特集:アジア大洋州で加速する電気自動車の普及の取り組みEV税優遇を拡大、地場大手がEVシフトを先導(ベトナム)
ビンファストのEV戦略は欧米市場も視野に

2022年3月25日

ベトナムで、電気自動車(EV)導入に向けた議論が活発化している。2022年に入り、政府はEV向けの新たな優遇策を打ち出すに至った。また、新興の地場大手自動車メーカー、ビンファストはガソリン車の生産から撤退。EVの製造販売に活路を見いだそうと政府への働きかけを続けている。

成長が期待される自動車市場、ゼロからのEVシフト

ベトナムの自動車販売台数は、2021年が約41万台(注1)。日本市場の約10分の1の規模で、ASEANではインドネシア、タイ、マレーシアに次ぐ4位に当たる。ベトナムは二輪車の販売台数が自動車の6倍あり、依然として街中は二輪車であふれている。

ただし、新型コロナウイルス流行で足踏みするなど特殊事情があったにせよ、ベトナムの自動車販売台数は概ね増加傾向が続いている(図参照)。1億人弱の人口規模と所得水準の上昇など、力強い購買力も秘めており、自動車市場はさらなる成長が期待できる。なお、自動車生産台数は2021年で約30万台。販売台数同様、ASEANではタイ、インドネシア、マレーシアに続く。

図:2014年から2021年のベトナム新車販売台数の推移(単位:台)
2014年は157,810台、2015年は244,914台、2016年は304,427台、2017年は302,750台、2018年は352,209台、2019年は418,593台、2020年は407,484台。2021年は410,390台。

注:2017年まではベトナム自動車工業会(VAMA)の発表値。2017年以降はVAMAの発表値に含まれないヒュンダイ・タインコンの台数も追加。同様に2019年以降はビンファストの台数も追加。
出所:VAMA公表資料、ヒュンダイ・タインコンとビンファストの発表に基づきジェトロ作成

EVについては、販売と生産ともに、これまでほとんど実績がなかった。現時点でEVの販売価格はガソリン車より高く、所得の面から購買層が限られることが理由だ。また、EV用の充電スタンドなど、インフラの整備も不十分と言わざるを得ない。商工省は、2021年時点で政府の優遇策が十分でなかったこともEV普及が進まなかった理由の1つに挙げている。

ベトナムの自動車産業が成長過程にある今こそ、EVの導入を積極的に進めるべきとの意見もある。ベトナムでは、ASEAN域内で自動車生産を牽引するタイやインドネシアに比べて、ガソリン車への投資が進んでいない。その分、EVシフトによる既存産業への痛手が大きくないとの見方もある。同時に、既にタイやインドネシアがEV関連の産業誘致に動き出している中、ベトナムも乗り遅れてはならないという焦りもあるだろう。

そうした中、ベトナムの自動車産業でも地場企業が先導するかたちでEVシフトの動きがみられる。企業の動きとしては、地場大手自動車メーカーのビンファストがEVの製造販売に踏み切った。同社は、EV普及に向けて積極的な取り組みを見せている。2021年5月には政府に対し、EVの特別消費税と自動車登録料の免除を要求した。同じく地場大手のチュオンハイ自動車(タコ)は、韓国の起亜ブランドのEVをベトナム市場に投入する予定だ。

また、日系自動車メーカーが加盟するベトナム自動車工業会(VAMA)は2021年9月、2050年までのEV化推進のロードマップを示した。具体的には、2030年まではガソリン車を中心に年間100万台の生産を目指すが、その後、EVの生産を2040年までに年350万台、2050年までに年400万~450万台に引き上げると見込む。EV向けのインフラが未整備で、利用者の利便性が確保されない段階では、環境負荷を抑えたハイブリッド車(HEV)やプラグインハイブリッド車(PHEV)へのシフトも選択肢となるため、VAMAはHEVやPHEVも含めた支援を政府に要請している。

EV普及に向けて、政府が新規優遇策を決定

産業界からEV普及政策が求められる中、政府も動き出した。2022年3月から、EV購入時の特別消費税と自動車登録料を減免することを決めた。

特別消費税は、9人乗り以下のガソリン車やディーゼル車の場合、排気量に応じて車体価格の35~150%が課せられ、ベトナムの自動車販売価格を押し上げる主な要因となっている。一方、同カテゴリーのEVに課される特別消費税率は15%で、これまでもガソリン車などより優遇されていたが、この税率をさらに引き下げた。具体的には、2022年3月1日から5年間は3%にし、5年経過後の2027年3月1日からは11%にした。10人乗り以上のカテゴリーについても、EVに対する特別消費税率を引き下げた(表1参照)。ガソリン車やディーゼル車と比べて、その差は歴然だ。

