特集:アジア大洋州で加速する電気自動車の普及の取り組み政策がスリランカでのEVの普及を左右
2022年3月31日
スリランカの電気自動車(EV)市場について紹介する。同国では日本車人気が根強く、日本のガソリン車やディーゼル車は新車・中古車とも街中のいたるところで見かける。2014年以降のEVに対する優遇策で普及の兆しが見られたものの、政策の変更で本格普及は阻まれた。今後、政府は将来的にEVの再導入を検討しており、EV市場の行方について同国の自動車市場を紹介しつつ探る。
新規登録台数は激減
スリランカは、自動車を日本・インド・中国、欧州などから輸入している。近年の自動車の新規登録台数の推移は図のとおり。同国では、毎年の政府予算案の発表とともに、自動車輸入税の税率や査定制度が変更されることが多く、これが新規登録台数に影響を及ぼす要因となっている。2020年3月以降は、新型コロナの影響による外貨不足に対応するため、一部特別車両や商用車を除き、自動車の輸入が禁止されており、新規登録台数は極端に少なくなっている。

出所:Department of Motor Traffic, Sri Lankaの統計からジェトロ作成
同国では自動車の輸入税が高く設定されており、自動車の税込価格は査定価値額の3倍以上となる。政府はこのように自動車に高い税金をかけることで、自動車数を一定程度抑制し、交通渋滞や大気汚染の拡大を防いでいる。また、自動車の輸入税は政府の重要な収入源でもある。
同国における自動車販売は、メーカー正規代理店による新車販売と、カーセールと呼ばれる販売業者による中古車の販売が主だ。輸入制限措置が2020年に取られて以降、自動車ビジネスを生業とする企業の活動は停滞したままだ。メーカー正規代理店は、在庫切れで新車販売ができないため、車両の修理や部品交換で収益を上げながら、内部留保を取り崩して従業員の生活を守るなどして、事業を続けている。自動車の補修部品の輸入に関しては、180日ユーザンス付き決済条件の信用状開設により、輸入可能となっている。中古車販売業者は、全く車両が輸入されない分、国内に現存する中古車の売買のみで収益を確保しており、輸入による台数が増えない分、中古車価格は急騰している。自動車の輸入は、輸入制限が課される以前の規制に照らすと、乗用車は製造年から3年落ちの中古まで、ワゴン車などの商業用車は5年落ちの中古までに制限されている。それ以上に古いものは輸入できない。カーセール業者の主な輸入元は、日本、インド、英国、中国、韓国などである。日本のオークションサイトで競り落とした新古車の人気も高い。

スリランカでは、中古車の転売も盛んとなっている。カーセール業者に加え、オーナーが口コミやソーシャルメディアサイトへの掲載により、個人的に取引することもある。同国は常にインフレ傾向にあること、自動車は贅沢(ぜいたく)品であることから、数年使用後の転売価格は、購入時の価格を大きく下回らないことも多い。逆に、2020年以降は自動車の輸入制限により新車や中古車が国内に入らなくなり、自動車価格が高騰している。このように転売により、かなりの収入を得られるため、「中古として売れるかどうか」のリセールバリューは、自動車購入者が車種を選択する際の重要なポイントとなっている。

