特集:アジア大洋州で加速する電気自動車の普及の取り組みEV産業の国家戦略やインフラ整備法案で取り組み本格化へ(フィリピン)
足元のEV市場・産業はいまだ黎明期

2022年4月22日

電気自動車(EV)市場の拡大期待や自国でのEV生産投資促進の機運が各国で高まる中、フィリピンでも、環境や産業政策の側面からEV産業への関心が徐々に増している。現在、EV産業を強力に支援する法案が大統領の署名を待っている段階(3月22日時点)にあり、同法案が成立すると、EVの普及が大きく進展すると期待されている。本稿では、フィリピンのEV産業の現況と、政府の施策について概観する(注1)。なお、本稿では、フィリピンで普及が進みつつある電気トライシクル(三輪車)や電動バイク、電気ジプニー(乗合バス)などを含めた広義の「電気自動車」を「EV」と表記する。

EV普及状況はごくわずか

ASEAN自動車連盟(AAF)の発表によると、フィリピンの2020年の新車販売台数は四輪車が22万3,793台、二輪車が120万6,374台だった。EVについては、電動バイクなどを含めた新規登録台数のみが利用可能なデータで、これによると、2020年は1,015台、市場全体に占める割合はごくわずかだ。しかし、2010年から2020年までの推移をみると、2018年に4,262台と急速に増加、2020年までの10年間の累計で1万2,965台が登録された(図1参照)。なお、新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受け、2020年は登録台数が2019年比で35.4%減となった。

図1:EV(電気トライシクルなど含む)の年間新規登録台数
2010年828台、2011年426台、2012年289台、2013年520台、2014年414台、2015年580台、2016年991台、2017年2,070台、2018年は最高の4,262台、2019年1,570台、2020年は1,015台となっている。

出所:フィリピン陸運局(LTO)、フィリピン政府通信社

同期間に登録されたEVの54.8%(7,100台)が電気トライシクルだ。そのほか、電動バイクが37.4%(4,845台)、電気ジプニーが5.2%(679台)と続き、電気自動車は2.1%(276台)だった(図2と「ビジネス・ミラー」紙2021年9月23日)。

図2:登録されたEV(電気トライシクルなど含む)などの内訳(2010年~2020年)
電気トライシクル54.8%、電動バイク37.4%、電気ジプニー5.2%、電気自動車2.1%、その他0.5%となっている。

出所:LTO、フィリピン貿易産業省(DTI)

フィリピンでは、電気トライシクルや電気ジプニーを中心に、公共交通機関でEVが利用されるケースが多いことが特徴だ。政府による公共交通車両近代化プログラム(注2)などの支援施策もあり、マニラ首都圏の自治体では、地域の住民や労働者向けの公共交通車両として電気トライシクルや電気ジプニーが導入されてきた。フィリピン電気自動車連盟(EVAP)によると、大半の電気トライシクルと電気ジプニーが国内で生産されているという(2021年5月25日付地域・分析レポート参照)。一方、乗用車の多くは輸入車だ。

ボラカイ島やパラワン島などの観光地では、観光客を目的地に運ぶ交通手段としてEVが使用されている。ボラカイ島では、観光客が島内を移動するために約350~400台の電気トライシクルが2012~2013年ごろに導入された。また、一部の地方自治体ではEVを物流に使用するケースもある。

最近では、民間企業がEVを活用する動きも生まれている。スウェーデンの家具小売り大手イケア・フィリピンは2021年12月、フィリピンの物流テクノロジー企業「モーバー」と連携し、EVを駆使した家具の配送サービスを展開することを発表した(「フィルスター」紙2021年12月23日)。また、物流大手DHLフィリピンは2022年1月、中国の比亜迪(BYD)からEV車両3台を調達し、マニラ首都圏での宅配に利用することを発表した(プレスリリース参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。

