特集:アジア大洋州で加速する電気自動車の普及の取り組み急拡大市場にEV普及目標を設定(カンボジア)
2050年までに二輪は70%、四輪は40%を目指す

2022年4月19日

カンボジアで、車両登録数が増加傾向にある。これは、経済成長や中間所得層の増加に伴う結果と理解できる。この状況下、政府は2021年12月、カーボンニュートラルに向けた長期国家戦略を発表。当該戦略の下、電気自動車(EV)の普及を狙う。

本稿では、民間企業による国内EV市場への参入事例などを紹介する。あわせて、当地でのEV普及に向け、インフラ面や制度面の課題についても考察する。

自動車組立工場への投資が相次ぐ

これまでカンボジアには、完成車を製造する事業者が限定的だった(注1)。しかし昨今、自動車組立工場への投資計画が相次いでいる(表1参照)。

例えば、米国企業のアール・エム・エー(RMA)は2021年9月、フォードの自動車組立工場を建設すると発表。同じく、地場企業HGBも、韓国の起亜(キア)の自動車組立工場を建設すると発表した。その他、中国系のEM Automobileも同様に、トラックの組立工場建設を発表している。さらに2022年1月には、いすゞ製の自動車を輸入販売する地場企業K (Cambodia)が組立工場を建設すると報道された。

表1:投資が発表された自動車組立工場一覧(2021年9月~2022年1月)(単位:ドル)
企業名 資本 現事業内容 発表
時期
投資額 組み立て自動車のブランド
RMA Automotive (Cambodia) Co., Ltd. 米国系および地場 カンボジアではジャガーやジョンディアなど、自動車や農機などを輸入販売 2021年9月 21,000,000 フォード
EM Automobile Co., Ltd. 中国系 自動車製造 2021年9月 16,350,000 不明
HGB MOTORS ASSEMBLY CO., LTD. 地場 ロールス・ロイスやランボルギーニ、BMW、マツダなどの自動車を輸入販売 2021年9月 7,000,000 起亜
K (Cambodia) Co., Ltd. 地場 いすゞ製の自動車を輸入販売 2022年1月 7,324,517 いすゞ

注:投資額は、適格投資案件(QIP)取得企業の投資統計を足しあげたもの(QIP取得企業以外の統計は入手できない)。QIP取得企業は、(1) SEZ以外への案件と、(2) SEZ内のものがある。(1)はカンボジア開発評議会(CDC)下に置かれるカンボジア投資委員会(CIB)が、(2)はCDCのカンボジア経済特別区委員会(CSEZB)が、それぞれ発表する。
また企業名は、CDCが発表する各社のカンボジア現地法人名。
出所:カンボジア開発評議会(CDC)、K (Cambodia)へのヒアリングからジェトロ作成

経済成長に伴い、車両登録台数も増加

自動車産業が盛り上がりをみせる背景には、カンボジアの経済発展や、それに伴う中間所得層の増加、また車両登録台数の増加などがあると考えられる。

カンボジアは、2010年から2019年まで、年平均で7.0%の経済成長を遂げてきた。経済成長に伴い、カンボジアの1人当たりGDPは、2010年の788ドルから、2019年には1,713ドルと2.2倍に増加、また、同国の中間所得層(年間世帯所得5,000~3万4,999ドル)が人口全体に占める割合も、2005年の34.5%から2020年には47.0%まで増加している。

これに伴って、車両登録台数も増加傾向にある。2012年時点では、二輪車が23万3,497台、自動車3万7,688台だった。それが2019年に、それぞれ54万621台、10万5,452台。7年間で2.3倍、2.8倍に増加した(表2参照)。

また今後についても、希望が持てる。国際通貨基金(IMF)は、新型コロナウイルス感染拡大の収束後、カンボジアが6~7%の安定した経済成長を続けると予測している。

表2:カンボジアの車両登録台数(2012~2021)(単位:台)
項目 2012年 2013年 2014年 2015年 2016年 2017年 2018年 2019年 2020年 2021年
四輪自動車 37,658 37,166 41,069 56,426 60,794 60,400 77,195 105,452 85,973 68,716
二輪車 233,497 244,971 303,180 342,076 464,970 381,400 502,701 540,621 370,601 385,992

