特集:アジアのサプライチェーンをめぐる事業環境総論:アジア大洋州地域におけるビジネス課題と再編の動き

2022年11月15日

新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の影響で、国際物流の遅延、原材料・部品不足などが発生。2022年に入ると、ロシアのウクライナ侵攻を契機としたエネルギー価格などのコスト上昇などが顕著となった。こうした混乱がおさまるまでは、もうしばらくかかりそうだ。本稿では、10月初旬までの情報に基づき、アジア大洋州地域(東南アジア、南西アジア、オセアニア)における、サプライチェーン混乱や各種コスト上昇の現状、これらの事象が企業の調達・生産・販売体制の再構築に及ぼす影響、さらにはこれら企業の対応などを概観する。

強く意識される人材不足・人件費高騰による影響

新型コロナの対策として講じられた操業規制や国境封鎖は、工場の稼働制限・停止、調達遅延、原材料不足、労働者不足など、企業経営に様々な影響を与えた。2022年に入ると、人口当たりの新型コロナ新規感染確認数は増大したが、その値は徐々に減少するとともに、封じ込め策も緩められる傾向にある(図参照)。

図:アジア大洋州地域の新型コロナウイルス新規感染者確認数および
封じ込め政策の強度
新型コロナ新規感染確認数は減少するとともに、封じ込め策の強度を表す指数も低下傾向にある。

注1:アジア大洋州地域は、ジェトロが事務所を構える、ASEAN9カ国(カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム)、南西アジア4カ国(バングラデシュ、インド、パキスタン、スリランカ)、オセアニア2カ国(オーストラリア、ニュージーランド)とした。
注2:期間は2020年4月1日から2022年8月31日まで。
注3:新型コロナウイルス新規感染者確認数は各国(100万人当たり、後方7日移動平均)の単純平均。
注4:「封じ込め政策の強度」は、「Oxford COVID-19 Government Response
Tracker」(Blavatnik School of Government, University of Oxford)のなかで、「封鎖・移動制限関連」の指標と「公的な情報公開」の合計 9つの指標をもとに作成された指数を用いた。
出所:“Our world in data”(2022年10月2日ダウンロード)から作成

ビジネス活動が回復し、新型コロナとの共存が進められる中で、企業が抱える課題は何か。例えば、シンガポール米国商工会議所(AmCham)が在ASEANのAmChamと共同で2022年7月から8月にかけて実施した、在ASEANの米国企業を対象にした調査結果(注1)によると、「新型コロナのパンデミックからの回復期における懸念点(上位3位を選択)」として、「自社製品・サービスに対する需要」(58%)が最も多く上がった。「人材の確保と定着」(54%)と「サプライチェーンの混乱」(48%)が続く。「人材の確保と定着」に関しては、人件費の高騰を挙げることができる。例えば、ASEAN主要国やオーストラリアでは、インフレの進行などを背景に、最低賃金引き上げの動きがみられる(表参照)。

表:アジア大洋州地域主要国の最低賃金動向(2022年以降)
改定年月 国名 賃金
改定前 改定後
2022年5月 マレーシア 1,200リンギ/月 1,500リンギ/月
2022年7月 ベトナム 442万ドン/月 468万ドン/月
2022年7月 オーストラリア 20.33豪ドル/月 21.38豪ドル/月
2022年8月 ラオス 110万キープ/月 120万キープ/月
2022年10月 タイ 331バーツ/日 353バーツ/日
2023年1月 カンボジア 194ドル/月 200ドル/月

注1:マレーシアの改定前賃金は、首都クアラルンプールを含む主要56都市。
注2:ベトナムはハノイ市、ハイフォン市、ホーチミン市を含む「地域1」。
注3:タイはバンコク都。
出所:ビジネス短信(ジェトロ)から作成

また、外国人の新規雇用の難しさも指摘できよう。渡航規制が段階的に解除され、外国人労働者の入国が増加しているが、引き続き採用難に直面しているケースもある。マレーシアでは、失業率の高止まりなどを受けて、自国民の就労機会を優先するため、2020年6月から外国人労働者の新規受け入れを一時的に中止していたが、2022年1月に農園分野で、2月に製造業など他の分野で、外国人労働者集中管理システムを通じて、外国人労働者の入国受け付けを開始した。しかし、2022年後半に入っても、認可までのプロセスが不透明であったり時間がかったりするなど、採用手続きは円滑とはいえない状況が続いている。

こうした人件費の高騰などを背景として、周辺国へ倉庫の増設や、生産施設を移す動きがみられる。例えば、シンガポールの一部物流や製造企業の間では、倉庫の増設や製造施設の移管先の候補として、隣国マレーシア南部ジョホール州への注目が改めて高まっている。また、マレーシア企業や、ベトナムの縫製・製靴企業などが、カンボジアを生産拠点として注目している。

サプライチェーンの混乱によるコスト高の影響が色濃く

サプライチェーン維持のための対応として、在庫の積み上げ、海外への一時的な生産ラインの移管、さらには代替輸送ルートの構築などが実施された。また、「調達先の代替可能性の追求/複数調達先の確保」といった、中長期的な取り組みを模索する契機にもなった。

