特集:COP27に向けて注目される中東・アフリカのグリーンビジネスグリーン水素などに大きな潜在的開発余地(モロッコ)

2022年11月9日

モロッコは、石油や天然ガスをほとんど産出しない。隣国アルジェリアや、リビア、エジプトといった北アフリカ諸国とは対照的だ。換言すると、そうした資源は輸入に頼らざるを得ない。

当地では近年、自動車製造分野などで外資の進出が相次ぎ、国内でさまざまな産業が活性化している。昨今の世界的なエネルギー価格高騰により、モロッコの国際収支は悪化してもいる。エネルギーの安定供給が最優先課題の1つだ。さらに、隣国アルジェリアが2021年8月、モロッコと国交を断絶。それ以降、モロッコ経由でスペインに向けたアルジェリア産天然ガスの輸送が、完全に止まっている(2021年9月6日付ビジネス短信参照)。モロッコを取り巻くエネルギー環境は、ますます厳しさを増しているといえる。

モロッコのエネルギーミックスは2021年時点で、石油51.7%、石炭36.3%、天然ガス3.2%。化石燃料への依存度が高いことがわかる。風力などの再生可能エネルギー(再エネ)は、あわせて8.5%にとどまる。しかし、潜在的な可能性はある。脱炭素化社会を目指す欧州からはかねて、再エネの輸出ポテンシャルに関心が寄せられていた。そうした期待は、ロシアのウクライナ侵攻(2022年2月)に端を発して欧州でエネルギー不足問題が顕在化する以前にさかのぼる。モロッコ政府関係者は、当地で再エネ開発する強みとして、施設建設用地の確保の容易さや大西洋からの強い風を挙げる。

電力輸出入の主要相手国はスペインだ。2021年は、スペインからの輸入額が3億9,500万ディルハム(約51億3,500万円、1ディルハム=約13円)。輸出額は5億7,400万ディルハム(約74億6,200万円)だった〔出所:モロッコ為替局(Exchange Office Morocco)〕。収支は、2019年に続き出超だった。もっとも、アルジェリアからの天然ガス供給停止により、北部の火力発電所が休止状態にある。この状況で、2022年以降も出超が続くものか先行きは不透明だ。

発電時の再エネ利用を2050年までに80%へ

モハメッド6世国王は2009年、「製造業や輸送など各種経済活動を盛り立てる上で、再エネが必要」と示唆した。それ以降、政府は再エネ推進を国家戦略の重要課題として位置付けてきた。2009年の「国家エネルギー効率化計画」では、(1)建設、製造、運輸、公共照明、農業などの分野でエネルギー効率化を図ること、(2) 2030年までにエネルギー消費量を20%削減すること、を目標に掲げた。さらに政府は2021年、発電時の再エネ利用割合の目標を2025年に52%(太陽光20%、風力12%、水力20%)、2030年に64%、2050年には80%に引き上げると発表した。

再エネ設備容量は2021年時点で、3,950メガワット(MW)。モロッコの全発電設備容量の37%を占めている。内訳は、水力発電が1,770MW(16.57%)、風力発電が1,430MW(13.4%)、太陽光発電が750MW(7.03%)だ。

稼働施設の立地を発電種別にみると、以下の通り。

  • 水力発電:
    北部と東部に20カ所。標高4,000メートル級のアトラス山脈エリアを含む地域だ。これら施設は、国営の電力水道公社(ONEE)と持続可能エネルギー庁(MASEN)が所管する。

  • 風力発電:
    西サハラ地域を含め全国13カ所(タンジェ、タルファヤ、エッサウィラ、ラーユーヌなど)。施設は、MASENが所管するものと民間のものとが混在する。MASENは2030年までに、新規プロジェクトで1,120MW追加するとしている。

  • 太陽光発電:
    全国8カ所に点在(ワルザザード4カ所、アイン・ブニ・マタール、ラーユーヌ、ブーダー、タフィラレット)。これらをあわせた発電容量は827MWだ。将来に向けて、新規プロジェクトをMASENが推進している。
    この中で象徴的施設とされるのが、ワルザザードの「NOOR太陽光発電複合施設」だ。MASENが所管し、研究施設を併設する。発電複合施設として、世界最大級とも。1号施設は2016年2月に正式に稼働。2016年以降、2~4号施設を順次着工した。現在4号施設まで稼働済みになっている。総発電容量は580MW。MASENは2030年までに施設の拡張(4つのプロジェクト)を図り、合計2,500MWの増加を図るとしている。

これら施設の中には、日系企業を含め外資が関与してきたものも含まれる。例えば住友電工は、2016年からの5年間の契約で、前述のNOOR太陽光発電複合施設での太陽光発電プラント運用実証を担った。また三井物産は、EDFリニューアブルズ(注1)と連携して、北東部の都市タザでの陸上風力発電事業を推進している。当該風力発電所は、2022年の稼働に向けて2020年に建設が開始された。

