特集:アジアのサプライチェーンをめぐる事業環境日系企業の7割強に、供給網混乱・コスト上昇の影響(タイ)

2022年12月19日

バンコク日本人商工会議所(JCC)の「2022年上期日系企業調査」によると、在タイ日系企業の業況感(DI)は2021年下期の実績で26。2022年上期の見込みも同じく26と、横ばいだった。新型コロナ禍が回復傾向にあることが、目下の上向き要因になる。一方で、サプライチェーンの混乱やコスト上昇の影響などは、依然として業況を下押ししかねない。

本稿の前半ではまず、同調査結果に基づいて、コロナ禍、サプライチェーンの混乱、コスト上昇が企業に与えた影響について報告する。後半で、企業の具体的な状況と対応事例を紹介する。

2021年以降のデルタ株・オミクロン株流行が打撃

まず、新型コロナ禍下で、タイ経済がどのような様相だったのかを振り返ってみる。

世界的に新型コロナが流行し始めた2020年は、タイ政府による迅速な行動制限の導入もあり、国内感染拡大の抑制には比較的成功していた。しかし、2021年に入ると、同ウイルスのデルタ株による感染拡大を抑えきれなくなった。2021年第2四半期(4~6月)には、1日当たりの新規感染者数が2万人を超えた。日系企業が入居する工業団地でも集団感染(クラスター)が発生。企業は生産ライン停止の回避に尽力するものの、自動車など一部の業種で工場が一時停止された。タイ工業連盟(FTI)が公表する業況判断指数(TISI、100以上が好況)を確認すると、新型コロナ禍期の中で同年8月が最低値(76.8)になった。その後、2021年末にかけて新規感染者は減少。消費の回復も見られた。その一方で、世界的な半導体不足やコンテナ不足によるサプライチェーンへの影響は続いた。

さらに、2022年に入ると、オミクロン株を中心に新型コロナ感染が再拡大。3月には新規感染者数が2万7,000人を超えた。しかし、ワクチン接種の普及から、重篤者数・死者数は減少傾向。政府の水際対策も、段階的に緩和された。7月には、コロナ禍に対応した入国申請システム「タイランドパス」のほか、入国後の強制隔離措置も廃止した。以来、外国人観光客の増加や観光業回復への期待が高まっている。

ただし物価が高騰し、数年ぶりの高水準にある。こうしたことなどが、企業の懸念材料になっている。この点について、次段以降で、在タイ日系企業へのアンケート調査結果を基に説明する。

2022年上期も上向きの業況感だが……

バンコク日本人商工会議所(JCC)は2022年5月10日~6月8日、JCC会員企業を対象に日系企業景気動向調査(JCC調査)を実施した。この調査結果によると、2021年下期の業況感(DI値、注1)は26だった。一方、2022年上期の業況感の見通しも26で、前期から横ばいの結果になった。先述のとおり、新型コロナ禍から経済は回復傾向にある。にもかかわらず業況感の伸びを妨げた要因は、半導体不足と原材料費や物流費などの高騰と思われる。

2022年上期の業種別の業況感の見通しは、製造業の全業種でプラスだった。その一方、跛行色(はこうしょく)を示す結果になった(表1参照)。まず、業況感が改善した業種を見る。繊維が、2021年下期の8から2022年上期は30に上昇。同様に、化学は5から29、一般機械はマイナス13からプラス14に改善した。これらの業種では、新型コロナ感染状況の改善を受けて、安定した販売先の確保や受注の増加がある。また、物価が上昇する中で、販売価格にコスト上昇分の一部を転嫁できたことも影響したとみられる。一方、鉄鋼・非鉄、電気・電子機械、輸送用機械では、2021年下期から業況感が悪化した。要因としては、主要貿易相手国の中国でのロックダウンによる需要減少、ロシアのウクライナ侵攻情勢による半導体不足、原材料費の高騰、などが挙げられる。

不均一な結果を示したのは、非製造業でも同様だ。建設・土木が、2021年下期のマイナス11からプラス50に改善した。理由としては、「日系製造業の投資が上向き、新型コロナの影響で遅れていた建物の改修案件が再び動き出した」などのコメントが企業から聞かれた。対照的に運輸・通信は、65から8に悪化した。トラック用の燃料価格の上昇など、ウクライナ情勢の影響がその要因だ。小売りも、90から20に大きく悪化。その背景には、商品・サービスの価格上昇による低・中所得者の消費の減速などがある。

しかし、コロナ禍をめぐるさらなる状況改善や原材料不足解消など、期待は高まっている。こうしたことから、2022年下期は全体として増加の見通しだ(上半期から3ポイント上昇し29)。

