特集:アジア大洋州で加速する電気自動車の普及の取り組みEV車両・電池のサプライチェーン拠点化を目指す(インドネシア)
その政策と市場実態

2022年3月25日

インドネシアが擁する人口は、2億7,000万人。東南アジアで最大だ。インドネシア国家交通警察のデータによると、乗用車登録台数は約2,246万台に上る(2022年2月3日時点)。

他方で、2021年の新車販売台数(88万7,202台、卸売り)のうち、日本ブランドのシェアは約9割と圧倒的だ(2022年1月24日付ビジネス短信参照)。そのため、当該市場は日本の自動車メーカーの牙城と言われてきた。その市場に、電気自動車(EV)化という大きな変化の波が押し寄せている。本レポートでは、インドネシアのEV政策や足元の販売状況、サプライチェーン構築を含めた民間企業の取り組みを紹介する。

2035年までにBEV国内生産目標100万台

まず、EVに関するインドネシア政府の方針を整理してみる。

2019年8月、バッテリー電気自動車(BEV)の開発促進に関する大統領令2019年第55号が公布された。同令では、2025年までに四輪車の生産台数の20%をBEVにする方針を示した。そのほか、EV関連産業の促進、インセンティブの付与、充電インフラの整備などを規定。さらに、BEVの原材料・部品の現地調達率(TKDN)についても、段階的に高めることとされた。特に2030年以降は、TKDNを80%以上と規定した。その上で、工業大臣規定2020年第27号により、バッテリーやドライブトレインなど複数の部品に関してもTKDNを定めた。もっとも、この規定ではTKDNを順守しなかった場合の罰則は設けられていないが、今後の運用には注意が必要だ。

EVの生産台数目標に関しては、工業省が2019年1月、「自動車産業ロードマップ」を発表。2020年9月に同大臣令として交付した。2035年の四輪車全体の生産台数目標400万台に対し、低炭素排出車(LCEV、注1)の生産台数目標を30%(120万台)に設定した。この目標に関して、アグス・カルタサスミタ工業相は2021年7月、2035年までにBEVだけで国内生産100万台を目指すと発言した(「リパブリカ」2021年7月15日)。また、エネルギーの観点からEVを担当するエネルギー鉱物資源省は、「2050年以降、伝統的な車(エンジン車)は販売されなくなる」と発表している(2021年10月8日付プレスリリース)。

EVの充電設備については、エネルギー鉱物資源省が2030年までにEV用の一般充電ステーション(SPKLU)を3万1,859台、電動二輪用の一般バッテリー交換ステーション(SPBKLU)を6万7,000台に増やす計画だ。同省は、目標通りに進むと、2030年にEVが約200万台、電動二輪が約1,300万台普及したとしても対応できると予測する(「テンポ」2021年7月28日)。

「脱炭素」という観点からも、インドネシアはEV普及を目指す姿勢だ。政府が発表した「2050年に向けた低炭素と気候強靭(きょうじん)化長期戦略」によると、2060年までのカーボンニュートラル達成をもくろむ。「国が決定する貢献:NDC」では、エネルギーセクターの長期的アプローチとして「脱炭素化された電気を利用し、効率的な交通機関システムやEVを開発する」と明記した(インドネシアのEV関連政策は表1参照)。

表1:インドネシアにおけるEV関連政策など
概要 詳細 根拠法など
BEV開発促進 (1)EV関連産業の促進(2)インセンティブの付与(3)充電インフラの供給とEV充電の電気料金(4)EV関連技術の規制(5)環境保護、など。 BEV開発促進に関する大統領令「2019年第55号」外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
バッテリー産業への優遇 四輪以上のEV用バッテリー産業などを対象にした法人税減税。 投資事業分野に関する大統領規程2021年第10号(プライオリティリスト)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(572.44KB)
BEVおよび関連部品産業などの国産化比率 BEVに関する国産品化率などの制定。 工業大臣規程2020年第27号外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
低炭素排出車の生産台数目標 2035年には四輪車の生産台数目標400万台に対し、低炭素排出車(補注)の生産台数目標を25%(100万台)と設定。 補注:LCEVには、BEVのほか、HEV、PHEV、燃料電池車を含む。 自動車産業ロードマップ(工業省)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.82MB)
ガソリン車販売規制 2050年以降のガソリン車の販売停止。 エネルギー鉱物資源省プレスリリース(2021年10月8日)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
充電ステーションの拡充 2030年までに、EVなどの一般充電ステーション(SPKLU)を3万1,859台、一般バッテリー交換ステーション(SPBKLU)を6万7,000台に増やす予定。 エネルギー鉱物資源省プレスリリース(2021年10月14日)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
カーボンニュートラルの達成 2060年のカーボンニュートラル達成。アプローチとしてEVの開発に言及。 国が決定する貢献(NDC)(2021年7月発表、環境・林業省作成)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(2.23MB)
奢侈(しゃし)税 BEVと燃料電池車(FCV)の課税率を実質0%へ。ただし、LCEVとして優遇税率の適用を受けるには、既定の現地調達率を達成する必要あり。 政令「2021 年第74号」外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます

