特集:アジアのサプライチェーンをめぐる事業環境迅速な経営判断や創意工夫で苦境を乗り切る在スリランカ日系企業

2022年11月15日

世界的なサプライチェーンの混乱に加え、スリランカにおける新型コロナ禍や経済危機、内政や市民生活の混乱が、同国の企業の経営やサプライチェーンにどのような影響を与えたか、スリランカの日系企業からヒアリングを行った。その結果、各社とも、従前のサプライチェーンを維持したまま、タイムリーな経営判断、さまざまな努力により危機を乗り越えてきたことがわかった。その背景には、同国で長年ビジネスを展開してきた実績や経験豊かな人材、日系企業同士の情報交換、輸出産業に対する政府の優遇策などもあった。

サプライチェーンの混乱が政権交代に波及

新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、2020年には、スリランカのGDP実質成長率はマイナス3.6%と落ち込み、輸出入金額も減少した(表1・2参照)。感染防止を目的とした断続的なロックダウンの実施により市民生活や経済活動が停滞したこと、外貨流出を防ぐために政府が各種品目の輸入禁止措置をとったことが背景にある。生産活動の再開とともに、2021年の輸出額は回復した。しかし、世界的な燃料代の高騰や、国内経済活動の再開に伴う投入需要の増加、世界的な物価の高騰などを背景として輸入額も増加しており、貿易収支の赤字は続いている。

スリランカのコロンボ港は、2019年時点ではコンテナ取扱量世界25位だった。2020年はコロナ禍におけるサプライチェーンの混乱や、同国の自動車などの輸入制限の影響で同港のコンテナ取扱量は減少した(表3参照)。2021年には2019年の水準に回復したものの、現地新聞報道によれば、世界経済の減速の影響を受け、2022年1月から9月までは前年同期比2.2%減少した。

表1:スリランカ・ルピー建て取引の輸出入金額(単位:100万スリランカルピー)
項目 2016年 2017年 2018年 2019年 2020年 2021年
輸出額 1,500,766 1,732,440 1,933,533 2,134,796 1,858,927 2,487,562
輸入額 2,794,393 3,198,572 3,606,644 3,565,028 2,974,915 4,104,218

出所:スリランカ中央銀行

表2:USドル建て取引の輸出入金額(単位:100万USドル)
項目 2016年 2017年 2018年 2019年 2020年 2021年
輸出額 10,310 11,360 11,890 11,940 10,047 12,502
輸入額 19,183 20,980 22,233 19,937 16,055 20,637

出所:スリランカ中央銀行

表3:コロンボ港の取扱コンテナ量(単位:100万TEU)
項目 2016年 2017年 2018年 2019年 2020年 2021年
TEU 5.73 6.21 7.05 7.23 6.85 7.25
積替コンテナ 4.44 4.83 5.7 5.96 5.77 不明
TEUに占めるTCの割合 77% 78% 81% 82% 84% 不明

出所:2016年から2020年までは世界銀行ウェブサイト、2021年はスリランカ港湾局ウェブサイト

スリランカ経済は、2021年後半から大きく混乱した。多額の債務返済負担により外貨準備高が急激に減少し、燃料・肥料・化学品などの輸入が滞った。コロナ禍による外国人観光客の減少、世界的な燃料費の高騰も外貨不足に追い打ちをかけた。スリランカ・ルピーの下落や燃料代の高騰により急激なインフレが起こり、生活・生産、通勤・通学に必要なガス・ガソリン・ディーゼルなどの燃料が入手できなくなり、国民の不満は高まった。一般市民による政府への抗議活動が激しくなり、2022年5月には首相が、同年7月には大統領が辞任した。

このような情勢の中、各社は独自の取り組みでサプライチェーンへの影響を最小化する。以下、在スリランカ日系企業の取り組みをインタビュー結果から紹介する。

長期契約への変更によるスペース確保

国際輸送を手掛けるスリランカの大手ロジスティクス企業エクスポランカ・ホールディングスは、2014年に日系企業のSGホールディングスが、同社のもつ世界的なネットワークに注目して投資をし、大きな成長を遂げてきた。

