放射性廃棄物の地層処分候補地を決定(スイス)
北部のノルドリッヒ・レーゲルン地方に

2022年11月11日

スイス連邦環境・運輸・エネルギー・通信省エネルギー局は2022年9月12日、放射性廃棄物管理共同組合(NAGRA)が放射性廃棄物の最終処分候補地を、スイス北部のノルドリッヒ・レーゲルン地方に決定したと発表した(プレスリリース参照(フランス語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。NAGRAは同日のプレスリリースPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(111KB)と記者会見で、科学的基準と数十年にわたる研究に基づいた選定理由と立地案を説明している。ノルドリッヒ・レーゲルン地方の最終処分候補地で、国内で稼働中の5基の原子力発電所から発生する放射性廃棄物を全て安全に地層処分(注1)できるとした。

本稿では、スイスの放射性廃棄物の最終処分候補地がノルドリッヒ・レーゲルン地方に選ばれた経緯と、地層処分施設の選定から今後の運用、閉鎖までについて解説する。

NAGRAの役割と放射性廃棄物処分に関するスイスの法律

NAGRAは、スイス国内の原子力発電所や中間貯蔵施設の所有者(注2)、監督官庁の連邦政府で構成する共同組合で、放射性廃棄物の保管や処分について、適切な解決策を国内で見いだす法的義務を負っている。連邦憲法第74条第2項は、自然環境に対する損害や損傷の修復費用はその要因となった者が負担すると定めており、これは長期的な解決策が探し求められてきた放射性廃棄物にも当てはまる。さらに、原子力法第30条第2項と第3項は、国内で発生する全ての放射性廃棄物は人間と環境を永久に保護する方法によって国内で貯蔵・管理しなければならないと定める。同第31条は、原子力発電施設の運営者は自らの費用負担で深地層処分場の予備調査を行い、施設から発生する全ての放射性廃棄物を安全に管理する義務を負うとしている。

地層処分に最適とされたノルドリッヒ・レーゲルン地方のオパリナス粘土

地層処分施設の建設候補地に選ばれたノルドリッヒ・レーゲルン地方は、スイス北部チューリッヒ州の北部、ドイツ国境付近に位置する(図参照)。NAGRAの建設計画(ドイツ語)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(5.45MB)では、いわゆる「地上施設」と呼ばれる地層処分施設の入口は、チューリッヒ州シュターデル地方に建設される。現段階の構想を示す紹介動画(YouTube参照)(フランス語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますによると、地層処分施設は地下800メートルの深さに及ぶ(注3)。放射性廃棄物を閉じ込める作業を行う工場はアールガウ州ビュレンリンゲンにある既存のツビラグ中間貯蔵施設内に建設する予定だ。

NAGRAのマティアス・ブラウン最高経営責任者(CEO)は記者会見で、建設予定地の岩盤はオパリナス粘土層(注4)で、遮水性に極めて優れており、放射性廃棄物の地層処分後に放射性物質が漏れ出すのを防ぐため、深層地層処分場に適していると説明した。また、同岩盤は1億7,500万年前のもので、地質調査によって得られた知識によって「はるか未来まで確かな予測をすることが可能」と語った。オパリナス粘土層は立地候補となった3カ所(ジュラ東部、ノルドリッヒ・レーゲルン地方、チューリッヒ北東部)の全てにあったが、ノルドリッヒ・レーゲルンのものは最大級の安全性が確保できると判断した。

図:3つの候補地から選ばれた、ノルドリッヒ・レーゲルン地方(中央)
候補地として選ばれた「ノルドリッヒ・レーゲルン地方」は、チューリッヒ北のドイツ国境付近に位置する。その北東にはエーグリザウ、北西にはツルツァッハ、南西にはバーデン、南東にはビンタートゥールといった都市を擁する。ノルドリッヒ・レーゲルン地方の東と西には、今回候補地となった他の2つの候補地が並ぶ。東の候補地は「チューリッヒ北東部」で、北にシャフハウゼン、南東にフラウエンフェルト、南にビンタートゥールを擁する。西の候補地は「ジュラ東部」で、西にフリック、南西にオルテンとアーラウ、南東にボーレン、東にバーデンを擁する。いずれの候補地も、スイスの北部に位置し、ドイツとの国境に非常に近い。