本格的な自動車の国内生産はまだ先
スリランカにおいは本格的な自動車生産はされていないが、国内3社がエンジンやシャーシを輸入して、小型自動車やジープの組み立ておよび販売を行っている。部品の輸入元はインド、インドネシア、中国である。近年、スリランカでは、輸入資材にかかる物品税は保税となり、国内で20%以上の付加価値をつけることで、同税が70%減額となる優遇制度が整備された。
このような国内組み立て生産を奨励する優遇措置を活用し、自動車の組み立てを準備中のスリランカ企業にインタビューしたところ、同社からは、コロナ禍や外貨不足の影響で、自動車の輸入禁止措置が今後しばらく継続される可能性もあり、国内での組み立てによる販売に可能性を見いだしている、とのコメントが聞かれた。シート、タイヤ、サイレンサー、バンパー、塗料などは国内で調達可能だ。将来、組み立て産業が成長すれば、これらを供給する裾野産業の拡大も期待できる。他方、優遇制度の適用の申請許可に時間がかかることが課題だという。
脱炭素政策とEV関税引き下げによるEVブーム
スリランカは、石炭や石油などの資源を持たず、燃料を輸入に依存していることが、外貨流出やエネルギーの安全保障の観点から大きな課題となっている。政府はこれまで、自国が保有する自然資源の水力・風力・太陽光・バイオマスなどの再生可能エネルギーによる電力開発を推進してきた。
交通セクターにおいても、政府は2008年、「国家運輸方針」において、石化燃料からの脱却、ハイブリッド車(HEV)やEVへ転換の方針を打ち出した。この政策を受け、政府は2014年末にEVのHSコードを導入し、EVの輸入税を車両価格の20%に設定し優遇した。この輸入税の変更により、EVの市場価格がガソリン車やHEVと比較して安価になった。ランカ自動車輸入者協会によると、当時、ガソリン車の輸入税は70~80%、ハイブリッド車は35%程度であった。
これが、スリランカでのEV普及の引き金となった。表が示すとおり、2014 年には 90 台だった EV の新規登録台数が、2015 年には3,238台に急増している。当時、最も普及した EV は日産自動車のリーフで、欧州メーカーのEVに比べて安価であること、性能が優れていることが評価されていた。
種類 | 2014年 | 2015年 | 2016年 | 2017年 | 2018年 | 2019年 | 2020年 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
ディーゼル | 2,980 | 2,488 | 1,898 | 871 | 623 | 361 | 273 |
ガソリン | 10,231 | 58,802 | 21,313 | 15,715 | 43,917 | 30,107 | 19,021 |
ハイブリッド | 19,557 | 42,900 | 20,978 | 22,399 | 36,013 | 7,663 | 1,650 |
電気 | 90 | 3,238 | 983 | 197 | 223 | 102 | 77 |
合計 | 32,858 | 107,428 | 45,172 | 39,182 | 80,776 | 38,233 | 21,021 |
出所:Department of Motor Traffic, Sri Lankaの統計からジェトロ作成
EVが夜間に充電されれば、同国の夜間余剰電力の有効活用につながることから、セイロン電力公社は、一般消費者が時間帯別電気料金を選べる制度を導入し、EVの普及を後押しした。同公社は、家庭においてソーラー発電量が消費量を上回ったら公社に販売できる制度を2015年9月に導入した。これにより、EVを購入し、屋根置きソーラーで自家発電すれば、電気代もガソリン台もゼロ、というライフスタイルが可能となり、EV購入の大きなインセンティブとなった。
国内企業は、急速充電ステーションの公共施設やマンションへの設置を計画し、三輪タクシーのEV化実証、バスやトラックのEV化の検討も進んでいた。
政策変更によるEV販売停滞
このようにEVの人気が高まるなか、2015年12月に、政府は自動車輸入税を、これまでのように車両の価額で査定する従価税方式から、排気量もしくはモーター容量を基準とする従量税方式に変更することを発表した。2016年1月にこれが導入され、中型EV車の輸入税はガソリン車やHEVと同様もしくは割高となり、これ以降、EVの輸入と販売は滞った。2020年のEVの新規登録台数は77台で、最高だった2015年の2.4%の水準まで減少した。本政策変更は、これまでの政策と相反する変更であり、政府が自動車輸入税とガソリン税による収入の確保を重視したため、との見方が強い。
直近では2019年に自動車輸入税額が更新されたが、課税制度に変更はなく、EVは優遇されていない。ガソリン車とHEVはシリンダー容量に従い課税区分が設定されている。例えば、1,000ccで2年落ち中古のガソリン車の輸入税は230万スリランカ・ルピー(約105万8,000円、1ルピー=約0.46円)である。EVはモーター容量および車両年齢によって課税区分が設定されており、例えば、モーター容量100キロワット(ガソリン車1,000CCエンジン相当区分)で2年落ち中古のEVの輸入税は250万ルピーである。
政策的支援がEV普及のカギ
スリランカにおけるEV普及の今後の見込みについて、会員数約200社から構成されるランカ自動車輸入者協会会長のインディカ・サンパット氏に意見を聞いた。
スリランカ政府は前述のとおり、2020年3月以降、コロナ禍の影響による外貨不足を阻止する狙いから、自動車の輸入を禁止してきた。まだ輸入再開のめどは立っていないものの、政府は再開時の方針の検討を始めており、サンパット氏もこれに関し、政策決定者から意見を求められることが多い。同氏によると、政府は、EVに限って輸入を再開する案を検討しており、自動車輸入協会は同案に対して助言をしている。EVの輸入は、燃料の輸入による外貨流出を阻止することができ、大気汚染の改善にも効果がある。スリランカ政府は、自動車輸入に活用できる二国間クレジットの可能性も積極的に模索している。

