特集:アジア大洋州で加速する電気自動車の普及の取り組み動き始めたパキスタンにおけるEV振興
日系メーカーはハイブリッド車生産へ

2022年3月31日

パキスタン政府は、2030年までに温室効果ガス(GHG)排出量を2014/2015年度(2014年7月~15年6月)比で最大20%削減することを約束している。2021年のCOP 26(国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議)では、2030年までに電源構成の60%を再生エネルギーに、また輸送手段の30%を電気自動車(EV)にするとした。政府はEVやハイブリッド車(HEV)への優遇政策を打ち出し、関連産業の振興を図る。現状、EV市場は新しい高級車市場の拡大という位置付けで、需要が高まるという見方がある。一方、日系メーカーはHEV技術の強みを生かしてHEV導入を進めている。

自動車開発政策で進んだ新規メーカー参入

自動車産業は、国内重要産業の1つである。欧米メーカーの撤退もあり、市場はスズキ、トヨタ、ホンダの3社が寡占する状況が長く続いていた。そこで政府は、2016年3月にさらなる競争導入と市場拡大などを目的に「2016-21年自動車開発政策(ADP 2016-21)」を発表した。その中で、新規参入するメーカーにさまざまなインセンティブを与えた。その結果、現代、起亜、チャンガン(長安汽車)、MG(上海汽車)、プロトン、フォルクスワーゲン(VW)などの20を超えるメーカー(ブランド)が参入した(表参照)。

表:ADP 2016-21により新規参入した主な乗用車メーカー
No 社名 所在都市 主な外国企業 主なブランドとタイプ 生産能力、
生産台数
(2020-21年度)
投資額
(100万ドル)
1 Regal Automobiles Industries Ltd. パンジャブ州ラホール DFSK Motor Co., Ltd. (東風汽車) 中国 Prince Pearl (Passenger Vehicle, PV)
Glory 580 (SUV)
Megaan (Van)
K07 (Van)
12,000 台/年
3,553台
10.7
2 United Motors (Pvt) Ltd.

ラホール Luoyang Dahe New Energy Vehicle Co Ltd.
Chery Automobile Henan Co., Ltd. (奇瑞汽車)
中国 Alpha 1000 (PV)
Bravo 800 (PV)
20,000 台/年
408台
19.1
3 Master Motors Ltd. シンド州カラチ Chongqing Changan Automobile Co., Ltd. (重慶長安汽車)
-Changan -International Corporation
-Shandong Tangjun Ouling Automobile Manufacture Co., Ltd.
中国 Changan Alsvin (PV)
Changan Karvaan (Van)
EVを含むSUV発売予定
20,000 台/年
7,076台

101.5
4 Kia Lucky Motors Pakistan Ltd. カラチ Kia Motors Company 韓国 Sportage (SUV)
Sorento (SUV)
Stonic (SUV)
Picanto (SUV)
Peugeot 2008 (SUV)


25,000 台/年 (2021)
50,000 台/年予定 (2023)
22,508台
190.0
5 Hyundai Nishat Motor (Pvt) Ltd. パンジャブ州ファイサラバード Hyundai Motor Company(投資はなし)
Sojitz Corporation
韓国
日本
Tucson (SUV)
Staria (Van)
Sonata (PV)
Elantra (PV)

15,000 台/年(2021)
5,818台



163.0
6 Sazgar Engineering Works Ltd.

ラホール BAIC International Development Co., Ltd.(北京汽車)
Great Wall Motor Co., Ltd. (長城汽車)
中国 BAIC BJ40 (Jeep)
BAIC X25 (PV)
BAIC D20 (PV)
Sazgar eVe (EV3輪)
HAVAL H6 (SUV)
HAVAL Jolion (SUV)
7,500 台/年
12台
40.0
7 Al-Haj Automotive (Pvt) Ltd. カラチ Perusahaan Otomobil Nasional Sdn Bhd (Proton) マレーシア Proton SAGA (PV)
Proton X70 (SUV)
21,000 台/年(2022年1月生産開始) 42.7
8 MG JW Automobile Pakistan (Pvt) Ltd. ラホール SAIC Motor International Co. (上海汽車) 中国 MG ZS/ZS EV (SUV)
MG HS/HS PHEV (SUV)
n.a.
(工場建設中)
n.a.
9 Premier Motors Ltd. シンド州ハブ Volkswagen AG ドイツ Skoda
Volkswagen
30,000 台/年(2023年7月生産開始予定) 91.0

注1:エンジニアリング開発庁(EDB)承認ベース。
注2:商用車メーカー含む。
出所:エンジニアリング開発庁(EDB)資料、各社ウェブサイト、報道などからジェトロ作成