表1:業種別DIの内訳(単位:ポイント、社)(△はマイナス値)
業 種 今回の調査 回答数
実績
21年
下半期
見通し
22年
上半期
22年
下半期
製造業 食料品 28 37 9 11
繊維 8 30 46 13
化学 5 29 23 42
鉄鋼・非鉄 31 10 9 42
一般機械 △ 13 14 40 15
電気・電子機械 26 2 19 46
輸送用機械 35 16 27 71
その他 21 28 26 43
製造業全体 23 18 23 283
非製造業 商社 40 41 33 96
小売り 90 20 60 10
金融・保険・証券 29 18 26 27
建設・土木 △ 11 50 47 36
運輸・通信 65 8 9 34
その他 9 37 43 62
非製造業全体 30 34 34 265
全体 26 26 29 548

出所:バンコク日本人商工会議所(JCC)日系企業景気動向調査

業績回復は一様でない

JCC調査では、新型コロナ前と比較した2022年上期の業績についても聞いている。その設問で「プラスになっている」と回答した企業が33%、「変わらない」は22%だった(表2参照)。つまり、過半数の企業で、業績が新型コロナ前の水準まで回復していることになる。一方で、程度の差はあれ、売り上げがマイナスと回答した企業も41%に及んだ。ここから、やはり不均一な回復状況にあることがうかがえる。

表2:2022年上期の業績(単位:件数、%)(―は値なし)
順位 業績への影響 製造業 非製造業 全体
件数 割合 件数 割合 件数 割合
1 プラスになっている 83 (30) 91 (35) 174 (33)
2 変わらない 59 (21) 59 (23) 118 (22)
3 売り上げ(5%から20%未満)のマイナス 65 (24) 47 (18) 112 (21)
4 売り上げ(1%から5%未満)のマイナス 27 (10) 25 (10) 52 (10)
5 売り上げ(20%から50%未満)のマイナス 27 (10) 22 (8) 49 (9)
6 現時点では全く分からない 12 (4) 9 (3) 21 (4)
7 売り上げ(50%以上)のマイナス 2 (1) 6 (2) 8 (1)
合計 275 259 534

注:( )内は、当該項目全体に占める割合で、その計上にあたっての分母は回答企業数。
出所:バンコク日本人商工会議所(JCC)日系企業景気動向調査

また、2022年上期にコロナ禍が及ぼした影響について聞いたところ、「ある程度マイナスの影響がでている」と答えた企業が56%、「大きなマイナスの影響が出ている」とした企業は18%だった。パンデミックが落ち着いてきている中でも、74%の企業に何らかのマイナスの影響があることになる。なお、ここでいう「影響」とは、売り上げ減少に限られるわけではない(表3参照)。

表3:新型コロナ禍の影響 (単位:件数、%)(―は値なし)
順位 回答結果 製造業 非製造業 全体
件数 割合 件数 割合 件数 割合
1 ある程度のマイナスの影響が出ている 167 (61) 131 (51) 298 (56)
2 大きなマイナスの影響が出ている 47 (17) 51 (20) 98 (18)
3 影響はない 37 (14) 42 (16) 79 (15)
4 ある程度のプラスの影響が出ている 17 (6) 25 (10) 42 (8)
5 プラスの影響が出ている 5 (2) 9 (3) 14 (3)
回答企業数 273 258 531

注:( )内は、当該項目全体に占める割合で、その計上にあたっての分母は回答企業数。
出所:バンコク日本人商工会議所(JCC)日系企業景気動向調査

原材料などの価格高騰・不足は、幅広く影響

目下、原油などのエネルギーや素材、原材料について、価格高騰や品不足が言われるようになっている。その影響についての回答は「ある程度のマイナスの影響が出ている」が55%、最多だった(表4参照)。次いで、「大きなマイナスの影響が出ている」が29%。合計84%の企業がマイナスの影響があると回答したかたちだ。その要因としては、(1)新型コロナの影響(パンデミックが落ち着いた後の経済活動と需要の高まりも含む)、(2)ウクライナ情勢がもたらした影響が挙げられる。具体的な影響としては、「原材料や部品などのコスト上昇」が72%と最多回答。そのほかにも、コスト上昇に関連する回答が上位を占めた(表5参照)。

表4:エネルギー、素材、原材料価格の高騰や不足などの影響 (単位:件数、%)(―は値なし)
順位 回答結果 製造業 非製造業 全体
件数 割合 件数 割合 件数 割合
1 ある程度のマイナスの影響が出ている 140 (51) 154 (60) 294 (55)
2 大きなマイナスの影響が出ている 118 (43) 34 (13) 152 (29)
3 影響はない 9 (3) 56 (22) 65 (12)
4 ある程度のプラスの影響が出ている 4 (1) 11 (4) 15 (3)
5 プラスの影響が出ている 1 (0) 3 (1) 4 (1)
回答企業数 272 258 530

