特集:COP27に向けて注目される中東・アフリカのグリーンビジネス燃料電池を活用したグリーンな充電ステーションがEV普及の鍵に(イスラエル)

2023年3月13日

イスラエルは、2022年にエジプトで開催された国連気候変動枠組み条約第27回締約国会議(COP27)で初めてパビリオンを出展するなど、気候変動の対応に積極的な動きを見せている。政府は「気候変動対策イノベーション国家(Climate Innovation Nation)」となることを宣言するなど、気候変動に対してもお家芸のスタートアップを前面に打ち出す構えだ(2022年10月31日付地域・分析レポート参照)。

ジェンセル(GenCell)は、イスラエルの気候変動対応分野の有力スタートアップの1社で、COP27パビリオンに出展する10社にも選抜された実績を持つ。本稿では、ジェンセルの共同創業者であるギル・シャビット氏とマーケティング・ストラテジーマネジャーのシェリ・ザルガリー氏に話を聞いた(2023年1月15日)。

左:ギル・シャビット氏、右:シェリ・ザルガリー氏(本人提供)

質問:
ジェンセルの事業内容は。
答え:
ジェンセルは、燃料電池領域のスタートアップ企業だ。2020年11月にテルアビブ証券取引所で新規株式公開(IPO)したイスラエル企業であり、EUと米国にも海外拠点を持っている。ジェンセルの技術のコアとなるのは、古くから存在するアルカリ型燃料電池だ。この分野の課題である水素の抽出と貯蔵をテーマとして、オフグリッド(電力網に接続しない)燃料電池システムの研究・開発を進めている。既に9件の特許を保有しており、出願中の特許も6件ある。
ジェンセルは、常により「グリーンな」燃料電池ステーションの開発を目指している。これまでにリリースされた製品と開発中のプロジェクトをあわせると、3つのソリューションがある。水素からの発電、アンモニアからの発電、水からの発電(グリーンアンモニアの直接合成)という3ステップで、ソリューション開発を進めてきた。
質問:
開発の進捗状況は。
答え:
既に述べた通り、ジェンセルは燃料電池の環境負荷をより低減することを目指して3つのソリューションを開発している。最初に開発したのは水素を活用する燃料電池で、「GenCell Box」や「GenCell Rex」という製品としてリリースされている。電話やインターネットの中継拠点や病院、避難用シェルターなどで電力供給が止まった際の緊急用電源設備として設置されており、例えば、ドイツやハンガリーでは、ドイツテレコムが電波塔の非常電源用途で試験導入している。
次に開発したのはアンモニアを燃料とする製品で、「GenCell Fox」という製品としてリリースされている。アイスランド、ルーマニア、ドイツなどで現地の通信会社とのPoC(概念実証)を実施済みだ。アンモニアは水素に比べコスト効率に優れているため、この燃料ステーションは常用電源としても利用することができる。12トンのアンモニアをステーション内に貯蔵し、特にメンテナンスすることなく6カ月~1年間程度の利用が可能だ。電力網の整備されていない、へき地での利用にも適している。こちらは、ルーマニアやアイスランドにおいてボーダフォンの電波塔向けなどで利用されている。
最後に、現在開発中のソリューションは、水からの発電を目指している。これまで開発した2つのソリューションは、いずれもゼロエミッションは実現できていない。新ソリューションは、ステーション内で水からグリーンなアンモニアを生成して、発電を実現する予定だ。2023年4月に小規模なプロトタイプの構築、2024年末にフルスケールのプロトタイプのリリースを予定している。この分野では日本のTDKから出資を受けて、共同開発プロジェクトとして進めている(2022年2月18日付地域・分析レポート参照)。

「GenCell Fox」のルーマニアでの設置事例(ジェンセル提供)
質問:
電気自動車(EV)関連の課題、ジェンセルの対応について。
答え:
EV普及に向けた課題の1つは、バッテリーの問題だ。通常のEV充電ステーションには、バッテリーエネルギー貯蔵システム(BESS)と呼ばれる大型の定置型バッテリーが設置される。大型バッテリーは扱いが難しく、管理の手間もかかる。ジェンセルの燃料電池を導入することで、ステーションに設置されるバッテリーを小型化することができ、グリーンな充電ステーション網を容易に拡大することが可能だ。
他にも課題はある。EVの普及による電力インフラへの負荷増大だ。一度に多数のEVが電力網に接続すると、電力供給の品質に影響を与え、電圧低下や電力ロスなどの原因となる可能性があり、今後、充電ステーションの増設に向けた課題となってくる。ジェンセルの製品は、オフグリッドで充電ステーションを実現できるため、この点にも対応可能だ。
2023年中に、初の商用利用向け充電ステーションがイスラエル国内において稼働の予定で、今後、続々と展開が進んでいく予定だ。

稼働予定の充電ステーション(ジェンセル提供)
質問:
日本企業との協業について、アドバイスを。
答え:
イスラエル企業と日本企業との間には大きなギャップがあり、それを意識して協業を進める必要がある。イスラエルのスタートアップ企業は意思決定が速く、スピーディーに物事が進むが、文化の違いなどにより、日本企業では同じようにはいかないと理解している。ジェンセルは、イスラエルのスタートアップの中では技術の特性もあって比較的意思決定に時間がかかる企業だが、それでも日本企業との協業では意思決定スピードの違いに戸惑うケースがあった。協業を通して成果をあげるためには、双方が意思決定やプロジェクトの進め方の違いを理解し、尊重することが必要になる。
日本企業との協業は、大きなマーケットの1つである日本へのビジネス展開に必須となる、ローカルの規制への対応や高度な品質の実現など、イスラエルのスタートアップ企業と補完関係になれる可能性が高いと感じている。ただし、日本企業は丁寧さ故に、製品のローカライズに向けたすり合わせなどの際に、丁寧な(時として曖昧な)表現で改良点をイスラエルに伝えることがある。イスラエル企業に改善を求める場合は、明確にはっきりと伝えた方が伝わりやすい。
日本企業の(米国や欧州など)海外拠点のメンバーを協業プロジェクトに巻き込むのも有効だ。日本企業の海外拠点で働くメンバーは、外からの視点で日本企業の特性を良く理解しており、双方の間の潤滑剤として機能してくれるケースがある。
質問:
日本における今後のビジネスの可能性は。
答え:
今後、日本でもEVや燃料電池自動車(FCV)などのエコカーが浸透していくことが予想される。ジェンセルは、これらエコカー向け充電ステーションに自社製品を投入していきたい。充電ステーション向け製品「Gencell EVOX」を活用することで、既存のFCV向け充電ステーションにEV充電機能も付加することができるため、効率的かつ迅速な充電ステーション数の拡大が実現できる。
執筆者紹介
ジェトロ・テルアビブ事務所
太田 敏正(おおた としまさ)
大手システムインテグレータを経て、2018年にジェトロに入構。企画部情報システム課、サービス産業部商務・情報産業課、知的財産・イノベーション部イノベーション促進課、企画部情報データ統括課を経て、2022年7月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ・テルアビブ事務所
アリサ・ノスキン
2019年からテルアビブ事務所に勤務。テルアビブ大学リサーチアシスタント(2017年~2020年)、テルアビブ大学修士(日本学)。

この特集の記事

グリーンビジネスに取り組む各国企業へのインタビュー

各国・地域のグリーンビジネスの概要