同社はコロナ禍において、世界的なコンテナ不足や海上輸送の沖待ちなどに起因する海上輸送のスペース確保難が生じつつあることをいち早く察知した。そこで同社は、荷主の注文に応えられるよう、船会社からのスペース仕入れを、従来の都度契約から1~2年の長期契約へと変更した。長期にわたるスペースの仕入れは同社にとってリスクにもなる。仕入れたスペースを荷主に売り切ることができなければ、同社がその費用を負担することとなる。しかし、同社の最優先事項は荷主の注文に応えることにあった。この経営判断が功を奏し、同社はコンテナ不足がピークのころも、荷主の要請に応えることができ、確保したスペースをすべて販売した結果、業績も飛躍的に成長した。

スリランカに本社を置くも、他国間の国際輸送を取り扱っているため、スリランカの経済危機や燃料不足、物価高の影響はほとんど受けていない。同社はスリランカの保税倉庫に商品を一時輸入し、付加価値をつけて再輸出するという中継貿易も実施している。これも外貨取引で、空港近くに保税倉庫があることから、国内の為替変動や燃料不足の影響はなく、問題なく、ビジネスは継続されている。


エクスポランカ・ホールディングスの保税倉庫での作業風景(同社提供)

取引条件変更による輸送リスクの転嫁

イノアック・ポリマー・ランカは、ウレタンフォームなどの製造・販売を手掛ける企業だ。同社の主なサプライチェーンは、原材料を海外から調達し、輸出加工区内に立地する同社の工場で製造加工をし、スリランカの大手アパレルメーカーに納める構造となっている。コロナ禍において、同社には2つのリスクが予想された。原材料不足と、輸送手段の確保難による顧客への納入遅延のリスクである。

原材料不足に関しては、在庫を厚く持つことで対応するとともに、顧客に、製造量が限定的になる可能性をあらかじめ伝え、一定以上の注文を受け付けないといった対策を講じた。加えて、輸送手段の確保が困難になることが予想されたため、顧客との取引条件を、従来の運賃・保険料込み(CIF)価格から本船渡し(FOB)価格や工場渡し(EXW)価格へ変更するようにした。これにより、同社の工場から顧客の倉庫までの輸送手配で生じるリスクを顧客に移すことが可能となる。取引条件の変更にあたっては、顧客からの値下げ要望をある程度受け入れる方向で交渉した。これまで培ってきた顧客との信頼関係と相互理解に支えられ、ほとんどの顧客から、必要に応じて条件の変更の合意を取り付けることができた。

コロナ禍で国際的な往来が困難になったため、オンラインで商談をすることも多くなった。これは同社にとって新しい契機となった。コロナ感染拡大中に引き合いのあった海外顧客に対し、今後、営業活動を開始していく予定だ。

情報収集と本社との密なコミュニケーションがカギ

湖北工業のスリランカ法人のコホクランカは、アルミ電解コンデンサ用リード端子や光通信用部品などの製造販売を行なっている。日本の本社から部品を航空輸送で輸入調達し、加工した部品を本社に航空輸送で輸出販売するというサプライチェーンとなっている。コロナ禍や経済危機においても、本社と密にコミュニケーションをとったこと、航空輸送であったことから、製品の納期や部材調達の遅れはほとんど発生しなかった。スリランカの工場が空港に近いことから、国内の燃料不足による輸送の手配難の影響もあまりなかった。部材の在庫をやや多めに持つ、工数の削減で経費を最小化するなどして、生産効率向上の努力を続けたこともこれに貢献した。

スリランカ政府は2021年11月から、外貨の流出を抑制するために、輸出売り上げのスリランカ・ルピーへの強制換金制度を導入した。これは、同社にも適用されたが、本社と連携して仕入れ・販売の支払い時期を慎重に調整し、なるべくスリランカ国内に米ドルが残らないようにすることで、強制換金によるマイナスの影響を最小限にすることができたという。


コホクランカの生産ライン(同社提供)

必需品の早急な確保で欠品を回避

精密プレス用金型の製造販売企業のランカ・プレシジョン・エンジニアリングは、スリランカとシンガポールに拠点を置いている。製造に使用する主な材料はシンガポールで購入し、シンガポール・ドルで支払いをしている。製品は航空輸送が主になる。このため、世界的なコンテナ不足や、スリランカにおける外貨送金の制限の影響はほとんどなかった。