充電スタンド設置への関心高まる

フィリピン貿易産業省(DTI)によると、2022年1月時点で国内に126の普通充電方式〔交流(AC)〕のスタンド、11の急速充電方式〔直流(DC)〕のスタンドが設置されている。充電スタンドの多くは、民間の電力会社や輸送協同組合が主に大都市部で設立・運営している。また、バッテリー交換ステーションも21カ所存在する。

エドムンド・アベンガナ・アラガEVAP会長は、フィリピンの課題は充電スタンドの設置数が絶対的に少ないことだと語っている(2021年3月、ジェトロによるヒアリング)。同会長によると、フィリピンではDCスタンドと比べてACスタンドの設置数が多いが、ACスタンドは充電設備価格が安い半面、DCスタンドと比べて充電時間が長く、EV利用者にとっては利便性に劣るという欠点があるという。

最近の動向として、モーリーン・アネ・ロゼロン氏〔元フィリピン開発研究所(PIDS)統括専門研究員〕は、民間企業の中でEV普及のために充電スタンド設置への関心が高まってきたと話す(2022年2月、ジェトロによるヒアリング)。例えば、石油販売会社ユニオイルは2017年以降、自社のガソリンステーション内に充電スタンドの設置を進めている(同社ウェブページ)。また、インフラ投資大手メトロパシフィック・インベストメンツ傘下のエム・ピー・ティー・モビリティーは2021年10月、自社が2022年から運営する高速道路に充電スタンドを設置する計画を明らかにした(「ビジネス・ワールド」紙2021年10月15日)。

EV関連産業のプレーヤーが複数存在

フィリピン開発研究所(PIDS)が2021年に発表した同国のEV関連産業に関するレポート外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますによると、フィリピンにはEVメーカー(電動トライシクルなどを含む)が28社あり、そのうち8社が外資だ。また、部品・コンポーネントメーカーが11社、輸入業者やディーラー、商社は7社存在する。

フィリピン資本100%のメーカーは、トージョー・モーターズ(電気トライシクルや電気バスの製造)、ピノイ・アコ・コーポレーション(電気トライシクルや電気バイクを製造)がある。外資では、日本のビーマック傘下のビーマック・エレクトリック・トランスポーテーション・フィリピンが進出している。

外資による直近の投資事例としては、2021年10月に韓国の消防車メーカーであるエンプラスが50億ペソ(約120億円、1ペソ=約2.4円)を投じ、フィリピンで電気ジプニーなどのEV生産を行う計画を発表した(政府通信社2021年10月22日)。

モーリーン・アネ・ロゼロン氏は2022年2月、ジェトロのヒアリングに対し、フィリピンがEV産業で有する強みとして、半導体や自動車用電子部品の生産で一定の技術的な蓄積があることを挙げた。特にハイブリッド車やEVで使用されるパワーエレクトロニクスや半導体の生産、電源設計などに関して、生産能力を持ち得るとコメントした。

また、バッテリー生産に使用されるニッケル鉱石について、フィリピンはインドネシアに次いで世界第2位の生産量を誇る。ただし、2022年2月時点では、EV用のリチウムイオンバッテリーのサプライヤーがフィリピンには存在しない。フィリピン電気自動車連盟(EVAP)は2019年、フィリピン・ニッケル産業協会(PNIA)、中国のバッテリー産業団体である中国化学与物理電源行業協会(CIAPS-PBA)との連携を開始した。EVAPはこれらの団体と協力し、ニッケルなどのバッテリー製造に必要な鉱物の産出・供給を増やし、国内でのバッテリー製造のサプライチェーンを構築・発展させていく意向だ。

政府はEV関連のさまざまな政策実施

これまで、民間企業・団体のEVに関する動向を中心に見てきた。以下、フィリピン政府のEV産業振興についての施策を説明する。

フィリピン投資委員会(BOI)の協力のもとでDTIとEVAPが策定した「フィリピンEV産業のロードマップ」では、2030年までに総車両台数のうち21%をEV(電動トライシクルなどを含む)とし、2040年までにその割合を50%へ高めることを目標としている(「マニラ・ブリテン」紙2020年9月28日付)。併せて、政府は、カーエレクトロニクスや充電設備、バッテリーなどのEV関連部品について、域内の製造ハブとなることを目指している(政府通信社2020年9月24日)。

