特集:アジア大洋州で加速する電気自動車の普及の取り組み2030年までのEV普及を目標、充電網の拡充など事業者の動き加速(マレーシア)

2022年3月29日

マレーシアでは、将来的な脱炭素化や温室効果ガスの削減目標に向け、電気自動車(EV)が脚光を浴びている。政府は2021年5月、段階的なEV普及に向けた「低炭素モビリティー・ブループリント2021~2030」を発表した。さらに、2022年の国家予算には、EV関連の事業者が利用できる税制優遇を盛り込んだ。こうした動きが刺激となり、業界団体や企業によるEV関連の事業計画が相次ぎ発表されている。足元の動きに対して、業界団体は充電網の拡充などを課題として挙げる。成長が期待されるマレーシアのEV産業の現状について、市場規模や政策、企業の動きを解説する。

自動車の市場規模は50万台超、省エネ車が人気

マレーシアの2021年の新車生産台数は48万1,651台、乗用車に限れば44万6,431台で、ASEANではインドネシアとタイに続く第3位の生産規模である。2021年の乗用車販売台数は45万2,663台で、市場規模も同様に第3位だ。新型コロナウイルス感染拡大は自動車市場にも影響した。2021年6~8月には経済活動制限が強化されたため、通年の販売台数は前年比5.9%減と微減したが、同年9月以降は回復し、好調を維持している。マレーシア自動車協会(MAA)は、2022年の商用車も含めた新車販売は60万台にまで回復すると見込んでいる。

マレーシアの自動車産業の特徴として、排気量1,500cc以下の小型のガソリン車や、EVを含む省エネ車(EEV: Energy Efficient Vehicle、注1)が生産の主流であることが挙げられる。2021年の新車生産台数のうち77.8%が1,500cc以下で、特に1,301~1,500ccの人気が突出して高い(図1参照)。

図1:マレーシアの排気量別乗用車生産台数(2016~2021年)
マレーシアの乗用車生産を排気量別に見ると、1,500CC以下のモデルの人気が高いことが分かる。同モデルが生産台数全体に占めるシェアは年々上昇しており、足元2021年では77.8%を占める。 とりわけ1,001~1,300CCがよく製造されており、2019年には過去最多となる26万台を製造。

出所:マレーシア自動車協会(MAA)データに基づきジェトロ作成

販売面をみると、EEVの販売台数は2019年には53万台となり、新車販売台数に占める比率は88%に上った(図2参照)。さかのぼることが可能な統計で最も古い2014年にわずか14%(9万台)だったため、新車購入者のEEV選好がこの6年で急速に高まっていることが分かる。

図2:マレーシアの新車販売台数に占めるEEV比率の推移
2014年の93,975台から2019年には529,246第へと大幅に増加。これに伴い、新車販売全体に占める比率も同14.1%から87.6%へと急伸している。

出所:マレーシア自動車・ロボティクス・IoT研究所(MARii)データに基づきジェトロ作成

なお、MAAによると、2021年中のバッテリー式電気自動車(BEV)のみの新規登録台数は274台だった。後述するEV関連政策の発表により、MAAは、2022年のEV販売数が増加すると期待を示している。

2030年までのEV普及に向けた行動計画、税制面で優遇も

マレーシア政府はもともと、EV関連政策として「2014年国家自動車計画(NAP2014)」で、EEVの生産増加と地域ハブ化を目指すことを表明していた。NAP2014で定義するEEVは幅広く、燃費が良いガソリン車をはじめ、ハイブリッド車、EV、圧縮天然ガス(CNG)や液化天然ガス(LNG)、バイオディーゼルなどを燃料に使用する自動車も含まれる。その後、2020年2月に発表した「新国家自動車政策(NAP2020)」(2020年3月2日付ビジネス短信参照)では、従来のEEV生産の域内ハブ化に加えて、「次世代自動車の技術エコシステムを発展させる」といった方向性を示した。ただし、EVに特化した具体的な数値目標などは明記していなかった。