出所:各種資料からジェトロ作成

足元のEV普及率は0.3%

ここまでEVに関わる政策を確認した。その上で、EV普及の現状について確認したい。表2は、インドネシア自動車製造業者協会(GAIKINDO)の公表資料を基に、直近3年間のEV販売台数の推移を示したものだ。

表2:インドネシアにおけるEV販売台数
ブランド 車名 タイプ(注) 2019年 2020年 2021年
トヨタ All New Corolla Altis 1.8 Hybrid AT HEV 0 41 94
All New Camry 2.5 Hybrid Mi HEV 0 130 279
C-HR 1.8 A/T Hybrid HEV 320 126 157
Corolla Cross 1.8 A/T Hybrid HEV 0 652 1,304
COMS EV BEV 0 0 20
C+POD EV BEV 0 0 7
Supra 3.0 A/T HEV 11 0 0
Century Hybrid 5.0 A/T HEV 0 0 1
現代(韓国) Ioniq EV Prime BEV 0 14 27
Ioniq EV Signature BEV 0 45 201
Kona EV BEV 0 38 360
Ioniq EV BEV 0 22 0
レクサス ES 300h HEV 0 0 41
ES 300h Ultra Luxury HEV 0 0 3
UX 300e BEV 0 1 26
BMW(ドイツ) i3s A/T HEV 0 0 2
2Z62 I8 HEV 0 1 0
8P62 I3 120 HEV 0 5 0
DFSK(中国) GELORA EC35 BLIND VAN (4X2) A/T BEV 0 0 1
GELORA EC36 MINI BUS 1.5 (4X2) A/T BEV 0 0 1
日産 KICKS E-POWER HEV 0 153 592
Leaf BEV 0 0 42
三菱 Outlander PHEV PHEV 20 6 35
合計販売台数
(自動車売上全体に占める割合)
351
(0.03%)
1,234
(0.23%)
3,193
(0.36%)
(参考)自動車全体の販売台数 1,030,126 532,407 887,202

注:BEV:バッテリー電動車、HEV:ハイブリッド車、PHEV:プラグインハイブリッド車。
出所:インドネシア自動車製造業者協会(GAIKINDO)資料からジェトロ作成

表2から、EV販売台数はまだわずかなものの、徐々に伸びていることが分かる。2019年のEV販売台数は351台だが、2021年には3,193台と、9倍になった。ブランド別には、トヨタがハイブリッド車(HEV)の「カローラクロス」をはじめ10車種近くのEVを扱っている。販売台数も最も多い。韓国の現代自動車は、インドネシア市場でHEVを扱わず、「Kona」などBEVだけを投入。販売台数を伸ばしている。ただし、自動車販売台数に占めるEV比率(2021年)は0.36%。これはタイの5.7%(注2)と比較しても、決して高い割合とは言えない。

EVの販売が伸び悩む理由について、GAIKINDO事務局長のクク・クマラ氏は「インドネシアで一般的に購入される四輪車は、価格が3億ルピア(約240万円、1ルピア=約0.008円)以下のものが多い」とした上で、「EVの平均価格は6億ルピア以上で、購入可能な層は限られている」と指摘する(「デティック」2021年12月24日)。ちなみに、ガソリン車で2021年の販売台数が最も多かったのはトヨタの「New Avanza 1.3 G 2019」(2万2,019台)で、販売価格は2億895万ルピア(注3)だった。一方、現代自動車の「Kona」(BEV)は6億9,700万ルピア、トヨタの「カローラクロス」(HEV)は5億610万ルピアだ。ガソリン車と価格差が大きいことがわかる。

