特集:アジアのサプライチェーンをめぐる事業環境 大型投資が続く電子産業、加工貿易からの構造転換には課題も(ベトナム)

2023年1月11日

ベトナムは2021年、新型コロナウイルス対策の厳格なロックダウンなどで生産活動が影響を受けつつも、輸出入の金額はともに過去最高となった。新型コロナ禍からの回復が見られる2022年は、経済活動が復調。引き続き生産拠点として大型投資案件の認可や発表も相次ぎ、特に電子産業の期待を集めている。しかし、電力インフラや人材がボトルネックとなり、加工貿易からの構造転換には時間がかかりそうだ。本レポートでは、現在のベトナムの貿易構造を分析した上で、電子産業を中心にコロナ禍明けの企業動向と課題をまとめる。

ベトナムの貿易構造の変化と課題

ベトナムには、加工工場としての性格がある。まず、その産業構造を考察する上で、輸出入がどう変化してきたのかを振り返りたい。現在、ベトナムの輸出額の上位を占める電話機・同部品、電子製品(コンピュータを含む)・同部品、機械設備・同部品は、この10年間でそれぞれ輸出額が10倍前後に増え、ベトナム経済を牽引する存在となった。これらの上位3品目の輸出額はコロナ禍の中の2021年に過去最大となる1,470億ドルに達した(図参照)。

図:ベトナムの電子製品、機械製品および部品の輸出入額と主要輸入先が占める
割合の推移
ベトナムの輸出上位3品目である(1)電話機・同部品、(2)コンピューター電子製品・同部品、(3)機械設備・同部品の輸出額は2017年から2021年にかけて右肩上がりで増加し、コロナ禍の2021年に過去最大となる1,470億ドルに達した。これに合せて輸入額も増えている。2022年1~9月も前年同期を上回っている。また、2022年1~9月の当該品目の輸入先は、上位の中国、韓国、台湾の3カ国・地域で全体の輸入額の約75%を占めるようになった。中国は、2018年から2019年にかけて韓国を抜き、輸入先1位となっている。

注:輸出入上位品目の(1)電話機・同部品、(2)電子製品(コンピュータを含む)・同部品、(3)機械設備・同部品を合算して集計。
出所:ベトナム税関総局資料を基にジェトロ作成

同様に、これらの品目の輸入も増えている。特に、同品目の輸入先で上位の中国、韓国、台湾の3カ国・地域は、2022年1~9月のベトナムの当該品目輸入額全体の約75%を占めるようになった。中国は米中貿易摩擦の影響が大きくなった2018年から2019年にかけて韓国を抜き、輸入先1位となっている。特に機械設備・同部品の中国からの輸入額は2017年から2021年にかけて2.3倍になった。材料や部品の調達だけではなく、生産増強の動きも進んでいることが推測される。台湾は電子製品(コンピュータを含む)・同部品の輸入額が2017年から2021年にかけて2.4倍に増加した。コロナ禍以降も特定の輸入先に偏った状況が続いており、依然として国外からの部品・材料調達が滞ると、生産が停止するリスクを抱える。

また、輸出額全体の7割以上を外資企業が占め、輸出産業の拡大は外資企業に依存している部分が大きい。サプライヤー、完成品メーカーともに、自国企業の成長が課題といえる。

外国企業やベトナム企業の新規投資、事業拡大の状況

2021年以降にベトナム計画投資省の認可を受けた案件は、コカ・コーラや段ボール製造大手レンゴーなど、内需による事業拡大やインフラなど多岐にわたるが、北部と中部を中心とした電子製品・半導体関係の大型投資が目立つ(表参照)。