注:自動車:バスやトラックも含む。
出所:グローバル・グリーン成長研究所(GGGI)「Promoting Green Mobility Through Electric Motorcycles in Cambodia(2021年1月)」、カンボジア公共事業運輸省「Annual Report (2021-2022)」を基にジェトロ作成

2050年までにカーボンニュートラル達成を掲げる

車両登録台数の大幅な増加により、カンボジアの自動車産業では環境に配慮した事業運営が急務になっている。

カンボジア環境省はかねてから、大気汚染防止のための政策や法制度を策定してきた。例えば、安全基準を満たさない車両の輸入を禁じ、国内で車両登録制度の強化・車検制度を確立。電気自動車(EV)普及を推進にも動いている。加えて、カンボジア自動車産業連盟も、公共事業運輸省、環境省などの関係省庁や国際機関と協議。自動車の安全基準や排出ガス規制、またEVや電動バイクの推進などについて対話を重ね、持続可能な自動車産業の発展を目指している。

官民連携の議論の成果として、カンボジア政府は2021年12月、「カーボンニュートラル長期戦略(LT4CN)(1.83MB)」を発表。その中で、2050年までにカーボンニュートラルを実現するとの目標を掲げた。カーボンニュートラルに取り組むことでGDPを2.8%押し上げ、約45万人の雇用が新たに創出される見込みだ。なお、当該目標には電動化率についても盛り込まれている。2050年までに、二輪車は70%、自動車とバスについては40%を目指すという。

カンボジアのEV市場に参入する企業の動きも見られる。例えば、先述のRMAは2020年11月から、英国ジャガーのバッテリー式電気自動車(BEV)モデル「I-PACE」の輸入販売を開始した。


ジャガーの電気自動車「I-PACE」(ジェトロ撮影)

また、中国製EVの市場投入も進む。中国の自動車メーカー、BYDは、カンボジアに販売拠点を設けBEVを販売。販価は、300万~700万円ほどだ。また、地場自動車販売企業のCar4youは、100万円ほどの価格帯で中国製EVを多く取り扱っている。

他方、カンボジアでは、充電ステーションの設置数が限られている。これが、EV普及に向け最大の課題と言える。この点、カンボジア公共事業運輸省のスン・チャントール大臣は2022年2月3日、ガソリンスタンド運営会社の代表者らと会談。国連開発計画(UNDP)と協力し、カンボジア国内の10カ所にEV用充電ステーションを設置するよう依頼した。具体的には、首都プノンペンと南部シハヌークビル州を結ぶ高速道路、国道1号線、5号線、6号線、7号線のほか、主要道路に設置される見込みだ。

カギは電動バイク普及

チャントール大臣は既述の会談で、EVだけでなく電動バイクの普及も推進する考えについても言及した。国内で有力なフードデリバリー事業者、foodpanda、NHAM24、E-Getsなどに対し、配達時の電動バイクの使用要請を検討しているという。

フードデリバリーでは実際、既に電動バイクの利用例が散見される。2022年2月時点でジェトロがfoodpandaのドライバーにヒアリングしたところ、「総コストで比較すると通常のガソリンエンジンの二輪車よりも安くなるため、電動バイクに切り替えた」とのことだった。


foodpandaのドライバーが利用する電動バイク(ジェトロ撮影)

公共事業運輸省によると、カンボジアでは2021年の車両登録台数のうち、二輪車の割合が84.9%を占める。そのため、先のカーボンニュートラルに向けた目標を達成するためには、電動バイクの普及も重要ということになる。

電動バイク普及に向け、企業の動きも見られる。例えば、シンガポールに本社を置くOYIKAは2019年7月、プノンペン市内で電動バイクのライドシェアサービスを開始した。実施に際しては、市当局などの支援も受けたとされる。ジェトロが同社のカール・ウォン最高経営責任者(CEO)にヒアリングしたところ(2022年1月時点)、すでに250台のライドシェア用の電動バイクを市内に配置済み。2022年3月末をめどに、最大450台まで増やす予定だ。利用車体はフル充電の状態で80キロの走行が可能で、最大速度は時速50キロという。市内11カ所にある充電ステーションではバッテリー交換も可能だ。今後OYIKAは、米国系コンビニエンスストア、サークルKの国内チェーン店と提携し、充電ステーションをさらに20カ所増やす予定だ。


「サークルK」に設置されたOYIKA充電ステーション(ジェトロ撮影)