こうした状況に対し、環境・水省は2021年5月、EV普及に向けた行動計画などを盛り込んだ「低炭素モビリティー・ブループリント2021~2030年」を公表した。低炭素社会の実現に向けてEVに関する数値目標を掲げており、NAP2020よりもEVに焦点を当てた計画だと評価される。同ブループリントは温室効果ガスの排出抑制を目標とし、(A)輸送燃料の利用削減、(B)EV導入、(C)代替燃料の導入、(D)輸送手段の転換から成る4つの重点分野を挙げ、2030年までの行動計画を掲げている(表1参照)。このうち、(B)EV導入については、具体的な行動計画の1つとして、政府が率先して公用車への導入を進めることとしており、公用車の新規調達分に占めるBEVの割合を2021~2022年に10%、2023~2025年に20%、2026~2030年には50%と段階的に引き上げる考えだ。

例えば、首都クアラルンプール市内を巡回する無料路線バス「GoKLシティバス」では、2021年11月から電気バスの運行を開始しており、2023年中に全車両を電気バスへ切り替える予定だ。充電インフラの整備についても、2025年までに交流充電設備を9,000基、直流充電設備1,000基を全国に設置することを目標に掲げている。

表1:低炭素モビリティー・ブループリント2021-2030におけるEV普及に向けた行動計画
ブループリントの目標 4つの重点分野を通じた温室効果ガスの排出抑制
4つの重点分野 A:輸送用燃料の利用削減 B:EV導入 C:代替燃料の導入 D:輸送手段の転換
10の戦略 1:低排出車の導入促進
2:エコドライブ・プログラムの強化
3(i):電気自動車
3(ii):電気バス
3(iii):電動バイク
4:道路輸送におけるバイオ燃料の利用促進
5:代替燃料および同産業の成長に向けたエコシステムの構築
6:直輸送から公共輸送への転換
7:土地利用開発による公共輸送の促進
8:交通の改善
9:貨物輸送の道路から線路への転換
10:マイクロモビリティーの促進
重点分野B:EV導入に対応する具体的な行動計画
電気自動車 電気バス 電動バイク
  • 政府が先行事例を導入し主導
  • サービスの現代化とブランド再構築の一環として、タクシー車両をEVへ移行
  • EV購入へのインセンティブ付与
  • 民間EV充電施設の設備拡充
  • EVの現地生産に対するR&D助成
  • 包括的なEVエコシステムの構築
  • 電気バスの中央政府調達機関を設立
  • 公共交通向けの電気料金設定や補助金の枠組み確立
  • 電気バスの現地生産に対する支援
  • 政府機関向けの電気バイク調達
  • 配達サービスにおける電気バイクの活用
  • 国内電気バイクの交換式バッテリー仕様標準化
  • 電気バイクの現地生産に対する支援

出所:低炭素モビリティー・ブループリント2021-2030(環境・水省)から作成

さらに、2021年12月に議会で可決された2022年国家予算案では、EVへの切り替えを促すための優遇措置が盛り込まれた。これにより、2022年以降、輸入EVの完成車の関税と物品税が2023年末まで免除される。また、コンプリート・ノックダウン(CKD)のEVに対しては、2025年末まで物品税と売上税が免除される。これに加えて、EV車両保有者に対しては最大100%の道路税が控除されるほか、EV充電設備の購入、設置、レンタル、月額利用の費用に対し、個人所得税が最大2,500リンギ(約7万円、1リンギ=約28円)軽減される。

アズミン・アリ国際貿易産業相は2022年に入り、国際貿易産業省の主導でEV開発とエコシステム構築に関する省庁横断のEV作業部会を設立したことも明らかにした。これまでも政府は、主にマレーシア自動車・ロボティクス・IoT研究所(MARii)を通じて、技術開発や人材育成に取り組みつつあったが(注2)、2022年以降こうした動きが加速する可能性がある。

