特集:アジア大洋州で加速する電気自動車の普及の取り組み成長期待含みの自動車市場、EVにも可能性(バングラデシュ)

2022年6月13日

バングラデシュは、経済成長が著しい国だ。2021/2022年度(2021年7月~2022年6月)は、GDP7.3%増の伸びを見込む。それに伴い、国民の購買力も上昇し、内需への期待も膨らんでいる。自動車も、将来的には市場が拡大する可能性が大きい。ただし販売価格が高いため、現時点で購買可能なのは、一部の富裕層に限られる。販売価格の低下のカギとなるのが、現地製造だ。その開始のためには、市場環境の把握や、インセンティブ付与などの政府の支援が主要素となりそうだ。

もっとも、現時点で自動車市場が活性化しているわけではない。とくに直近では、新型コロナウイルス禍により販売が低調だった(図1参照)。だとしても、自動車の保有台数は趨勢として増えていくだろう。国民が抱く自動車への憧れが強いためだ。車の保有は、社会的ステータスにもなっているのだ。実際、近年の経済発展下、保有者が年々増加していた。バングラデシュ道路交通局(BRTA)の自動車登録に関する統計PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(236KB)によると、現時点で、年間トータル3万台超の市場だ。そのうち乗用車の登録台数は、2017~2021年の過去5年で毎年1万~2万台。ピックアップは1万台程度になっている(図1、図2、図3参照)。

ちなみに、そのほとんどが中古車だ。しかし、車齢5年以内までの輸入規制があるため、道を埋め尽くす車は比較的新しい。自動車販売の上でも現在、約80~90%が中古で占められる。その輸入の大部分が、日本から。なお当地では、圧縮天然ガス(CNG)で駆動するように整備された上で自動車が輸入されることも多い。そうした輸入中古車は「リコンディションド・カー(reconditioned car)」と呼ばれることになる。バングラデシュは主要な天然ガス産出国のため、比較的安く入手できる。その市場特性を反映した結果だ。

自動車を輸入したり販売したりする企業が所属するのが、バングラデシュ中古車輸入業・販売業組合(BARVIDA)だ。そのムハンマド・シャヒドゥル・イスラム事務局長は「バングラデシュでは、自動車にかかる輸入税が130~600%と非常に高い。そのため、自動車を保有できる層は限られている」と話す。「その中でも、日本車への信頼は厚く、可能であれば日本車を持ちたいと思っている人が多い」と付言した。

図1:バングラデシュの自動車登録数の推移
2017年のバングラデシュの自動車登録数について、オート三輪車は8,852台、二輪車は325,876台、乗用車は21,952台だった。2018年のオート三輪車の登録数は21,593台、二輪車は393,545台、乗用車は18,222台だった。2019年のオート三輪車の登録は29,807台、二輪車は401,452台、乗用車は16,779台だった。2020年のオート三輪車の登録数は16,724台、二輪車は311,016台、乗用車は12,403台だった。2021年のオート三輪車の登録数は9,158台、二輪車は375,252台、乗用車は16,049台だった。2022年のオート三輪車の登録数は640台、二輪車は84,583台、乗用車は3,123台だった。

注:2022年は2月までの数値。
出所:バングラデシュ道路交通局(BRTA)

図2:バングラデシュの商用車登録数の推移(2011~2022年)
乗用車は2017~2021年の過去5年で、2017年は21,952台、2018年は18,222台、2019年は16,779台、2020年は12,403台、2021年は16,049台で、毎年1~2万台の登録があった。ピックアップについては、2017年は21,952台、2018年は18,222台、2019年は16,779台、2020年は12,403台、2021年は16,049台で、毎年1万台程度の登録台数となっており、年間トータルで乗用車・ピックアップを合わせて3万台超の市場となっている。

注:2022年は2月までの数値。
出所:バングラデシュ道路交通局(BRTA)からジェトロ作成

図3:バングラデシュの種類別登録総件数(2011~2022年)
二輪車は3,585,488台、乗用車は385,113台、オート三輪車は306,148台、ピックアップは145,604台、トラックは144,923台、マイクロバスは109,694台、バスは49,673台、科目用トラックは41,894台だった。