EVやHEVへのインセンティブで関連産業底上げへ

2022年2月にADP(2016-21)の後継として発表された「2021-26年自動車産業開発および輸出政策」(AIDEP)は、乗用車・SUV(スポーツ用多目的車)・小型商用車で年65万台の生産実現、中所得者層への小型車の普及、国内での設計・開発の促進、トラクター、二輪車・三輪車および自動車部品の輸出促進、安全性の向上などを目標とした。この政策の中で、新技術促進の一環としてEV、HEVへのインセンティブなどが定められた。パキスタンでは、発電用燃料の輸入依存、電気料金の未回収、盗電などさまざまな問題があり、電気料金は国内の物価水準から見て非常に高い。その結果、一般にEVがガソリン車に比べて高価格となること、EVの普及には多数の充電ステーション設置のための先行投資が必要なことなどから、欧米諸国とは異なり、政府は現実的な選択肢として、HEVをEVと同等に優遇することとした。

AIDEPの大きな特徴として、全てのタイプのHEVが優遇の対象として含められたことと、ADPとは異なり、既存メーカー(スズキ、トヨタ、ホンダ)と新規参入メーカーがインセンティブにおいて平等に扱われていることが挙げられる。

恩恵大きいインセンティブ提供

EVとHEVへの税制インセンティブは、以下のとおりになっている。EVとHEVの普及を推進するために思い切った減税内容となっている。

1-1.EV(乗用車、SUV、小型商用車、バン)へのインセンティブ

  • EV専用部品(電池、モーター、コンバーター、充電器など)は関税1%(通常時:品目により1~20%)(AIDEP終了時期の2026年6月30日まで)
  • 乗用車、SUV、小型商用車、バンについて、未国産化完全現地組み立て部品(CKD)の関税は10%(通常時:車種・排気量により50~100%)、国産化済みCKDは同25%(通常時:同上)。
  • 50キロワット時(㎾h)かそれ未満の電池付きの乗用車、SUV、バン、および150㎾hかそれ未満の電池付きの小型商用車については、輸入時売上税(通常時:17%)と輸入時付加価値税(VAT)は免税(通常時:3%)、および販売時売上税(通常時:17%)は1%に減税。

1-2.今後実施される予定のEVへの全般的なインセンティブ

  • EV製造用CKDの追加関税(ACD)0%(通常時:品目により16~35%)。
  • EV製造設備の関税0%、ACD 0%(通常時もともに0%)。
  • EV充電器の関税1%、ACD 0%(通常時:それぞれ11%、3%)。
  • 輸入および現地生産のEVは連邦物品税(FED)免税(通常時:排気量により0~30%)。

2-1.HEVへのインセンティブ

  • プラグインHEV専用部品は関税3%(通常時:品目により1~20%)。
  • 通常HEVの専用部品は関税4%(同上)。
  • HEVのバスとトラックの輸入は製造承認後から関税1%。
  • 現地生産および輸入のHEVの乗用車、SUV、小型商用車、バンの売上税は8.5%。

輸出を義務付け

AIDEPの特徴の1つは、自動車産業の規模拡大と外貨獲得を目指して、トラクター、二輪車・三輪車および自動車部品の輸出に「義務(obligatory)」が課されたことだ。適用初年度の2022-23年度については、自動車などのメーカーは輸入総額(C&F価額)の2%、23-24年度は同4%、24-25年度は同7%、そして最終年度の25-26年度は同10%相当額の製品を輸出することが決められた。

2021年12月にAIDEPのドラフトが内閣経済調整委員会(ECC)で承認され公表されると、自動車業界は輸出義務について事前相談がなかったことに不満を表明した。政府は、それに対して、輸出目標は「Indicative(明示的)」なものと説明した。この輸出義務について、ある日系自動車メーカーの関係者は、ジェトロに対し「目標未達に対するペナルティーが明記されていないので努力目標的なものと捉えている」とコメントした。輸出目標の政策における位置付けはやや曖昧なものとなっている。

頻繁に税率が変わる優遇税制

大幅な減税ではあるが、税制インセンティブには問題も指摘されている。AIDEPの政策本体の内容調整に時間がかかったため、税制インセンティブが、先行して新年度予算とともに、2021年7月から適用開始された。政策本体は同年12月にECCで承認され、全ての税制インセンティブが決定した。他方、国際通貨基金(IMF)は、パキスタン政府が融資を受ける仕組みである拡大信用供与措置(EFF)(注)実施のために政策レビューを行った。その結果、IMFは各種減免税措置の廃止をパキスタン政府に求め、翌2022年1月に政府は自動車関連を含む多くの減免税措置を廃止した。

その中の1つが、輸入EV完成車への売上税だ。これは、それまで17%の標準税率だったものが2021年9月に5%に減税されていた中、今回の減免税廃止措置によって、2022年1月に12.5%に引き上げられた。その他にも、1,000ccまでの小型車(ガソリンエンジン車)の売上税が中間層への普及を目的に2021年7月に17%から12.5%に引き下げられたものの、2022年1月には適用が850ccまでの小型車に変更された。これは小型車メーカーにとっては厳しい増税だ。このような頻繁な税制変更は、メーカーに事業計画や価格の変更を強いることになり、事業の将来見通しを立てにくくするものとなっている。