価格を抑える1つの方法が、インドネシアでの現地生産だ。現時点では、EVを現地生産する企業はない。ただし、現代自動車はジャカルタ近郊にBEVの生産拠点の建設を進め、2022年の生産開始予定だ。そのために、約15億ドルを投資する(「コリアン・タイムズ」2021年10月26日)。トヨタも2022年から、ハイブリッド車を現地生産するとしている(2021年4月9日付トヨタインドネシアのプレスリリース外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。

インフラ面の課題として、充電設備の不足も指摘されている。2021年末時点で導入済みの充電設備の台数は、SPKLUが267台、SPBKLUは266台にとどまる。既述の目標達成には、道半ばといった状況だ。

豊富な鉱物資源を生かしたEVサプライチェーン構築へ

ここまで、EV自体についてみてきた。ここからはインドネシアの豊富なニッケルを活用したEVサプライチェーン構築の動きを確認したい。

まず、EVの世界的な需要増に伴い、車載用リチウムイオン電池(LIB)の需要も高まっていることを念頭に置く必要がある。グランド・ビュー・リサーチの発表(2020年7月)によると、世界のLIB市場は年平均成長率(2020年~2027年)13%が見込まれている。2027年の市場規模が875億ドルになる予想だ。LIBの正極材に利用されるのがニッケルで、LIBに伴って需要増が見込まれる。

世界のニッケル埋蔵量と生産量に関する米国地質調査所の資料によると、インドネシアは世界最大のニッケル埋蔵量・生産量を誇る。2022年1月時点の埋蔵量は2,100万トンで、世界の約22%を占める(表3参照)。インドネシア政府はニッケルを含む鉱物資源について、国内での高付加価値化に取り組んできた。その結果、2020年からは、ニッケル鉱石の輸出を全面的に禁止している。

表3:世界のニッケル埋蔵量と生産量 (単位:1,000トン)
国名 埋蔵量 生産量
(2020年)
生産量
(2021年)
インドネシア 21,000 771 1,000
オーストラリア 21,000 169 160
ブラジル 16,000 77.1 100
ロシア 7,500 283 250
フィリピン 4,800 334 370
中国 2,800 120 120
カナダ 2,000 167 130
米国 340 16.7 18
ニューカレドニア NA 200 190
その他 20,000 373 410
合計 95,000 2,510 2,700

出所:米国地質調査所資料(2022年1月発表)からジェトロ作成

こうした状況を踏まえて、インドネシアは2021年3月、EV向けバッテリーのサプライチェーン構築などを目指し、国営インドネシアバッテリー公社(IBC)を設立した。同社は国営企業のMIND ID、アネカ・タンバン、プルタミナ、PLNが共同出資する持ち株会社だ。同社が担う役割はニッケルの鉱石採掘・製錬、LIB製造、充電設備の整備や電池のリサイクルなど、サプライチェーンの全体にわたる。同社によると、年間最大140ギガワット時(GWh)のEVバッテリーのサプライチェーンを構築するためには、総額約153億ドルの投資が必要だ。内訳として、電池の前駆体の製造に18億ドル、LIBセルの製造に67億3,000万ドル、電池のリサイクルに3,000万ドルなどとなっている。これら全てをIBC単独で対応するのは技術面でも資金面でも困難だ。換言すれば、外国企業の投資が必要になる。既に中国企業や韓国企業はIBCとの連携に取り組み、インドネシアのEVサプライチェーンで存在感を高めつつある。

例えば2019年1月、サプライチェーンの上流で、合弁によりQMB New Energy Materialsが設立された。主に出資したのが、世界最大のステンレス鋼メーカー青山鋼鉄や、世界最大の車載用LIBメーカーCATLの関係会社など、いずれも中国系企業だ。その狙いは、二次電池の製造に欠かせない高純度ニッケル・コバルト化合物を鉱石から一貫して製造するところにある。資本金は2億1,000万ドル。なお日本の阪和興業も、8%出資している〔阪和興業プレスリリース2018 年9月28日PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(145.89KB)〕。

サプライチェーンの中流では、韓国の動きがある。現代自動車は2021年7月、LGエナジーソリューション(LG化学の子会社)と共同で、LIBセル生産工場を首都ジャカルタ近郊に建設すると発表した。両社の合計投資金額は11億ドルだ。生産されるLIBセルはEV向けで、ニッケル、コバルト、マンガン、アルミニウム酸リチウム正極(NCMA正極)を採用する。

