の脱炭素化を加速することで、アルセロール・ミタルと合意したと発表していた。

アルセロール・ミタルは、南部フォス・シュル・メール工場でも電気炉導入による脱炭素化を進める。同社は2022年2月、ダンケルク工場とフォス・シュル・メール工場の脱炭素化プロジェクトに、合わせて17億ユーロを投資すると発表した。アルセロール・ミタルがフランス国内で排出するCO2の約40%を削減し、国内の製造部門全体におけるGHG排出量の10%削減につながるとしている。

高性能な水電解装置の製造を目指すジェンビア

ジェンビアは2021年3月、フランス原子力・代替エネルギー庁(CEA)がシュルンベルジェ、バンシ・コンストラクション、セメント製造ヴィカ、フランス南西部オクシタニー地域圏の投資促進機関と提携し、ベジエール市に設立されたスタートアップ企業である。CEAが開発した高温可逆固体酸化物電解技術を利用し、水電解装置の製造プロジェクトに取り組む。同技術により、水素生産に必要な電力使用量を15 %削減し、2030年までに水素1キログラム(kg)当たりの生産コストを2ユーロにまで引き下げる計画だ。

国は2021年の設立当時、経済復興策の中からジェンビアのパイロットライン建設事業に225万ユーロを助成したが、同社による水電解装置の大型製造施設建設プロジェクトを水素セクターにおけるIPCEIのひとつとして提案した。

ジェンビアが製造する脱炭素水素は、主に鉄鋼・セメント製造工程における脱炭素化プロジェクトに利用される。同社は、アルセロール・ミタルの子会社であるアルセロール・ミタル・メディテラネと、電気自動車向け電磁鋼板製造工程に使われる水素を脱炭素水素に切り替えるパイロット事業で合意した。また、スイス・スチール・グループのシームレス鋼管製造事業会社ユジテックとは、天然ガスの代替エネルギーとして水素を利用する技術上の適合性と経済効率を実証するパイロット事業で合意した。

さらにジェンビアは、ヴィカ、フランス電力の脱炭素水素ソリューション事業子会社イナミクスと、セメント分野における技術実証を通じ製造業への応用を最適化するパイロット事業で合意した。これらのプロジェクトにより、水素生産量は合わせて1日当たり200~600kg に達する見通しだ。

フランス西部で整備が進む水素地域エコシステム

フランス西部の隣接する3つの地域圏(ペイ・ド・ラ・ロワール、ブルターニュ、ノルマンディー)が2020年に立ち上げた「ヴァレ・イドロジェーヌ・グラン・ウエスト(VHyGO)」は、同3地域圏において、製造から輸送・貯蔵、利用における、再生可能エネルギー由来のグリーン水素バリューチェーンの構築を目指す。2024年までに、合わせて1日当たり5トンのグリーン水素を製造し(2027年までに1日当たり10トンに増強)、15都市に設置する20カ所の水素ステーションを通じて、トラックなど約500台の大型輸送車に水素を供給する。

同プロジェクトは2021年4月、ADEMEが実施した水素地域エコシステム事業のプロジェクト入札で選定され、プロジェクト第1期(投資総額3,800万ユーロ)に対し、1,400万ユーロの補助金支給が決まった。

同プロジェクトの中核企業で、グリーン水素を製造するライフは2021年9月、ペイ・ド・ラ・ロワール地域圏のバンデ県で大西洋に面したブアン市に、風力発電設備を使って海水を電気分解し、1日当たり最大1トン(稼働当初は1日当たり300kg)の水素製造能力を持つ工場を開設した。

また、ライフは2023年2月、風力発電を使ったグリーン水素製造の第2拠点をブルターニュ地域圏モルビアン県ビュレオン市に設立すると発表した。1日当たり最大2トンのグリーン水素の生産能力を持つ同施設は、2023年下半期に稼働する予定。ビュレオン工場で生産された水素は、モルビアン県ロリアン市周辺にある2カ所の水素ステーションに輸送され、バス19台と客船2隻に供給される予定だ。

三井物産は2022年4月、ライフの転換社債1,000万ユーロの引き受けを行ったと発表した。同社は「地産地消モデルでグリーン水素製造に取り組むライフへの参画を通じて、欧州水素市場のインサイダー化を進め、既存の水素関連事業との相乗効果や新たな顧客開拓により、同社の企業価値向上につなげる」方針を明らかにした。


注1:
本稿では、脱炭素水素とは、低炭素水素と再生可能水素の総称とする。(1)低炭素水素とは、化石燃料を原料とするが、生産過程で発生するCO2を炭素回収・有効利用・貯留(CCUS)などで有効利用または地中に貯留するブルー水素、主に原子力発電により水を分解して生成されるイエロー水素のこと。(2)再生可能水素は、グリーン水素を含む、再生可能エネルギー由来の電力を利用して、水を電気分解して生成される水素。または他の再生可能エネルギーで、その直接活用を妨げない方法により生成された水素。製造過程でCO2を排出しない。
注2:
フランス環境エネルギー管理庁(ADEME)2023年2月1日付プレスリリースの公表リスト参照(フランス語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
注3:
フランス政府による水素の普及促進に関する資料(2023年2月発表)参照PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.17MB)(フランス語)
注4:
フランス・イドロジェーヌ報告書(2022年12月発表)参照PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(5.59MB)(フランス語)
執筆者紹介
ジェトロ・パリ事務所
山﨑 あき(やまさき あき)
2000年よりジェトロ・パリ事務所勤務。
フランスの政治・経済・産業動向に関する調査を担当。

この特集の記事