EVはすべて輸入車

パキスタンでは、電力と電気料金の問題や充電インフラの未整備などもあり、EVはほとんど普及していない。また、国内ではEVは生産されておらず、国内で販売されているアウディやMGなどのEVは全て輸入車という状況になっている。

EVの普及可能性について、ある日系自動車メーカーの関係者は「電力に余裕がどの程度あるのか疑問。また充電インフラの整備もあまり進んでいるようには見えない。あくまで直感だが、普及には少なくとも10年はかかるのではないか」と、越えるべき障害が多いことを指摘した。また、別の日系メーカーの関係者は「BEV(バッテリー式EV)の普及については、国・地域の事情でそれぞれ異なると思うが、BEVの購入コスト、電力事情(火力発電への依存度)、インフラ事情(充電インフラの整備)、天候(酷暑)、またEV普及の大きな可能性が期待される近距離の足として需要については、この国はそのほとんどがオートバイであることから、BEVの普及には時間がかかるものと思われる」との見方を示した。

こうした見方が支配的な中でも、パキスタンでEV市場開拓を進める企業もある。その1つがドイツ・アウディの高級EVイートロン(e-tron)だ。カラチにあるアウディ・ディーラーによると、全国で発売開始以来約2年間に2,300台が売れ、納車は今も5~6カ月待ちの状態という。国内にはほとんど充電ステーションがないので、所有者は自宅でプラグイン充電を行っている。

ある日系自動車メーカー関係者は、こうしたEVの普及について「限定的ではあるが、可能性はあると考えている。当初は、車両を複数保有する大都市の富裕層が中心となると思うが、彼らの日常使用形態なら、自宅に充電設備があれば、航続距離・充電インフラも大きな問題とならない。車両価格が高くても最新モデルであれば、十分に購入意欲をかき立てることができるだろう。したがって、当初は富裕層中心の限定的な市場が形成され、その後、インフラの拡充と車両価格低下の実現とともに購買層が広がっていくだろう。環境問題対応でのEV普及というより、新しい高級車市場が形成されるイメージ。一方で、低価格EVの普及にはかなり時間がかかるだろう」と、高級EV市場が先に形成される可能性を語った。

ちなみに、筆者が住むカラチ市内のアパートにも多数の高所得者が住んでおり、MG、現代、起亜、プロトンといった新規参入メーカーのSUVを多く見かけるようになった。そのうちの1台がMGのEVだ。所有者はアパート管理者に頼んで、駐車場に電源を増設してもらって充電している。日常的な乗り方であれば、高速充電設備がなくても対応できているようだ。


カラチ市内のアパート駐車場で充電されるEV(ジェトロ撮影)

日系メーカーはHEV生産へ

日系メーカーの中で、顕著な動きを見せているのはトヨタ(合弁会社名インダス・モーター)だ。2021年7月の税制改正で現地生産によるHEVの売上税が17%から8.5%に引き下げられたことも追い風となって、同9月にHEVの生産などに今後3年間で1億ドルの投資を行うことを決定した。投資は、インダス・モーターで製造されるHEVの生産にかかるコンポーネントの現地生産化、工場拡張、生産体制確立に向けられる。2023年内の生産開始を目指している。その他、ある日系メーカーの関係者は「HEV投入(生産)について現在検討を進めているが、具体的な投入時期・詳細は未定」と語るなど、政策インセンティブを生かしてHEV導入の動きが水面下で進んでいるようだ。

世界的な原油価格高騰によって、パキスタン国内のガソリン価格も非常に高くなっている。公共交通機関のあまり発達していないパキスタンでは、オートバイや自家用車が必須の交通手段となっているため、ガソリン代支出が国民の生活を圧迫している。電力インフラが脆弱(ぜいじゃく)で電気料金が高く、充電インフラの整備もあまり進んでいない状況にあっては、燃費と環境性能に優れ、また政策の後押しもあるHEVが、今後パキスタンにおいて新たな市場を形成していくものとみられる。HEVに優位性を持つ日系メーカーが、さらに市場を獲得していくことが期待される。


注:
IMFの低所得国向け融資の1つ。国際収支上の問題が長期化している国に構造改革を促す。
執筆者紹介
ジェトロ・カラチ事務所長
山口 和紀(やまぐち かずのり)
1989年、ジェトロ入構。ジェトロ・シドニー事務所、国際機関太平洋諸島センター(出向)、ジェトロ三重所長、経済情報発信課長、農水産調査課長、ジェトロ高知所長、知的財産部主幹などを経て、2020年1月から現職。

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