特集:アジアのサプライチェーンをめぐる事業環境コロナ後の外貨準備高減少で輸入困難に直面する日系企業(パキスタン)

2023年2月21日

パキスタンにおける新型コロナ禍以降のサプライチェーン(SC)の混乱は、いったんは収束に向かったが、経常収支赤字が拡大し、パキスタン中央銀行(SBP)の外貨準備高が急減したことにより、日系企業にとっては、信用状(L/C)開設の遅れから輸入困難という新たな局面に突入した。急激な通貨安とインフレも伴い、今、パキスタン経済は瀬戸際に立たされている。

景気回復後は一転、外貨不足で輸入困難へ

コロナ禍でマイナス成長となったパキスタン経済は、2020/2021年度(2020年7月~2021年6月)と2021/2022年度(2021年7月~2022年6月)には実質GDP成長率がそれぞれ5.7%、6.0%と急回復した。日系自動車メーカーは、SCの混乱や半導体不足などに苦しみながらも販売を伸ばし、2021/2022年度の自動車販売台数は約28万台と過去最高になった(図1参照)。2021年に入ると、エネルギー価格の高騰などで同国の貿易赤字が徐々に増加、経常収支の赤字が拡大した。それに伴い通貨ルピーも下落し(図2参照)、その結果、企業の輸入コストは増大した。外貨準備高は急減し、政府・SBPは2022年4月から、矢継ぎ早に輸入抑制策を導入。6月ごろから日系自動車メーカーは部品輸入に支障をきたし、たびたび生産を止めざるを得ない状況に追い込まれた。外貨不足は深刻さを増し、現在、日系を含むあらゆる企業が特定品目を除きほぼ輸入をできずにおり、苦境に立たされている。政治状況の不安定さも加わって、経済は混迷の度合いを深めている。

図1:パキスタンの自動車販売台数の推移
2021/2022年度は、新型コロナや物流の混乱という自動車販売には逆風の要素があった中、販売台数は過去最高を記録した。

注:乗用車とSUV・ピックアップトラックの合計。パキスタン自動車工業会(PAMA)会員メーカーのみ。
出所:PAMA

図2:パキスタン・ルピーの対ドル為替レートの推移
2021年以降、パキスタン・ルピーの減価が続く。1月31日時点の値は、1ドル267.89パキスタン・ルピー。

出所:パキスタン中央銀行から作成

コロナ禍のSC混乱でも自動車販売は過去最高を記録

2020年3月に始まったコロナ禍の初期には、商都カラチのあるシンド州において軍・警察が出動して道路封鎖するなど強硬な都市ロックダウンを行った。約2カ月間、企業や工場は閉鎖されたものの、輸出繊維産業や建設業、自動車メーカーなどは5~6月から順次再開が許可され、8月には全産業が再開された。SBPは、コロナ禍前に13.25%だった政策金利を2020年6月までに7%にまで引き下げ、景気を下支えした。政府は、ビル単位などの局所的なロックダウンに切り替える一方、ワクチン接種を推進し、各種補助金の継続支給は困難と判断した政府はコロナとの共存の道を選択した。対策は全国的に功を奏し、早い段階で感染のコントロールに成功した。2021年2月に開始したワクチン接種は、翌2022年3月には接種対象人口(1億4,300万人)の87%(1億2,500万人)が1回ないし2回のワクチン接種を完了した。

パキスタンでは、日系企業の大部分を四輪車・二輪車関係の製造企業が占める。生産が2020年3月後半から5月まで止まったため、固定費が大きいこれらの企業は大きな打撃を受けた。工場が再開された6月以降も、アジア各国での感染が拡大する中、パックスズキモーター、インダス・モーター(トヨタ)、ホンダアトラスカーズのメーカー各社は、半導体などの部品不足や、海上コンテナの遅延やコスト高騰などの逆風の中で、空輸や部品在庫の積み増しなどをして生産をつないだ。

あるメーカー幹部は、「SCの混乱は世界的なことであり、SCの寸断、自社工場の稼働停止などが起きた。やれることはすべてやったが、どんな手を打ってもダメで、混乱を受け入れるしかなかった。部品在庫の維持が難しく生産計画を立てるのに苦労した」と当時を語る。