表:2021年以降に投資認可を得た主な外国・地域企業の大型投資案件
企業名 業種 国・地域名 投資認可額 認可
時期
投資先 投資内容
JAソーラー 製造 中国 2億1,000万ドル 2021年1月 北部バクザン省 太陽光パネル(新規)
エバーウィン・プレシジョン 製造 中国(香港子会社出資) 2億ドル 2021年1月 中部ゲアン省 電子部品(新規)
フォックスコン 製造 台湾(シンガポール子会社出資) 2億9,300万ドル 2021年1月 北部バクザン省 電子機器(新規)
オモン2火力発電所(丸紅、Vietracimex) エネルギー 日本 約13億ドル 2021年1月 南部カントー市 発電所開発(新規)
LGディスプレイ 製造 韓国 7億5,000万ドル 2021年2月 北部ハイフォン市 電子機器(拡張)
14億ドル 2021年8月 北部ハイフォン市 電子機器(拡張)
ジンコソーラー 製造 中国(香港子会社出資) 4億9,800万ドル 2021年3月 北部クアンニン省 太陽光パネル(新規)
製造 中国 3億6,560万ドル 2021年9月 北部クアンニン省 シリコンウエハー(新規)
LNG火力発電所(韓国GSエネルギー、ビナキャピタル) エネルギー シンガポール 約31億ドル 2021年3月 南部ロンアン省 発電所開発(新規)
遠東新世紀(ファーイースタン・ニューセンチュリー) 製造 台湾 6億1,000万ドル 2021年5月 南部ビンズオン省 繊維(拡張)
レンゴー 製造 日本 約6億ドル 2021年7月 北部ビンフック省 段ボール原紙製造(新規)
アムコー・テクノロジー 製造 米国(シンガポール子会社出資) 5億3,000万ドル 2021年11月 北部バクニン省 半導体製造(新規)
VSIP(ベトナム・シンガポール工業団地) 不動産 シンガポール 9億4,000万ドル 2022年1月 北部バクニン省 工業団地開発(拡張)
ゴアテック 製造 中国 約4億ドル 2022年1月 中部ゲアン省 電子機器(拡張)
製造 中国(香港子会社出資) 約3億ドル 2022年1月 北部バクニン省 電子機器(拡張)
コカ・コーラ 製造 米国 1億3,600万ドル 2022年1月 南部ロンアン省 飲料(拡張)
リブラ・インターナショナル 製造 シンガポール 2億1,000万ドル 2022年3月 南部タイニン省 織布(新規)
レゴ 製造 デンマーク 13億2,000万ドル 2022年3月 南部ビンズオン省 玩具製造(新規)
サムスン電機 製造 韓国 9億2,000万ドル 2022年5月 北部タイグエン省 半導体パッケージ基盤(拡張)
トリナ・ソーラー 製造 中国(シンガポール子会社出資) 2億7,500万ドル 2022年6月 北部タイグエン省 太陽光パネル(拡張)
イオンモール・フエ 小売り・不動産 日本 1億7,000万ドル 2022年8月 中部トゥアティエン・フエ省 ショッピングモール(拡張)

出所:計画投資省の発表内容および各社ウェブサイトなどを基にジェトロ作成

新たに北部バクザン省に投資する台湾のフォックスコン、北部バクニン省と中部ゲアン省に投資する中国のゴアテックは、米国アップル社のタブレットやウェアラブル端末の量産を進める。ベトナムにスマートフォンや家電の一大生産拠点を持つ韓国のサムスングループ傘下のサムスン電機は、北部タイグエン省に9億2,000万ドルを投じて半導体基板製造拠点を設立する。パッケージ基板FCBGA(注1)の量産を2023年後半から始める予定だ。半導体後工程のパッケージングと検査を行う米国アムコー・テクノロジーもベトナムに新たに進出し、北部バクニン省でSiP製品(注2)の生産を行う。2026年までに約5億ドルを投資し、2035年までに合計16億ドルを投資する計画だ。ここまで右肩上がりの成長をたどってきたベトナムの電子産業は、ハイテク製品の生産拠点が稼働することで、今後も輸出額が増加することが予想される。

また、自国企業による国産品製造も推進している。ベトナムの情報通信技術(ICT)大手のFPTはFPTセミコンダクターを設立し、半導体事業参入を果たした。自社工場を持たないファブレス方式を採用し、設計はベトナムで、製造は韓国で行うかたちで、2022年8月に最初の半導体チップ製品を発売した。ベトナム初の電気自動車(EV)メーカーのビンファストは、北部ハイフォン市に年間生産台数25万台の拠点を有し、欧米を中心とした海外市場での販売にも注力する(2022年12月6日付ビジネス短信参照)。2022年6月に米インテルと、9月には日本の半導体製造大手ルネサスエレクトロニクスとそれぞれ提携、10月にはドイツの半導体大手インフィニオン・テクノロジーズと共同で技術開発センター設立を発表するなど、外国企業との協業を積極的に推進している。車載用半導体技術とシステムノウハウを高めることで、安全で高性能なEV開発を目指す計画だ。

半導体需要を捉えた日系企業の動向

日系企業では大型投資案件で目立った動きは多くないが、半導体需要を捉えた装置・部品の生産や事業拡大の動きを見せる進出日系企業もある。2022年9月、ローツェは北部ハイフォン市の新工場完成を発表した。主力製品の半導体ウエハー搬送装置などの需要増を見越した計画だ。

装置部品の生産を手掛ける日新電機ベトナムも、半導体やEV需要に対応すべく、2023年8月までに生産能力を2020年度比で1.4倍に高める計画を打ち出す。同社の寺尾薫社長によると、半導体やEVなどのクリーンエネルギー関連製品の新規受注が増え、生産現場の稼働率がコロナ禍以前をしのいだことから、設備投資に踏み切った。現在の売り上げの6割は外国企業向けだ。しかし、ベトナム国内での生産増強が進んでいることから、輸出販売だけではなく、ベトナム国内で取引となることも多いという。