注:( )内は、当該項目全体に占める割合で、その計上にあたっての分母は回答企業数。
出所:バンコク日本人商工会議所(JCC)日系企業景気動向調査

表5:具体的な影響 (単位:件数、%)(―は値なし)
順位 回答結果 製造業 非製造業 全体
件数 割合 件数 割合 件数 割合
1 原材料や部品などのコスト上昇 233 (86) 120 (54) 353 (72)
2 運送コストの上昇 190 (70) 115 (52) 305 (62)
3 仕入れコストの上昇 145 (54) 102 (46) 247 (50)
4 エネルギーコストの上昇 147 (54) 62 (28) 209 (43)
5 原材料、部品などの不足 122 (45) 58 (26) 180 (37)
6 経常利益の減少 109 (40) 65 (29) 174 (35)
7 製品に価格転嫁できないことによる売り上げ減 75 (28) 23 (10) 98 (20)
8 労働コストの上昇 28 (10) 36 (16) 64 (13)
9 製品価格転嫁による売り上げ増 22 (8) 16 (7) 38 (8)
10 経常利益の増加 4 (1) 6 (3) 10 (2)
その他 5 (2) 14 (6) 19 (4)
合計 1,080 617 1,697
回答企業数 270 221 491

注:( )内は、当該項目全体に占める割合で、その計上にあたっての分母は回答企業数。
出所:バンコク日本人商工会議所(JCC)日系企業景気動向調査

他企業との競争により、コストの製品転嫁が困難に

では、企業はコスト上昇を販売価格に転嫁できているのだろうか。この点に関する設問には、11%が「全く転嫁できていない」と回答。「一部転嫁できている」は48%だった(表6参照)。つまり、計59%の企業がコスト上昇分を販売価格へ完全には転嫁しきれていない状況にある。特に製造業では、69%の企業が販売価格へ転嫁しきれていない。非製造業以上に販売価格への転嫁が難しいことがうかがえる。転嫁できない理由としては、「競争があるため価格を引き上げられない」が65%と最も多かった(表7参照)。

表6:販売価格への転嫁 (単位:件数、%)(―は値なし)
順位 回答結果 製造業 非製造業 全体
件数 割合 件数 割合 件数 割合
1 一部転嫁できている 157 (57) 94 (38) 251 (48)
2 どちらとも言えない 54 (20) 100 (40) 154 (29)
3 ほぼ転嫁できている 31 (11) 29 (12) 60 (11)
4 全く転嫁できない 33 (12) 27 (11) 60 (11)
回答企業数 275 250 525

注:( )内は、当該項目全体に占める割合で、その計上にあたっての分母は回答企業数。
出所:バンコク日本人商工会議所(JCC)日系企業景気動向調査

表7:販売価格に転嫁できない理由 (単位:件数、%)(―は値なし)
順位 回答結果 製造業 非製造業 全体
件数 割合 件数 割合 件数 割合
1 競争があるため価格を引き上げられない 104 (59) 104 (73) 208 (65)
2 販売先との関係 101 (57) 61 (43) 162 (51)
3 消費者の価格引き上げに対する抵抗感 43 (24) 33 (23) 76 (24)
4 長期契約のため価格変更が困難 25 (14) 18 (13) 43 (13)
5 価格転嫁を上回る追加的なコストが発生するため 29 (16) 6 (4) 35 (11)
6 既に販売価格が上限に達しておりこれ以上の転嫁が困難 5 (3) 1 (1) 6 (2)
その他 10 (6) 6 (4) 16 (5)
合計 317 229 546
回答企業数 177 143 320

注:( )内は、当該項目全体に占める割合で、その計上にあたっての分母は回答企業数。
出所:バンコク日本人商工会議所(JCC)日系企業景気動向調査

物流問題の解消時期に見通し立たず

物流の混乱や輸送費の高騰などがもたらす影響を聞いたところ、全業種あわせて73%が「影響を受けている」と回答した。非製造業では62%が影響を受ける一方、製造業では83%に上った。やはり、製造業への影響の方が大きい様子が読み取れる。