コロナ禍から経済が急回復する中、2021/2022年度の自動車販売台数は27万9,267台(前年度比71.9%増)と過去最高を記録した。パキスタン自動車工業会(PAMA)に加盟しない中国メーカーなどを含めると、初めて30万台規模となった。景気回復による経常収支赤字拡大に伴い、為替レートは2021年5月の直近高値の1ドル=149ルピーから2022年9月には240ルピーまで下落し、メーカーは、為替変動分や高止まりした物流費などを吸収するため度重なる値上げを余儀なくされた。景気回復と低金利を背景に、販売は好調を維持したものの、SCの混乱で作りたくても作れない状態が続き、納期は車種によっては半年を超えた。

大きな「捕捉されない経済」も、利上げでブレーキ

景気回復・低金利と並んで、好調な販売の1つの要因は「捕捉されない経済」〔Undocumented Economy(地下経済)〕の存在だ。パキスタンでは人口2億2,000万人の中で所得税納税者が人口の約1.5%の340万人程度(法人を含む)しかいない。そのため、捕捉されない経済の規模は大きく、名目GDPに匹敵するのではとも言われる。ある自動車メーカー関係者は「何度も値上げをして心配だったが、不思議と販売は落ちなかった」と言う。とはいえ、景気が過熱気味になり、インフレが高進する中で、SBPは、コロナ禍で2020年6月から2021年9月まで7%に維持した政策金利を2022年7月までに段階的に15%に引き上げた(図3参照)。この結果、銀行のオートローン金利は20%を超え、またローン返済期間の上限を短縮する規制をSBPが導入したために、販売にはブレーキがかかった。

図3:政策金利と消費者物価上昇率
2022年以降、CPIの上昇に合わせて、政策金利も一気に引き上げられてきた。2023年1月の政策金利は16%、CPI上昇率は27.6%。

注:CPIについては、2019年8月より基準となる会計年度が2007/2008年度から2015/2016年度に変更された。
出所:パキスタン中央銀行から作成

政府・中央銀行は輸入抑制策を相次ぎ導入

日系企業各社は、歯止めのかからない通貨安、SCの混乱、物流費の高騰、加えて外貨準備高防衛のための政府・SBPによる輸入制限措置などに悩まされ続けた。具体的には、(1)輸入時に輸入者がドルなど決済予定額相当のルピー現金を決済まで銀行に預け入れる「100%キャッシュマージン要求」対象品目の拡大(2022年4月)、(2)政府による乗用車(完成車)など33品目の輸入禁止(同年5月導入、8月廃止)。さらに、(3)25品目〔自動車完全現地組立部品(CKD)を含む〕に関する輸入取引開始時のSBP事前許可取得義務付け(同年5月)。特に、 (3)においては、事前許可取得に時間がかかり、信用状(L/C)開設や輸入決済に遅れが生じた。さらに、事前許可を取ったにもかかわらずSBPからL/Cの銀行間決済許可が出ず、通関ができずに輸入貨物が港に滞留するという事態まで発生した。

日系メーカー3社は、前年実績の50%しかSBPからCKD輸入が認められず、2022年5~6月ごろからCKD輸入が滞り始め、9~10月に断続的に生産を停止した。

外貨準備高が輸入の1カ月分程度となる中、SBPは2022年12月27日、輸入に関して外国為替認定銀行が準拠すべき新たな基準外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます を発表し、5月に導入した輸入事前許可取得義務を廃止した。外為認定銀行は、1)必須輸入品(食料や医薬品)、2)エネルギー、3)輸出産業の原料や部品、4)農業投入財(種子、肥料など)、5)船積みから365日を超える後払いによる輸入、ならびに輸入者が株式やプロジェクトローン、国外からの輸入用ローンで調達した外貨による輸入などについて、銀行自身の判断で企業の輸入を優先処理、あるいは円滑処理することができるとした。この緊急事態の中で、自動車はこれらの基準に含まれておらず、自動車CKD輸入はさらに困難な状況となった(2023年1月4日付ビジネス短信参照)。

インダス・モーターは、部品在庫不足を理由に2022年12月20日から30日まで生産を停止し、パックスズキモーターも、同様の理由で2023年1月には3週間、生産をストップした。