EV産業を強力に支援する法案、大統領の署名待ち

フィリピン議会の両院協議会は「EV・充電スタンド法案」(上院法案1382号)と「EV産業育成法案」(下院法案10213)の調整法案(注3)を2021年12月に議会へ提出した(政府通信社12月16日)。同法案は下上院で可決され、2022年3月22日時点で大統領の署名待ちの状態だ。同法案は、エネルギー安全保障や産業開発などの観点から、EV産業育成に関する国家戦略を定め、EVに関する制度の基礎的なフレームワークを提示している。

法案の具体的な内容として、交通の電動化を進めるべく「包括的なEV産業ロードマップ」(CREVI)が策定される。同ロードマップでEVや充電スタンド・関連施設、機器・部品、バッテリーなどについての規格・仕様が定められる。さらに、これらのEV関連製品・部品を製造する際の企業に対する関税免除や、ガソリン車・ディーゼル車に比して製造コストの高いEVを生産するに当たって、コストの一部を補填(ほてん)するなどのインセンティブも導入される予定だ。

また、国内の充電インフラを整備すべく、駐車場やガソリンステーションに充電スタンドを設置するタイムスケジュールも盛り込まれている。建物やガソリンスタンドの所有者は、(1)自ら敷地内に充電スタンドを設置するか、(2)業者が充電スタンドを設置することを認めるかの選択を行う。

DTIは同法案について「EV産業のエコシステムを構築する土台となる内容であり、EV産業を支援する各種のインセンティブや規制、政府機関の役割が定められている」とコメントした。ロゼロン氏は、同法案が成立して関係する政府機関が継続的にEV産業を支援することで、国内のEV産業開発に大きなプラスの影響を与えるとの見解を示した。

法案成立でEV普及が大きく進展する可能性も

EVAPのアラガ会長は「ガソリン車やディーゼル車で利用するガソリンや軽油の調達費は交通コストを押し上げる原因となっている。これらの化石燃料費は交通費に価格転嫁され、交通コストで大きな比重を占めているからだ。EVが国内で普及することにより、軽油やガソリンの輸入を抑え、経済的な便益を得ることができる」と、EV導入の経済的合理性について話した。また、PIDSはミツビシ・モーターズ・フィリピンズが2019年に発表した研究成果を基に、電力料金が比較的に高いフィリピンでも、EVのエネルギーコストの総額が内燃エンジンを使用した車より低くなると言及している。

今後、EVを支援する法案が成立することで、産業振興に向けたタイムスケジュールの明確化やインセンティブの付与など、EV普及に欠かせない充電インフラの整備や、EV関連製品・部品の国内製造を促す役割が期待されており、大統領による早期の署名が待たれる。


注1:
本稿執筆に当たり、フィリピン貿易産業省(DTI)とモーリーン・アネ・ロゼロン氏(元フィリピン開発研究所(PIDS)統括専門研究員)の協力を得た。ロゼロン氏のコメントは自身の見解を示したものであり、所属する機関の公式見解ではない。
注2:
公共交通車両近代化プログラム(Public Utility Vehicle Modernization Program:PUVMP)は、公共交通で使用される車両の安全性や快適性、健康性、環境性を高める取り組み。ドゥテルテ政権の重要政策の1つとして位置付けられている。同プログラムでは、新車登録から15年を超える、公共交通で使用されている車両について、欧州排ガス基準「ユーロ4」を満たすディーゼル車、またはEVへの代替を規定している。
注3:フィリピンの議会では、下院・上院でそれぞれ可決した法案の内容が異なる場合、両院協議会が開催され、最終的な法案が作成される。
執筆者紹介
ジェトロ・マニラ事務所
吉田 暁彦(よしだあきひこ)
2015年、ジェトロ入構。本部、ジェトロ名古屋を経て、2020年9月から現職。