特集:アジアのサプライチェーンをめぐる事業環境 ミャンマー政変後の生産移管、より長期的な視点で(バングラデシュ)
縫製業をさらに発展させるためのカギは

2022年12月26日

昨今、日系企業のサプライチェーンに多元化の必要性が叫ばれるようになった。そうした中で、中国やASEAN諸国に続く製造拠点の候補先として、バングラデシュに一層の注目が集まっている。その呼び水になっているのが、他のアジア諸国と比較して安価な労働力だ(図参照)。一方で、ビジネス環境面での課題は少なくない。例えば、貿易・金融規制、輸入通関の遅延、銀行による信用状(L/C)決済遅延などが挙げられる。

バングラデシュの主要産業といえば、縫製。輸出の約8割を占めるほどだ。ジェトロは当該産業を中心に、進出日系企業にインタビューした。本稿では、その結果を基に、バングラデシュへの生産移管に係わる実情や、今後の可能性について報告する。

図:在アジア日系製造業の作業員・月額基本給(単位:ドル)
中国(607ドル)、マレーシア(430ドル)、タイ(385ドル)、インドネシア(374ドル)、インド(330ドル)、ベトナム(277ドル)、フィリピン(248ドル)、カンボジア(246ドル)、パキスタン(174ドル)、といった他のアジア諸国に対して127ドル、とバングラデシュの安価な労働力に注目が集まっている。

出所:ジェトロ「2022年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」

ミャンマーからの生産移管ムードに一服感

2021年2月に起きたミャンマーでの政変は、縫製品生産国を切り替えるきっかけになった。アパレルブランド(縫製メーカーにとって顧客)の一部が、ミャンマーでの生産継続をリスクと捉えたからだ。

そうした中、バングラデシュでの大規模な投資にいち早く踏みきったのが、マツオカコーポレーション(本社:広島県)だ。縫製大手の同社は、当地に縫製工場を有するロウリン(本社:広島県)の株式を取得した。ロウリンの既存工場は、イシュワルディ経済特区(EPZ、ダッカの西約200キロに所在)に立地。ここを第1工場として引き継いだかたちだ。さらに現在、同EPZ内に、新たに第2工場を建設している。第2工場建設にかかる投資額は、建屋の建設費と設備費を合わせて2,100万ドルを超える見通しという。2023年初頭の完成を予定する。新工場では、まずは年間450万枚の生産能力を想定している。もっとも、新たに立ち上げるとなると、スタッフの採用などに時間を要する。高い品質で安定的な大量生産を軌道に乗せるためには、十分な教育が必要だ。そのため、実際に売上高に貢献するのは、2024年3月期以降を見込んでいる。また、第1工場についても、需要の増加を背景に生産ラインを大幅に拡大し、顧客ニーズに対応できる体制を整えた。

小島衣料(本社:岐阜県、注1)では、政変前と比較して、ミャンマーでの生産が20%程度減少した。代わりに、バングラデシュでの生産量を増やしているという。同社の小島高典常務取締役は「バングラデシュは、他のアジア諸国と比較して、縫製業での従業員確保が容易だ。この点は大きなメリット」と語る。対照的にミャンマーでは「国内の情勢不安から、国外に出稼ぎに出たい労働者が増えた。以前より、従業員の確保が難しくなっている」と話す。

もっとも、2022年に入ってからは、ミャンマー情勢は比較的安定してきた。このことにより、日本バイヤーがミャンマーから生産を移管する風潮は落ち着きつつあるのが現状だ。2022年の秋冬物や2023年の春夏物については、少しでもコストを抑える狙いでバングラデシュへの引き合いが増えているものの、材料の輸入コスト高や燃料高などの影響はバングラデシュにも及んでいるため、結果的に選ばれないケースも多いようだ。

TNY国際法律事務所グループ(注2)の堤雄史共同代表弁護士は「新規の進出先としてミャンマーではなく、バングラデシュを選ぶことはありうる」と述べた。しかし、「既にミャンマーに進出している日系製造業が、人件費や各種の制度運用・行政手続きの透明性がそれほど変わらないバングラデシュへ、あえて大きなコストをかけて生産を移管するという判断は、あまり現実的ではない」と考察した。