OYIKAは、ライドシェアサービスだけでなく、定額での電動バイクの利用プランも提供する。料金は2年間で1,380ドル。充電費やメンテナンス費用の追加支払いなしで利用可能なサービスだ。2年間の使用後は、月額29ドルで継続利用も可能。この点、ウォンCEOは「通常、125ccでも約2,000ドルするガソリンエンジンの二輪車と比べて、当社のプランで電動バイクを利用した方がコストを削減できる。普及促進につなげたい」とコメントした。なお、同社サービスは現時点で中国製品が使用されている。ただし将来的には、カンボジア国内での製造や、日系企業との連携も視野に入れているという。

またOYIKAは、使用済みバッテリーのリサイクルにも注力している。仮にバッテリーとしてリサイクルができない場合も、分解して別の再利用方法を検討する。なお、これまでも、カンボジアで電動バイクは販売されていた。ただし、老朽バッテリー処分を消費者に任せていたため、不法投棄につながるなどの問題があった。

三輪車(トゥクトゥク)にも電動化の動き

その他、カンボジアでは、三輪車(トゥクトゥク)の電動化への動きも見られる。カンボジアでは、鉄道やバスなどが十分発達していない。そうしたことから、公共交通機関の役割を三輪車が補完している。一方で近年は、ガソリンより環境負荷が低いとされる液化石油ガス(LPG)を利用した三輪車も導入されるようになった。カーボンニュートラル達成に向けて、その電動化も注目されている。

韓国系シンガポール企業MVL(注2)の子会社、Onion Mobilityは2021年2月、カンダール州に電動バイクと電動三輪車の組立工場の建設を開始した。カンボジア開発評議会(CDC)から適格投資プロジェクトの認可を受け、2,000万ドルを投資した結果だ。同社は、現在、充電ステーションをプノンペン市内に3カ所建設中だ。また、ここで製造した電動三輪車の輸出も視野に入れている。ジェトロがMVLのケイ・ウーCEOにヒアリングしたところ(2022年1月)、同社は2021年11月に電動三輪車の製造を開始。2022年にはカンボジア国内のほか、タイやラオスに5,000台の電動三輪車を輸出する計画だ。さらに充電ステーションの拡大に向け、幅広い分野で日系企業との連携を視野に入れているという。


Onion Mobilityが製造する電動三輪車ONiON T1(ジェトロ撮影)

EVを支える制度・インフラ整備が急務

これまでみてきたように、当地では広義のEVについてビジネスの動きが急だ。その一方で、カーボンニュートラル実現に向けた国家戦略の目標達成には多くの課題がある。例えば、国際研究機関のグローバル・グリーン成長研究所は、(1)EV製造設備に関する投資優遇措置の付与、(2)EV購入にあたっての減税措置、(3)充電ステーションの増設、などを挙げた。 大手自動車メーカー担当者は「一般的に、日本を含む諸外国では、BEVの普及の前段階として、ハイブリッド車(HEV)やプラグインハイブリッド車(PHEV)が普及する。しかしカンボジアでは、ガソリン車から一足飛びでBEVへの移行を目指している」と説明する。カンボジア政府は、2021年10月15日に施行された新投資法(2021年10月21日付ビジネス短信参照)の中で、「グリーンエネルギーおよび気候変動への順応、ならびに温室効果ガス低減に資する技術について、投資に優遇措置を与える」とした。別途、閣僚会議令として、「実務運用細則」が定められると見込まれる。

今後も、カーボンニュートラルに向け、新たな取り組みの加速が期待されている。


注1:
(1)ワイヤーハーネスなどの自動車部品を製造し、タイや中国、日本に供給する企業や、(2)完成車を輸入販売する企業、は既存。
注2:
MVLは2018年、韓国人CEOのケイ・ウー氏がシンガポールで設立したスタートアップ企業。現在、シンガポール、韓国のほか、カンボジア、ベトナムに拠点を置く。
なお同社は、カンボジア法人として、Onion MobilityのほかMVLTADA Cambodia Co., Ltdを擁する。MVLTADAは、2019年5月に配車サービスを開始した。当該サービスは現在、プノンペンおよびシェムリアップでサービスの利用が可能になっている。
執筆者紹介
ジェトロ・プノンペン事務所
井上 良太(いのうえ りょうた)
人材コンサル会社での経験(2017年~2020年)を経て、2020年7月からジェトロ・プノンペン事務所勤務。