タンジェ近郊のコウディア・アル・バイダ(Koudia Al Baida)風力発電施設を所管するのが、MASENとEDFリニューアブルズだ。最近の動きとして2022年7月、欧州復興開発銀行(EBRD)が、この施設に4,400万ユーロ支援することを決定した。当該支援を活用し、発電容量を100MWに倍増する計画だ。

一方で、撤退例もある。シーメンス・ガメサ・リニューアブルエナジー(風力発電用ブレードを製造する)は2022年9月、在モロッコ拠点の1つ、タンジェ工場の閉鎖を発表した。同工場は、2017年に創業を開始していた。しかし、出荷品が市場ニーズに合わなくなり、閉鎖発表に至ったとみられる。


タルファヤ風力発電施設の一部(MASEN提供)

ワルザザードにある「NOOR太陽光発電複合施設」の
一部(MASEN提供)

グリーン水素生産で将来、世界5大国入りか

国際再生可能エネルギー機関(IRENA)は、2050年までに、グリーン水素を生産する上位5カ国(注2)にモロッコが入るという見解を示している。

一方でモロッコ政府は、2021年に策定した「グリーン水素ロードマップ」で、次に示す段階に従い、再エネ由来の水素開発を推進することを表明した。

  • フェーズⅠ(2020~2030):
    国内産業用燃料として、グリーン水素およびその派生物を使用。グリーン水素製品を輸出。
  • フェーズⅡ(2030~2040):
    グリーンアンモニア・水素のプロジェクト開発。合成燃料(注3)の輸出。国内電力へのグリーン水素活用。
  • フェーズⅢ(2040~2050):
    輸出向けグリーン水素や合成燃料の増産

2030年時点で国内生産したグリーン水素のうち、74%は輸出に回す見込みだ。対して、22%は工業原料用に、残りを貨物輸送や鉱業、公共交通機関などに利用する。

政府は当該分野の事業化を推進するため、国家水素委員会を2020年に創設。当該委員会には、関連する政府や研究機関が横断的に参加する。また2021年には、アフリカ初となるグリーン水素の開発機関「クラスターグリーンH2」を首都ラバトに開設した。当機関では、国内外のグリーン水素関連企業との協働プロジェクトの立ち上げや、イノベーションの推進、企業創出を目指すとしている。

関連の産学官連携の枠組みとして、「グリーン・エナジー・パーク」(Green Energy Park(フランス語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)がある。この枠組みは2017年から始まった。モロッコ国営リン鉱石公社(OCPグループ、注4)や、太陽エネルギー・新エネルギー研究所(IRESEN)、モハメッド6世工科大学(UM6P)などが連携。ベンゲリールで太陽光発電のパイロットプロジェクトを推進してきた。現在はアジアを含めた企業・組織も参画し、グリーン水素の産業向け応用研究開発、国内産業などへの展開、活用に取り組んでいる。

この3社・機関は、グリーン・エナジー・パーク以外でも積極的に動いている。2021年11月には新たに、グリーン水素やグリーンアンモニアの研究開発・応用研究に特化した「グリーンH2A」テクノロジープラットフォームを立ち上げた。


ベンゲリールのグリーン・エナジー・パーク内の様子(IRESEN提供)

ベンゲリールのグリーン・エナジー・パークの航空写真(IRESEN提供)

欧州勢との連携が進む

モロッコでは欧州企業などとの連携が進んでいる。例えば、以下のような事例が見られる。

  • モロッコとドイツ、両国政府は2020年6月、ベルリンで「Power-to-X」プロジェクトについて合意した。グリーン水素生産に向けて調査研究するのがその狙い。
  • 「Hevoアンモニア・モロッコ」は、アイルランドのフュージョン・フューエル・グリーン(注5)を主軸とする企業連合とのプロジェクト。グリーンアンモニアを年間18.3万トン生産する。総投資額は約8億6,500万ユーロと推定される。
  • フランス系再エネ企業、トタル・エレン(Total Eren)は2022年1月、ゲルミン・ウエド・ヌーン(Guelmin-Oued Noun)でグリーンアンモニアやグリーン水素を生産、OCPグループにも供給する計画を明らかにした。この計画に、約100億ドルを投じる。
  • オランダのプロトン・ベンチャーズ(Proton Ventures)は2022年7月、UM6PとEPC(設計・調達・建設)フルターンキー契約を結んだ。ちなみに、プロトン・ベンチャーズはグリーンアンモニアを専門に製造する企業。
    この契約で、前述の「グリーンH2A」で最初のパイロットプラントが立ち上げられることになる。プラントはカサブランカ南方沿岸のジョルフ・ラスファー(Jorf Lasfer)のOCP施設内に建設。年間1,500トンのグリーンアンモニアを生産する予定だ。