注:2022年は2月までの合計登録数。
出所:バングラデシュ道路交通局(BRTA)からジェトロ作成

まだ保有者が限られているとはいうものの、当地の交通渋滞は激しい。インフラ未整備で助長され、社会問題になっているほどだ。スイスの調査会社IQ Air外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます によると空気中の微小粒子状物質(PM2.5)は、2021年時点で平均数値161。世界で最も深刻な大気汚染状況という(注1)。さらには、気候変動に対する脆弱(ぜいじゃく)性も懸念されている。ドイツのNGOが発表する「グローバル気候リスク指数」PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(10.73MB)(注2)では、2000~2019年の中期的なリスクとして「世界7番目に自然災害に影響を受けやすい国」とされた。バングラデシュ政府も「第8次5カ年計画(2021~2025年)」(注3)で、持続可能な成長と気候変動にまるまる1章分を費やした。その中で、「気候変動により、2041年までに毎年GDP成長率1.3%相当分の経済損失が発生する可能性がある」と予測している。さらに、アジア開発銀行(ADB)が発表する「アジア開発見通し2022外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」でも、バングラデシュは順調な経済発展を遂げたとしながらも、今後の課題として気候変動への脆弱性を指摘した。その上で、「気候変動に強いインフラ整備、グリーン投資やグリーン技術へのインセンティブ提供などが重要」と提言。バングラデシュ政府には、電気自動車(EV)を含め、気候変動や脱炭素社会への対応・取り組みが求められた。


ダッカ市内で渋滞が深刻化(ジェトロ撮影)

政府が「自動車産業開発政策」を発表

2021年9月に、バングラデシュ政府は「自動車産業開発政策2021PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます) (612KB)(ベンガル語)」を発表した。バングラデシュが著しい経済成長を遂げる中で、この政策上、自動車を国家として最有力産業と位置付けた。輸出も視野に入れ、2030年までに自動車生産の地域ハブになることを目標に掲げている。この目標達成に当たり、(1)サプライチェーンを強化するための投資環境改善(裾野産業育成を含む)、(2)インセンティブ付与、(3)安全基準の強化(車検制度の導入など)、(4)「バングラデシュ自動車研究所」の設立、などを打ち出した。

インセンティブとしては、コンプリートノックダウン(CKD)方式(注4)で生産する場合について、例示された。まず、金型、ジグなどの生産設備や機械類の輸入にかかる関税や諸税を100%免除する(1回限り)。また、CKDで要する部品を内製化する程度により、部品輸入にかかる関税優遇を差別化した。より具体的には、(1)車体が塗装され、ボンネットやドアなどがナットやボルトで据え付けられた状況で輸入される場合を「レベル1」、(2)車体が未塗装で、ボンネット、ドア、シートなどを別々に輸入されている場合を「レベル2」とし、差異を規定した。

また、本政策には、EV化促進に関しても記載された。2030年までに、乗用車と商用車(バス、トラック、三輪車)についてEV化していくという。EVを生産する場合、10年間に及ぶタックスホリデーなどの税恩典を付与。また、エネルギー効率の高い自動車を安定生産するため、国家基金を設立するとした。また、購入者向けには、購入時や廃車時に適用されるインセンティブや低利子ローンの提供、一定期間の道路税免除や自動車登録料の減額などを挙げた。加えて、EV普及に向けたインフラ整備として、充電ステーションの整備やバッテリーリサイクル産業の育成も進める。さらには、BRTAにEV専用の部署を設置。購入者サービスの提供や普及啓発活動の実施など、包括的な取り組みが掲げられた。

ただし、本政策全体を通じて、政策上の取り組みや項目、インセンティブに関する記載内容に曖昧なところが目立つ。換言すると、実施策の細目が示されたわけではない。例えば、EVに関する取り組みのタイムライン(表参照)についても、担当省庁が複数にまたがり、実施期間にずれがみられるのが実情だ。

表:EVに関するアクションプラン
取り組み 取り組みの概要 担当省庁・局 連携省庁・局 実施
期間
EV部署の設立 バングラデシュ道路交通局(BRTA)内にEVに関する部署を設置し、購入者に対してサービス提供。 道路交通・橋梁省・BRTA、道路交通・ハイウェイ局 工業省 2021~22年
高エネルギー効率車の生産にかかる基金の設立 エネルギー効率の良い自動車を安定して生産するための基金を設立。 工業省、財務省財務局 環境省、道路交通・ハイウェイ局 2021~24年

出所:自動車産業開発政策2021からジェトロ作成

新車生産を検討する企業が相次ぐ

経済発展著しいバングラデシュでは、自動車市場拡大に向けての期待が大きい。BARVIDAのシャヒドゥル事務局長は「バングラデシュは、高い経済成長率から内需の拡大が著しい。しかし、自動車の価格帯が高すぎるため、経済成長に比して自動車需要がそこまで高まっていない。今後の需要拡大には、現地生産を進め、購入可能な販売価格帯まで下げる必要があるだろう。価格が下がれば、現状の3~4万台という需要を大きく上回ると考えている。また、自動車の現地生産が始まれば、裾野産業も育成され、国の産業高度化のための重要な第一歩になるだろう」と話す。