スリランカ国内で調達している一部の資材については、輸入制限や欠品の可能性をいち早く把握し、多めに調達しておくことで対応した。例えば2021年後半、コピー用紙の輸入が滞り、値段が高騰するという懸念が国内に広がった。精密部品の加工には図面を印刷する必要があり、コピー用紙は欠かせない。同社は早急に在庫を確保した。生産現場で使用するアセトンも現地で調達しているため、調達できる時に多めに購入し、欠品を回避した。

ヒアリングでは、サプライチェーンの変化や燃料不足への対策について、スリランカで長年創業している日系企業から情報をもらい、早めにアクションを取ることができたことを、同社社長は強調していた。スリランカに進出している日系企業は数多くないが、お互いに協力し合う雰囲気があるという。


ランカ・プレシジョン・エンジニアリングの生産ライン(同社提供)

従業員への支援や停電対策もカギに

スリランカでは、2021年末からサプライチェーン混乱などの影響から物価が高騰し、燃料不足のため通勤手段の確保も難しい。ヒアリングした日系企業はいずれも、従業員が安心して生活や通勤ができるよう、特別支援金を支給したり、通勤用にワゴン車を手配したりしている。各社とも輸出業であるため、これらの経費増加をルピー安の恩恵によりある程度補填(ほてん)できているという。

2022年初めには、燃料不足により火力発電が滞り、計画停電が実施された。同年3月末、1日15時間の計画停電が実施され、市民生活や経済活動が困窮した。ヒアリングをした各社は、十分な停電対策を行い、生産や輸送が滞らないよう注力していた。スリランカでは1994年や2002年にも計画停電があり、各企業は以前から、自家発電機や無停電電源装置、燃料タンクなどの設備を備えていた。計画停電が今後しばらく続くと見て、最近、これらの設備を増強した企業もある。スリランカ政府も、スリランカ投資局に登録している輸出企業に対しては、ドル決済を条件に、燃料を優先的に供給した。各社ともに迅速に燃料確保に動き、3日程度は自家発電により操業できるよう備えている。一般市場でガソリンが全く手に入らなくなった時期もあり、そのころは、自家発電用に調達した燃料の一部を運輸業者に提供し、自社製品の納品や原材料の移送に使用してもらった企業もある。


ランカ・プレシジョン・エンジニアリングが停電に備えて工場敷地内に新設した燃料タンク(同社提供)

レピュテーションリスクと今後の展望

今回ヒアリングをした各社とも、従前からの備えと迅速で柔軟な経営判断により、コロナ禍を乗り越え、世界的なサプライチェーンの乱れや、スリランカの経済危機から受ける影響は限定的であった。サプライチェーンの抜本的な変更を迫られることもなく、製品の納期遅延もほとんど起きていない。質の高い製品やタイムリーな納品で、顧客の評価や信頼を確保している。

スリランカの経済危機やデフォルト(債務不履行)、市民による広範囲なデモや大統領の国外逃亡は、日本を含む世界各地でニュースとなった。本社や取引先から、スリランカでの生産や営業を心配する声もあり、レピュテーションリスクは各社とも懸念事項だ。2022年10月現在、国内の治安は落ち着いており、ガソリンやガスの調達も以前と比べて大きく改善した。各社はこのような状況の改善を本社や取引先に頻繁に伝え、懸念を払拭するようにしている。

同国の債務再構築への支援にかかる国際通貨基金(IMF)との協議は進み、スリランカ政府も税制改革や政府予算の縮小などに努めている。しかし、債務返済や経済の立て直しには時間がかかりそうな雰囲気だ。各社とも、現時点で、同国における事業拡大は計画しておらず、今後、状況を注視していく方向だ。

執筆者紹介
ジェトロ・コロンボ事務所 所長
糸長 真知(いとなが まさとも)
1994年、ジェトロ入構。国際交流部、ジェトロ・シドニー事務所、環境・インフラ担当などを経て、2018年7月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ・コロンボ事務所
ラクナー・ワーサラゲー
2017年よりジェトロ・コロンボ事務所に勤務。