こうしてみると、ミャンマーでの政変を受けた生産移管の流れが落ち着きつつある中、企業の拠点移転のケースはさらに限定的と考えられる。

原材料生産や高付加価値加工ノウハウ蓄積が、今後のカギ

しかし、中国、ASEANでの生産コストが増加していることは紛れもない事実であるため、より長期的なスパンで見たオーダーシフトについては、現実味を帯びている。

帝人フロンティア(本社:大阪府、注3)の三上光一アシスタント・ジェネラル・マネージャーは「バングラデシュの縫製業が今後、さらに成長するためには、現在ミャンマーで生産しているものを、バングラデシュでも生産可能にするよう目指すのが現実的」と話す。「中国やベトナムでは、リードタイムが圧倒的に短くて済む。バングラデシュが同じ注文を受けることは、難しい。片や、ミャンマーはリードタイムやコスト面の条件が近い。そのため、バングラデシュへのシフトが比較的容易だ」と分析した。しかし、「中国やミャンマーへの生産依存をリスクと捉え、『供給元の多元化』という観点で生産委託先を選ぶアパレルブランドはいまだ多くない。アパレルブランド側が生産委託先を選ぶ上で最も重視するのは、やはり何よりも『コスト』『リードタイム』『ロット数』の3点だ」と結論づける。

そんな中で、バングラデシュへの生産シフトに向け流れを生み出すためには、強みのコスト優位性に磨きをかけることが必要だ。なかでも、「原材料の調達コスト」と「加工賃」にいかにアプローチするかが重要になる。その上で、今後求められる取り組みを整理してみる。

原材料の国内生産

バングラデシュ国内で原材料を生産できるかどうかが、「原材料の調達コスト」に関してまず重要になる。

現在、バングラデシュに進出している日系製造業からは、「調達コストの上昇」「原材料・部品の現地調達の難しさ」が挙げられている(表参照)。この2つの問題は、当地進出製造業にほぼ共通し、しかも相互に密接に関係している。

これは、縫製業においても例外でない。現在バングラデシュでは、綿・ポリエステルの布帛(ふはく)類(織物)の原材料調達は、その多くを中国などからの輸入に頼っている状況だ。綿の織物生地メーカーは国内に存在する。しかし、中国に比べて少数で、企業間の競争があまりない。いきおい、単価が比較的高くなる。そのため、中国などから輸入する方が、調達コストを低く抑えられるケースが多い。今後、綿の生地メーカーが増え、中国並みに単価が下がると、リードタイムで優位性がある(注4)国内調達が増加するだろう。

また、「現在は、(通貨の)タカ安(2022年9月27日付ビジネス短信参照)による材料輸入のコスト増が大きな負担になっている。しかし、原材料の現地生産・調達が進めば、このような為替リスクも減少する。その結果、コスト面でも競争力が高まるだろう」と三上氏は見込んでいる。

表:バングラデシュの日系企業(製造業)が抱える経営上の課題(単位:%)
順位 項目 回答率
1 通関諸手続きが煩雑 73.2
2 為替変動 72.6
3 原材料・部品の現地調達の難しさ 67.4
4 電力不足・停電 65.2
5 調達コストの上昇 63.0

出所:ジェトロ「2021年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」

高付加価値製品の生産ノウハウ蓄積

「加工賃」を考察するうえで重要になるのが、高付加価値製品を生産するためのノウハウ蓄積だ(例えば、特殊加工を施す手法など)。

現状、バングラデシュの綿素材製品には、価格優位性がある(当該製品が衣服輸出の8割も占めるのは、その結果でもある)。人件費が低く、加工賃が廉価なためだ。しかし、そんなバングラデシュでも、高付加価値製品になると加工賃が高くなりがちだ。高付加価値製品に対応可能なサプライヤーが少ないことが、一因だ。

この点、小島衣料は、大手アウトドアブランドの上着など高付加価値な製品を、輸出向けに生産・輸出する数少ないサプライヤーだ。「高付加価値製品を生産するためには、特殊機械の導入が一部必要となる。しかし、機械の導入以上に重要なのが、生産ノウハウの獲得・蓄積だ」と小島氏は指摘した。また、高付加価値製品の原材料は、比較的高価な傾向があり、輸入時に税関から厳密な検査を受けた際、些細な不備から高額な関税を請求されるケースがある。これに対処する方法の1つとして、地場のパートナー企業と協働し、生産・原材料調達体制を構築するも有効という。

生産の省力化

生産性向上・コスト削減をさらに進めるには、生産を省力化することも求められる。

マツオカコーポレーションの佐々木督マネージングディレクターは、「現在建設中の新工場では、人件費の上昇を見込み、ハンガーシステム(注5)やフォークリフトの導入を検討している」と話す。これらの導入により作業を簡略することで、従業員の負担を軽減するとともに、効率アップや生産性の向上を図る狙いもあるという。


小島衣料の工場での防水加工工程(ジェトロ撮影)