EV関連の事業計画相次ぐ、充電網の拡充も

こうしたブループリントや優遇措置導入などの政府発表が刺激となり、完成車メーカーやバッテリー産業の動きも活発化している(表2参照)。MAAは、各種政策の発表以降、EVへの関心が高まり、企業の取り組みが増加、外国から投資についての照会も寄せられていると明らかにした。外国からの投資事例としては、2021年1月、EVバッテリー用の銅箔(はく)を製造する韓国のSKネクシリスがサバ州に工場を建設する計画だ。また、2022年1月には、地場企業フィールドマンEVが国内初のEV組み立て工場をマラッカに建設することを発表した。

販売価格の引き下げなど、需要拡大をにらんだ動きも出ている。例えば、ドイツのポルシェはEVの需要増を受けて2022年1月の発表では、多くのモデルの販売価格を旧モデル比で1~2割値下げした。マレーシア自動車輸入業者協会(PEKEMA)によると、2022年国家予算の発表後、米国テスラのEVの需要がほぼ倍増したほか、BMWマレーシアも主に首都圏でのEV需要が5割以上拡大したと分析している。

表2:マレーシアにおける最近のEV関連動向

(1)EV自体に関連した動き
発表時期 企業・団体名 国籍 概要
2021年11月 プロトン マレーシア ハイブリッド車、プラグインハイブリッド車、フルEVの開発に向けたロードマップを計画。政府の免税措置が契機になっているとも言及。
2021年11月 プロドゥア マレーシア 現時点の販売や需要の大きさ、さらには既に生産プラットフォームが確立した同社にとって、フルEVへの完全移行は困難とみるも、排出量削減の方向性には賛同。ハイブリッド車は適当な選択肢であるとしてロードマップを策定中。
2021年12月 PEKEMA マレーシア 通常より多くの米テスラ社(※テスラ社はマレーシアでは公式に車を販売していない)の注文を受け始めたことを発表。2年間の免税期間中にテスラEVを年間500台販売することを目指す。
2022年1月 フィールドマンEV マレーシア マラッカ州に国内初のEV組み立て工場を建設する計画を発表。投資額は10億リンギ。中国長安汽車から右ハンドルEV独占販売権を取得。同社技術を取り入れたEVを製造販売する。
2022年1月 トヨタ 日本 初の現地組み立て型ハイブリッドEV 「カローラクロスハイブリッド」を販売。国内市場でのポジション強化を目指す。
2022年1月 BMW ドイツ EVモデルとして「iX」「iX3」「i4」を提供。価格帯は20万~40万リンギ。テナガ・ナショナルやドイツ系シーメンス、高速道路会社などと連携し、EV充電ステーションの設置にも取り組む。
2022年1月 クオンタムソリューションズ 日本 システムアプリ開発を主力とするクオンタムソリューションズは、EV開発・販売を手掛けるベンチャー企業FOMMと、マレーシアを含む海外でのEV製造・販売に関する基本合意書を締結。4人乗り小型EV、FOMM ONEを独占的に生産・販売する。
(2)充電設備に関連した動き
発表時期 企業・団体名 国籍 概要
2021年1月 SKネクシリス 韓国 23 億リンギを投じ、サバ州に工場を建設することを発表。EVバッテリー用の銅箔を製造。
2021年8月 MARii/PEKEMA マレーシア 2025年までにマレーシア全土に981カ所のDC急速充電ステーションのネットワークを構築する計画を発表した。電子決済、充電器ロケータ、バッテリー管理システムなどについても共同開発を計画。
2021年12月 テナガ・ナショナル/サイムダービー マレーシア 今後2年間で、高効率のEV向け充電インフラ網の整備や充電インフラのコスト最適化などに取り組むべく覚書(MOU)を締結。
2022年1月 ロイヤル・ダッチ・シェル 英国・オランダ 2025年までにマレーシアとシンガポールで充電設備網を拡大・充実させる計画を発表。南北高速道沿いの6カ所のシェル・ステーションに12の充電ポイントを設置する。東南アジア初の高速充電インフラによるEVネットワーク。
2022年2月 モビリティーベルク マレーシア 自動車部品のモビリティーベルクグループ(MW)、英系EV充電器製造のEZチャージ社と技術提携契約を締結。EV充電器の国内製造を目指す。