(ジェトロ撮影、ジェトロ・コロンボ事務所にて)
サンパット氏によると、スリランカで2015年に普及したEVは、いわゆる第1世代モデルで、航続距離やバッテリー寿命が短いものが多かった。その後の輸入税引き上げにより、EVの輸入販売が実質的に止まってしまい、国内のEVユーザーに対するサービスが充実しなかった。そのため、当時EVを購入した者は、バッテリー交換ができない、急速充電ステーションがない、といった不便を抱えている。EVを所有しても十分なメンテナンスを受けられない、という事実は、EVのリセールバリューにも影響を与え、自動車市場のなかでEVの価値を低下させていった。しかし近年、EVは、航続距離やバッテリーの耐久性などの性能や利便性が格段に改善しており、減税をはじめとした政策的支援があれば、スリランカで今後EVが広く普及することは間違いないという。

スリランカは北海道より小さい島国であり、自家用車や商業用には、1回の充電で走行距離が200キロ程度あれば十分だ。同国のコロンボやキャンディなど主要都市には戸建住宅も多く、自宅に充電設備を設置するのは容易である。最近では、バッテリーを永久保証する中国製EVモデルも登場しており、バッテリー交換の懸念はいずれなくなるとみられている。ディーゼル車やガソリン車と比べて、EVはメンテナンスの費用がかからないことも利点だ。急速充電ステーション設置の技術や経験をもつ企業が国内にも複数あり、EVが再び普及すれば、充電ステーションの拡充に向けた新たな投資は容易に見込まれるという。
サンパット氏は、EVの購入と自宅への屋根置きソーラーの設置による自家発電をセットで奨励することで、世帯レベルで燃料輸入削減に効果的な貢献が可能なことや、EV奨励政策を持続させることが今後のEV普及にとって欠かせないことを強調する。同氏は、将来EVが優遇されれば、日本車と中国車の競争となる可能性が高い、と見ている。また、各メーカーが同国でのマーケットシェア拡大を目指す際には、新車・中古車にかかわらず、整備やバッテリー交換などのアフターサービスが提供されるよう、体制整備や技術移転を行う必要がある、と述べている。

スリランカのEV政策は、2014年の優遇政策に始まり、翌2015年にはまったく異なる課税システムが急きょ導入され、以降EVへの優遇はなくなった。現地に進出する日系ディーラーは「この時期の税制の変更は、まるでジェットコースターのようだった」と形容する。短いスパンで変更されてきた自動車関連の税制が、EVの普及を阻んできたことは否めない。2020年から続く自動車の輸入制限を政府が解除する際には、EVから着手するとの考えもあるもよう。EV時代の本格到来には、EV導入に向けた税制に加え、充電ステーションの拡充、バッテリー交換のシステム構築など、関連のインフラ整備を含めて、政府が中長期の視点で方向性を示していくことが要になる。

- 執筆者紹介
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ジェトロ・コロンボ事務所 所長
糸長 真知(いとなが まさとも) - 1994年、ジェトロ入構。国際交流部、ジェトロ・シドニー事務所、環境・インフラ担当などを経て、2018年7月から現職。

- 執筆者紹介
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ジェトロ・コロンボ事務所
ラクナー・ワーサラゲー - 2017年よりジェトロ・コロンボ事務所に勤務。