表1:自動車にかかる特別消費税率
項目 EV ガソリン車など
現行 2022年3月~ 2027年3月~ 現行
9人乗り以下 15% 3% 11% 35~150%
10~15人乗り 10% 2% 7% 15%
16~23人乗り 5% 1% 4% 10%
貨客兼用 10% 2% 7% 15~25%

注:ガソリン車などの9人乗り以下と貨客兼用は、排気量によって税率が変わる。
出所:特別消費税の改正にかかる法律106/2016/QH13および法律03/2022/QH15を基にジェトロ作成

一方、自動車登録料は、特別消費税や付加価値税を加えた本体価格に乗じて徴収される。現在は9人乗り以下の乗用車に対する新規登録料は原則10%(注2)。これがEVの場合、2022年3月1日から3年間は免除になった。3年経過後の2025年3月1日から2年間は、ガソリン車などの半額相当に減額する(表2参照)。仮に課税前の車体価格が400万円のガソリン車とEVを比べると、2022年3月に購入する場合、EVは特別消費税と自動車登録料の減免によってガソリン車よりも購入費用が200万円程抑えられることになる。

表2:9人乗り以下の乗用車の特別消費税と自動車登録料
乗用車 項目 現行 2022年3月~ 2025年3月~ 2027年3月~
EV 特別消費税 15% 3% 11%
自動車登録料 10% 0% 5%
ガソリン車
など
特別消費税 35~150%
自動車登録料 10%

注:自動車登録料は原則10%だが、各省・市の人民委員会によって上限15%まで調整可能。表上では国内生産車への優遇措置などは加味していない。
出所:特別消費税の改正にかかる法律106/2016/QH13および法律03/2022/QH15、政令10/2022/ND-CPを基にジェトロ作成

政府は国内のEV生産に対する支援も検討している。ファム・ミン・チン首相は2022年1月、EV関連の大型投資の誘致と今後5年のEV輸出を念頭に、商工省に対して方策を検討するよう指示した。政府は2050年までの温室効果ガス排出量実質ゼロ(カーボンニュートラル)を目指しており(2021年11月9日付ビジネス短信参照)、気候変動対策の観点からもEVへの期待は大きい。EV普及に向けて、政府が今後どのような追加支援をしていくか、その動向が注目される。

ビンファストはEVに注力、ガソリン車生産から撤退へ

ベトナムのEV産業化を強く主張しているのが、新興自動車メーカーのビンファストだ(注3)。同社は電動バイクとガソリン車の製造販売に始まり、電気バスを含むEVの研究開発にも取り組んできた。2021年の国内自動車販売台数は3万5,723台。現在のところ、国内販売台数に占めるシェアが大きいとはいえないが、新型コロナウイルス流行の影響を受けながらも、前年から販売台数を21.2%伸ばしたことは注目に値する。

ビンファストは2021年1月、自動運転支援機能付きのEV3車種を発表した。同年3月にはそのうち小型のスポーツ用多目的車(SUV)クロスオーバータイプの「VF e34」の受注を開始(2021年4月2日付ビジネス短信参照)。バッテリーをサブスクリプション方式(定額利用サービス)にすることで、ガソリン車と変わらない費用に設定。バッテリーの充電性能が70%を下回ると、新品と交換することができ、バッテリー品質を保証する。豊富なプロモーションや返金保証を付けることで、予約台数は受付開始から3カ月強で2万5,000台を超えた。ただし、一部の部品納入の遅れなどを受け、納車は12月時点で85台、2022年1月で40台にとどまっている。

同年1月上旬には、SUVタイプの残りの2車種の受注を開始した。受注開始後6時間で約1万2,000件の予約があったという。

さらに注目されるのは、1月上旬、2022年内でガソリン車の生産を停止すると発表したことだ。ビンファストは今後、経営資源をEVに集中させる。


ビンファストのEV「VF e34」の外装
(ビンファスト提供)

ビンファストのEV「VF e34」の内装
(ビンファスト提供)

外国の技術を取り込みつつ、自社グループでの生産強化を目指す

ビンファストはEVの生産に当たり、外国企業の技術導入を進めた。自動運転技術は米国エヌビディア(Nvidia)、人工知能(AI)による音声認識技術は米国セレンス(Cerence)をそれぞれ採用した。EVの根幹をなすバッテリーへの投資にも積極的だ。2018年9月には韓国のLG化学と組み、リチウムイオン電池製造に向けて動き始めた。2021年3月には台湾の輝能科技(プロロジウムテクノロジー)と組み、EV用全固体電池パックの製造を進めると発表。2021年8月には、リン酸鉄リチウムイオン(LFP)電池の生産で、中国の車載電池メーカー国軒高科(Gotion High-Tech)との提携を決めた。2022年1月にはEV用急速充電バッテリーの研究開発を行うイスラエルの新興企業ストアドット(StoreDot)への出資も決めた。なお、基幹部品に関して、日本企業との連携は今のところ公表されていない。