注:1リンギ=約28円。
出所:マレーシア投資開発庁(MIDA)と各種報道からジェトロ作成

充電インフラの大幅強化による実用性追求が課題

今後の課題として、手の届く価格帯でEVが販売されることに加え(注3)、その実用性の追求が挙げられる。業界団体や大手自動車メーカーは迅速かつ効率的に充電をサポートするインフラの重要性を指摘する。シンガポール系メディアCNAの記者が2022年1月、BMWのEV「MINIクーパーSE」を使用して、マレーシア国内の主要都市間を走行実験したところ、車の航続距離(MINIクーパーSEの場合は234キロ)に対して、利用できる充電設備は十分でなく、特に農村部では急速充電ステーションが圧倒的に足りないことが実証された。

EVインフラの整備が課題であることを受け、PEKEMAとMARiiは2021年8月、マレーシア全土に2025年までに981カ所の急速充電ネットワークを構築する計画を発表した。民間企業による投資としては、2022年1月に英国・オランダのロイヤル・ダッチ・シェルが、同社初となる国際的なEVインフラ計画として、マレーシアとシンガポールでの充電設備網の拡充計画を発表した(表2参照)。同社の計画によると、ジョホール州の急速充電ステーションをはじめ、南北高速道沿いの6カ所に充電ポイントを設置する。これにより、マレーシアを縦断する南北高速道沿いでEVの急速充電ができるようになり、シンガポールからタイまでEVによるスムーズな運転ができるようになる見込みだ。東南アジア初の急速充電インフラによるEVネットワークとして注目される。

以上のとおり、現状を見渡すと、将来的にマレーシアでEVが普及する可能性はあるものの、現時点では充電インフラの面で実用性が低く、さらなる充電網拡充を待つ必要がある。今後、充電技術が進歩し、EVモデルの種類も増えることで、市場規模の拡大やEVの価格や利用コスト低減にもつながる。マレーシア政府は、2030年までの温室効果ガス排出量の45%削減、2050年までの脱炭素化などを目標に掲げている。同目標の達成に向けて、EV普及に向けた取り組みは今後も強化される見通しだ。業界からは、現行の短期政策ではEV関連産業の成長には不十分で、充電インフラ整備も含め、より長期的な支援策を求める声もある。EVの本格的な普及には、今後、政府によるより長期的な政策が求められる。


注1:
国際貿易産業省(MITI)の定義によると、EEVとは、炭素排出量(g/km)と燃料消費量(l/100km)に基づき一定の仕様を満たす車両で、低燃費車、ハイブリッド車、バッテリー式電気自動車(BEV)、代替燃料車などが含まれる。EV単体の定義は明示されていない。2021年7月にEV政策が明らかになるとの報道もあったが、2022年3月現在で未発表。
注2:
MARiiは、EV分野の技術開発のため、バッテリー管理システム、電池製造、熱管理システム、水素燃料電池に関する実現可能性調査など、複数の戦略を策定。現地人材育成に関しては、スーパーコンピュータ、シミュレーション、拡張現実、製造実行システムなどのプログラムを提供するデザインセンターや技術アカデミーなどを設立。
注3:
マレーシアで販売されているEVは、15万リンギを上回るものが多く、手頃とは言えない。
執筆者紹介
ジェトロ・クアラルンプール事務所
吾郷 伊都子(あごう いつこ)
2006年、ジェトロ入構。経済分析部、海外調査部、公益社団法人日本経済研究センター出向、海外調査部国際経済課を経て、2021年9月から現職。共著『メイド・イン・チャイナへの欧米流対抗策』(ジェトロ)、共著『FTAガイドブック2014』(ジェトロ)、編著『FTAの基礎と実践-賢く活用するための手引き-』(白水社)など。