こうした結果、2022/2023年度上半期(2022年7~12月)の自動車販売台数は8万4,088台、前年同期比38.2%減と大きく落ち込んだ。景気悪化もともない、下半期の販売台数はさらに落ち込むことが予想される。

日系企業の輸入はさらに困難に

2022年12月のSBPの新基準発表後は、L/Cの開設はさらに困難になったとみられる。

日系各社からは、「(2023年)1月からL/Cがまったく開けていない」「配当も技術援助ロイヤルティーも送金できない状態。だが今は部品輸入を優先している」「現在3月分までは部品があるが、このままいったら4月以降どうするか」「地元サプライヤーもL/Cが開けず、彼らからも部品が入らない」「L/Cの問題は2つある。1つは開けるかどうか、もう1つは他行がコンファメーション(確認)を付けてくれるかどうか」「今は耐えるしかない」と、苦しい言葉が続く。

インダス・モーターは2023年1月31日、自社と部品サプライヤーが部品・原材料などを輸入できず在庫を維持できないとして、生産を2月1日から14日まで停止すると発表した。企業によっては、生産が完全に止まった場合のシミュレーションを始めたなどのうわさも耳にする。

他方、こうした厳しい状況の中で、カラチの輸出加工区(EPZ)に進出しているある企業は、「問題なく原材料を輸入できている」と語る。政府・SBPは輸出をする外貨獲得企業には手厚く対応しているようだ。

今後数カ月は厳しい状況が続く見通しの中、デフォルトの行方は

今後の改善の見通しについて、日系企業には「国際通貨基金(IMF)からの支援融資などで外貨準備高が回復しないことには、SBPが発表した優先品目(食料、エネルギーなど)以外は、これからの3カ月は厳しいだろう」「IMFからの融資やサウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、中国などの友好国からの資金援助がなされるまで、あと1~2カ月は非常に厳しいのではないか」などの見方が多い。

パキスタンはデフォルト(債務不履行)するのか。その可能性について、ある企業関係者は「デフォルトはしないと見ている。地政学的に中国、インド、アフガニスタン、イラン、中東の結節点にある大国で、Too big to fail(大きすぎて、つぶせない)だ。核保有国でもあり、サウジアラビア、UAE、中国などの友好国を持つ。こうした点がスリランカとは違う」との見方を示す。

輸出産業の育成が喫緊の課題

エネルギー、食料、化学品、機械などパキスタンは全般に輸入依存度が高く、ルピー安によるインフレの高進も深刻だ。2023年1月には、消費者物価指数(CPI)は前年同月比26.7%上昇となった。

当面の危機を脱するために、シャバズ・シャリフ首相はIMFの総額70億ドルの拡大信用供与(EFF)第9次レビュー開始を急いでいる。IMFの融資を早く確保したいことに加えて、国際機関や友好国がIMFとの合意を支援の条件にしているからだ。ただ、IMFの融資条件は厳しく、徴税強化、補助金廃止、増税、ガス・電気料金引き上げなど国民の痛みを伴う改革を政府に要求する。2023年は総選挙を控えているだけに、野党・パキスタン正義運動(PTI)のイムラン・カーン前首相が政府に揺さぶりをかける中で、政府・シャリフ首相として難しい対応を迫られている。

IMFによるレビューおよび事務レベル合意、IMF理事会での承認、融資の実行、それに続く友好国や国際機関からの融資などの実行には、少なくともあと数カ月はかかる見込みだ。とはいえ、融資が実行されて一時的に危機を脱しても、対内外国直接投資(FDI)誘致や外国企業の技術導入を通じた、輸出産業の強化・育成、輸入代替産業の育成、さらに郷里送金の増加など、経常収支を改善するための根本的な対策に与野党が挙国一致で迅速に取り組まない限り、パキスタンの経済危機はいずれ繰り返されることとなるだろう。

執筆者紹介
ジェトロ・カラチ事務所長
山口 和紀(やまぐち かずのり)
1989年、ジェトロ入構。ジェトロ・シドニー事務所、国際機関太平洋諸島センター(出向)、ジェトロ三重所長、経済情報発信課長、農水産調査課長、ジェトロ高知所長、知的財産部主幹などを経て、2020年1月から現職。