出所:NAGRAウェブサイト

地層処分施設の選定から閉鎖までのタイムライン

スイス連邦参事会(内閣)は2008年に地下深層での放射性廃棄物の長期貯蔵計画を承認した。 第1段階(2008〜2011年)で候補地の選定を行い、6カ所の候補地を選んだ。第2段階(2011~2018年)では、NAGRAがこの6カ所を調査し、その後、連邦政府が3つの候補地に絞った。第3段階(2018年~現在)では、NAGRAが3つの候補地について岩盤サンプル収集のための掘削を多数行い、綿密な地質調査を行った。その結果、2022年9月12日、ノルドリッヒ・レーゲルン地方を選んだ。

NAGRAは今後、2024年末までに政府に詳細の計画書を提出し、認可を申請する予定だ。その後、2030年までに政府が認可を決定した場合、2030年中に国会が審議する。スイスの法律により、決議に対して国民投票が行われる可能性もある。可決されれば、2040年には建設を開始し、2050年に放射性廃棄物の最初の地層処分が行われる。その後は50年にわたって経過観察され、地層処分施設は2115年に閉鎖される予定だ。

原子力発電から発生する全ての放射性廃棄物を地層処分とする立地案

スイスには現在、5基の原子力発電所がある(注5)。2016年のエネルギー法改正後、原子力発電所の新設は禁止された。既存の原子力発電所は、安全性が確認される限りは稼働することができ、運転年数に関する制限はない。

地層処分の候補地は、既存の原子力発電所の運転や解体に伴って発生する放射性廃棄物を貯蔵するのに十分な大きさであることが条件とされた。NAGRAのブラウンCEOは記者会見で、ノルドリッヒ・レーゲルン地方の建設候補地では、既存の5基の原子力発電所の推定寿命に基づき、約8万3,000立方メートルの放射性物質の貯蔵が可能だとした。低・中レベルの放射性廃棄物が全体の90%、高レベル放射性廃棄物が10%となる試算だ。NAGRAは、仮に原子力法が改正され、原子力発電所が増設された場合にも、貯蔵施設を拡張する余地があると述べた。

国営テレビによると、地層処分施設の建設費用は200億スイス・フラン(約2兆9,800億円、CHF、1CHF=約149円)に達する可能性がある。


注1:
放射性廃棄物を将来、人間の管理に委ねずに済むように、地下深い安定した岩盤に閉じ込め、人間の生活環境から隔離して処分すること。
注2:
エネルギー企業のアルピック、アクスポパワー、BKWエネルギー、ゲスゲン・デニケン原子力発電所、ライプシュタット原子力発電所、ツビラグ中間貯蔵施設。
注3:
プロジェクトの最終案は2024年に策定される。
注4:
オパリナス粘土は約1億8,000万年前に形成された堆積岩の一種。NAGRAは2002年12月、スイス北部のオパリナス粘土分布域での放射性廃棄物の処分実現可能性の実証調査・研究結果をまとめた「オパリナス粘土プロジェクト安全報告書」を発行した。
注5:
ベツナウ1〔稼働:1969年~、容量:365メガワット(MW)〕、ベツナウ2(稼働:1972年~、容量:365MW)、ミューレベルク〔稼働:1972年~(2019年に断線)、容量:373MW〕、ゲスゲン(稼働:1979年~、容量:1,010MW)、ライプシュタット(稼働:1984年~、容量:1,233 MW)
執筆者紹介
ジェトロ・ジュネーブ事務所
マリオ・マルケジニ
ジュネーブ大学政策科学修士課程修了。スイス連邦経済省経済局(SECO)二国間協定担当部署での勤務を経て、2017年より現職。
執筆者紹介
ジェトロ・ジュネーブ事務所
竹原 ベナルディス 真紀子(タケハラ ベナルディス マキコ)
金融機関、監査法人、自動車メーカーでの勤務を経て、2018年7月から現職。