シャヒドゥル・イスラムBARVIDA事務局長(ジェトロ撮影)

機会をうかがう企業は、日系にもみられる。例えば三菱自動車が、今後の自動車市場拡大を見据え、事業化調査を開始している。同社は、1977年からパジェロスポーツなどのラインアップを組立生産してきた。この生産は、工業省傘下のプロゴティ・インダストリー(Progoti Industries)と提携して進められた。その際、プロゴティに技術支援もしている。

バングラデシュの1人当たりGDPは、2,097ドル(2020/2021年度、注5)。これは、インド(1,965ドル)と同程度の水準だ。また、人口1億6,000万人を有し、今後も安定した経済発展を見通すことができる。それだけに、自動車を保有する層の拡大も期待ができる。

日系企業以外では、地場のバングラ・オート・インダストリー(Bangla Auto Industry)がミルショライ経済特区(チョットグラムから北西に60キロに位置)にEVアセンブリー工場を設立すると発表。また、フェア・グループ(Fair Group)は現代自動車のアセンブリー工場を設立する計画を発表している。同社のルフル・アラム・アル・マハブブ会長は「2022年9~10月には工場稼働が開始できるだろう」と話す。

このように、自動車市場に参入する報道や発表が散見されるようになってきた。しかし、既述のとおり自動車産業開発政策の具体性の欠如という問題が残る。加えて、市場環境や法規制などが刻一刻と変化しているのが現状だ。そうした中で事業展開するのは、現実的に難しい面もあるだろう。

EV普及には、政府のタイムリーな取り組みが必須

他方、EV市場の拡大にも多くの課題が待ち構える。

まずは、充電ステーションの拡大や安定した電力供給が喫緊の課題だろう。2022年4月時点で、バングラデシュ電力開発庁(BPDB)によると、国全体の電力供給は、最大容量が約22GW(ギガワット)。オフグリッドや自家発電も含めると最大で容量25GW)に及ぶかもしれない。これに対し、需要は約14GWだ。そう考えると、電力供給に不足はなさそうだ。しかし、工場では停電に備えて発電機を利用し、太陽光発電なども利用している。となると、潜在需要はさらに多いとも想定できる。今後、国民生活のさらなる向上やEV投入などの産業高度化が進むと、使用電力が増加。電力需給が逼迫する可能性も否定しきれない。

バングラデシュ自動車組立・製造組合(BAAMA)のアブドゥル・モウタルブ・アーメド会長(注6)は「バングラデシュのEV市場はインドより5年遅れている。EVの法規制が整備されておらず、市場が未成熟」という。その一方で、「EV需要の可能性は大きい」とも付言。その上で、「(企業が)EV製造に参入する場合、政府による補助金なしでは事業展開は難しいだろう。インド政府同様に、補助金供与を実施すべきだ。また、販売台数を増やすためには、国内市場だけでは追い付かない。輸出が前提になると思われる。そういった意味で、向こう10年程度かけて市場や規制などを確立していく必要があるだろう」と提言した。

政府が発表する政策と事業者による採算性には、まだ大きな乖離がある。事業を可能にするためには、政府による支援策や法規制の整備などをタイムリーに実施する必要がありそうだ。


モウタルブ・アーメドBAAMA会長(ジェトロ撮影)

注1:
日本の環境省は、PM2.5の環境基準(人の健康を保護する上で維持されることが望ましい基準)を「1年平均値が 15µg/m3 以下であり、かつ、1日平均値が 35µg/m3以下であること」と定めている。また、注意喚起のための暫定的な指針となる値は「1日平均値70µg/m3 」だ。この濃度水準を超えると、健康影響が出現する可能性が高くなるという。
注2:
「グローバル気候リスク指数」を発表したドイツのNGOは、Germanwatch。
注3:
5カ年計画は、政府が5年おきに発表する。第8次計画は、その最新版。
注4:
CKDとは、完成部品を輸入し、現地で組み立てる生産方式。
注5:
2020年7月~2021年6月。
注6:
モウタルブ・アーメド氏は、ニトル―ニロイ・グループ(Nitol-Niloy Group)の会長でもある。
執筆者紹介
ジェトロ・ダッカ事務所 所長
安藤 裕二(あんどう ゆうじ)
2008年、ジェトロ入構。アジア経済研究所研究企画部、ジェトロ・ダッカ事務所(実務研修生)、生活文化・サービス産業部、ジェトロ浜松などを経て、2019年3月から現職。著書に「知られざる工業国バングラデシュ」。