政府間の連携事例も旺盛だ。欧州委員会は2022年2月、アフリカで初めて「グローバル・ゲートウェイ」(注6)を実施することを表明した。その狙いの1つは、中国の「一帯一路」構想に対抗するところにある。その実施にあたっては、モロッコでのグリーンエネルギー生産に16億ユーロを投ずる。また、フィンランドとは同月、エネルギー分野での協力強化を図る覚書を締結した。再エネ分野でのノウハウ共有を図るとしている。

そのほか、他国政府や企業との連携は表1・表2のとおり。

表1:他国政府とモロッコの協定一覧(内容・分野)
パートナー国 名称 分野
アラブ首長国連合 協力枠組み協定 再エネ
クウェート 協力枠組み協定 再エネ、効率化
カタール(エネルギー・産業省) 覚書 石油、ガス、再エネ、効率化
ドイツ(連邦経済協力・開発省) Power-T-X連携共同宣言 再エネ
ドイツ(連邦経済協力・開発省) エネルギーパートナーシップ共同宣言 再エネ
フィンランド 覚書 再エネ
ポルトガル(環境・気候変動省) グリーン水素発展共同宣言 グリーン水素
ロシア(エネルギー省) 再エネ開発覚書 再エネ、効率化
ギニアビサウ(外務省) 経験・専門知識共有のための協力枠組み 電力、再エネ、効率化
ベナン(外務・協力省) エネルギー分野における協力枠組み協定 電力、再エネ
ニジェール(エネルギー省) エネルギー分野における協力枠組み協定 電力、再エネ、効率化
セネガル(国家再生可能エネルギー機関) 太陽エネルギー開発パートナーシップ協定 太陽光発電

出所:エネルギー移行・持続可能な開発省の2021年度レポートからジェトロ作成

表2:外資系企業一覧
モロッコ子会社名 国名 事業概要
アクア・パワー・モロッコ
(Acwa Power Maroc)
サウジアラビア 発電、海水淡水化
アクシオナ建設・モロッコ
(Acciona Construction Maroc)
スペイン 再エネ、建設
セネル・モロッコ
(Sener Maroc)
スペイン エンジニアリング・建設、再エネ、航空宇宙
ティーエスケーエレクトロニカイエレクトリシダッド・モロッコ
(TSK electronica y electricidad Maroc)
スペイン 再エネ発電所建設
シーメンスガメサ・リニューアブルエナジー・モロッコ
(Siemens Gamesa Renewable Energy Morocco)
スペイン 風力発電所建設
ボルタリア・モロッコ
(Voltalia Maroc)
フランス 発電所活用
テマソル
(Temasol)
米国 再エネ運用・保守
エンジー・サービス・モロッコ
(Engie services Maroc)
フランス 天然ガス・クリーン
プロトン・ベンチャーズ・モロッコ
(PROTON VENTURES MOROCCO)
オランダ 再エネ事業に関する情報・サービス提供、エンジニアリング
トタル・エレン・モロッコ
(TOTAL EREN MAROC)
フランス 再エネ関連建設、マネジメント・運営

出所:Naos Consultingの調査資料を基にジェトロ作成

日本企業も積極的な参入を

政府の戦略に沿った投資機会としては、(1)太陽光発電、(2)風力発電、(3)水力発電、(4)グリーン水素、(5)エネルギー効率化、の5本柱が考えられる。(1)や(2)は欧米企業を中心に連携が進み、(4)では欧州の動きが活発だ。

一方でモロッコ政府や企業には、日本の技術力に対する期待も高い。例えばIRESENは、グリーン水素の製造業分野での活用など、特に技術のビジネス化に向けて日本企業との連携を進めたい考えだ。

なお、政府プロジェクトは、外国企業が参加することができる仕立てになっている。産業貿易省の「プロジェクトバンク」外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(注7)には、再エネを含む各種産業のプロジェクトが1,000件以上登録されている。また公共調達の条件(フランス語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますも、政府のウェブサイトで公開されている。日本企業の積極的な参入に期待したい。


注1:
フランス最大手の電力会社、EDFグループの傘下。
注2:
オーストラリア、チリ、モロッコ、サウジアラビア、米国の5カ国。
注3:
合成燃料とは、二酸化炭素と水素を合成して製造される液体燃料のこと。
注4:
モロッコ国営リン鉱石公社は、リン肥料生産で世界的大手として知られる。
注5:
フュージョン・フューエル・グリーンは、グリーン水素の製造企業。欧州、中東、アフリカでプロジェクトを展開している。
注6:
グローバル・ゲートウェイは、EUの域外向けインフラ支援戦略。投資対象は、気候変動対策などの再エネ分野や、デジタル、輸送、医療、教育分野。
注7:
プロジェクトバンクは、国内産業支援策として2020年に導入された。この枠組みの下、さまざまな部門の産業を支援している。
執筆者紹介
ジェトロ・ラバト事務所長
本田 雅英 (ほんだ まさひで)
1988年、ジェトロ入構。総務部、企画部、ジェトロ福井、ジェトロ静岡などで勤務。海外はハンガリーに3度赴任。ジェトロ鳥取を経て2021年7月から現職。

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