外国企業との連携のほか、グループ会社を中心にEVのサプライチェーン構築も図っている。例えば、ビングループ傘下に、バッテリーの研究開発・製造を担うビンESエナジーソリューションを設立した。2021年12月には、中部ハティン省にEV向けバッテリー工場の建設を開始。まずは8ヘクタールの用地で約4兆ドン(約208億円、1ドン=約0.0052円)を投資し、バッテリーを年間10万セット製造できる設備を整える。将来的には、生産能力を年間100万セットに増強する計画だ。工場の起工式にはグエン・スアン・フック国家主席が出席し、「ビングループはハイテク産業への投資を強化するなど、ベトナムの近代的な工業化に重要な役割を担っている」と評価した。

国内のEVインフラ整備と欧米への事業展開に奔走

ビンファストの強みは、ビングループの不動産事業とEVインフラを融合させ、EVのエコシステムを作れるところにあると言える。その優位性を生かし、EV開発と同時に国内EV充電スタンド整備を進めている。2021年当初、同年内に2,000カ所、4万基を設置する目標を掲げた。

その結果、ビングループが管理する不動産施設などを中心に、6月末までに全国63省中60省で合計8,100基を設置した。その後は、ビンファストから明確な進展は公表されていないが、ビングループのファム・ニャット・ブオン会長は「国内の充電スタンドを現在の4万基から、2022年内に15万基まで増やす」と強気な姿勢を示した(当地メディアVNエクスプレスのインタビュー、2022年1月17日付)。

一方、充電スタンド設置などのインフラ整備に対し、政府は具体的な優遇措置を発表していない。すなわち、現状は事業者側の負担が大きいとみられる。


ビンファストのEV用充電スタンド(ジェトロ撮影)

ビンファストのEV戦略は、国内だけにとどまらない。その視野は欧米市場にも及ぶ。

2021年11月には米国ロサンゼルスに米国本社を設立すると発表。同月に開催された「ロサンゼルス・モーター・ショー」や、2022年1月にラスベガスで開催された家電IT見本市「CES」にもSUVタイプのEVを出展。世界に向けてアピールした。2022年1月上旬には、米国でのEV受注も始まった。ビンファストは2024年下期を目途に、米国でのEV生産開始を目指している。それに先立ち、米国でバッテリー組み立て工場を建設する計画も明らかにした。国際的な資金調達とブランド力向上のため、2022年内を目途に米国株式市場への上場も狙っている。このほか、カナダ、ドイツ、フランス、オランダにも現地法人を設立する計画だ。

ベトナムのEV政策は、中国やタイ、インドネシアなどと比べて後れを取った。それでも、ビンファストが先導するかたちでEVシフトに向けて走り出している。今後の課題としては、国内でのEVインフラ整備に加え、気候変動対策やEV産業化に関する政府の方針決定、それに伴う支援策の具体化などが考えられる。EV普及に向け、ベトナムの本気度が試される。


注1:
ベトナム自動車工業会(VAMA)発表の2021年の販売台数は30万4,149台(国内生産車16万8,357台、輸入車13万5,792台)。VAMA発表値に計上されていないヒュンダイ・タインコンとビンファストの販売台数を加えると、ベトナムの自動車販売台数は約41万台と推計される。
注2:
新規登録料は原則10%。ただし、省・市の人民委員会が上限15%まで調整可能で、ホーチミン市やダナン市は10%、ハノイ市では12%と規定。ベトナム国内で生産された自動車の登録料は、2021年12 月1日から2022年5月31日までの6カ月間、50%減額されている(2021年12月3日付ビジネス短信参照)。
注3:
ビンファストは2017年設立。大手複合企業ビングループ傘下にある企業。ビングループの中核的な事業は不動産。これまで、多くの住宅や商業施設の開発を手掛けてきた。
執筆者紹介
ジェトロ・ハノイ事務所
庄 浩充(しょう ひろみつ)
2010年、ジェトロ入構。海外事務所運営課(2010~2012年)、横浜貿易情報センター(2012~2014年)、ジェトロ・ビエンチャン事務所(ラオス)(2015~2016年)、広報課(2016~2018年)を経て、現職。