スマートフォンや車載用のプリント基板を生産するメイコーベトナムは、日本政府が進める海外サプライチェーン多元化等支援事業などを活用し、半導体向けパッケージ基板の生産開始に向けて取り組んでいる。同社の井田秀二ゼネラルディレクターによると、半導体需要を捉え、グローバル市場向けの拠点としてベトナムでの新規事業立ち上げを決めたという。現在は2023年の本格生産に向け、核となるベトナム人の専任人材を育成中だ。

需要増を見越して生産強化を図る企業がある一方、足元の半導体不足や世界情勢の混乱を受け、生産が計画どおりに進んでいない企業もある。ある電子部品メーカーは「(ベトナム政府による新型コロナウイルス対策の外出制限などの)規制が緩和され、2022年の年明け以降に生産は向上してきたが、販売先のサムスン電子のスマートフォン減産により、2022年9月現在は生産計画の7~8割程度の稼働にとどまっている」という。サムスン電子が全世界で販売するスマートフォンの6割はベトナムで生産されており、250社を超えるベトナム国内サプライヤーの調達や生産活動に影響を与える状況だという。

投資環境の課題は多く、中長期的な産業育成が必要

ベトナムで半導体関連の投資が増える一方、これらは設計工程やパッケージングや検査を行う後工程が中心で、一貫製造を行う企業の動きは見られない。ベトナムは引き続き国際分業の川下を担う体制となっている。

電子産業はじめ、製薬、食品などの製造業向けの水処理エンジニアリング事業を行うオルガノベトナムの茶円義博セールスマネジャーは「電力不足の影響が大きく、前工程(注3)を行う半導体メーカーのベトナム進出が実現できるか、疑問符が付く」と現状を分析する。ベトナムでは、北部を中心に増加する電力需要に供給が追い付かない事態も起きており、発電能力の増強計画はある一方で、資本力不足などを背景に計画も遅れ気味となっている状況だ。加えて、高純度の水や化学品、クリーンルーム設備など、生産基盤整備にも多くの企業の技術が求められるため、ソリューションを提供できる企業の進出も必要となる。水を例にあげると、半導体製造では、純水より不純物が少ない超純水を用いるが、茶円氏によると、一般的に前工程では後工程の10倍から20倍、時間当たり1,000から2,000トンの超純水を使用する。超純水をつくるだけでも、多くの設備投資や消費電力が必要となる。

ベトナム政府は半導体産業育成のため、垂直生産を外資系半導体企業に要請しているとされるが、米国や中国、インド、韓国などのような自国の半導体産業支援策のための予算投入は限られる様子だ。ベトナムは「中所得国のわな」を回避するため、どの産業分野にフォーカスするか、半導体のどの工程や部材を強みとする育成を図るか、ベトナム政府のビジョンと生産環境の整備が求められる。

人的資源についても、相次ぐ大規模投資に雇用確保と人材育成が追い付くか、懸念が残る。北部地域では、首都ハノイから周辺の地方へと生産拠点が広がっているが、投資が集まるハイフォン市(人口203万人)、バクニン省(138万人)、タイグエン省(129万人)だけで確保できる人的資源には限りがある。さらに、失業率は都市部、農村部とも3%を下回り、労働市場が逼迫する中、人材獲得競争の加速が予見される。

前述のように、電子産業の集積化という点でベトナムには課題が多いが、大型投資ラッシュが続く中、これから進出を検討する企業、在ベトナム日系企業のいずれも、電力供給や人材雇用がさらに逼迫する可能性を盛り込んでいかなければならない。ベトナム企業、外資系企業双方の動向を一層注視する必要がありそうだ。


注1:
FCBGA(Flip Chip Ball Grid Array)は高性能・高機能なLSI(大規模集積回路)に必要とされるパッケージ基盤で、主にPCや通信デバイスなどのCPU、GPUに用いられる。
注2:
SiP(System in Package)は、複数チップをパッケージ内に封止し、メモリーの大容量化や機能の複合化を実現する高密度実装技術。
注3:
シリコンウエハーの表面に電子回路を形成するまでの各工程の総称。消費電力がパッケージングを行う後工程に比べて大きい。
執筆者紹介
ジェトロ・ハノイ事務所 ディレクター
萩原 遼太朗(はぎわら りょうたろう)
2012年、ジェトロ入構。サービス産業部、ジェトロ三重、ハノイでの語学研修(ベトナム語)、対日投資部プロジェクト・マネージャー(J-Bridge班)を経て現職。