台湾企業もサプライチェーンへの参画を目指している。鴻海精密工業と電動スクーターの睿能創意(ゴゴロ)は2022年1月21日、IBCやインドネシア投資省、同国のエネルギー大手インディカ・エナジーともに、覚書に調印した。今後、EV用バッテリーの生産などに向けて、幅広い分野で投資や協力を進める(鴻海精密工業プレスリリース、2022年1月21日外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。インドネシア投資調整庁によると、鴻海精密工業はインドネシア中部のバタン工業団地にEV関連の製造拠点を設置するという(「CNCBインドネシア」1月31日)。

現実に即したEV普及を目指す

こうしたEVをめぐる動きは、今後加速するのだろうか。そのカギの1つが、国内マーケットでのEV普及だ。既述の通り、現時点では個人がEVを所有するのは難しい。一方、自動車メーカーの幾つかが、EVをシェアリングすることで普及を進める実証事業を開始している。

トヨタは有名な観光地のバリ島やスマトラ島のトバ湖周辺で、2021年3月から「EV スマート・モビリティー・プロジェクト」を実施。そのために、小型BEVの「シーポッド」やPHEVの「プリウス」を投入している。このプロジェクトは、インドネシアでのEV普及や、EV活用を通した観光地支援を検証する取り組みだ。電動二輪車では、ホンダとパナソニックの合弁会社HPPエナジー・インドネシアの試みがある。同社は2019年8月、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の実証事業として、バリ島や西ジャワ州バンドンで、電動二輪用のバッテリー充電・交換サービスを実験的に行った。(1)電動二輪から着脱・持ち運び可能なバッテリーをユーザー間でシェアすることによる充電時間の短縮効果や、(2)バッテリー管理システム(情報通信技術(ICT)を活用したバッテリー稼働状況の集中管理を含む)全体の有効性、などを検証した。

こうした取り組みは、自動車メーカーにとどまらない。当地タクシー大手のブルーバードは中国のBYD、米国のテスラ、日本のトヨタと連携し、2019年からEVタクシーの導入を進めている。また、バス高速輸送システムのトランス・ジャカルタも2020年からBYDなどと連携し、ジャカルタで電動バスを試験的に運行している。

各社は、政策と現実の両面から今後の展開を見定めようとしている段階にあるといえる。インドネシアで、どのような車種がどの程度の規模と速度で普及する可能性があるのかが、そのカギだ。それは、当地自動車マーケットリーダーのトヨタの考え方からも読み取れる。同社は2021年11月、ジェトロのセミナーで、EV戦略について「販売国の実情に合わせた現実的なアプローチが重要」と言及。(BEVだけでなく)HEVや燃料電池自動車(FCEV)などフルラインアップで提供し、顧客の好みに広く対応する「マルチパスウェイ・アプローチ」を採る方針を示した(2021年11月26日付ビジネス短信参照)。

日本企業にとって重要な自動車市場のインドネシア。EVは実際に普及するのか、自動車関連メーカーへの影響はどうなるのか。多くの企業が関心を持って推移を見守っている。


注1:
LCEVとは、BEV、ハイブリッド車(HEV)、プラグインハイブリッド車(PHEV)、燃料電池車のいずれかを意味する。
注2:
2021年のタイの自動車販売台数は75万9,119台(「チャンネル・ニュース・アジア」1月24日)。タイの2021年の新規登録台数(EVAT)のうち、EVの合計は4万3,317台で、内訳はBEV1,955台、PHEV7,060台、HEV3万4,302台。2021年の自動車販売台数に占めるEVの新規登録台数の割合は5.7%となる。
注3:
販売時点(2019年)での価格。
執筆者紹介
ジェトロ・ジャカルタ事務所
上野 渉(うえの わたる)
2012年、ジェトロ入構。総務課(2012年~2014年)、ジェトロ・ムンバイ事務所(2014年~2015年)、企画部企画課海外地域戦略班(ASEAN)(2015年~2019年)を経て現職。ASEANへの各種政策提言活動、インドネシアにおける日系中小企業支援を行う。
執筆者紹介
ジェトロ・ジャカルタ事務所
シファ・ファウジア
2019年からジェトロ・ジャカルタ事務所で勤務。日系中小企業支援や、調査業務などを担当。

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