バングラデシュ特有の事情に理解を

バングラデシュを生産地として有効に活用するためには、バングラデシュ特有の事情を理解することも重要だ。

三上氏によると、バングラデシュの縫製工場はしばしば、ロット数の多い欧米からの受注を受ける。その結果、生産キャパシティと欧米からの受注量に応じて、日本からの小ロット受注を受けるかどうか判断するケースも多い。特に、20ライン以上有するような設備の充実した工場では、その傾向が強い(注6)。日本向けでは、見積り取得から生産発注までに2カ月以上かかるケースもある。しかも、その間にキャパシティや価格が変動し、再交渉が必要になる事例も少なくないという。

一方で、バングラデシュには、比較的小規模な工場も多い(注6)。それらは、小規模ロットの受注に向いている傾向がある。

また、商社機能に相当する「バイイングハウス」をうまく活用するのも1つの手だ。バイイングハウスは、複数社からの受注を取りまとめて工場側に生産を委託する。そのため、小ロットの注文にも柔軟に対応してもらえるケースが多いという。最近では、日本にも拠点を構え、日本語のできるバングラデシュ人が営むケースも増えてきてきた。日本のアパレル企業にとって、バングラデシュでの生産発注のハードルが下がっている面もある。ただし、副作用もある。こうしたバイイングハウスを通すと、日系企業側に現地の情報が入りづらくなりかねないことだ。管理ノウハウが社内に蓄積されなくなる可能性もあり、注意が必要だ。三上氏は、「リスクとメリットを比較しながら判断している」と語った。

環境は整いつつある

ここまで、縫製業に着目し、バングラデシュへの生産移管に係わる実情や課題について述べてきた。今後、バングラデシュがサプライチェーンの一角としてより成長していく上での課題は、少なくない。しかし、日系企業にとって投資環境が整いつつあるのも事実だ。

例えば、前述のTNY国際法律事務所グループは2021年8月、ダッカにTNYリーガルバングラデシュを構えた。高いGDP成長率に加え、人口1億6,500万人の巨大な市場が魅力で、今後も日系企業の進出が増えることを見越しての進出だ。「バングラデシュのような新興・途上国の場合、投資の検討や、進出の初期段階から法務面の調査・準備を着実に進めなければならない。そうした足固めをしたうえで手続きを進めていくことが一層重要」と、TNY国際法律事務所バングラデシュの藤本抄越理ディレクターは述べる。

2022年12月6日には、バングラデシュ経済特区(BSEZ)が操業を開始した。BSEZは、住友商事がバングラデシュ経済特区庁(BEZA)、国際協力機構(JICA)と合弁で開発した工業団地だ。円借款を活用し、国際水準のインフラ整備が進められている。あわせて、JICAの技術支援プロジェクトで、ワンストップサービスセンターの設置も進められている。ソフト・ハード両面でのインフラ向上が期待されている。BSEZでは、衣料品産業以外の製造業進出にも期待が高まる。

日系企業にとって、バングラデシュが製造業における新たなサプライチェーンの一角になり得るか、今後の動きに注目が集まっている。


注1:
小島衣料は、女性向けスーツなどの重衣料や、アウトドアウェアの生産を主に取り扱う。
注2:
TNY国際法律事務所グループは、海外で日系企業進出支援を手掛ける。2021年8月にバングラデシュに進出。ミャンマーには、それ以前から拠点を有していた。
注3:
バングラデシュで帝人フロンティアは、繊維製品の調達を手掛ける。
注4:
生地を輸入する場合、発注から船積みまでに5~6カ月程度を要するのが通例だ。国内での生地調達の場合、これを、3~4カ月程度に短縮することができる。そこで、リードタイムに優位性が生じることになる。
注5:
可動式のレールに取り付けたハンガーにパーツをつるしたまま縫製することで、次の工程に運ぶ手間がなくなり、効率化できる仕組み。
注6:
特にダッカ管区北部のガジプール県などでは、大規模工場が多い。 片や比較的小規模な工場は、ダッカ管区南東部のナラヤンガンジ県などに位置することが多い。
執筆者紹介
ジェトロ・ダッカ事務所
薄木 裕也(うすき ゆうや)
2020年、ジェトロ入構。市場開拓・展示事業部海外市場開拓課を経て、2022年から現職。
執筆者紹介
ジェトロ・ダッカ事務所
山田 和則(やまだ かずのり)
2011年、ジェトロ入構。総務部広報課(2011~14年)、ジェトロ岐阜(2014~16年)、サービス産業部サービス産業課(2016~19年)、お客様サポート部海外展開支援課を経て、2019年9月から現職。