特集:アジアのサプライチェーンをめぐる事業環境コロナ禍や災害でサプライチェーンが混乱(フィリピン)
中国依存を見直す動きも

2023年1月18日

フィリピンで活動する企業は、自然災害や新型コロナ禍によって、大きなサプライチェーンの混乱に直面した。当地製造業は、生産に必要な物資の国内調達率が概して低い。すなわち、輸入に依存している場合が比較的多い。これらの企業は、物流コストの上昇や通関手続きの遅延などに悩まされた。2022年には、中国のゼロコロナ政策によって、同国からの部品調達に支障が発生した。

本稿では、こうしたサプライチェーンの混乱を振り返る。あわせて、コロナ禍の状況に適した調達・販売戦略を実施する企業の動きや、中国に集中する調達先分散化を検討する動きを紹介する。

サプライチェーン混乱は、コロナ禍前から

まず、サプライチェーン問題を巡って近年を振り返ってみたい。

フィリピンでの新型コロナウイルス感染拡大を受け、政府が緊急事態宣言を発動したのは2020年3月8日のことだった(2020年3月11日付ビジネス短信参照)。しかし、2020年1月に発生したタール山噴火の影響で、実のところ国内サプライチェーンの混乱がすでに深刻化していた。

タール山は、マニラ首都圏の南方約70キロ。首都圏近郊と言える位置だ。2020年1月に噴火活動が活発化したことを受け、10万人以上が避難(「CNN」2020年3月26日付)。火山灰が近隣地域へ飛散し、家屋などにダメージを与えた。

タール山が所在するカラバルゾン地方のバタンガス州には、多くの日系企業が工場を構える。フィリピン経済特区庁(PEZA)の資料によると、PEZAが管轄する当地方の経済特区には当時、約600社の日系企業が立地していた。その中には、四輪完成車メーカーの工場も含まれる。これら工場では、堆積した火山灰の除去作業や交通網の混乱によって、一部従業員が出社できない事態になった(2020年3月16日付ビジネス短信参照)。稼働再開に数日を要した工場もあったという。その影響もあり、2020年1月の新車販売台数は、前年同月比で11.8%減少した。

コロナ禍で輸入依存が浮き彫りに

2020年3月以降、新型コロナウイルスの感染拡大が深刻化した。その中で、フィリピン政府は強力な行動・移動制限措置を導入し、複数回にわたってロックダウンを断行した。フィリピンに工場を有する製造業は、様々な対応に追われた。例えば、(1)従業員の通勤用シャトルサービスの独自手配や、(2)生産ライン、食堂など、あらゆる場面でのソーシャルディスタンス確保、(3)感染者や濃厚接触者が発生した場合の出勤シフト再調整など、だ。外国人の入国制限で、現場に必要な人材を欠く事態も起こった。また、国の規制とは別に、地方自治体が独自に厳格な規制を導入し、現場が混乱する事例も散見された。

こうした状況の中で、在フィリピン企業はサプライチェーン危機に直面した。当地は島国のために、従来、物流コストが高い。また、在フィリピン企業は現地調達率(注)が低いとされる。すなわち、生産過程で他国からの部品・資材輸入に大きく依存せざるを得ない。そのため、なおさら影響が深刻になった。

まず、世界的にコンテナや船便の供給が不足した。その結果、2020年11月以降、外国からフィリピンへの物品輸送の際の海上輸送運賃が高騰。フィリピン国内で自動車などを生産する際も、他国から調達する部品の輸送費負担が増大した。また、ジェトロがヒアリングした日系製造業A社では、「船便の確保自体が困難になり、生産に投入する部品の在庫が逼迫する」といった事態も発生した。船便での調達では生産が大幅に遅延するため、割高な空輸を利用して部品調達を行う企業もあった。

2021年に入り、国内経済と外需が回復に向かった。それにつれ、外国との輸出入取引も盛んになった。事実、輸出入額の合計が前年比28.3%増加した。顕著な伸びを示したかたちだ。一方、コロナ禍対策としての行動・移動制限措置は継続しており、税関職員も、部分的にテレワークを実施していた。ジェトロが2021年12月に日系自動車メーカーを対象にヒアリングしたところ、「税関での通関処理能力が低下し、通関に多大な時間を要している」とのことだった。また、港湾の混雑により、フィリピンから輸出する際の出航の遅れも発生していた。


慢性的に混雑するマニラ港(2022年12月、ジェトロ撮影)

中国の「ゼロコロナ政策」に翻弄される

中国政府は、コロナ禍対策の一環として、2022年に入っても「ゼロコロナ政策」を継続した。その厳しい行動制限は、フィリピンの生産活動にも大打撃をもたらした。例えば、ジェトロが2022年12月にヒアリングした日系製造業B社は「中国・重慶でのロックダウンにより、フィリピンでの部品調達に大きな支障が生じている」と話した。

他方、フィリピン政府は、行動・移動制限措置の緩和を進めてきた。それにつれて、国内のビジネス活動は正常化。加えて、米国など輸出先での港湾の混雑も回復が進んだことなどで、コロナ禍で深刻化した物流逼迫については、航空輸送・海上輸送ともに2021年後半よりも落ち着きを見せている(2022年11月29日付地域・分析レポート参照)。