具体的な影響については、全業種あわせて、「港湾の混雑や貨物の滞留による運航スケジュールの遅れ、混乱」が79%、「コンテナ船の運賃高騰」78%だった(表8参照)。あわせて物流の混乱や輸送費の高騰などの解消が見込まれる時期について聞いたところ、「見通しは立たない」が58%と最多だった。先述のとおり、2022年下期の業況感(DI値)は29。となると、同年上期から業績はやや上向く見込みと解釈できる。しかし、物流の混乱や輸送費の高騰の解消の見通しが立たない企業が過半数ということからすると、楽観できそうもない。

表8:具体的な影響 (単位:件数、%)(―は値なし)
順位 回答結果 製造業 非製造業 全体
件数 割合 件数 割合 件数 割合
1 港湾の混雑や貨物の滞留による運航スケジュールの遅れ、混乱 181 (77) 130 (82) 311 (79)
2 コンテナ船の運賃高騰 192 (82) 113 (72) 305 (78)
3 コンテナ船のスペース確保が困難 122 (52) 82 (52) 204 (52)
4 航空貨物運賃の高騰 75 (32) 64 (41) 139 (35)
5 陸上貨物運賃の高騰 54 (23) 42 (27) 96 (24)
6 航空便のスペース確保が困難 38 (16) 32 (20) 70 (18)
7 陸上貨物のスペース確保が困難 6 (3) 6 (4) 12 (3)
その他 6 (3) 4 (3) 10 (3)
合計 674 473 1147
回答企業数 234 158 392

注:( )内は、当該項目全体に占める割合で、その計上にあたっての分母は回答企業数。
出所:バンコク日本人商工会議所(JCC)日系企業景気動向調査

コスト上昇や物流混乱が続き、効率的な対策を模索

ここからは、前半で紹介したコスト上昇や物流の混乱について、各企業の具体的な状況や対応の事例を紹介する。

まず、物流業界の状況だ。日系物流会社Aによると、海上貨物輸送のスペースの確保が最も難しかったのは2021年だった。2022年に入ると、状況は少しずつ改善しつつある。だとしても、依然として厳しい状況が続いているという。タイ国内での輸送については、顧客(メーカーなど)に対し高騰する原油価格に応じた輸送価格(見積もり)を提示してみている。かと言って、顧客から値上げに理解を得るのは難しい。メーカーにとっても、物流価格の上昇分を製品価格に転嫁すると競争力を損なうことになり、容易に受け入れにくいためだ。なお、原材料不足が特に長期化しているものとして、金属や鉄鋼、半導体、銅などが挙げられるという(A社が顧客から聴取した結果)。

食品業界ではどうか。日系食品会社Bによると、原材料価格上昇は激しい。同社製品の主原料としては、特に魚や鶏肉が高騰している。ウクライナ情勢の余波を受け、飼料価格(小麦など)の高騰が影響していると推測される。特に、欧州企業が昨今、鶏肉の調達先をウクライナからタイに切り替えたことで、鶏肉の需給逼迫に拍車がかかったようだ。価格が落ち着くには、時間がかかると思われる。B社の担当者によると、このような原材料費の高騰から、同社は製品価格を10%前後値上げする予定だ。業界全体が同様にコスト上昇に直面し、競合他社が値上げしていることも、値上げ決定を後押しする。ただ、もともとの販売価格帯自体が比較的安価だった。今回の価格上昇により、市場全体で見た場合、むしろ適正価格に落ち着くとも捉えている。

最後に、医療機器メーカーC社の状況だ。同社によると、特に輸送コスト高騰が深刻な状況という。製品が医療用品のため、迅速かつ品質を担保するために、輸出は全て航空輸送に頼っていることも響く。特に日本向けの航空輸送料は、新型コロナ前に比べ、一時期3~4倍に跳ね上がった(2021年がピーク)。現在、各国の渡航規制の緩和とともに、旅行者数も増加。需要回復によって輸送に使われる航空機が大型化してきた。それでも、貨物用スペース確保は依然として難しいという。そうした中、同社の取り組みとしては、少しでも輸送にかかる作業を迅速にするため、非接触型「RFIDタグ」(注2)導入の是非を検証しつつある。輸送スペースの増減や輸送価格高騰を自社だけで解決するのは、難しい。それでも、効率的な物流実現のため、試行錯誤を続けている。


注1:
DIは、diffusion indexの略。当該設問では、前期と比べた業況感が「上向き」と回答した企業の割合から「下向き」回答企業の割合を差し引いた数値。
注2:
RFIDとは、製品や貨物のタグデータを非接触で読み書きするシステム。複数のタグをまとめて、遠隔からスキャンすることも可能。
執筆者紹介
ジェトロ・バンコク事務所
藤田 豊(ふじた ゆたか)
2022年から、ジェトロ・バンコク事務所勤務。