サプライチェーン混乱の一因となっていた物流の混乱は、ピーク時と比べると、落ち着きつつある。例えば、タイ荷主協会(TNSC)が発表するタイから欧州向けの40フィートコンテナ運賃は、2022年9月22日時点で5,500ドルと、WHOによるコロナパンデミック宣言(2020年3月)前の2020年1月1日時点の1,600ドルと比べると3.4倍と高水準にあるものの、ピークの1万4,300ドル(2021年12月24日~2022年3月3日)からは落ち着いている(注2)。一部の物流関係者は、ASEAN発着のコンテナ船のスペースや遅延状況について、「前航海からの遅延はまだあるものの、大幅遅延はない」「船腹、コンテナの不足が解消されつつあるが、昨年と比較すると、巣ごもり需要の消失などにより、本船スペースが以前より改善している」と指摘する。

もっとも、エネルギー、素材、原材料価格の高騰や不足は続いている。インド商工会議所連盟(FICCI)が2022年6月に発表した、インド製造業を対象にした調査結果のなかで、原材料価格の高騰などを挙げたうえで、「(アンケート)回答者の(ビジネス)拡大計画に影響を与えている」と指摘した(注3)。また、バンコク日本人商工会議所(JCC)が8月に公表した「2022年上期日系企業調査」によると、エネルギー、素材、原材料価格の高騰や不足などの具体的な影響として、「原材料や部品などのコスト上昇」(72%)との回答が最も多い。「運送コストの上昇」(62%)、「仕入れコストの上昇」(50%)がこれに続く。販売価格への転嫁については、半数以上がコスト上昇分を販売価格へ転嫁し切れておらず、苦しい状況に立たされている姿が浮き彫りになっている(注4)。

新型コロナの流行や原燃料費の高騰などにより、利益の確保が難しくなったため、2022年に入って、飲料容器関連の製造業がインドネシアの生産拠点の解散(清算)を決定する事例もみられた。世界銀行は2022年4月に発表した「一次産品市場の見通し」のなかで、2022年のエネルギー・非エネルギー価格指数ともに、2022年をピークに2023年、2024年は段階的に低下するも、高止まりする見通しを立てている。さらなる物価・コスト増は、企業の業績回復への下押し、さらには戦略の見直しを迫る可能性がある。

巨額の半導体投資計画が進行

新型コロナ拡大以降で顕在化した原材料不足のうち、特に注目されたのが半導体だろう。サプライチェーン全体の半導体不足は改善傾向だが、車載用や産業機械向けのパワー半導体を中心に供給不足が継続している。こうしたなか、アジア大洋州地域内でも、パワー半導体の生産強化に向けた動きがみられる。例えば、ドイツのインフィニオンテクノロジーが2022年2月、ワイドギャップ・パワー半導体の前工程生産能力増強のため、マレーシアの既存工場に第3製造棟を新設すると発表した(投資額20億ドル超)。2024年後半の出荷開始を見込む。

こうしたパワー半導体以外にも、マレーシアとシンガポールでは、投資額が20憶ドルを上回る半導体製造に係る直接投資計画が2021年以降に複数進行している(注5)。これらのうち、シンガポール向けの案件である、台湾のUMC、また米国のグローバルファウンドリーズによる案件は、先のインフィニオンテクノロジーと同様、前工程に分類される。ASEAN域内はこれまで、後工程を主に担っていたところ、前工程分野での大型投資が続いた。

半導体の供給難によるサプライチェーン途絶の問題解消が喫緊の課題となる状況下、主要国も予算を投じ、半導体産業誘致のための支援などに力を入れる。アジア大洋州地域では、タイが2021年に、半導体前工程などへの投資を促進するため、新たな優遇措置が発表されている。また、インド政府は2021年12月、半導体産業に特化した過去最大級規模のインセンティブを発表した。

インドの半導体工場の奨励策に対しては、(1)英国系鉱業・天然資源のベダンタ・グループと台湾のEMS(電子機器受託生産)鴻海(ホンハイ)精密工業傘下の富士康科技集団(フォックスコン)の合弁会社、(2)シンガポールの投資会社IGSSベンチャーズ、(3)アラブ首長国連邦(UAE)に拠点を置く投資会社ネクスト・オービット・ベンチャーズを中心とするコンソーシアムISMC、の3社が申請した。このうち、ベダンタ・グループとフォックスコンとの合弁会社は9月、グジャラート州政府と覚書を締結。今後2年以内に同州内に半導体製造工場を立ち上げる。同プロジェクトによる、同州内における半導体産業集積が期待されている。こうした、新たな直接投資による供給は先になるが、サプライチェーン強化の動きとして注目される。

本特集の各論では、各国の新型コロナ禍以降のサプライチェーンを巡る動向について、随時掲載していく。


注1:
「2022 ASEAN Business Outlook Survey」(AmCham Singapore)。2022年8月25日公表(調査期間:2022年7月13日~2022年8月3日)の初版。
注2:
CEIC Data Limited(2022年10月2日アクセス)。
注3:
「FICCI Quarterly Survey on Indian Manufacturing Sector」(Federation of Indian Chambers of Commerce & Industry、2022年6月)。
注4:
「2022年上期日系企業調査」〔バンコク日本人商工会議所(JCC)〕。2022年8月30日公表。調査期間5月10日~6月8日。
注5:
「世界貿易投資報告2022年版」(ジェトロ)第2章第1節(3)参照。
執筆者紹介
ジェトロ・シンガポール事務所次長
朝倉 啓介(あさくら けいすけ)
2005年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課、国際経済研究課、公益社団法人日本経済研究センター出向、ジェトロ農林水産・食品調査課、ジェトロ・ムンバイ事務所、海外調査部国際経済課を経て現職。