コロナ禍に対応して調達・生産:ネスレフィリピン

このような混乱に対応して、フィリピン国内で生産・流通体制を見直した企業もあった。その一例として、ネスレフィリピンを紹介する(2022年11月にヒアリング)。

ネスレフィリピンは、当地でコンデンスミルクなど乳製品やコーヒー製品を製造・販売し、一般庶民に広く受け入れられている飲食料品ブランドだ。同社では、中国や欧州から輸入する原料について8~9週間分、在庫を持っておくのが通常だったが、コロナ禍では、在庫量をその2倍程度確保。万が一、国際物流に深刻な障害が生じても、一定期間は生産継続できるようにした。

生産面では、売り上げに最も結び付く商品を優先するようにした。例えば、ミルクパウダーの主力「ベアブランド」だ。当地では、こうした商品を様々な容量で販売している。一方で、コロナ禍の下、消費者が買い占めに走りがちな傾向があることが確認できた。そうした行動に対応し、最大容量の「ベアブランド」に注力したという。

流通面では、倉庫の増強が有効だった。同社はコロナ禍前の段階で、(1)生産した商品をまず、フィリピン国内で物流ハブに位置づける倉庫へ配送、(2)これら倉庫を経由して、取引先の拠点へ輸送する、というサプライチェーンを構築していた。一方で、卸先の小売店(ショッピングモールなどに立地)は、地方店舗を増加させていた。この動きに伴い、コロナ禍前にハブ倉庫を3カ所から7カ所に増やした。島国フィリピンでは、地方への輸送の際にも海上輸送を用いることが多い。ハブ倉庫の分散化は、コロナ禍での物流混乱による影響の緩和につながり、地方への配送に役立った。

ただし、そればかりではない。コロナ禍の下では、eコマースが伸長した。そうしたこともあり、ハブ倉庫を経由せず、取引先店舗に直送する物流も急増。配送方法の多様化が同時に進んだかたちだ。

サプライチェーンの中国依存を見直す動きも

さらに、一部の企業では、中国に依存しているサプライチェーンへの懸念もみられる。フィリピンの貿易活動では近年、中国との結びつきが非常に強まってきた。表は2021年の貿易総額・輸出額・輸入額の上位5カ国・地域を示している。貿易総額・輸入額ともに中国が1位。特に輸入では、シェア22.7%。全体の2割を超える高い割合になっている。

表:2021年のフィリピンの貿易相手国・地域(上位5カ国・地域)
順位 貿易総額 輸出額 輸入額
1 中国(19.9%) 米国(15.9%) 中国(22.7%)
2 日本(11.3%) 中国(15.5%) 日本(9.4%)
3 米国(10.2%) 日本(14.4%) 韓国(7.9%)
4 香港(6.9%) 香港(13.3%) インドネシア(7.2%)
5 韓国(6.2%) シンガポール(5.6%) 米国(6.6%)

注:カッコ内は各項目における当該国・地域のシェア。
出所:グローバル・トレード・アトラスよりジェトロ作成

中国への輸入依存は年々、高まる。2007年時点で輸入額全体に占める中国のシェアは7.2%だった。その割合は、おおむね右肩上がりで上昇を続けているのだ(図参照)。フィリピンで生産活動を行う日系企業にも、半導体などの製造に必要な重要部品を中国から多く調達するケースがみられる。

図:フィリピンの輸入額における中国からの輸入額のシェア

出所:グローバル・トレード・アトラスからジェトロ作成

一方で、先に見た通り、中国のゼロコロナ政策では手痛い影響も受けた。そうしたことにも鑑み、中国へのサプライチェーン依存ともいえる状況に、在フィリピン企業の一部で懸念が広がりつつある。

これは、ジェトロが2022年10、11月に在フィリピン外資系企業を対象にヒアリングした結果からも読み取ることができる。「将来的に、中国からフィリピンや他のASEAN諸国に生産地や調達先の移管を検討している」旨の声が複数あったのだ。ただし、中国に立地する生産拠点や取引先を短期間で一挙に変更となると、一時的に多大なコストを伴う。また、中国の生産技術が相対的に高いことなども考慮しなければならない。結局、あまり急激な改変は、現実的なオプションになりにくい。「生産・調達を中国から分散させる速度は緩慢にならざるを得ない」との指摘もあり、そうした動きは中長期的な対応になりそうだ。


注:
ジェトロの「2022年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)PDFファイル(2.00MB)」によると、フィリピンでの現地調達率(単純平均)は32.6%。近隣主要国のタイ(57.3%)、インドネシア(47.2%)、ベトナム(37.3%)を下回った。
なお当該設問では、製造業だけが回答対象。
執筆者紹介
ジェトロ・マニラ事務所
吉田 暁彦(よしだあきひこ)
2015年、ジェトロ入構。本部、ジェトロ名古屋を経て、2020年9月から現職。